page.4 レヴィとギルドと時々地雷
市場から帰った我輩とエリス。その時『月灯の仔猫亭』は丁度ランチタイムであった。
「私、配膳お手伝いしなきゃ。一緒にお買い物出来て楽しかった!ありがとう、キーチちゃん」
エリスはそう言うと、エプロンを付けながら厨房に消えていった。
それと入れ替わる様に、厨房からテルセウが顔を出す。
「悪かったな、キーチ。面倒な事頼んじまってよ」
「何、ちと騒動に遭ったりはしたが、我輩も息抜きが出来た。あれは良い娘であるな、テルセウよ」
我輩にそう言われると、照れ臭そうに笑うテルセウ。
「ふふふ。やっぱり俺の教育が…」
「よほどハンナ殿の教育が、行き届いているのであろうな」
「…おい。言外に、親として全否定された気がするんだが」
「冗談である。三割位は」
「七割本気かよっ!」
そんなやり取りをしながら、我輩は食堂に目をやるが……
「テルセウよ。まさかとは思うが、相棒は…」
食堂に、その姿は見えない。
「あぁ?そう言えば、まだ姿が見えねぇな…寝てんのか…?」
時計を見れば、既に12の刻を迎えようとしている。
我輩の口からは、大きな大きな、溜め息が溢れる…
いかん、最早溜め息が慢性疾患になりつつあるのである。
…そう言えば、今日から12月である。ここフェルタニアはテルステラ…この世界の北方寄りに位置するため、この時期比較的冷え込む。
何時もであれば熱湯が定番であるが(・・・)この時期ならば井戸水など、良い具合に冷え込んでいることであろう。たまに趣向を変えてみるのも良いかもしれん。
「テルセウよ。すまんが井戸水を少し、汲ませて貰うぞ」
「お?おぉ。構わねぇよ。」
宿から出て裏に回り、井戸から水を汲み上げ、桶に入れる。風船は手持ちが無いため、このままでも構うまい。桶を背中に担ぎ上げ、バランスを取りつつ宿の自室に戻る。
そこでは最後に見た時よりも、更にアレな感じの寝様になった我が相棒。未だに爆睡しているらしい。
これはもういっその事、ここにテルセウも呼んで、女性としての尊厳とか一度、全部ぶち壊してしまった方が良いのではないだろうか。
寝る前はあたりまえに着用されていた、頭から被るタイプの寝間着の上。
それが、いかなる動きに依るものか、全て巻くれあがり、頭をすっぽりと包み込んでいる。
当然、その下に隠された素肌も、色気の無い下着とかも丸見えである。
だが我輩はそれを見てふと、納得する。
成る程、凹凸の少ない断崖絶壁だから、寝間着も引っ掛からずに巻くれ上がったのか…と
寝間着の下は更に酷い。何せ下着までずり
「誰が凹凸ゼロの断崖絶壁だ!この駄猫がぁぁ!」
突如として、雄叫びを上げつつ右拳を天空に向けて突き上げるお嬢。
おお。起きたのである。…寝ながら我輩の思考を読んだのであろうか?器用な真似をする奴である。
しかしながら、その格好は寝間着を顔に纏わせ、その下は半裸。かなりの駄目っぷりである。
先程までしっかり者のエリスを見ていたからか、今日のお嬢は、残念さがより際立って見える。
「なんつう格好であるか。さっさと服を着るのである」
もそもそと、服を直すお嬢。顔が出て、ようやく我輩に気が付く。
「あ…キーチ…おはょ…あれ?今なんか、アンタに物凄く貶された気がしたんだけど…」
「お嬢は変な夢をみるのであるなぁ」
「夢か…夢…?…つーか何、その桶?」
「水を貰ってきてやったぞ。顔を洗ってシャキっとせい」
「あ。ありがとキーチ」
「うむ。では、下で待つ。仕度して降りてくるのである」
今日も、お嬢は単純が標準仕様である。
そして15分後…
食堂に顔を出すやいなや、一言。
「お早うございます!」
「レヴィお姉ちゃん、お早う?…ございます!」
いかに本人が爽やかな朝を気取ろうが、時計の針は完全に12の刻を回っている。流石のエリスも疑問系である。
「何がお早うであるか。時計の読み方すら忘れたか、お嬢よ」
「う"…悪かったわよ…」
我輩の皮肉に、流石にばつの悪そうな顔のお嬢。テルセウとハンナ殿も苦笑いだ。
「まったく…気を緩めすぎである。さっさと飯を食ってしまえ。我輩はもう済ませたのである」
穏やかな季の日。昼下がりの一幕であった。
場所は変わり、ここはサンドラの街、メインストリート。
我輩はお嬢を連れてこの街のギルドホームに向かっている。
「良いかお嬢、これからお嬢がギルドに初めて登録する訳だが、一つ。」
そう、これだけは厳重に言い聞かせなければならない。
「ん?何よ」
「ギルド内で、揉め事を起こすなよ」
「勿体ぶって言う様なことじゃないでしょ、それ」
「相手がお嬢でなければな」
この娘、兎に角手が早いからな。ギルドに入ったら3分で乱闘騒ぎ、とかありそうで不安である。
「初日から問題等起こしたら、最悪仕事を受注出来なくなるぞ」
我輩達も、タダで旅が出来ているわけではない。先立つものが必用なのだ。
ここ暫くは狩りで凌いだりしながら節約して来たが、そろそろ懐が寂しくなって来ておる。この街のギルドに登録し、稼いでおかねばならん。
そのためにも、いきなり暴れて貰う訳にはいかんのだ。
「くれぐれも、頼むぞ」
「はいはい」
適当な返答に、我輩の不安は膨れるばかりである…
メインストリートを暫し歩き、辿り着いたギルドホーム前。歴史を感じさせるレンガ造りの建物である。その姿は我輩が過去に訪れた時と変わらない。
あの時と違うのは我輩の相棒。あの時はレヴィの父、アレイを連れ、この扉を潜ったのである。
まぁ違うといってもそれは性別くらいで、あの父にしてこの娘、と言った感じではある。
今代の相棒と共に扉を潜る。懐かしきギルドホームの内部、此処も一階部分が酒場となっておる。流石に見知った顔はおらなんだ。
20年も経つのだ。大概の者は引退してしまっただろう。
「お嬢、先ずはカウンターに向かうのだ。」
「カウンター?…あぁ、向こうね」
お嬢がカウンターへと足を向けると、それを追うような複数の視線。
お嬢の容姿は目立つからな…それでなくても荒くれ者揃いのギルドである。一人ギルドに来た少女に、向こうからちょっかいを出される恐れも。そうなる前に用を済ませてしまう積もりである。
だがお嬢はそんな視線は歯牙にもかけず、カウンターの職員に話し掛ける。
「ここのギルドに登録したいんだけど…此方で大丈夫?」
受付嬢も愛想良く受け答える。
「はい、ギルドへの登録は此方で承ります。此方の書類に、必要事項を全てご記入下さい」
差し出される1枚の書類に、クセの強い文字を書き込んでいくお嬢。
うむ。ここまでは順調であるな。…と言うか、なぜ我輩がこんなに気を張らねばならぬのか…
書き上げた書類を返すと「少々お待ちください」と、言い残し奥に消える受付嬢。
残されたお嬢は何をするでもなく、カウンターの側で壁に背中を預けて佇む。
我輩が心配したように絡んでくる者も居ない。しばし待つと、先程の受付嬢が1枚のカードを手に戻ってきた。
「レヴィ・ハウルエルさん、御待たせしました。こちらが、ギルドの会員証になります」
「ありがとう」
短く答えて会員証を受け取るお嬢。どうやら無事に登録完了であるな。
「此方の書類に詳細なギルドの利用方法と、規律が書いてあります。必ず一度目を通して下さいね」
「了解っと。キーチ、折角だしそこで食事済ませちゃわない?」
時刻は17の刻…確かに食事の時間ではあるが…
「お嬢…そこは酒場であるが?」
「朝を抜いちゃったから、お腹空いたの」
…非常に宜しくない。こんな所に齢15の少女一人で食事など採っていたら、絡んでくれと言っている様なものである。
「テルセウの所で食事にすれば良かろう?」
「何だ、珍しい従魔だな。猫かそりゃ?」
なんとか帰路に着かせようとした我輩だが…どうやら遅かった様である。
声を掛けて来たのは、ギルドのメンバーらしき、大柄な男。因みに我輩は定位置、お嬢の肩からぶら下がっている。
無遠慮な大男の態度に、お嬢が目を細める。危険な兆候である。だが…
「アンタ、新入りか?飲むんなら俺達と一緒に……」
お嬢は大男の言葉を最後まで聞かず、二人掛けのテーブルにさっさと腰掛けていた。問題を起こすな、と言う我輩の忠告を忘れてはいなかったようだ。
お嬢にフラれた、と言うか無視された形の大男に、彼の連れらしき男達から笑い声が上がる。
「イザーク! 鏡見て出直して来いってよ!」
「相手見てナンパしろよ、お前!」
笑い者にされた大男…イザークと言うらしい…まぁ、このままでは気が済むまい。
ズカズカと荒々しい足取りで、我輩達のテーブルまで来ると、何かしら言おうと、口を開く。が
『ガンっ!』
イザークが何かを言う前に、お嬢がテーブルに肘を打ち付ける。何をするつもりであるか…
虚をつかれて、何も言えないイザークに、お嬢の方から口を開く。
「兄さん。私と、勝負してみる?」
お嬢はそう言うと、テーブルに肘を付けた右腕の掌を開いて見せる。
要するに、アームレスリング…腕相撲をしろと…
「兄さんが勝ったら、お酌でも、何でも付き合うよ? ただし、私が勝ったら、兄さんが10000リル払う。どう?」
ニヤリ、とした笑いを顔に浮かべるお嬢。少女にここまで挑発されては、イザークとやらも後に引けぬだろう。
「その言葉、忘れんなよ…嬢ちゃん」
自信を浮かべた笑みで、お嬢の対面に座るイザーク。…御愁傷様である…
数秒の沈黙…直後、周りが一気に盛り上がる。
「イザーク!やっちまえ!その嬢ちゃんをここに連れてこい!!」
「嬢ちゃん、無茶じゃねーか?イザークは馬鹿力だぞぉ!ぎゃははは!」
「頑張れよぉ!美人さん!」
まぁ確かにどう見ても、お嬢の細腕でイザークの丸太の様な腕に挑むのは、確かに無謀であろう。が、我輩の予想は違う。
二人掛けのテーブル。その上で組まれる、両者の掌。
「キーチ。」
「はぁ……やれやれ、である…」
促された我輩は、両者の掌に前脚を乗せ、合図する。
「両者とも良いか?……用意…始めっ!」
我輩が脚を離すとほぼ同じに、両者が爆発するように腕に力を込める。そして、拮抗は、一瞬。
次の瞬間にはイザークの手の甲が、テーブルにめり込まんばかりの勢いで、叩きつけられていた。
「「うおおおおぉぉぉ!?」」
予想だにしない結果に、周囲がどよめく。そして、椅子から転げ落ち、手の痛みに呻くイザーク。
…お嬢は曲がりなりにも、カンナギ流の戦士である。
カンナギ流を学ぶ者は皆、入門編として、人を辞めさせられる(・・・)所から始まる。
それは、想像を絶する苦行である。彼等は常人に取っての非日常を、まるで毎朝の身支度でもするかのような気軽さでもって、日常的にこなす事を当然の様に求められる。
勿論、それに耐えきれず、道なかばにして脱落する者も多い。門下生の50人に1人程度が、その入門編を何とか耐えきり、カンナギ流の入り口に立つのだ。
そんなネジの外れた流派である為、カンナギ流を納めた者は、常識や見た目では図れないのである。
静まり返る酒場。そしてあっさりとイザークを下したお嬢は、床で呻く彼の懐から戦利品…10000リル紙幣を…強奪する。いや、確かにそう言う約束であったが…因みに10000リルも有れば、そこそこ豪華な食事が5回は食べられる。
「大したこと無いわね…他に、腕自慢は居ないの?」
わざわざ、挑発するように酒場を見渡すお嬢。
再びざわめく一同。止せば良いのに、悪のりか、ギルドの意地か、何名かの者が名乗りを挙げる。レフェリー役を買って出る者までいた。
「お嬢よ…我輩は、寝る。終わったら起こしてくれ」
「ごはん食べないの?奢るよ?」
イザークから徴収した紙幣を指に挟み、聞いてくる。
「我輩は、宿の食事を頂くのである。あまり遅くなるなよ」
我輩はお嬢の足下、椅子の下に丸くなる。付き合ってられんのである…
騒がしい外界と意識を遮断して、我輩は微睡みに落ちてゆくのであった。
…うむ…少々深く寝入ってしまったようである…窓から外を見れば、すっかり夜の帳が落ちておる…
………お嬢は何処か?
気が付けば、我輩またもやぽつねんとしているではないか。
「何しとるのだ、あの脳筋娘は…」
「あ!キーチさん、お早うございます!」
「……誰だ、お主……」
目覚めたら、何やら見知らぬ男がさん付けで呼んでくるのだが……何ぞこの状況……
「姉さん!キーチさんがお目覚めになりましたっ!」
………姉さん?
「おー。やっと起きたわね、キーチ」
「…本当に、何しとるんだ、のう…お嬢」
「良くお眠りだったので、姉さんが気を使ってそのままにしてたんですよ、キーチさん」
そう応えたのは、なぜかイザークである。
「姉さんというのは何だ、お嬢よ…」
「いやー。稼ぎ過ぎちゃったから、野郎共にリルを酒にして還元してたんだけど、何か、いつの間にか、ね」
どうも、相当な数のギルドメンバーがお嬢に打ち負かされ、尚且つ酒を奢られて、その軍門に下ったらしい。
お嬢を輪の中心にして十数人が酒を飲み交わしている。
「じゃ、キーチも起きたし、お腹も膨れたし、今日はもう帰ろ。マスター。お金、置いとくね」
「「姉さん!御馳走様でした!!」」
綺麗に唱和する男達。腰を90゜曲げての御辞儀付きである。
振り返りもせず、後ろ手を振りながらギルドを後にするお嬢。
まぁ乱闘にならなかっただけ、良かったとしよう。しかし、流石はお嬢、易々と予想の斜め上を行く…
アレイよ…そなたの娘は、以外と大した器なのかもしれん。色々と残念さが目立つが。
ギルドを後にし、宿への帰路を歩む。何事もなく宿へ到着出来れば、それに越した事は無かったのであるが……ギルドを出て五分ほど歩いた頃…
「お嬢よ、どうやらお客の様である」
我輩が言うが早いか、一人の男が道を塞ぐように立ちはだかる。
「よう、嬢ちゃん。昨日は世話になったな…」
目を細めるお嬢。暫しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「……ごめん、誰だっけ?」
思わず脱力する我輩と、頬をひきつらせる男。
「お嬢よ…あれはチンピラAである」
それは昨日、お嬢をナンパしたばかりに、路地裏で置物と化した、あの男だった。
「いや、そんな名前の知り合い、居ないから」
「名前な訳あるかっ。そなたが、昨日街に到着そうそうにボコにしたチンピラである」
「あー。居たわね、そんなの」
どうやら興味が無いため、記憶から消去されていた様だ。お嬢の事だ、さもありなん。
「ちっ…舐めやがって…お前ら、出てこい!」
「チンピラAは仲間を呼んだ!」
チンピラAの呼び声に応じ、更に七人の男が物陰から姿を現す。
「まぁまぁ…また、ぞろぞろと…」
「チンピラB〜Hが現れた!」
「アンタさっきから何言ってんの?」
「いや、すまなんだ。忘れてくれ」
我輩達の適当な応酬に、チンピラAが痺れを切らす。
「てめえら、状況解ってんのかっ!?
さっきからシカトくれやがって!!」
「一人で敵わないなら、人数集めれば何とか出来るとか考えたの?馬鹿なのアンタ?」
まぁ馬鹿であろうな。
「今のうちに精々粋がってろ。後でヒイヒイ言わせてやるぜ」
下品な事、この上ないのである。
「遠慮しとくわ。誰一人として好みじゃないし。」
そう言い捨てて無手で構えるお嬢。そして、地面に右足を打ち付ける。
その震脚が合図となり、チンピラBがまずお嬢に襲い掛かる。
型も何も無く、ただ掴み掛かるだけの拙い動きに、お嬢は動きを合わせ、すり抜ける様にかわす。そうして取った、がら空きの背中。
死に体である。
「疾っ!」
気迫と共に容赦無く打ち込まれる掌打。肉を打ったとは思えない程の炸裂音。
前のめりに吹き飛んだ男は、為すすべもなく数メートルも先の壁に張り付き、潰れた蛙の様な姿を晒す。
「まず、一人…」
新月の闇の下、微笑むお嬢が、チンピラ達に振り替えり、街灯がその姿を微かに浮かび上がらせる。
余りにも現実ばなれした光景を見せられた男達が、その場で固まる。
だが、お嬢を相手に、それは愚行である。
瞬く間にチンピラCに間合いを詰めたお嬢。踏み込みつつ、膝を屈めた状態である。
そこから全身のバネを使い、跳ねる。
同時に振り抜いた拳は狙い違わずチンピラCの下顎を捕らえ、跳ね上げた。
うむ。見事なガゼルパンチであるな。
敵陣に斬り込んだお嬢は止まらない。今度はチンピラCのすぐ隣、チンピラDに狙いを付け、その場で半回転。鞭の如くしなった美脚が顔面を強襲。弾けた衝撃に、彼は沈黙した。
更にその背後、チンピラEに対しては、今しがた意識を無くしたチンピラDを武器に使う。
まずチンピラDに身体を密着させる。次に全身をたわませ、地面を蹴る力を発生させる。そして、発生させた力を自らの身体を媒体にし、伝える。そう、密着したチンピラDの身体へと。
再びの炸裂音。チンピラDの身体が横に吹き飛び、壁際に居たチンピラEを直撃した。仲間と壁にサンドイッチにされた彼は泡を吹いて倒れ込む。
これまた見事な寸勁であるな。
「ば、化けもんだ…」
ここに来て彼等は彼我の戦闘力の隔たりに気が付いたらしい。お嬢から最も距離のあったチンピラFが我先にと、その場から逃げ出す。
「お嬢よ、一人逃げるぞ。また仲間を呼ばれたりしたらキリが無いのである。我輩は、早く宿に帰りたいのである」
あくまで呑気に語りかける。我輩には無関係のいさかいであるからな。
「だったら」
お?
「あんたも」
お嬢が我輩を持ち上げ、振りかぶる。成程、そう言う趣向であるか。
「手伝いなさいっ!」
思い切り我輩を投擲するお嬢。狙いは逃げ出したチンピラFである。
…ちと、勢い付きすぎでは無かろうか。控え目に言っても直撃すれば、チンピラFの何かが破裂する勢いである。
仕方なく、空中で身体を捻り、三回転。絶妙に勢いを殺し、チンピラFに着地、更に後脚で蹴り飛ばす。おお、キリモミしながら飛んでいきおった。
蹴り脚の勢いで元の位置…お嬢の肩まで戻り、一言。
「お嬢よ、やり過ぎである。我輩でなければ(チンピラが)潰れていたぞ」
「むしろ、(アンタを)潰す積もりで投げたからね」
…何故か会話が噛み合ってない気がするのである。
「な…なんなんだ、こいつら…」
後ずさる男達。残るは三人。
「エッジ!!お前のせいだぞ!!どうすんだよ…」
「うるせぇ!三人もいりゃ、大丈夫だ…」
何やら仲間割れが始まったようである…我輩、先に帰るかな…
「大体、お前があんな狂暴な貧乳に目ぇ付けるからっ!」
あ、今の台詞はヤバいのである…
唐突に我輩の側で膨れ上がる、怒気。
「………あ"?」
勿論、お嬢である。人より胸がささやかである事は、実はお嬢のコンプレックスである。
「誰…が…」
それを指摘されれば、烈火の如く怒り狂う、お嬢の地雷の一つなのだ。 彼等は、それを踏み抜いてしまったのである。
「誰の胸が…なんだって?」
「「「…え?」」」
「誰の胸が、凹凸皆無のっ! 断崖絶壁だって!? つか言った奴どいつだごらぁ!!」
「「「そこまでは言ってねぇぇ?!!」」」
あ、それ、昼間の我輩の(内心で)言った奴…
…南無…である。
結局その後、怒り狂ったお嬢の拳が飛び、蹴りが飛び、時折我輩が跳び、僅かに数分でチンピラは残らず駆逐されたのであった。
チンピラの
鳴き声ひびく
師走空
すまぬ。忘れてくれ。