白銀
ひらりと舞う花弁を、日々無感動に眺めていた。
それが、絶望の象徴となるまでは。
握り締めた日記の頁がぐしゃりと歪む。そこに綴られた言葉に、叫びだしたい衝動にかられた。
震える指で右耳の耳飾りに触れる。幼き日、これの対を渡した相手はもう居ない。手の中にある現実が、そう教えている。
始まりはただの気まぐれだった。人と妖の世の堺である【橋】で見つけた、幼い人の子。同じ年のものが珍しかったから。手を伸ばせば掴んだから。ただ、それだけの理由で連れ帰り、側に置いた。
私が意識を向ける度に、無邪気に向けられる笑顔。私の『本性』を見た後でも変わらぬそれに、私は救われた。
けれど、もう、その笑みは何処にもない。奪ったのは誰でもない……私自身だ。
私が敵の毒になど侵されなければ。もっと早く、手を伸ばしていれば。時期を見るなどと宣って、黙して見ていた結果がこのざまか。
桜が舞う、視界を埋める。その様が、彼の痕跡さえ覆い隠そうとしているように思えた。
嗚呼、なんて忌まわしい。神と妖、間の子であるこの身では、彼の魂を連れ戻すことなど出来はせぬ。そして同時に、間の子であるが故に分かってしまう。配下の告げた、彼の死が真実であると。
認めたくない、認められよう筈もない。まだ、何一つとして伝えてはいない。まだ、そなたに伝えたいことがある。何も伝えぬまま永遠に喪ったなど、そんな現実を受け入れられる筈がないだろう。
日記に記された丁寧な文字が、降り零れる雫に滲む。……例え受け入れられないとしても、届けたい想いが在った。
「……約束はどうした……。死さえも越えて永久に側にと、あの日誓っただろう……?」
幼き日の約束。共にある未来に限りがあることなど、お互いに理解っていた。それでも、引き離されても正気でいられたのは、誓いを告げるあの笑顔があったからだ。
身体から力が抜けるのを感じる。へたりこんだ畳がやたらと冷たかった。
「まだ……つたえていない。そなたが、黒曜が好きだと……まだ言っていない」
情けなく声が震える。好きなどという言葉では足りない程の想いは、彼に届かない。届く前に逝ってしまった。
あ、と声が零れる。
彼を連れて逝った桜を切り裂くように、慟哭が溢れた。
言葉にならない絶叫が空気を震わせる。ぼたぼたと溢れる雫をそのままに、喉も弾けよと叫び続ける。
握り締めた手の内で、彼の耳飾りが痕を残す。
そうして、白銀の少年の唯一は、桜の雨に隠された。