page.7 初仕事と脳筋娘:後編
我輩は考える。
我輩達が踏み込んだこの場所は比較的、森と街道の境界線から近い場所である。
しかし、今現在我輩の目の前に居る魔物は本来、森のもっと奥地に生息するはずの鬼、オーガである。彼らは森の中に住み、遭遇すれば人間を襲い、食糧とするが、同じく魔物であるオークやゴブリンでも食らう。
こんな街道近くの場所までわざわざ出てくる必要は無いのである。
だとするならば…
我輩の思案の間にもオーガは距離を縮めてくる。その進行方向にある木々を薙ぎ倒し、土煙を上げながら。
その姿は例え冒険者であろうと、胆の弱い者であれば逃げ出してしまいそうな迫力である。
それに対峙するのは一人の少女。突進してくるオーガを真っ直ぐに見据え、静かに氣を練り上げ続ける。何も知らぬ他者がその光景を見れば、その先に待ち受ける惨劇を想像し、顔を背けてしまうであろう。端から見れば確かに、異常な状況である。
やがてお嬢の身体を青白い光が包み始め、その光が次第に力強さを増して行く。エーテルを取り込んだプラーナが、彼女の細胞の一つ一つを活性化しているのだ。
この状態では、自然治癒力や外皮強度が上昇し、プラーナを纏うその拳の一撃は、岩をもたやすく砕く。カンナギ流の戦士、その戦闘力が十全に発揮される瞬間である。
『グルアアアァァァ!!!』
オーガの雄叫び。 ついに彼我の距離が零になり、間合いが接触する。
先手はオーガ。その豪腕が無造作に振るわれ、お嬢に迫る。しかし、
「ふっ!」
「は…?」
「ウソ…」
「なんだそりゃ…」
『ガァ!?』
三人組の間の抜けた声が上がり、オーガの目が驚愕に見開かれる。
お嬢は、オーガのその一撃をかわさなかった。
あろうことか、納刀されたままの雪月花を刺突の要領で突き出し、オーガの拳を迎撃。身体ごとその場に押し留めたのだ。
『ガァ!ガルァァアアアアア!!』
なんとか拳を押し込もうと、地団駄を踏むオーガ。しかしお嬢はびくともしない。
「っしゃあ!」
気合一閃、逆にオーガを押し返し、そしてプラーナの出力を更に上げて豪腕を弾き飛ばす。
『グアァァァ!?』
弾かれたオーガの腕がその勢いで身体ごとノックバック、たたらを踏みながら、なんとか転倒する事は防ぐ。
しかし、お嬢は既に動いている。
「遅いっ!」
雪月花を腰に戻し、四肢を解放。攻勢に移るお嬢、その初撃は鳩尾を蹴りあげる痛烈な一撃。
体勢を崩しかけたオーガは成す術も無く、それを受ける。
「まだまだっ」
水月を襲う激痛に顔を歪め、動きを止めるオーガ。しかし、それは序の口である。お嬢は蹴り込んだ鳩尾を足場にオーガの身体に(・・・)駆け上がる。
その途中、右のトゥーキックがオーガの顎を蹴りあげ、炸裂した衝撃がオーガを更に仰け反らせる。
その時既に、お嬢はオーガの肩に陣取って居た。その体勢は、打ち下ろしの構え…
「これで…」
仰け反るオーガの顔面に。降り下ろされるのは全てを破壊する、プラーナの拳。
「おしまいっ!!」
『ドパンッ!』
文字通り、爆散であった。断末魔の悲鳴すらあげられず、絶命するオーガ。頭部を失った巨体がゆっくりと後に倒れる。
「「「・・・・・・・・」」」
その様子を、口から魂でも吐き出しそうな表情で眺める三人組。絶句である。
「っしゃー!!勝利っ!」
オーガから飛び降り、ガッツポーズで無邪気な勝鬨をあげるお嬢。振り上げたその拳はオーガの血にまみれており、かなりシュールな光景であった。
40分後…オーガの部位を入手した我輩達は三人組を連れ、大森林を抜けた街道側の川原で休息を取っていた。
「ほんっっとーに有難う!…もうダメかと思ったわ…」
「あのまま街道までトレインする訳にも行かないし、もう半分諦めかけてたよ」
オーガに追われていた三人組。口々に我輩に礼を述べてくる。因みにお嬢は川で血を洗い流している。
「気にせずとも良い。おかげで相棒も満足したようであるしな」
「……凄い戦い方だったな…まだ信じられないよ…」
川辺で血を洗い流すお嬢に目をやり、しみじみと呟く若者。名をジャックと名乗った。このパーティーのリーダー格らしい。
「さてジャックよ、一つ聞くが…あのオーガとは何処で遭遇した?」
突然の我輩の問いに、返答につまるジャック。
「あの様な街道側の森に彷徨く魔物ではない。お主ら、相当深く潜っておったな」
「それは…」
バツの悪そうな顔で口ごもるジャック。
何でも、ゴブリンの討伐中に標的を深追いしすぎ、知らず知らずの内にオーガの棲息域にまで足を踏み入れてしまったのだと言う。
「うむ。森の中での狩りは、常に周囲に気を配らねばならぬ。たかがゴブリンの討伐と侮るのは危険であるぞ。注意すべきは魔物の脅威だけではないのである」
「はい…骨身に染みました」
「まぁ今日は偶々我輩達が居合わせて良かったのである。命拾いしたな、若者達」
「何でアンタそんなに偉そうなのよ、何もしてないでしょうが。」
おお。お嬢である。何やらスッキリした顔をしておるな。
「手を出したら、お嬢が怒るであろうに。暴れて気がすんだなら早く帰るのである」
「はいはい。じゃーね」
三人組に適当極まりない別れを告げ、街へと向かうお嬢。 我輩もその後を続く。
「では、またギルドでな」
「あ、あの、お名前、教えて下さいませんか?!」
む。そういえば、名乗っておらなんだか…
「私はレヴィ。そっちの猫みたいな奴はキーチよ」
お嬢はそれだけ言うとさっさと歩き出した。闘い以外の事になると、真に適当な少女である。
サンドラに戻った我輩達はその足でギルドへ。
「「あ!姉さん、お勤め、お疲れ様ですっ!」」
ギルドへ入ると酒場にたむろしていたイザーク達がレヴィに群がるように集まってくる。
「いちいち集まってくんなっ。散れ!」
そして、お嬢の一声で散っていく。教育が行き届いておるのぉ……というかあやつら、何時も酒場に居るが、実はまともに仕事してないのではないのか?
早速、買取りカウンターにて依頼のフォレストウルフの皮を納品。一枚1500リル、十五枚で22500リルなり。
「残りの素材やら何やらは買取りしてくれる?」
「他にも何か有りますか?買取りは可能ですが、依頼の出ていない魔物の討伐部位は査定が下がりますよ?」
「じゃあそれで。キーチ、リュック頂戴」
あ。今のは考えるのを放棄しおったな。
まぁ良い。カウンターに飛び乗り背負っていた背嚢を落とす。
中身を取り出していく職員がだんだんと顔色を変えていく。まぁ解っていた事である。
「…レッドエイプの尻尾!?あなた、狼を狩りに行ってたんじゃ無いんですか!?
何でCランクの魔物狩ってるんですか!?
……これ?!オーガの牙!?Bランクって?!あなたは今日が初仕事でしょう!何をしてきたんです一体?!」
「何って…殴り合い…かな?」
否である。アレは殴り合いではなく、リンチと言う。どうでも良いが。
そんなこんながあり時間が掛かりはしたが、換金は終了した。
説明の途中でギルドに戻ったジャック達がお嬢の言葉を裏付けしてくれなんだら、更に時間が掛かったであろう。彼等には感謝せねばな。
全ての成果を売り払い、トータル収入は20万リルと少し。
Bランク一体とCランクが多数居た割には安めの報酬ではあるが、依頼が出ていなければこんなものであろう。
と言うか、冒険者初日の成果としては異常である。
閑話興題
イザーク「姉さん、姉さん。ジャックの小僧が言ってたんですが、オーガを素手で撲殺したって…マジですか!?」
レヴィ「マジだけど?」
モブ「「「うおおおぉぉぉ?!」」」
モブ「スゲエ…流石は姉さん…」
イザーク「俺達皆、一生着いていきます!!」
レヴィ「うっとおしいわ!誰一人として着いてくんなっ!」
そんな一幕があったらしい。
その後、お嬢の凄惨な闘いを(悪意は無く)皆に詳細まで熱弁したジャックの活躍もあり、ギルド加入二日目にしてお嬢は
『カラミティ・リュンクス(惨劇の山猫)』とか言う、非常に有り難くない二つ名を頂戴する次第となるのであった。
我輩個人的には、実に的を捉えた異名であると思う。カラミティの部分など、特に。
山猫の
笑みてじゃれたる
寒つば鬼
そういえば、オリヴィアにも似たような二つ名が着いておったな…
やはり、親子である。