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page.2 再会と盃

 時は宵の口。道行く人々は仕事帰りであったり、これから仲間と酒場に繰り出したりと、各々の過ごし方をするのであろう。


 そう言えば、今日は週の()の日、一般的には明日は休日である。

 道理で道が賑わっている訳である。


この世界では週の始めから、(さき)の日、(あかつき)の日、(みず)の日、(もり)の日、(こと)の日、()の日、となっており、明日は(すえ)の日。つまり、休日である。



「うむ。此所は何時来ても、真に活気ある街であるな」


 我輩、こう言う活気に溢れた光景は嫌いでは無い。ここにいて、その空気を感じるだけで、自然と気分が浮き立つのを感じるのである。

「キーチが前に来たことあるって、それ何時の話なの?」


 問い掛けるのはお嬢。今は我輩を肩に乗せて、宿に続く道を歩いている。


「うむ。お嬢が生まれる前の話である。そなたの両親、アレイとオリヴィアと共に旅した時である。…そうさな、約20年振りか」


 思えば随分とご無沙汰しておったな。あの宿の息子、名はテルセウであったか。彼はどうしているかな。


「20年て…その宿、今でもやってるんでしょうね…」


 確かに20年も経てば解らんが…


「行けば解るのである。確か、もうそろそろ…おお、あったぞ、お嬢」


 我輩の目に飛び込んで来たのは、20年前と寸分変わらぬ、『月灯の仔猫亭』の姿。

中からは酔客の喧騒が聴こえてくる。

確か、一階は食堂を兼ねた酒場になっておるのだ。



「これまた相変わらず、繁盛しているのである」


 我輩、その懐かしい光景に、自然と笑みを浮かべていた。









「いらっしゃいませ!お客さん、お食事ですか?それともご宿泊?」


両開きの木製のドアを潜ると、実に元気良い、鈴を鳴らした様な可愛らしい声が我輩達を出迎えた。

見れば年の頃15、6といった娘。従業員であろうか。



「その、従魔が一匹居るんだけど…宿泊は出来るかな?」

 お嬢の問いに、娘が嬉々として答える。


「はい!ウチは従魔連れのお客さん、大歓迎ですよ。」

 ウチの営業方針なんですよ、と続ける娘。

此方まで嬉しくなりそうな喜色満面な接客である。

良く出来た娘であるな。


 と、そこへ両手に料理を山盛りに載せた皿を抱えた大男が声を掛けてくる。


「ハンナ、この皿、三番テーブルだっ!お客さん、今、部屋に案内させるから、少し待っててくんな」


「はーい。三番テーブルね。お客さん、ゆっくりしてってね」


 そう言うと、ハンナとやらは大男から皿を受け取り配膳に戻って行く。


 む?この大男…もしや


「テルセウではないか?」


「ん?誰だ?今、俺を呼んだの」


 辺りを見回し、声の主を探すテルセウ。我輩はお嬢の肩から降り、彼の足元に立つ。


「我輩だ。キーチである。久しいな、テルセウよ」


「……キーチ……?お前、キーチなのか!?」


 驚きに目を見開くテルセウ。20年振りの再会、それが突然に訪れたのだ。まぁ驚くのも仕方なかろう。


「あの(わっぱ)が、暫く見ない内にでかくなったの」


「暫くってお前、何年前の話してんだよ? 11の時から比べれば、誰だってでかくもなるぜ」


 しみじみと語る我輩に、驚きから立ち直ったテルセウが苦笑いしながら返す


「キーチ。今、見ての通り立て込んでてな、客が引けたらゆっくり話そうぜ」

「うむ。忙しい所にすまなかったな」

「気にすんな。エリス!このお客さん達を部屋に案内してくれ。そっちのお嬢さんも、ゆっくりして行ってくれよな」


 人の良い笑みを浮かべ手を横に振るテルセウ。 見た目は随分と厳つくなったが、その人柄は昔のままである。

 お嬢も珍しく、本当に珍しいことに相好を崩し、会釈などしておる。




 やがてテルセウに呼ばれた娘、エリスが宿帳を胸に抱え、現れる。



「えと、こちらの台帳に、御記入を、お願いします」


 たどたどしいが精一杯の笑顔で話しかけてくる少女。10に届かぬ位だろうか。どこか、ハンナと似た雰囲気の幼子であった。

 ひょとすると姉妹で奉公に来ているのであろうか。





 

 

 

 

「此方が、お部屋になります。ゆっくり、していって下さいね。お食事は、宿泊代に含まれますので、下の食堂を、ご利用下さいっ」


一生懸命な少女の様子に、我輩もお嬢も、微笑ましい気分になる。


「ありがとう。エリス、だっけ? 小さいのに偉いね」


 お嬢に誉められ、頬を染めて喜びを表すエリス。

 我輩達に向かって、一度大きく頭を下げると仕事に戻って行く。




 案内された部屋内。窓に備え付けのカーテンや、床に敷かれた絨毯が落ち着いた色使いで、石造りの無機質を感じさせない作り。

 そして、人が使う寝台とは別に、其よりはやや小さいが綺麗にメイクされた寝台が置いてある。


 我輩の、今夜の寝床である。うむ、善きかな。


「へぇ…立派な部屋ね…」


 感心したように呟くお嬢。確かに、従魔用で、この様に整った部屋は珍しい。


「うむ。テルセウとは、昔、我輩とアレイが関わった事件で、面倒を見てやったのが縁でな」


その事件以降、この宿は従魔に寛容で、従魔士(テイマー)御用達の宿となっているのである。


以前来たときも、居心地が良いので、長居していたものだ。


「懐かしき街に久しき友、今宵は久々に一杯。旧交を暖めるのである」


「なんか機嫌良いわね……つか、アンタ、酒飲めるの!?」


「うむ。付き合い程度にはな。基本、我輩はミルク派である」


 別に酒は嫌いでは無い。酸味、甘味、辛味、渋味、あの複雑にして成熟された味わいは中々に我輩の好みである。


 ならばなぜ普段は飲まぬのかと言えば、只、飲む意味が無いためである。なにせ我輩、酒精程度は体内に入ると即時に完全分解してしまうため、全く酔えないのだ。


「ずっと疑問だったけど……本当に、一体何なのこの生き物…」


一人ごちるお嬢


「何かと問われれば、我輩は猫である。さてお嬢、折角だ。暖かい食事を馳走になるとしよう」


 食堂にて、暖かいミルクに、従魔用に薄く味付けされた魚料理に舌鼓を打つ。

 お嬢の方は度数の低い果実酒と、鶏肉やら生野菜やらをバランス良く採っている。


 うむ、旨い。我輩、やはり衣食住とは重要であると思うのだ。








 時計の針が21の刻を示す頃になり、テルセウが我輩達のテーブルにやって来た。その手には酒瓶が一つ。


「待たせたな、キーチ。ようやく客が引けたよ」


「商売繁盛、大変結構な事ではないか。それに、気にしておらぬよ。突然押し掛けたのは此方であるしな。」


 どかっ、という感じで椅子の一つに腰を落とすテルセウ。本当に、でかくなったのぉ…


「いや、本当に、良く来てくれた。あんたらにはもう一度会って、あの時の礼がしたかったんだ。まずは、飲んでくれ」


 そう言うと盃に酒精を注いで渡して来た。昔からそうであったが 、なんとも義理堅い男である。


「アレイの兄貴とオリヴィアさんは元気かい?」

 

「うむ。今は祖国に腰を落ち着けてな。道場を父親から受け継ぎ、構えておる」


 ハウルエルの血筋は我輩の相棒(脳筋娘)を見れば解る通り、代々武術家の家系である。


 『カンナギ流』と呼ばれるこの流派は、無手に始まり、剣術、槍術、棒術、投擲武器に至るまで、古今東西あらゆる闘法に精通し、得物を選ばぬ。まさに武芸百般の流派である。


 遥か昔より脈々と受け継がれて来た歴史ある流派の道場を、当代の家主が受け継ぐのが慣例となっているのだ。


「そうか。アレイの兄貴が、カンナギ流闘法術の道場主か……厳しくやってんだろうなぁ…」

 

 苦笑を浮かべるテルセウ。

 かつて、アレイ達とこの街に滞在した時の事。 当時少年であったテルセウに請われて、カンナギ流の闘法を手解きしていたのだ。つまり、アレイの弟弟子にあたる。

 3ヶ月程の短い間の師事ではあったが、アレイにしごかれた当時を思い出したのであろう。


「うむ。今日も今日とて、元気に門下生をしばき倒しておる事であろうさ」


 我輩とテルセウの笑い声が同時に酒場に響く。

 やはり、気兼ね無く話し合える友とは良いものだ。


「ところでキーチよ。そっちのお嬢さんは、ひょっとして…」


 おお、お嬢を紹介するのを忘れておった。


「アンタ今、私の事、完全に忘れてたでしょ」

 

 ジト目で睨むな、すまなんだ。


「察しの通り、アレイとオリヴィアの娘である。ハウルエル家の跡取りとして、社会勉強を兼ねて、我輩の旅に随行させておるのよ」


「やっぱりか!顔立ちなんか、昔のオリヴィアさんに瓜二つだなぁ」

 

「確かに顔だけはオリヴィア譲りで美人さんであるな。顔だけはな」


 あ、本音が漏れたのである。


「自己紹介が遅れたな。俺はテルセウ。キーチや、あんたの両親には世話になったもんだ」


「初めまして、レヴィです。暫く、御世話になります。あとキーチ、後でシメる」


「はっはっは。まぁ、この通り。見た目はオリヴィアだが、中身はアレイの残念娘である」

「『はっはっは』じゃないわよ!アンタ、どんだけ私を貶めたいの!? 仕舞いには毛皮剥ぎ取ってギルドで売っぱらうわよっ。この性悪猫っ!!」


 こんなやり取りも、いつもの事である。


「お嬢は間違いなく、おちょくられる事に関しては天賦の才があるな。」


 今度は、何故か乾いた笑みを浮かべるテルセウ。


「ははは…そうかそうか。…お嬢…レヴィちゃんも苦労してんだな」


 そう言ってポンポンとお嬢の肩を叩く。


「失敬な。まるで我輩が苦労をさせている様な言い方ではないか」


「俺も、アンタには散々、弄られたからな。俺はレヴィちゃんの味方だ」


「有り難う、テルセウさん」 むぅ…そう言えば、この男も脳筋の気があったのである…

 似た者同士で気があったのか、固く握手など交わしておる。なんぞ、この茶番…


「まぁ、先ずはそろそろ、再会を祝し乾杯といこうや」


 うむ。そうであるな。テルセウと互いに盃を軽くあてる。お嬢は果実酒で乾杯だ。


「そうだ、俺の家族も紹介するぜ。おーい、お前らもこっちこい。」


 少しして、厨房から出て来たのは、先程我輩達を接客してくれた二人。ハンナとエリスだ。従業員では無く、娘達であったか。


「そうか、お主も所帯を持ったか。親御さんも一安心であるな」


 会釈しつつ此方に向かう二人に視線を向けながら、果実酒を煽るお嬢。我輩も盃に口を着ける。

 ふむ、すっきりとした飲み口の美味い酒である。

中々に値の張る品と見た。

 更に一口含み、芳醇な香りと、熟成された味を堪能し…

「初めまして、キーチさん、レヴィさん。テルセウの妻の、ハンナです」

「む、娘のエリス、です」

ぶほらっ!!


 噴射した。お嬢に向けて。


「チョォ!? きったないわね!! 何してくれてんの!?」


 お嬢が非難してくるが我輩それどころでは無い。


「う、うむ。失礼した。我輩はキーチである」


驚いて目を丸める二人に、しかし、これは確認せねば…


「エリスといったな?そなた、幾つになる?」


「はい!今年で…えーと…8つになりました!」


 指折り数えながら返事するエリス。我輩、愕然とする。


「何よ?どうかしたのキーチ?」


 この…筋肉娘は…少し考えれば解るであろうに…

我輩はお嬢の肩に移動し、耳打ちする。

「お嬢、考えてもみよ。エリスが齢8つ、その母親のハンナは幾つに見える!?」


「え?…私(15)より、少し年上くらいでしょ、だから17、8……え"?」


固まるお嬢。は、放置して、テルセウに向き直る。


「テルセウ!!」


「お、おぅ。どうした?キーチ」


「どうした、では無い! 見損なったぞテルセウ!貴様、まさか幼女愛好家(・・・)に堕ちておったとは…」


「ちょっとまてーいっ!!」


 心外だとでも言いたげなテルセウ。

 10(とお)を過ぎたばかりの幼子を拐かし、子供まで産ませておきながら、何をぬかすか。


「待たぬっ!そこになおれ…爛れた性根を叩き直してくれる!」


 そこに、漸く復活したお嬢も愛刀(真剣)を携え、加勢に加わる。


「テルセウさん…いや、子供の敵っ!覚悟っ!!」


「お嬢よ、我輩が許す。あの変態を成敗するのだ!」


「応っ!」


テルセウよ、年貢の納め時である!


「応じゃねえよ!! だから、待て!誤解だ! そこのレヴィちゃん、鯉口を切るなっ!」 

 今にも愛刀を抜かんと、腰だめに構えるお嬢。


 その緊迫した場に突如、鈴を鳴らした様な笑い声が響いた。ハンナである。その後ろには何故か目を輝かせるエリス。


「本当に、楽しい人達。ねぇ、テルセウ」


「すごーい!ホントに猫が喋ってる!」


「楽しくねぇよ!つーかエリスも! それどころじゃねえだろ!早く止めてくれっ」


 笑いながら頷くハンナ。そして、衝撃の事実を告げる。


「お二人が心配するような事は在りませんよ。私、こう見えて、28才のオバサンですから」


「「え"」」


我輩とお嬢の声が、見事にハモった。









そして10分後……





「いやぁ。若く、美しい奥方であるなぁ。よい女性を見つけたな、テルセウよ」


「どの口が言ってやがる…まったくよぉ…」


 憔悴した様子のテルセウ。まぁ、今さっき脳筋娘に斬りかかられそうになったのだ。仕方あるまい。

 と言うか、けしかけたのは我輩だが。


「というか、ハンナ殿が若づくり過ぎるのだ。あの見た目で28ってどんだけなのだ」


「ふふふ。若くて美人の、自慢の奥さんだ」


 因みにその当人は今、少し離れた席でお嬢とエリスとガールズトークを繰り広げている。


「女性陣はすっかり打ち解けたようだな」


「ああ。ハンナもエリスもあんたらが来て、喜んでるみたいだ。昔から俺が、キーチの話を聞かせてたからよ。良かったら、エリスを相手してやってくれ」


 そう言うと盃を煽るテルセウ。


「そのくらいは、お安いご用である。旧友の頼みとあらば、な」


 我輩もまた一口、酒を含む。


「久方ぶりに美味い酒を飲ませて貰った。礼もせねばなるまい。」


 そう言って笑うと、テルセウも男臭い笑みを浮かべる。


「ありがとよ。ところでキーチ。この街には例の探し(・・・)の件で来たのか?」


「いや、そなたに会うついでに、お嬢をここのギルドに登録させようと思ってな」


 我輩の探し物に関しては、正に雲を掴むがごとく。20年前から、まったく伸展が無い。

 まぁ我輩、時間だけはたっぷりある。焦る事もないのだ。


「そうか。しかし、久々にギルドが騒がしくなりそうだな。何せ、アレイの兄貴の娘だ」


 何故か楽しそうなテルセウである。我輩は若干気が重いが…

 そもそも、お嬢×荒くれ者揃いのギルド=………


「何故かな。揉め事の予感しかしない…」


「初日で二つ名なんか付いたりしてな」


「ありうるのである」


 我輩達がそんな話をしていると、女性陣が此方にやって来た。


「思い出話は終わった?キーチ」


「うむ。有意義な時間であったぞ、テルセウ」


「ああ。懐かしくてつい、話し込んじまったな。もう日が変わりそうだ」

 見れば、エリスは既にこっくりこっくりと舟をこぎ始めている。

 話し相手になってやるのは明日であるな。


「うむ。お嬢よ、我輩達もそろそろ床を頂戴するか」


「ゆっくり、疲れを取って行ってくださいね。冒険者も旅人も、資本は身体ですもの」


 ハンナ殿の有難い気遣いに見送られ、この日は暖かい寝床で身体を休める我輩達であった。







盃や 久しき友との


旧交に 心うるおす


今宵 この酒







我輩、この出会いと再会に、感謝である。


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