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第2話

「んっ……」


 意識を取り戻した俺が目蓋まぶたを開き、真っ先に見たものは、至近距離にいる倉橋先輩の寝顔だった。

 地面に横たわった俺の、目と鼻の先、ほんの十数センチの距離だけを離して、セーラー服と眼鏡姿の先輩が、すぅすぅと寝息を立てている。


「うわぁっ!」


 その異常事態をようやく認識した俺は、慌てて起き上がり、バタバタと先輩から距離を取った。

 そうすると、ようやく辺りの風景が視界に入ってきた。


 さっきまで放課後の教室にいたはずの俺は、今やまったく違う場所にいた。

 屋外──それも、たくさんの木に囲まれた、森の中と思しき場所にいる。


 鬱蒼うっそうとした中に、木漏れ日が細い光の帯となってところどころに注いでいるような、静かな森。

 そこに、俺と先輩の二人だけが、この世にたった二人の人間であるかのように、存在していた。


「んぅ……」


 横向きに寝ていた先輩が、寝返りを打って、仰向けになる。

 薄手の夏服を押し上げる大きな胸が、規則正しく上下している。


 ちなみにだが、先輩が制服なのと同様、俺も半袖のワイシャツにグレーのズボンという、学校にいたときのままの格好だ。


「……先輩、倉橋先輩」


 俺は先輩の肩をつかんで、揺さぶり起こす。

 すると少しして、先輩が目蓋を開いた。


「ん……あれ……?」


 倉橋先輩は最初、事態が把握できないようで、ぼんやりとしていた。

 だけどすぐに、顔を真っ赤にして、金魚のように口をパクパクとし始める。


 俺は先輩のそのリアクションを見て、ようやく自分が今、彼女からどう見えているのかを理解した。

 仰向けに寝た先輩の両肩をつかみ、覆いかぶさるようにしている自分がいるわけで──


「すっ、すすすすすみませんっ! そういうんじゃ、ないんです!」


 俺は慌てて、彼女から離れる。


 それからしばらくは、ぐだぐだだった。

 俺はしどろもどろで、先輩は状況把握に精一杯で。

 ようやく二人が居住まいを正し、まともに話せるようになったのは、それから一分以上が経ってからのことだった。


「……相沢くん、ここは?」

「俺も分かりません。気が付いたら、俺と先輩がここに倒れていて……」


 両者が落ち着いたところで、俺は倉橋先輩に、くだんの落丁していたライトノベルの話をした。

 そして、それを先輩に見せようとしたときに、本から光があふれて、気が付いたらここにいたことを伝える。


 倉橋先輩は、しばらく何かを考えているようだった。

 ぶつぶつと、「いや」とか「でも」とかつぶやいている。

 そして最終的に、自信なさそうな控えめな声で、こう言った。


「ライトノベルだったら、異世界だよね、これ……?」

「……ですね。俺もそう思ってました」


 同じラノベ読みだからだろうか。

 倉橋先輩の出したアンサーは、俺がひそかに思っていたことと同じだった。


 非現実的と笑われるかもしれないが、でも、ライトノベルに自分の世界観を大幅に侵食されている人間の考えることなんて、だいたいそんなもんだと思う。


 ちなみに倉橋先輩の本の好みは、わりと雑食だ。

 女子が見て何が面白いのか分からないが、俺たち男子が好んで読むような萌え系異世界ファンタジー小説なんかも、よく読んでいたりする。


 ……ただ、会話はそこでストップする。

 「ライトノベルだったら異世界だよね」という点で二人の見解が一致しても、別段何の意味もないのだ。


 例えば、「ライトノベルの異世界ファンタジーなら、『ステータス』を見たいと念じればゲームのRPGのようなステータスが表示されるかもしれない」なんていう絵空事を、バカみたいに提案する気には、さすがになれないわけで……。


 でもまあ、試しにちょっと念じてみようかな……。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


相沢凍夜

種族:人間

クラス:勇者

レベル:1

EXP:0/10


HP:28/28

MP:12/12


STR:15

VIT:14

DEX:11

AGL:13

INT:10

WIL:12

LUK:12


ATK:15

DEF:9


スキル

・ステータス鑑定

・魔術師魔法(Lv1)

・僧侶魔法(Lv1)


魔法

・ファイアボルト

・ヒーリング


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「──うおっ、マジか!?」


 試しにやってみたら、頭の中に上のような情報が浮かんで、俺はひっくり返りそうになった。

 倉橋先輩は、そんな俺をびっくりした顔で見ている。


「……どうしたの?」

「先輩、だまされたと思って、『ステータスを見たい』と念じてみて下さい」

「え、ホントに?」


 俺に言われた先輩は、すっと目を閉じて、何かを念じるようにする。

 そして、驚いたという表情で、目を開いた。


「ホントだ……。何だろう、これが夢に思えてきた……」

「確かに、夢かもって思います」

「ね? 夢だって思う方が、納得はするよね」


 先輩からそう言われて、俺は考えてしまう。

 これが夢なのだとしたら、それは俺が見ている夢なのか、先輩が見ている夢なのか、どっちなのだろうと。


 答えは、俺の主観では、前者でしかありえない気もするのだが──もし倉橋先輩が、同じ夢を見ているのだとしたら──?

 そんなロマンチックなことも、意外とありうるんじゃないかと思ってしまったり。


「私、勇者なんだって。相沢くんは?」

「俺も勇者って書いてあります」

「……安売りだなぁ、勇者」


 ところで一番の夢じゃないかと思ってしまう部分は、今こうして倉橋先輩と、普通に気兼ねなくしゃべっているところだ。

 入学してからの三か月間でろくなことは何も喋れなかったのに、ここに来てから、普通の友達のように喋っている。


 何でだろう?

 やっぱり夢だから?


 ──いや、もっと単純に、「必要だから」なんだろうな。


「相沢くん、ステータス鑑定っていうスキル、そっちにもある?」

「あ、はい、あります。……先輩にも?」

「うん。これやっぱり、見たいって思えば、ほかの人のステータスを見れるスキルなのかなぁ」

「じゃないですかね」

「……じゃあ、相沢くんのステータス、見てみてもいい?」

「俺も先輩の、見てもいいですか?」

「そのつもりで、スキル持ってるか聞いたよ」

「……?」


 先輩の言葉の意味を考える。

 ……つまりは、そのスキルを先輩だけが持っていたら、先輩だけが俺のステータスを見れるのは卑怯だから見ない、とか、そういう律義りちぎさなんだろうか。


 まあ、先輩の真意はさておき。


「じゃあ、見ますよ、先輩」

「……さっきも思ったけど、その目的語を省略するの、わざとやってる?」

「……?」

「ううん、いい、何でもない」


 何でか恥ずかしそうにしている倉橋先輩。

 先輩の言葉は、やはり少し難解だ。


 ともあれ俺は、先輩を凝視ぎょうしし、そのステータスを鑑定しようと念じる。

 先輩もこっちを見ているから、ばっちり目が合ってしまう。

 少し気恥ずかしい──と思っていたら、先に先輩のほうが顔を真っ赤にして、音を上げた。


「ごめん、やっぱり、一緒に見るのはやめない? 一人ずつ見よう?」

「……ですね」

「うん、じゃあ、相沢くんからどうぞ」


 そう言って先輩は、恥ずかしそうに視線を外す。

 俺は再び先輩の姿をしっかりと見る。


 ……なんかこれ、グラビア写真の撮影をしているかのような、変な背徳感があるぞ。


「……も、もういい?」

「あ、すみません、もうちょっと待ってください」


 グラビア写真とか変なこと考えていたせいで、ステータス鑑定に集中し損ねた。

 改めて俺は、倉橋先輩を見据みすえて、そのステータスを鑑定しようと念じる。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


倉橋瑞月

種族:人間

クラス:勇者

レベル:1

EXP:0/10


HP:24/24

MP:14/14


STR:11

VIT:12

DEX:13

AGL:15

INT:12

WIL:14

LUK:13


ATK:11

DEF:8


スキル

・ステータス鑑定

・魔術師魔法(Lv1)

・僧侶魔法(Lv1)


魔法

・ファイアボルト

・ヒーリング


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「……ま、まだダメ?」

「あ、大丈夫です。見えました」

「だからぁ……いや、これはしょうがないか」

「……? えっと、細かい数字以外は、一緒みたいですね」

「そうなの? 私も見たい。今度は私の番」

「どうぞ」


 俺はそう言って、先輩から視線を外し、明後日あさっての方角を眺める。


 視線を外していても、視界の端で、先輩が眼鏡越しに俺を凝視しているのが分かる。

 ……なるほど、これは恥ずかしい。


「ん、見えた。いいよ」


 先輩も俺のステータスを確認し終えたみたいだ。

 しかしこのステータスを見られるというのは、裸の自分を見られるかのような、妙な恥ずかしさがあるな。


「さてと、この夢はだいたい、定番の異世界ファンタジーっぽい感じだって分かったわけだけど」

「チート能力がありませんよ」

「そう言えばそうだね。──まあそれはそうと、ここからどうしよう?」


 先輩からそう言われて、浮かれていた俺は、ようやく自分の今の状況を思い出す。

 鬱蒼とした木々の覆いの下で、ところどころ木漏れ日が差し込むような、静かな森の中。


 そんなところに、俺と先輩は二人だけで、ぽつねんとたたずんでいるのだった。


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