石造る微笑
「ルカ=サカハラの今年の新色は雪のように穢れのないピュア・ホワイト!貴女の冬を清浄な光で包みます……」
スポットライトに照らされ、純白の衣装を身につけ、舞うように歩むモデルたち。坂原は盛況を見せるショーの最中に会って一人、酷く不満そうに顔を歪めた。駄目だ。まだ足りない。
坂原の望む美しさはこんなものではない。もっと恐ろしく、もっと抗いがたいものだ。暗闇の中に会っても、一際激しく、それでいて恐怖さえ感じるほどの光を放つ存在こそ、美しいと形容するにふさわしい。坂原はそれを、旅行中に赴いたギリシャで見つけた。誰も立ち入った事のない寂れた神殿の中で。
艶めかしい白い肌、燃えるような赤い瞳。その頬を愛撫するように蠢きまわる艶やかな鱗たち。血のように真っ赤な唇、蛇のような舌。枝のように細く、しかししなやかで儚さなど感じさせない生命力に満ち溢れた首筋。丸みを帯びた、しかし無駄の一切を省いた、均整のとれた肢体。桜貝のような爪。
坂原はそれに出会った瞬間から、それに似あう服を探し続けた。あの美しい姿に見合う衣装を求め続けた。確かにあれは暗闇の中に会って坂原の心臓を貫くほどに強烈な美を秘めていた。しかし、まだ足りない。あれは、あの坂原を凍りつかせた美は、暗闇の中に居続けていていい存在ではないのだ。
坂原は半生の全てをそこに費やした。人生の全てをかけたといいきってもいい。それほどまでに、「それ」に似合う衣装を求め続けたのだ。しかし捜すうちに、それがとんでもない誤解である事に気づいた。あの美しい存在に出会ったのは、おそらく彼一人きり。見たこともない者のために衣装を作るデザイナーなど存在するはずもない。
坂原はデザインの勉強を進めた。独学でデザインを学び、高名なデザイナーの元へ弟子入りし、独自のブランドを立ち上げて独立した。あの存在の美しさをさらに際立たせる衣装を作るため。坂原は、他人に作れぬのならば、その衣装を作る事が出来るのは己しかあるまいと考えたのである。
今や坂原は世界の第一線で活躍する一流デザイナーになりおおせた。人体の美しさを最大限にまで引き出さんとする坂原のデザインは、世界中の人々が口々に褒めそやす。もはや世界に坂原の名を知らぬものは存在しない。しかし、まだ足りない。まだ駄目だ。まだ醜い。どれだけ粋を凝らそうと、あの美しさの前にに霞んでしまう。
坂原は静かに膝を撫でた。トップモデルが舞台袖へやって来て、ゆったりとした所作で彼の背後へ回る。そして恭しく彼の座る車椅子のハンドルを握ると、ゆっくりと前へ押し出した。その時、緩やかに彼女の頬を滑った髪が、まるで蛇のように坂原の首筋に当たる。温かい吐息が坂原の耳を掠めた。
「……ねえ、早く私に似合う服を仕立ててくださいな。でないと貴方、じきに石になってしまってよ」
その言葉と共に、膝がギシリと痛む。しかし、まるで睦言のように囁かれた、優雅な口調での恫喝は、坂原に至上の悦びと興奮をもたらした。
メデューサに魂を売り渡して得た、禁断の悦楽だった。
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「石造る微笑」 了




