黒曜
初めて小説を公開するので、拙い部分も多いでしょうが、楽しんでいただけたら幸いです。
鮮やかな薄桃色の向こう、焦がれた銀色を見た気がして、重い手をゆらりと伸ばした。
ひらり、ひらり、桜が舞う。淡い色の花弁が、私の周囲で紅く染まる。
ああ、もう終いか。
ふと、左の耳に触れる。そこに在った耳飾りは、城を出る際に置いて来てしまった。……あれをくれた方は、ご無事だろうか。
妖から見れば脆弱で、特に特異な力を持つでもない孤児を拾って、笑いかけて下さった。あの方に何も返せなかったけれど、せめて、今ある危機くらいは回避できていたらいい。
そう離れて居ないところで、荒い息が止まったと同時に、感覚的に、相手の死を感じた。敵方の、それなりに名の売れた配下を討ったのだ。初めて間諜の真似事をしたにしては、中々良くやった方ではないだろうか、と小さく笑う。……密書を持たせた小鳥の妖魔は、無事に城に着けただろうか。
視界が揺れる。じわりじわりと染み出す紅い色が、そのまま私の残り時間を告げている。
霞んだ視界に、銀色が映る。きっと、焦がれる心が映すただの錯覚だろう。分かっていても、手を伸ばさないではいられない。自分が、こんなに諦めが悪いとは知らなかった。
銀色。白銀色。そこから覗く蜜のような金色。……あの方の色。
涙が溢れてきた。あの方のためになるならここで終わっていい、なんて大嘘だ。逢いたい。逢って、どうしても伝えたい事がある。どうして受け入れられようか。伝えてすらいないのに、こんなところで死にたくない。
けれど現実はどこまでも淡々と、近付く終わりを教えてくる。
幻のあの方が此方を向く。城を出た日に見たきりの姿を、こうも鮮やかに幻とするとは、人の記憶は、引き出せないだけで案外細かく憶えているものなのかもしれない。
幻と分かっているけれど、重い手を上げてあの方に伸ばす。せめて、幻でもいい。ずっと、昔から、伝えたい事があったのです。
涙と口元から溢れる血で汚れた顔が、自然と笑みを浮かべる。
「白銀様……心より、お慕い申し上げております」
例え貴方に届かずとも、死の間際にも過去形にできない程に鮮やかに。
私は貴方の唯一になりたかった。
どんなに想っても、幻に手は届かない。力の抜けた手が、ぱさりと軽い音を立てて桜に落ちる。私は、まともに見えなくなった目を閉じた。
せめて、最期に眼に映すのはあの方が良い。たとえ幻であろうとも、この声が届かないとしても、白銀様が居る幻想の中で眠りたい。
白銀様、白銀様、白銀様。もし、来世というものがあったなら、今度こそ、幼き日の約束を守りたい。今度こそ、この想いを伝えたい。そうしたら、貴方はどんな表情をなさるのか。
私は、もう一度、貴方に逢いたい。
ぽつり、一つ、雫が落ちた。
そうして、黒曜石の色の少年は、桜の海に隠された。