第3話
麗らかで気持ちがいいからと言って、森の中で無邪気にお昼寝というわけにもいかない。
とりあえずは、食べ物をどうやって調達するかとか、考えないといけない。
「勇者っていうなら、お城に召喚してくれればよかったのにね」
「何かいろいろ混ざってますよね」
「うん。──私たちは森スタートでしょ? ここから定番だと、いきなりモンスターに襲われるとか、暗殺者に襲われているお姫様の馬車に出会うとか……」
「俺は最初の展開は、冒険者ギルドが好みかな」
「あ、分かる、冒険者ギルドルートいいよね。何か『自由』って感じがして。……たいていこういうのって、どうやって冒険者ギルドまで行くんだっけ?」
「だいたい、案内役になる人に出会ったり、そもそもチート能力をもらうときの女神様が、一緒について来たりとか」
「えー、どっちもいないよ。どうしよう」
結局、先輩と二人で話し合って決めたのは、「どうにかして街まで行こう」というもの。
今いる森にも獣道らしきものはあるから、その道を一方向に向かって進んでいれば、きっとどこかには辿り着けるんじゃないか、という行き当たりばったりな作戦だった。
とは言っても、ほかに何も手が思いつかないのだし、このまま何も行動しないよりはマシだろう。
「あー、でも、相沢くんが一緒にいてくれてよかった」
二人で森の中をぶらぶら歩いていると、先輩がそんなことを言った。
「私一人でこんなところに迷い込んだら、もうとっくに泣いちゃってるよ」
「でも、あのラノベが原因だとしたら、どっちかって言うと俺が先輩を巻き込んじゃったほうなんじゃ?」
「──あ、そっか。じゃあ相沢くん、責任を持って私を守ってください」
「うっ……分かりました、努力します」
「えへへ、ごめん、冗談だって。私も勇者なんだし、戦うよ。こういうファンタジー世界の戦うヒロインっていうの、結構憧れてたんだ」
先輩はそう言って、えいっとキックを放つ。
スカートから伸びた蹴り脚は、ずいぶんと様になっているように見えた。
「先輩、何か格闘技でもやってたんですか?」
「……ううん、全然。完全にインドア派、もやしっ子だよ。でも何か、体がすごくうまく動く感じがする」
倉橋先輩はさらに三回素早く蹴りを放ち、さらにはボクシングのように構えて、目にも止まらぬスピードのジャブを数回繰り出した後に、右ストレート。
たまたま宙を舞っていた葉っぱが、先輩の拳に振れると真っ二つに割れて、それぞれがひらひらと落下した。
「……凄くない?」
「俺もやってみます」
というわけで、俺も先輩に倣って、体を動かしてみる。
バク転、前方宙返り、倒立歩行──そういったアクロバティックな動きも、難なくこなせた。
やはりこの世界に来る前の自分とは、比較にならないほどの運動能力を持っているようだ。
「ね、ね、相沢くん。組み手してみない?」
先輩が俺の前で後ろ歩きしながら、子どものように目を輝かせ、そう提案してくる。
「いえ、さすがに女子とそういうのは……」
「あー、バカにして! 女だから弱いって思ってる!」
「そういう問題じゃなくて──あ、その前に、いい相手が来たみたいですよ」
「……はい?」
俺の前で首を傾げる先輩に、俺は先輩の向こう側、前方を指さして示唆する。
俺が指さした先、十メートルぐらい前方には、子どものような体格の赤茶けた色の肌を持つ生き物が、数体現れていた。
大きく裂けた口元から牙を生やしたその生き物たちは、服はボロボロの腰布を身に付けているだけ、武器は少し太めの木の枝といったぐらいの棍棒を持っている。
「あれって、ひょっとしてゴブリンってやつかな?」
「ちょっとステータス鑑定してみます」
俺は小柄な生き物たちのうちの一体をじっと見て、ステータス鑑定を試みる。
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ゴブリンA
種族:ゴブリン
クラス:ゴブリン(一般)
レベル:1
HP:10
MP:2
STR:4
VIT:5
DEX:4
AGL:5
INT:1
WIL:1
LUK:2
ATK:8
DEF:3
スキル
・暗視
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「先輩、正解。ゴブリンです」
「……強そう?」
「俺とか先輩のステータスと比べると、すんごいザコっぽいですけど、実際にやってみないと何とも」
とか何とか先輩と話しているうちに、ゴブリンたちはこっちに気付いて、のたのたと駆け寄ってきた。
俺と先輩はそれに対し、素手で応戦しようと構える。
便利なことに、こういう様になる構えは、頭が知らなくても、体が知っているという次第。
「ねぇ相沢くん、私ひとつ、試してみたいことがあるんだけど、やってみていい?」
「……? いいですけど」
律儀に俺の許可を取った先輩が何をし始めたのかというと──背筋を伸ばして立ち、半身になって、その右手の平を前に突き出し──
「──ファイアボルト!」
先輩の口から弾む声が発せられたかと思うと、突き出した手の平の前に直径二十センチメートルほどの炎の塊が出現し、それが発射された。
先輩の髪やスカートをたなびかせて発射された炎塊は、数メートル先にいるゴブリンのうちの一体に瞬く間に着弾し、そのゴブリンの全身を炎で包み込んだ。
そのゴブリンは、すぐに黒焦げになって倒れ、その体は青い光の粒となって消え去る。
青い光の粒は空中で収束し、小さな宝石となって地面に落っこちた。
「やっぱりできた! すごいすごいっ!」
先輩は魔法が使えたことに興奮しているようだ。
確かにステータスの『魔法』の欄に、『ファイアボルト』って書いてあったな。
何でも試してみるもんだなぁ……。
とか思っていると、残ったゴブリンたちが、ようやく目の前まで近付いてきていた。
さて、俺も気張らないとな。
目の前に迫るゴブリンの数は、合計四体。
そのうちの、最初に俺の前に辿り着いた一体が、棍棒を振り上げ、俺に攻撃してくる。
俺は振り下ろされる棍棒を、片手で横へと叩いて、狙いを外させる。
そしてもう一方の手で拳を作り、そのゴブリンの胸に叩き込んだ。
メキメキとめり込むような一撃を受けたそのゴブリンは、もんどりうって数メートル吹っ飛ぶ。
すると今度は、その間に俺に接近していた別の二体のゴブリンが、左右から襲い掛かってきた。
さらに少し時間差で、別の一体のゴブリンが攻撃してくるのが分かる、
さすがに全部は、回避できそうにない。
俺はひとまず、左のゴブリンに蹴りを放ち、吹っ飛ばす。
そのゴブリンは、二メートルほど後方にあった木の幹に背中をしたたかに打ち付け、崩れ落ちる。
その間、右のゴブリンの棍棒が、俺の右腕に命中した。
「──っ!」
痛い、と思ったが、逆に言うと、少し痛い程度で済んだ。
青あざぐらいにはなるかも、といった感じ。
そうこうしているうちにも時間差で、次の一体の攻撃が来る。
俺の左肩に向かって振り下ろされたその棍棒の一撃は、これも体勢的に回避できそうにない。
俺が再びのダメージを覚悟した時──そのゴブリンが、横に吹っ飛んだ。
「──大丈夫、相沢くん?」
いつの間にか俺の前方に回り込んだ倉橋先輩が、横手から蹴りを入れたのだ。
蹴られたゴブリンは数メートル吹き飛び、ゴロゴロと転がって倒れる。
「先輩、それ女子にやられちゃうと、俺、形無しです」
「古いなぁ。時代は男女平等だよ」
俺と先輩は背中を合わせて、周りに散ったゴブリンたちに備える。
俺や先輩が一撃を入れたゴブリンたちは、よろよろとしながらも立ち上がり、再び襲い掛かってくる。
一撃が入ったゴブリンたちのステータスを鑑定してみると、最初10あったHPが、4とか6とかに減っていた。
さすがに素手による攻撃では、一撃必殺とはいかないらしい。
「私のMPね、ファイアボルト使って2点減ってた。今は12/14。あまりほいほい魔法使うわけにいかないね」
「じゃあ、残りは全部、素手で片付けます?」
「二人なら楽勝でしょ」
「ですね」
俺と先輩は、襲い掛かってくるゴブリンたちの攻撃を捌きつつ、次々と拳や蹴りを叩き込んで行く。
襲い掛かってくるゴブリンたちがその都度吹き飛び、そのうちダメージがかさんだ者は、光の粒となって消滅してゆく。
そうして、十秒と経たないうちにすべてのゴブリンは消滅し、そのあとには合計五つの宝石が、地面に転がっていた。
「こうやってモンスターが倒したら消えちゃうと、異世界っていうより、VRMMOっぽく感じるね。──そうなのかな?」
「……さあ? でも俺たちの世界にはまだVRMMOとかできてないですし、あり得ない世界っていう意味では、どっちにしても大差ないんじゃないですかね」
「むっ、それもそうか」
俺たちはゴブリンたちが残した宝石を拾い上げて、それぞれのポケットに入れると、再び森の中の獣道を歩き始める。