page.24 特別指示と決戦の幕開け
グーシオンが去り、漸く静寂を取り戻した夜営地。空中から舞い戻った我輩はまず、その場に残っていた騎士団に包囲され、その手に持った槍を突き付けられていた。
「あ、怪しい奴!貴様、何者だ!」
「というか、何処から沸いてきた!? さてはイビル・クランの仲間か!?」
むう…これは想定して居なかったのである…
確かにいきなり敵の放った攻撃が消え失せ、謎の黒服の男が空から降って来たのだ。状況が理解出来ていない騎士達なら、この反応も当然と言えば当然か。
さて、どうしたものかと我輩が返答に困っていると、騎士達を掻き分けて直ぐにアスランが姿を見せた。
「お前達、引けっ!この男は敵ではない」
アスランがそう断言すると、戸惑いながらも一斉に武器を納める騎士団。正に鶴の一声である。
そのまま騎士達は下がり、入れ替わる様にバルテスやイザーク達が近付いてきた。
「先生、お見事でした!!」
「…やはりそうか。お前、キーチなんだな?」
「えぇ!? マジでキーチさんなんですか!?」
順にバルテス、アスラン、イザークの反応である。付き合いの長さが如実に表れておるな。
…そして、我輩と最も付き合いの長いお嬢がどこか気遣わしげに話し掛けて来た。
「……大丈夫? あんたそれ、三回目でしょ?」
「うむ…出来れば最後まで取って置きたかったのだがな。…あの状況では仕方があるまい」
この中では知っているのはお嬢のみだが…それこそが、頭脳明晰、容姿端麗にして大武辺者であるこの我輩の唯一の弱点。
我輩の人化の法は、月に3度までしか使用出来ぬのだ。それを使い切れば、後は月の半ばを待たねばならぬ。
つまり、今掛かっている人化の法が解ければ、明日を経るまでは人型になれぬのだ。力の消費具合から見て、人に変わって居られるのはあと1時間程度。…決戦の舞台には間に合わぬな。
「この馬鹿騎士が、余計な事しなきゃ…」
お嬢が、ここまで引き摺って来たナルベリを一瞥して悪態をつく。
かなりの勢いで引き摺ってこられたらしいナルベリは、憔悴した様子で雪原に突っ伏したままである。
「そう言うな。確かに勇み足であったが、彼とて使命感で取った行動なのだ」
我輩がそう取り直すも、お嬢は納得行かない様子であった。と、部下の無事を確かめる為、アスランが容態を伺う様にナルベリの側に膝まずく。
「…ナルベリ、無事か?」
上司の姿に気が付いたナルベリは、痛む身体を無理に立ち上げて深々と頭を下げた。
「団長…申し訳ありません。…あの様な醜態を晒し、第三騎士団の面子に泥を…」
「愚か者。…頭を下げる相手を間違えるな。解っているか? この黒服や、そこの冒険者が居なければ、お前や、お前の隊は間違いなく全滅していたんだぞ?」
そのアスランの言葉に弾かれた様に此方を振り替えるナルベリ。
確かに我輩がグーシオンのエーテルを相殺せねば騎士団は壊滅し、ナルベリはバルテスが庇わなければ止めを刺されていたであろう。
「……すまなかった。俺の無謀な行いのせいで、あなた達にまで迷惑をかけた…」
意外にも、素直に冒険者達に頭を垂れるナルベリ。アスランはプライドの高い男と評したが、案外、大器の可能性も秘めた若者やも知れんな。
「…まぁ、良いって事よ。若い内は蛮勇も勇気の内だ」
「うむ、死傷者が出なかったのが何よりであるよ。…だが、お主も部下を率いる立場であると言う事を、もう少し自覚せねばな?」
我輩達の言葉に重々しく頷き、頭を上げたナルベリ。
中々素直な若者である。が、しかし。彼には一つ、納得いかない事があった様である。
「だが、それはそれとして…そこの銀髪っ!!」
突如、お嬢に噛み付くナルベリ。対してお嬢は実に面倒臭そうな態度で返す。
「……何?」
「何、じゃない!先程のあの扱い!人を雪車の様に引き摺り回しておいて、その態度は何だ小娘っ!?」
どうやら、お嬢の救助方法に不満があった様である。まああの扱いでは無理もないが。…因みに雪車とは、雪上で荷物を運搬する為のソリである。
「だから、小娘言うなっ! あんたが肩を借りるのが恥ずかしいとか思春期の子供みたいな我が儘言うからでしょうが!!」
「「ぶふッ!」」
お嬢の言葉を聞いていた周囲の人間が思わず吹き出し、ナルベリが顔を真っ赤にして反論する。
「俺がいつそんな言葉を口にした!? というか誰が思春期だ小娘!!」
何度も小娘呼ばわりされたお嬢。そろそろキレるな。
「あぁ…いい度胸ね…そんなに止め刺されたい?」
「はっ!この俺が、小娘ごときに遅れを取るとでも?」
…最早、子供の喧嘩になってきたな…
「アスラン、その辺にしておけ。進軍を再開するぞ」
流石に見かねたアスランが笑いを堪えながらもナルベリの肩を掴んで引き留める。
「お嬢もである。我輩達も撤収作業を急ぐぞ」
我輩もお嬢とナルベリの視線を遮る様に割って入り、幼稚な争いを無理矢理中断させた。
「…この仕事が終わったら、手合わせしてやろう。キッチリ決着を着けてやるからな」
「あ、御免なさいね。悪いけど私、よわモゴゴ!?」
「うむ。まずはイビル・クランを何とかせねばな。共に力を尽くそう、とお嬢も言っておる」
お嬢がまた余計な事を口にしようとするのを、すかさず手で口を塞いで黙らせる。そのまま両者の目が合わないように誘導しながら、テントまで連れて帰った。
…無駄な事に労力を使わせるな…と、心の底からそう思わずには居られぬ我輩であった。
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「してお嬢。雪月花の様子はどうなのだ?」
「…まだ爆睡してる。後どの位で回復するかな? 最悪、ステゴロでもやるけどさ」
現在、討伐隊は夜営地を撤収し北の廃村への道を歩んでいる最中である。お嬢もまた冒険者達と共にその最後尾に着いて行く。
…しかし、グーシオンも手傷を負っているとは言え、我輩も既に黒猫に戻り、全力は振るえないのだ。雪月花が使えないお嬢だけでは、あの底知れぬ力を秘めた敵を相手にするのは些か難しいかも知れん…これは最悪、奥の手を使う選択肢も視野に入れておかねばなるまい。
「しかし、廃村の魔物は後どれ位残ってるんですかね? さっきも相当な数でしたけど」
「…先程の魔物で半数以上と言う事はあるまい。下手をすると、まだ千近くは潜んでいるやも知れんな」
どこか落ち着き無さげに溢したイザークに、その隣を歩くお嬢の肩から我輩が返した。
我輩が気配を察し、警告を発した為に目的は果たせなかったが、広場に侵攻してきた魔物は本来は奇襲部隊なのだ。本命はやはり廃村に残っている魔物達であろう。
先程の戦いでは主戦力を早々に撃破出来た故、こちらに大した被害は出なかったが、もしもAランクの魔物が纏まった数で配置されているとなると、些か面倒であるな。
「ま、兵隊も思ったよりは使えるし、なんとかなるんじゃない?」
「姉さんは、イビル・クラン以外は瞬殺しちまうからそんな事を言えるんでしょ…」
あくまで能天気に答えるお嬢に、呆れ半分で返すイザーク。普通、Aランクの魔物と言うのはBランクの冒険者なら4、5人でチームを組んで討伐に当たるのが常識の強敵である。
イザークらにしてみれば、バルテスやお嬢の様に、単騎でそれらを駆逐してしまう人間が異常なのだ。
「心配ばかりしても始まらねぇよ。何が出て来ても浮き足立たない様に、覚悟だけしておけば良いさ。…絶対に生き残るって覚悟をな」
と、これはバルテス。お嬢と同じく軽い調子で掛けられたその言葉に、しかしイザークや他の冒険者が心なしか落ち着きを取り戻した様子である。
「なんか、私の時と反応が全然違うんですけど…」
「年の功である。なぁバルテスよ?」
長年冒険者として死線を潜り抜けてきた実績と信頼を持つバルテスの言葉だからこそ、冒険者達に安心感を与えるのだ。こればかりはお嬢との年期の違いである。
「がははっ!先生程じゃあないけどな。……時にレヴィよ。お前さん、あのグーシオンとか言うイビル・クランが出てきたら、また差しでやるつもりか?」
「そうだよ? 下手に数で攻めても意味が無いのは、さっきので判ったでしょ?」
確かにあの人狼が相手では、生半可な力しか持たぬ者では役に立たぬ。…と言うかはっきり言えば、騎士達程度では足手まといである。
「…解った。なら、俺も手出しはしねぇぞ?」
「ありがと、バルテスさん」
本当の所、バルテスとお嬢二人掛かりならば、かなり有利に戦えるだろうが…まぁ、それを口にするのは野暮と言うものであろう。
バルテスもそれを知っていて敢えて口には出さない。お嬢が望むのであれば一対一で戦わせてやろうと言う、バルテスの戦士としての流儀なのだ。
「ならば、我輩も何も言うまい。お嬢はもう立派なカンナギ流の戦士なのだ。ただ、必勝を期するのみである」
お嬢は我輩の言葉に一度だけ頷き、もはや振り替える事も無く道を歩み始めた。
そして、強行軍を続ける事1時間程。討伐隊はついに決戦の舞台へと辿り着く。
時はかわたれの頃。大人数での行軍であった故に予想より時間を要したが、12月も半ばに迫り日の出は遅くなっている為に、辺りはまだ薄暗い。そんな中、数日振りに目にした廃村は、我輩とザックが偵察に訪れた時とは明らかに様子が異なっていた。
そこには討伐隊を迎え撃つ様に立ち並ぶ多種多様な魔物の群。手には強奪した武器を携え、静かに指示を待つその姿は魔物にしては統率がとれ過ぎており、いっそ不気味ですらある。その頭数は我輩の予想に違わず、千に届こうかと言った所であった。
対する騎士団と冒険者達は既に四方に展開し、山に囲まれた盆地を包囲する形で撃って出る体制を整えている。数の上では魔物の群に劣るものの、一人一人の練度は遥かに勝るであろう。
「さて…どうやら準備万端の様子。ボチボチ大掃除を始めるか」
討伐隊を統括するアスランが腰を上げ、ナルベリが指示を出し始める。
「粗大ごみだらけであるな。何処から手を着ける?」
「包囲網を狭めて一気に全体を叩く。お前達とバルテス殿は自由に動いてくれて構わん。遊撃で高ランクを優先して仕留めてくれ。期待しているぞ」
アスランはそれだけを言い残し、自ら本隊へ指示を出すべく踵を返した。
「…また随分とざっくばらんな指示であるな…」
「要するに好きに戦えって事でしょ? かえって動きやすくて良いわ」
好戦的かつ生き生きとした表情を見せるお嬢。こうなると最早、野放しにされた小型の肉食獣の様な物である。
「でも姉さんの刀…よく解らんのですけど、今は使えないんでしょ? 素手でやるんですかい?」
「武器ならその辺にたっぷり有るじゃない。なんなら選び放題よ」
訝しげに尋ねるイザークに対して、未だに回復しない雪月花を腰に差したまま自信満々で魔物の群を指し示すお嬢。
確かにそこには荷馬車から奪われた新品同様の武器が、大量に魔物の手に握られている。
「油断は禁物だぞ。…まあ、心配は要らねえだろうけどよ」
「解ってる。バルテスさん達も気を付けて」
互いに言葉を掛け合い拳を打ち合わせた冒険者達は各々の戦場に散開して行く。
「今こそ日々の訓練の成果を見せる時だ。蹴散らせっ!第三騎士団!!」
「さっさとかたずけて、ギルドで昼酒と洒落こもうじゃねぇか。お前等、死ぬなよっ!!」
ナルベリとバルテス、それぞれの掛け声が戦場に響き、戦士達が動き始める。
一人走り始めたお嬢はまず最前線に構えるオークに向かう。狙いはその腕に握られた一本の短槍である。
無造作に間合いを詰めるお嬢に突き出される鈍い光を放つ穂先。それを勢いはそのままに半歩左に避けたお嬢はそのまま間合いを潰し、躊躇いもせずにオークの股間を蹴り上げた。
グシャっと言う肉の潰れる音が響き、苦悶の表情を浮かべるオーク。あまりの苦痛に思わず腕から取り零した槍は宙にて白い五指により拾い上げられ、そのまま彼の眉間を貫いた。
周囲の冒険者まで痛そうに顔をしかめる鬼畜の所業で得物を入手した山猫は鉄槍を一振りして血糊を払い、脇に挟み込んで構えを取る。
「さ、どっからでも掛かって来いっ!!」
声を張り上げて気勢と共にプラーナを纏い、改めて魔物達に向き直るお嬢。
この瞬間、白き山猫による殺戮劇が幕を開けたのだった。