第5話
5分か、10分か、あるいはそれ以上か。
とにかく随分と長い時間、俺と先輩は、互いを抱き締め合っていた。
そしてやがて、どちらからともなく、離れる。
俺は恥ずかしくて先輩の顔を真っ直ぐに見れずにいたが、先輩も同じようで、顔を真っ赤にして俯いていた。
「……い、異世界って、怖いですね」
「そ、そうだね。何か解放的にさせられちゃった気がする」
そんな話をしながら、俺たちは気を取り直して、また獣道を下り始める。
それから森を抜けるまでの間に、俺たちはさらに二回、ゴブリンの群れに遭遇した。
が、レベルも上がっていた俺と先輩は、こいつらを難なく撃破。
ちなみに、それによって俺と先輩は、ともに3レベルへとアップしていたりする。
攻撃力に若干劣る先輩はともかく、俺のほうはそろそろ、素手でゴブリンを一撃撃破できるんじゃなかろうか。
そんなこんなしながら、ようやく俺たちは森を出て、人里へと到着した。
見飽きた木の幹の群れがようやく視界からなくなったかと思うと、そこには一面の麦畑が広がっていた。
またその一面の畑の間に、ぽつりぽつりと木造の家屋が点在していて、その景色がずっと向こうまで続いている。
そして、だいぶ遠くの方に、灰色の石の壁で覆われた街が見える。
あそこまではまだ、しばらく歩かないと辿り着けないだろう。
「お~う、若いの。変な格好してんのぅ、旅人か?」
俺たちが麦畑の間のあぜ道を、街の方角へ向かってのどかに歩いていると、少し遠くで畑仕事をしていた中年の農夫が、声を張り上げて話しかけてきた。
これには先輩が、同じく声を張り上げて応える。
「はい! この先の街に行きたいんですけど、ここ、真っ直ぐで大丈夫ですか?」
「ああ、その道まっすぐ行けば着くよ。──森から来たみてぇだが、ゴブリン多くて大変だったろ? 最近またわんさか湧いてなぁ」
「大丈夫です、彼氏が守ってくれますから」
「ちょっ、ちょっと、先輩!?」
「ははは、熱いのぅ。ま、気ぃ付けてな」
「はい、ありがとうございます」
そう言って先輩は農夫に頭を下げて、あぜ道を先へと進み始める。
俺も会釈だけして、先輩を追いかける。
「えへへー、彼氏自慢。リア充経験なんてないから、一度やってみたかったんだ」
先輩は言って、ぎゅっと俺の腕に抱き付いてくる。
「せ、先輩、またなんか変なテンションになってません?」
「うん、なってる。人に会えたから嬉しくなっちゃったみたい。でも、付き合ってって言ったの相沢くんの方からだからね。今更、こんな人だとは思いませんでしたーなんて言っても、遅いんだから」
そう言って俺の腕にしがみついて甘えてくる倉橋先輩。
……いや、そのね、そのとても素晴らしいお胸が、俺の腕に当たってるんですけど、いいんですかね?
「──でも、言葉通じたね。映画の吹き替えみたい」
「ああ、それは俺も思いました」
さっきの農夫の言葉だが、先輩の言う通り、映画の吹き替えのように二重に声が聞こえてきたのだ。
はっきりと聞こえるのが日本語の言葉で、背景で現地の謎の言葉が小さく聞こえてくる感じ。
一方で、先輩が話した言葉も、日本語の言葉はもちろんはっきりと聞こえるのだけど、その背後で先輩の声で、現地言葉らしき言語に翻訳された言葉が発せられるのが、小さく聞こえた。
おそらくはあの農夫には、その翻訳された現地言葉が聞こえているのだろう。
「便利だね。ご都合主義的だけど許す」
「翻訳こん●ゃく、いいですよね」
そんな話をしながら、俺たちは街へと向かって歩く。
──が、依然として先輩は、俺の腕にしがみついたままだ。
「……先輩、いい加減熱くないですか?」
「熱いよ?」
「離れないんですか」
「……相沢くんは、べたべたするの嫌?」
「嫌じゃないですけど……さっきからずっとドキドキしてて、欲望が暴走しそうで怖いです」
「わっ、それは何かヤバそう。……もうちょっとリア充を満喫したかったけど、しょうがないから逃げる」
そうやって俺の腕から、名残惜しそうに離れてゆく倉橋先輩。
そんな先輩が可愛すぎて、年上とは思えなくて……とにかく思うことは、夢ならいつまでも覚めないでくれということだった。