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第1話

 俺と先輩は、高校の制服姿で、麦畑の間のあぜ道を歩いていた。

 天気はカラッとした快晴で、気温は少し汗ばむ程度。

 少し遠くで農作業をしていたおじさんが、声を掛けてくる。


「あんたらぁ、森から来たみてぇだが、ゴブリン多くて大変だったろ。最近またわんさか湧いてなぁ」

「大丈夫です、彼氏が守ってくれますから」


 先輩は鈴のような声を張り上げて、農家のおじさんに返答しながら、俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。

 そうなると、セーラー服を押し上げて自己主張する先輩の大きな胸が、俺の腕に押し当てられるわけで……。


「せ、先輩……?」

「えへへー、彼氏自慢。リア充経験なんてないから、一度やってみたかったんだ」


 そう無邪気に言っては、猫のように懐き、甘えてくる先輩。

 これがまた、おそらくは天然なのが恐ろしいところで……。


 さて、そもそもどうして俺の身に、こんな嬉しいことが起こっているかというと──そこにはこんな出来事があったのだ。




 夏のある日の放課後。

 俺はいつものように、1年C組の教室を訪れた。


 そこにはいつものように、一人の先客がいる。

 セーラー服姿で眼鏡をかけた彼女は、教室内の窓近くの一席に姿勢正しく着席し、文庫本を読みふけっている。


 その横顔を見ると、俺はいつも心を奪われる。

 窓から注ぐ日の光は逆光となって、物静かな彼女を映えさせている。


「……どうも」


 俺が教室の入口から控えめに声を掛けると、彼女は俺の方を少しだけ見て、軽く会釈えしゃくし、また文庫本へと目を落とす。


 俺は教室の中へと入り、部屋の中央あたりの席──彼女が座っている席から、右に二席、後ろに一席離れたその定位置に陣取って、自分もカバンからライトノベルを取り出して、読み始める。


 文芸部──というのが、この教室で放課後活動している彼女と俺の、一応の名目的な所属先名である。

 ただ、これを大っぴらに文芸部ですと宣言するには、色々と不具合があると俺は思っている。


 第一に、この文芸部には、部員が彼女と俺の二人しかいない。

 去年までは三年生の先輩が結構いたらしいのだが、その人たちが卒業してしまった結果、今は二年生である彼女と、今年新入部員として入った俺の二人しか、所属メンバーが存在しなくなっている。

 本来は部員が五人いないと部活としては認められないらしいが、部費なし、兼任の顧問はほとんどノータッチという条件下で、例外的にどうにか存続が認められているという状況だ。


 そして第二に、文芸部とめい打ちながら、俺も彼女も自らが執筆活動をすることは、ほとんどないということがある。

 実際は二人とも、放課後に毎日ここに来て、本を読んでいるだけなのだ。


 それでも、お互いが読んだ本の内容に関して語らったりしていれば、まだ文芸部としての体裁ていさいが整っていると言えるのかもしれない。

 そして、そういう語らいに関しては、まったくないではないのだが──主に俺が彼女に話しかけて、彼女がそれに短く所見しょけんを述べ、俺が相槌あいづちを打って終わり、という大変に発展性のない内容だったりして、やはりそれらしくはならない。


 そんな状況にあって、彼女が何故、この文芸部をいまだに続けているのかは分からない。

 ひょっとするとただの惰性だせいなのかもしれないし、それ以外の何やら深遠しんえんな考えがあるのかもしれない。


 ただ言えるのは、毎日放課後にこの教室に来ると本を読んでいる彼女がいて。

 その上で俺は、もはや文芸部という部活動よりも彼女自身に興味があって、そのために毎日の放課後、この教室を訪れているということだ。


 それを不純な動機と言うべきなのかどうなのか、という問題は、まあとりあえずどうでもいいと思っている。

 部活動に参加する動機として不純であったとして、だからどうしたと開き直れるぐらいには、俺は彼女に対して恋慕れんぼの情を抱いているのだと思う。


 それよりも大きな問題なのは、俺がどうしよもなくヘタレなのだということだ。

 今日も今日とて、本を読む彼女の姿を斜め後ろの席からチラ見しながら、自分も同じように本を読むというカモフラージュをすることしかできない。


 彼女の名前は、倉橋(くらはし)瑞月(みづき)

 高校二年生で、俺の先輩にあたる。


 俺の名前は、相沢(あいざわ)凍夜(とうや)

 今年の四月に入学した、高校一年生だ。


 俺は彼女──倉橋先輩のことを、ほとんど何も知らない。

 四月から今まで、平日のほぼ毎日の放課後を彼女と一緒の教室で二人きりで過ごしているが、まともに話したことはほとんどない。


 それなのに何故、彼女のことを好きなのかと問われれば、これはもう、一目惚れとしか言いようがない。

 放課後に窓際で本を読む彼女の横顔に、どうしようもなく心を奪われてしまったのだ。


 ただ、俺は口下手だし、倉橋先輩はその俺に輪をかけたぐらいに寡黙だ。

 俺が何か話しかければ、先輩も受け答えぐらいはしてくれるが、それ以上、話がろくに弾まない。


 さりとて、拒絶されているという風でもない。

 ただ単に先輩が、俺以上に人見知りなだけなのか、どうなのか。


 ふと視線を上げると、そんな先輩の後姿、少し汗のにじんだ白いうなじが目に入った。

 俺はその色気にドキッとして、慌てて視線を逸らす。

 部活に参加する動機は不純であっても、彼女に対する気持ちは不純であってはいけないという、まあ何というか、我ながら子供じみた倫理観のようなものがあったりするのだ。


 そんな俺は今日も今日とて、持って来たライトノベルを開いて、そこに目を落す。

 目の前に好きな女子がいるのに、それを無視して、二次元の女の子にチヤホヤされるような異世界ファンタジー小説の世界に没入ぼつにゅうする。

 バカらしい話だなぁと思いながらも、読み始めるとやっぱり結構没頭(ぼっとう)してしまったりするわけで……。




 しかし、この日の事情は、ちょっと異なっていた。




「……?」


 俺はいぶかしむように、本のページをぺらぺらとめくる。

 だが、小説の読者なら誰でも求めるものが、そこにはない。


 俺が開いたそのライトノベルには、本文がなかったのだ。


 一体何を言っているのか分からないと思うが、要はページを開いても、完全に白紙なのだ。

 落丁らくちょうというのは、こういうものを言うのだろうか?


 俺が本屋で何となく絵買いした、そのライトノベルの表紙の帯には、「この物語の主人公はキミだ!」などと書かれている。

 どういう意味だろうと少し期待していたのだが、さすがにまっさらな白紙では、判断のしようもない。


 だけど俺は、これをチャンスだと思った。

 先輩に話しかける、きっかけができたからだ。

 先輩はちょうど今、一冊を読み終えたところのようで、うんと伸びをして体をほぐしているところだった。


「倉橋先輩、これ──」


 そう言って俺が、席から立ち上がり、先輩に本を見せようとしたそのときだった。




 白紙のページが開かれたその本から、突如とつじょ、まばゆい光が放たれ、教室中に広がった。


 俺と先輩は、あっという間にその光にまれてしまい──

 俺は、真っ白な光の中で、意識を失った。


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