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page.9 レヴィと共同依頼:前編

 天気は晴れ、雲一つない晴れきった空である。12月にしては温かく、風も厳しい寒さと言うよりは、冬の匂いを含み、身体の中を冷たく洗い流していく様な、どちらかと言えば爽やかな気候である。

 そんな冬の風に吹かれ、平原の枯れかけた草達が静かな音色を奏でる。

 殺風景ではあるが、漂う哀愁もまた一つの風情であろう。

 

 しかし、そんな人気無く哀愁漂う草原の風情も、そこに血の雨が降り注げばぶち壊しである。犯人は勿論、お嬢だ。今日はインナーの上に黒のレザー装備を基調とした、冒険者然とした服装をしておる。

 

 彼女は現在、ギルドの依頼をこなしている最中である。

 最近街道沿いの草原に棲息数が急増しているという『ゴブリンの調査と、可能であればその討伐』と言う依頼に繰り出して来たのだ。すでに、街道を通る人々や荷馬車にも相当数の被害が出ているらしい。 

 

 我輩達はわざと街道を外れ草原を歩んできたが、出るわ出るわ。

 今もまたお嬢の左腕が霞むようにして振るわれ、ナイフを投擲。一匹のゴブリンの眉間に深々と突き立てられる。

 逆の手には血に濡れた打刀が一振り。どちらも先日、街で店売りの品を買い求めたものである。万が一を考えて、気軽に振り回せる得物があった方が良い。と、その場しのぎに用意した、頑丈さだけが売りの数打ちの安物である。 

 

 因みに、気軽に振り回せない雪月花は我輩の背嚢にくくりつけてある。

 

「お見事!流石は姉さん!」

 

「斥候のあっしより投擲が達者とか…自信無くなりやすねぇ…」

 

「何言ってんだ。姉さんは別格だよ。見ろ、剣で斬られた奴なんて、原型すら留めてねぇぞ」

 

 …そう言えば今回の依頼、Cランクである。Bランクの依頼は残念ながら品切れ。お嬢の食指を動かす依頼は、これ位しか無かった。しかし、先日ギルドから釘を刺されているため、当然単独での受注は許可されなかったのだ。

 丁度そこに、いつも通りギルドにたむろしていたイザーク達のパーティー三人組が通りかかり、共同での依頼を受ける事と相成った。

 

 細身のナイフ使いが斥候役のザック。オーガ並みの体躯を誇る、バトルアックスを得物にするビギンズ。そして、パーティーリーダーの大剣使い、イザークの三名である。

 

三人揃うと、どうしても小悪党三人組という感が否めない連中であるが、腕前は中々の物だ。

 

 いつも酒場に入り浸っている駄目人間達かと思いきや、サンドラのギルドでは中堅どころらしい。お嬢に負けじと、先程からゴブリン達を仕留めている。

 

「お主ら中々やるではないか。正直、あまり宛にはしていなかったが」 

 

「いやいや、姉さんに比べたら児戯にも等しいってなもんですよ」

 

 

 謙遜するイザークであるが、先程のゴブリン達を仕留めた際のコンビネーション等、中々大したものであった。 

 斥候役のザックがナイフの投擲で敵を誘いつつ弱らせ、盾役のビギンズがバトルアックスで足止め、そして大剣を振るうイザークと共に敵を仕留めて行く。

 三人の連携が形になっておる。各々が自らの役割をキチンと果たしておるのだ。この辺りは冒険者としての経験の賜物であろう。

 

「足を引っ張る様だったら、置いてくつもりだったんだけどね」

 

 この無体な台詞はお嬢である。


「いやいや…それだけは勘弁して下さい、姉さん…」

 

 

 共同での依頼を受けた以上、イザーク達だけ結果を出さず帰る訳にも行かない。冒険者にとって、ギルドからの信用は死活問題であるからな。

 

「イザークよ。お嬢なりの冗談である。気にするな」

 

 まぁ実際、完全にお嬢におんぶにだっこであったなら、間違いなく途中で置き去りにしたであろうが。

 

「それよりお主ら、随分とご機嫌であるな?」

 

 イザークなど、先程からずっと満面の笑みである。元が厳つい顔のイザークなので、正直気持ち悪いのだが。

 

「いやぁ、姉さんの勇姿が間近に観れるってんで、今日は楽しみにして来たんですよぉ。」

 

 暢気な物である……イザーク達は気が付いていない様だが、この状況はちと尋常ではない。

 

 ゴブリンの数が多すぎるのである。今お嬢が仕留めたのも数えて、既に30匹。普通は街道側の草原でこんな数のゴブリンに出くわす事は無いのである。


「これは、近くに大規模なコロニーでも出来たのであろうか?」

 

 誰に問い掛けた訳でも無いが、答えたのはお嬢だった。

 

「だとしたら、見つけ出して潰すだけ、よ」 

 

 投擲したナイフを回収しながら我輩に言葉を返す。心なしか顔が生き生きとしておる。

 

  

「お嬢よ。もし、コロニーを発見したら一度ギルドに報告するべきである」

 

「何でよ?どうせまた討伐しに来なきゃいけないんだから、二度手間じゃない」 

 

 …この、脳筋娘は…

 

「考えてもみよ、お嬢。先日そなたが潰した小規模なコロニーでさえ50匹程の規模で、見廻りの者は5匹程度だったであろう?」

 

「姉さん、そんな数を一人で殺ったんですかっ!?」

 

 イザークが目を剥いているが、流す。

 

「先のゴブリンの数から考えられるのは、数百規模のコロニーである。我輩達だけでは手が足りん」

 

納得したのかしてないのか、難しい顔で唸るお嬢。

 

「いやいや姉さん、この人数でそんなでかいコロニー、何とか出来る訳無いですよ?」 

 

 と、これはザックである。『数百規模』という我輩の言葉に顔を青くしている。

 

 とにかく、もう少し詳しく探ってみない事には何とも言えないのである。

 

 我輩達はそこからは更に街道を離れ、ゴブリンの姿を探す。

 最終的にはコロニーの場所を確認して、ギルドに報告するのが最もベターであろう。 

 

 …お嬢が暴走せぬように、しっかりと目を光らせておかねばなるまい。

 

 

 

 

 

 状況に変化があったのは、捜索を再開して30分程経過した頃であった。

 どうしたことか、先程まで湧くようにして現れていたゴブリンが、ぱったりと姿を見せなくなった。 

 


 …いや、これは…かすかではあるが…

 

 

 

「居ねえなぁ…どうなってんだ一体?」

 

「全部狩り尽くしちまったのかな?」


「でなきゃ残った奴等、逃げちまったんじゃ無いですかい?姉さん」


 

 楽観するイザーク達とは反対に、警戒心を高めるお嬢。

 我輩の知覚も、少し前からその朧気な気配を捉えていた。

 

「……違う」

 

お嬢が独り言の様に呟き、打刀の鯉口を切る。霧がかかったような曖昧な気配が、次第に近付いてくる。

 

「「「え?」」」

 

 気付かぬイザーク達が、呆けた声をシンクロさせ…

 

 その直後。

 

 それはまるで、降って湧いたかのように、唐突に現れた。 

 

「後ろである!」

 

 我輩の警告に、瞬時に反応したのはお嬢。その場で半回転しつつ、構えていた打刀を抜刀。そのまま逆袈裟気味に振り上げる。

 

 遅滞なく、刃同士の噛み合う甲高い音が周囲に響き、漸くイザーク達もその存在に気が付いた。

 

「…うぉ!?」

 

「ク、クリープブレイド!?」

 

「Aランクの魔物が何でこんなとこにっ!?」

 

 その刃はビギンズの背後。首筋にまで迫っていた。お嬢の打刀が間に入らなければ、その首が飛んでいたであろう。

 

 その魔物の容姿は一言で表すならば、細身のオーガ。漆黒の肌は艶がなく、特徴的なのは、意思を感じさせない、水銀を流し込んだ様な無機質な瞳。その手に持った両刃の剣は瞳と反比例するように、殺意を凝縮した、剣呑な暗い光を放つ。

 

 Aランクの魔物、クリープブレイド。その特異性は、我輩やお嬢にすらこの距離に近付くまで明確には存在を悟らせぬ、その隠密能力である。

 

 その陰遁で音もなく迫り、手練れの冒険者すら一太刀で葬るその手腕から『ベテラン殺し』の異名を持つ、驚異の暗殺者。

 

 

 振り返った自らの眼前で鍔迫り合いの火花を放つ二対の刃に、思わず後ずさるビギンズ。

 それを横目に確認してクリープブレイドの刃を弾き、間合いを取るお嬢。

 

 しかし、迫る危機はそれだけではない。

 

「全員、後退せよっ。囲まれているぞ!」 

 

 クリープブレイドに続く様に、続々と周囲に魔物の気配が集まりつつあるのだ。

 

「一体何がどうなってるんで!?」

 

 ザックがやけくそ気味に叫びながらも後退する。だが、その最中にも魔物の気配は狭まり、あまりにも迅速に完全な包囲網が完成される。

 

「むう…」

 

 

「こりゃ…ちょっとヤバイんじゃないですか?」

 

 自然と、五人が互いに背中を合わせ包囲網に対峙する形となる。

 周囲を囲むのはクリープブレイドを筆頭に、20程のゴブリンにブラッドエイプ。

 

 

「待ち伏せされたのかな?」

 

「その様であるな。しかし、お嬢よ。そなたが依頼で討伐に来る度、何かしら問題が起きるのである。一体どんな星の下に生まれて来たのだ?」

 

「私だって好きで問題起こしてる訳じゃ無いわよっ。て言うか、然り気無く人のせいにするなっ!」

 

「お二人とも、状況解ってやすか!? そんな話してる場合じゃ無いでしょ!!」

 

 ザックが泣きそうな声で叫ぶ。

 うむ。これは、流石に我輩も手を出さねばならんか…

 

「イザーク、ビギンズ、ザックよ。お主らはなるべくこの場を動かず、身を守れ。」

 

 慌てて首を縦に振る三人。お嬢を見れば既に氣を整え始め、闘いに備えている。

 


「お嬢よ、アレはAランクの魔物である。…やれるか?」

 

「誰に物言ってんの?…望む所、よ」

 

 何時もの肉食獣の笑みで、クリープブレイドを睨み付けるお嬢。

 その身体には既にエーテルが満ち、蒼い光が立ち上ぼり始めている。

 やはり、以前と比べて格段にエーテルの取り込みが上達しておる。その速度、氣の質、共に達人と呼ばれても差し支えない程に。確かな日々の鍛練の成果であるな。

 

「では、我輩は他の露払いを受け持とう」

 

 これならばAランク相手でも、良い勝負を見せてくれるであろう。内心でその成長を楽しみながら、我輩も氣を整え、闘いに備える。

 

 

 クリープブレイドを始め、魔物達の包囲網が徐々に狭まる。同時に高まってゆく緊張感。

 

 思えば、自ら闘いの矢面に立つのは、果たしていつ以来であったか…

 

「さて、加減を見誤っても…恨んでくれるなよ?小童(こわっぱ)どもよ」

 

 

 

 我輩の言葉と共に、闘いの火蓋は切って落とされた 。

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