表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

白銀

 ひらりと舞う花弁を、日々無感動に眺めていた。


 それが、絶望の象徴となるまでは。




 握り締めた日記の頁がぐしゃりと歪む。そこに綴られた言葉に、叫びだしたい衝動にかられた。


 震える指で右耳の耳飾りに触れる。幼き日、これの対を渡した相手はもう居ない。手の中にある現実が、そう教えている。



 始まりはただの気まぐれだった。人と妖の世の堺である【橋】で見つけた、幼い人の子。同じ年のものが珍しかったから。手を伸ばせば掴んだから。ただ、それだけの理由で連れ帰り、側に置いた。


 私が意識を向ける度に、無邪気に向けられる笑顔。私の『本性』を見た後でも変わらぬそれに、私は救われた。



 けれど、もう、その笑みは何処にもない。奪ったのは誰でもない……私自身だ。

 私が敵の毒になど侵されなければ。もっと早く、手を伸ばしていれば。時期を見るなどと宣って、黙して見ていた結果がこのざまか。




 桜が舞う、視界を埋める。その様が、彼の痕跡さえ覆い隠そうとしているように思えた。

 

 嗚呼、なんて忌まわしい。神と妖、あいの子であるこの身では、彼の魂を連れ戻すことなど出来はせぬ。そして同時に、間の子であるが故に分かってしまう。配下の告げた、彼の死が真実であると。


 認めたくない、認められよう筈もない。まだ、何一つとして伝えてはいない。まだ、そなたに伝えたいことがある。何も伝えぬまま永遠に喪ったなど、そんな現実を受け入れられる筈がないだろう。


 日記に記された丁寧な文字が、降り零れる雫に滲む。……例え受け入れられないとしても、届けたい想いが在った。



「……約束はどうした……。死さえも越えて永久とわに側にと、あの日誓っただろう……?」


 幼き日の約束。共にある未来に限りがあることなど、お互いに理解っていた。それでも、引き離されても正気でいられたのは、誓いを告げるあの笑顔があったからだ。


 身体から力が抜けるのを感じる。へたりこんだ畳がやたらと冷たかった。


「まだ……つたえていない。そなたが、黒曜こくようが好きだと……まだ言っていない」


 情けなく声が震える。好きなどという言葉では足りない程の想いは、彼に届かない。届く前に逝ってしまった。


 あ、と声が零れる。


 彼を連れて逝った桜を切り裂くように、慟哭が溢れた。


 言葉にならない絶叫が空気を震わせる。ぼたぼたと溢れる雫をそのままに、喉も弾けよと叫び続ける。



 握り締めた手の内で、彼の耳飾りが痕を残す。





 そうして、白銀の少年の唯一は、桜の雨に隠された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ