笑い村
笑いと笑う。
この二つは大きく違うと私は思う。前者は反射の一つであり、自身では制御出来ない行動の一つだ。後者は思考の一つであり、自身でコントロールすることが可能だ。
日本人の多くは後者である「思考」の「笑う」を使いこなしている。
この物語は「思考」の「笑う」に関しての物語である。
何かの兆しがあった訳ではない。しかし男は突然と呟きだした。
「足がなぜ付いているのかって気になったことはないかい?」
男の横を並びながら歩いていた少女は無機質に口を開く。
「申し訳ございません。私の[会話プログラム]にはその質問は設定されていません。ですのでその質問には答えることが出来ません。」
「昔の友人はこう答えたよ『それは手を使う為』だって。しかし僕はそうは思わない。だっておかしいだろ?。手が手として定義されるのは足があってのことなんだ。足が付いているのは手の為じゃないってことだ」
暫くの沈黙が訪れる。少女にはその時間は無駄な時間だと判断し、男に質問を投げかける。
「・・・・・・仰っている意味が分かりません。[マコト様]は何を仰りたいのでしょうか?。」
「それはだな・・・」
男はそこまで言って、膝を畳んで地面に座した。そして情けない声でこう言った。
「もう歩き疲れたという事さ」
その言葉を聞き、少女はまたも男への不信感が積る。
男と少女は「旅人」である。ひとえに「旅人」と言っても放浪しているのではない。明確な目的を持ち、世界を「歩き回る」事で、見た「モノ」聞いた「モノ」を記録していき、常に世界の情報を更新する。通称「アップデーター」。
男の名前は「マコト」少女の名前は「ミノリ」。マコトは二十代半ばの男性だ。しかしミノリは其の見た目は十代の前半のまさに子供の風貌。この体躯で旅など困難に思えるがそうではない。
何故ならばミノリはアンドロイドであるから。
「人型記憶媒体搭載式世界記録更新装置」、その二号機として現在「ミノリ」は稼働している。「会話プログラム」「感情スキャン式投影シュミレータ(通称.ESPrSi<エスパージ>)」「事象演算システム」が組み込まれている、対人特化型のアンドロイドである。幼い見た目なのは、人間の対人において最も警戒しにくい容姿は「十代前半の女性」と過去の「アップデーター」達により統計を得られているからだ。
そしてマコトは、その監視者である。その監視対象は「ミノリ」。過去の「アップデーター」達によって、人型記憶媒体搭載式世界記録更新装置は暴走する危険性があると実証されている。プロトタイプ「アラタ」では確認されなかったが、初号機である「コトハ」では世界記録更新行動中に暴走をしてしまいその殆どが破棄された。
その改善を為されたのが二号機「ミノリ」である。しかし、まだ暴走の可能性がある為、特例で監視者を同行させている。
暴走の停止に特別な操作は無い。アンドロイドの緊急停止ボタンを押すだけだ。その特異性のなさから、一般人で成人を迎えている男女を採用している。
彼らの今回の更新対象は、イスアルム大陸の南に所在を確認されている村。通称「笑い村」の変わった風習の調査に赴いている。
マコトが過度の疲労で『いつもの』詭弁を言わなくなってきた頃、ミノリの視界に煙が映り込んだ。
「マコト様、前方約5000メートル先に煙が上がっています。恐らく火事と予想されますが如何なさいますか?。」
「そんなの決まっているだろう。煙が立つってことはそこには人が居るということだ。だったらその被害にだってあっているのが道理のはずだ。であれば、急いで向かうのも道理さ」
そう言い走りだしたマコトは既に足の疲労を忘れて居るようだった。ミノリも慌てて後を追いかけた。
結果的に大きな火事ではなかった為、すぐに鎮火し怪我人も出すことなくことを終えた。
「いやぁ、助かった助かった! あんた達が来てくれていなければ俺たちは黒焦げだったかもな! あっはっはっは!」
「いえ、我々が来た時には既に鎮火していましたよ。そう。言って仕舞えば私たちは只の野次馬でしか無かったんですよ」
火事の被害に遭った中年の男性は、高らかに笑っている。マコトのお得意な詭弁など軽く流していく。
「まあまあ! そう固いこと言うなよ兄さん! ほれ、いっぱいどうだね!」
「もう父ちゃん! そんなんだから火事が起きちゃったんでしょう! アルコールは引火しやすいんだから!」
おおよそ中年の娘であろう女の子は怒気がありながらも、その表情は冗談めいたことを言うように和かだ。
とても和みのある光景ではあるのだが、その背景は中年男性の常飲していたアルコール物が引火したことだった。経緯は分からないが、その事については言及しなければいけない事だと言うのに、誰一人と中年男性を批難することはなかった。
「燃えちまった物はしょうがねえ! 取り敢えず無事だった物を探しに行くぞ! 兄さん達もありがとな。わざわざ駆けつけてきてくれて!」
「ありがとう!お兄ちゃん!お姉ちゃん!」
親子はほぼ全焼した家の中に向かって行く。そう完全では無いにしろ、「全焼」したのである。
「マコト様。人は住居が亡くなってしまっても、あのように明るく振る舞えるものなのですか?。」
「ポジティブという言葉があってだな、前向きに明るく物事を考える事によって彼らは次の幸福を願っているのだよ」
しかし、違和感はマコトにも感じ取れていた。「笑い村」その由縁は、この人達みたいな明るいイメージが形成しているモノだと考える。すかさずマコトは、自主的に行なっている記録日誌に記入をした。
『笑い村。村の雰囲気が明るく、常に笑い声が響くことからその名がついたと考えられる。』
その後、村を周ってみた。皆共、やはり明るいイメージのある人々で笑うことがこの村のシンボルの様だ。
しかし、異様さに気づいたのは、小学校を訪れた際である。
その時はちょうど3限目の「道徳」の時間だった。
「では皆さん! しっかりと宿題はして来ましたか? みんながサボっていないかどうかこれからテストをしたいと思います!」
元気よく女性の教員が子供達に道徳の授業を広げる。
「じゃあ、最初は「エナミ」くん! どう、やってみて」
エナミという名の少年は立ち上がる。そして大きく笑った。なにもおかしい事など無いのに少年は独りでに笑い始めたのである。
「はいよくできました! じゃあ次! 「ミツウラ」さん! 」
今度はミツウラという女子生徒が指名される。
立ち上がった少女は「はい!」と返事をする。しかし、その子は大きく笑うなどせず、小さく微笑んだ。
それを見て、女性教員は「うーん」と唸る。
「ミツウラさんは笑いが足りません! ですのでみんなはミツウラさんに笑いを分けてあげましょう! 」
その後、女性教員の呼びかけに教室内に居る生徒全員が一斉に笑い出す。ただ一人を除いて、その一人に対して。
ミツウラという女子生徒は最初こそみんなに合わせて笑っていたが、だんだんと薄ら笑いも薄れていき、涙目になる。
「全くミツウラさん! 宿題はちゃんとやりましょう! 今日は残って補修してください!」
マコトの目から見たそれは、「狂気」でしかなかった。
その後は授業が国語に移り、変わらず笑いが響いていた。
さらに異様に思えたのは一通り村を周り終え、二人で並んでベンチに座って居る時である。
マコトはブラックコーヒーを、ミノリは補給液を飲んでいる時。見知った顔が視界を横切る。その人物は全焼した家の娘である。
「おや、君は先ほどの娘さんではないですか。焼け残った物は見つかりましたか?」
マコトが娘に声を掛けると、娘も笑顔でこちらに駆け寄って来た。
「うん! 見つかったよ! とっても大切なものだけど見せてあげる!」
見せてくれたのは、スタンドに入った一枚の写真だ。
写っているのは、横長の箱の後ろに親子二人が並んでいるものだ。どちらも満面の笑みを浮かべていてとても幸せそうに思えた。
「うむ。これはいい写真じゃないか。笑っているのが特にいいね。ちなみにこの手前にある横長に伸びた箱はなんだね?」
それを尋ねると、娘は満面の笑みで答える。
「これはお母さん! お母さんが亡くなった時の写真なの!」
『笑い村。古くからの風習で、「笑い」は邪悪を断つものだと考えられていた。その頃は悲しいことがあった他者に「笑い」を起こしてあげることによって、次に幸運が訪れるようにおまじないがなされていた。
いつしかそれは「笑い」を「笑う」に変えた。
他者から与えてもらうのではなく、自身のみで完結させる。その末路は、「笑う」者を善とし「笑えない」者を悪とする呪い。
笑い村。その表現は正しくはあるが、適切ではない。訂正するならば「笑う村」。私はこの村の現状を「笑う」事は出来ず、決して「笑い」たくなれなかった事をここに追記する』
「マコト様、また記録日誌をお書きになっているのですか。」
「まあ僕もいろいろ学べる事があるからね」
「では、マコト様は「笑い」とはどうお考えですか?。」
「そうだね。僕が思うに「笑い」とは、創造だと思う。「笑い」はいつだって他者から望まれて生まれるモノだ。芸人と客で言ったらわかりやすいかな。
芸人は客を笑わせたい。客は笑いたいわけではない。しかし笑ってしまう。無から有が生まれる。
これこそが「笑い」だと僕は考えるよ」
「よくわかりません。私には。」
「それはそうだろうさ。だって君はまだ一度だって、僕の前で笑ってくれてはいないんだから」