第8話
それから俺と先輩は、日が落ちかける頃合いの街を、あちこちと散策して回った。
王様から幾分かの軍資金を受け取っていたので、それを使って、武器や防具や日用品のショッピングをする。
そうしてしばらく街中を歩き回っていると、いい加減に夜の帳が落ちてきた。
魔道士が街灯に、魔法で灯りを点けて回っている姿を見掛けたりする。
「そろそろ今日泊まる場所を探さないとね」
「宿屋、確か街の入口近くにあった気がします」
そんなわけで、俺と先輩はともに、宿屋へと向かったのだが……。
「悪いねぇ勇者様、今日はもうあと、二人用の相部屋一部屋しか空いてないんだよ」
宿屋の女将の言葉に、俺と先輩は、顔を見合わせる。
「それって……」
「あー……」
困った。
いくら恋人同士になったからと言って、即日いきなり男女同室っていうのは、さすがにまずい。
「じゃ、じゃあ、俺が野宿しますから、先輩は宿とって泊まってください」
俺がそう言って宿から立ち去ろうとすると、先輩はその俺の後ろ手を取って、引きとめてきた。
「それはダメ。その……一緒に泊まればいいよ」
「えっ……? それって……」
「ち、ち、違うから! 別に同じ部屋に泊まるだけで、変な事しなければいいだけだって、そういうこと!」
そんな俺たちの様子を見て、宿屋の女将さんは優しい顔をする。
「じゃあ、お二人様ご宿泊でいいね。何なら変な事してもいいけど、部屋とかベッドを汚したら、清掃の手間賃として追加料金もらうからね」
「ちょっ、ちょっと、女将さん!?」
「あぅ……」
女将さんのあんまりな対応に、ツッコミを入れる俺と、真っ赤になって俯いてしまう先輩。
「ほら、男子ならエスコートしてやんな」
女将さんは俺に部屋の鍵を渡し、背中を押してくる。
俺は仕方なく、真っ赤になって小っちゃくなってしまっている先輩を連れてゆく。
「と、とりあえず、部屋まで行きましょう」
「……うん」
……あかん、また先輩が可愛くなっちゃってる。
大丈夫かな、俺……。
「こ、ここからこっちには、来ちゃダメだからね」
夕方買って来た俺と先輩用の剣を、先輩が鞘ごと二本、縦に並べて部屋に仕切りを作る。
四畳半ほどの空間にベッドが二台置いてあるだけの狭い部屋は、それによって真っ二つに仕切られる。
ただ、仕切ったとは言っても、物理的に何か障壁があるわけでもない。
そういう『ルール』を決めただけだ。
自分のベッドから降りて、大股で一歩進めば先輩のベッドに辿り着くような至近距離であるから、それで安心しろというのは、ちょっと無理がある。
ちなみに、俺と先輩はすでに夕食を済ませ、湯浴みもして、あとは寝るだけという状態だ。
「……じゃあ、灯り消すね」
買って来た寝衣に着替え済みの先輩が、部屋の天井から吊るされているランタンの灯を、そのシャッターを開き、息を吹いて消す。
一秒ほどの間に灯りは消え、部屋は真っ暗闇に包まれた。
先輩が手探りで、自分のベッドまで進むぎしぎしという足音が、妙に生々しく聞こえてくる。
ちなみに俺はすでに、自分のベッドの上で横になっている。
「…………」
「…………」
先輩がベッドに転がってからは、お互い無口になった。
先輩の単なる息遣いが、艶めかしく聞こえてくるから恐ろしい。
先輩が寝返りを打つことにより生じる、ベッドと床の軋む音が、俺の妄想力をむくむくと膨らませる。
……寝れない。
こんなの寝れるか、無理だろ。
「……ねぇ、相沢くん」
暗闇の中から、先輩の声が聞こえてきた。
「はい」
「今日ね、私、すごく楽しかった」
「俺もです」
「……よかった。私ばっか、我がまま言ってたし、告白はしてくれたけど、やっぱり嫌いになられたらどうしようってビクビクしながら、でもね、もしこれが夢なんだったら、やりたいことやっちゃえって思って……」
……ないわー。
あれやられて嫌いになれとか、そんなん無理ゲーすぎるわ。
「……相沢くん」
「はい」
「……明日もまた、べたべたしていいですか」
……うちの彼女、ちょっと何言ってるんだかよく分からないんですが。
「あなたにご褒美を与えてもいいですか?」っていう許可申請とか、意味が分かりません。
「よ、よろしくお願いします」
「……ふふっ、よかった♪ おやすみっ」
「お、おやすみなさい」
それで先輩は満足したのか、しばらくすると、すぅすぅと寝息を立てて寝てしまった。
……うん、俺も寝よう。
今日はたくさん運動して、疲れてるしな……。