page.15 カンナギの使徒と邪なるもの:後編
瞬く間にダエーワを間合いに捉えた私。頭にきてるけど、冷静さは無くさない。
まずは右足の踏み込みから様子見の刻み突きを、ダエーワの胸元目掛けて放つ。
これはダメージ狙いの撃ち抜く拳じゃなく、当てに行くスピード重視のの攻撃だけど、ノーモーションから放つ刻み突きは全打撃技中、最も技の起こりが素早く、このタイミングならかわしようが無い。
閃光の様に閃いた私の左拳は狙い通り、無防備なダエーワを直撃。纏わせたプラーナが弾けてその体勢を崩した。
隙ありっ。続けざまに放つ右の逆突きはイビル・クラン殺しのこの技、破邪の掌でっ!
『パァン!』
快音を上げて掌打を直撃させた顔面から、アンチエーテルをたっぷりと打ち込んだっ!
顔を襲った衝撃に、後ろに数歩よろめくダエーワ。
よし、十分に戦えるっ!
「どうだ!? この、エセ紳士っ」
一撃を入れて士気をあげる私だったけど、ダエーワは数歩下がった所で立ち止まり、何事も無かったかの様に佇まいを直した。………おい
「ふむ…見事な一撃です。これは確かに、人形達では敵いませんね…」
「ダメージ無しかよ…なんつー奴…」
私の攻撃を検分するダエーワ。その顔には、傷1つ付いていない。アンチエーテルを喰らわせたのに無傷とか…
「単純に、威力の問題ですよ。燃え盛る炎に水滴を投じた所で、火は消えないでしょう? それと同じ事です」
あ、なる程ー…て、馬っ鹿じゃないの!? 今の連撃で私のプラーナ、半分位使ったんですけどっ!?
それを水滴に例えるって…どんだけエーテル内包してんのって話よ…氣のスケールが違いすぎるわー
調氣法で再びプラーナを蓄えながら、ダエーワと対峙する私だけど…ちょっとヤバいかも?…
「それにしても…面白い技を使いますね、お嬢さん。我々の生命力を直接削り取るとは…もしや、噂に聞く、神薙の使徒とやらのお仲間でしょうか?」
そんな名前の知り合い居な……あー。カンナギ=神薙、て事かな?
「カンナギ流の事? それだったら、私もカンナギの使徒、って事になるわね。…まぁまだ半人前もいいとこだけど、さ」
「成程…貴女で半人前なら、確かに有り得ますね…人の身でありながら、我等を打ち倒す程の力を持つ狩人。与太話と思っていましたが…」
もうすぐ一人前の奴も来る予定なんだけど、それは内緒。…さて、ここは背水の陣の覚悟で、頑張ってみますかっ!…さっきのは多分、アンチエーテルの練り込み、質の問題だ。今度はもっと、強くイメージしてみよう。
「さーて。第2ラウンド行くよ。次は、膝くらい地面につかしてやるからね」
「それは、少々困りますね。今、お話を聞いて、貴女には是非ともイベントのゲストに、と思い付きまして…今はまだ、ご登場を控えて居て頂きたいのですが…」
…こんにゃろ、余裕かましちゃって…やっぱり気に食わない。
「アンタの都合なんか、知るか。下らない企画なんか立てられないように、骨の5、6本は置いてって貰うわよ」
プラーナを更に増幅させ、身体全体に纏わせる。得物は一応、腰に下げた雪月花があるけど、キーチが居なきゃ抜刀は出来ないし…ステゴロでやるしかないね。
闘志を剥き出しにする私を、困ったような笑顔で見つめるダエーワ。ふと、その視界に何を見つけたのか、整った顔を輝かせた。
…だから、戦闘中に余所見とかさ…
「舐めるなって、言ってんでしょーがっ!」
力強く踏み込んだ左足を軸に仕掛ける、右の上段蹴りっ。でも、これをあっさりと見切ったダエーワは、ほんの少し身体を反らし、最小の動きでの回避行動を選択。しかーし、ここまでは、折り込み済みっ!
ダエーワを目前にした私の右足は、その起動を直線から上下運動に変化させ、回り込む様にダエーワの斜め上から襲い掛かる。そのまま身体ごと回転しつつ、右足を振り切った。
飛燕のフェイントを織り混ぜたハイキックは見事にダエーワを直撃し、その頭部を揺さぶる。更に、一回転して勢いを着けた掌打を、今度は真下からアッパー気味に打ち上げるっ。
イメージは出来てるんだっ。ダエーワの顔面ごと、そのエーテル、打ち砕いてやるっ!
「っりゃああぁぁ!!」
列迫の気合いで打ち上げた掌打は狙い通り、ダエーワの顎をかちあげて、今日一番の強烈なアンチエーテルを叩き込んだっ。手応えありっ!
今のは、打ち込んだ瞬間、ダエーワのエーテルが大きく揺らいだのを感じ取れた。
「うっ…むぅ!?」
頭部を上下に揺さぶられ、更にアンチエーテルを打ち込まれたダエーワがよろめき、その場にひざまずく。よっしゃ!
「……素晴らしい。これが人間の力とは、にわかには信じられませんね…」
それでもまだ余裕があるのか、石畳に片膝を着いたまま私を称えるダエーワ。…マジで頭くるなコイツ。
「何発でも喰らわしてやるわよ。顔の形が変わるくらいねっ」
「クク…それはそれで楽しそうですが、まず、こんな趣向は如何でしょう?」
直後、ひざまずくダエーワからエーテルが放たれ、でもそれは私の横を通り過ぎ、倒れたままのチンピラAを捉えた。…って、何で今更…
その突然の奇行に私は一瞬、思考停止に陥る。
そして、私の耳に聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「…レヴィお姉ちゃん?」
「エリス!? こっちに来ちゃダメっ!」
「え!?…きゃぁ!!」
エリスの声を聞き、弾かれた様に制止の声を上げた私だったけど、遅かった。目の前には完全に自我を無くし、再びダエーワに操られたチンピラ。そして、その腕の中、チンピラにより首筋に刃物を突き付けられた、エリスの姿が飛び込んできた……っ…最悪…
正直、状況は芳しくない。目の前には、まともにやっても勝てるか解らない、イビル・クラン。
背後には操られたチンピラと、人質に取られたエリス。
…目の前のダエーワばかりに気を取られて、状況を見落としてしまった。完全に、私の油断だ…
「…まだチンピラにエーテルが残ってたって事?」
「いえいえ。貴女の技は完璧でした。しかし、これだけ距離が近ければ、抵抗力の無い人間程度なら、自由に操れるのですよ? 詰めが甘かったですね、お嬢さん」
私の独り言に、律儀に言葉を返すダエーワ。
「この、エセ紳士…関係ない子供まで巻き込みやがって…」
「言葉使いにはもう少し気をお配りになっては? お嬢さん。…そうそう、貴女のお名前をお聞きしても?」
背後では虚ろな瞳のチンピラのナイフが、エリスの首を圧迫している。
「…レヴィ、よ。覚えて貰わなくても良いわ。どうせ、短い付き合いになるから」
「つれないお言葉ですね。何なら、お試しになりますか? 少女を救い、尚且つ私を仕留める事が出来るかどうか」
優越感を醸し出すダエーワのその台詞に、私は奥歯を噛み締める。調子に乗りやがって…つーかキーチ早く来い。今、アイツに不意討ちで特大のプラーナぶつけて『えぶしっ!?』とか言わしてくれたら、スゲースッキリするんですけど!
「…レヴィお姉ちゃん…」
突き付けられた刃物と身動きが取れない現状に、表情を青ざめさせるエリス。何で一人で市場に?ハンナさんとはぐれたのかな? とにかく、安心させないとね。
「エリス、大丈夫だからね。直ぐに助けてあげる」
「うん!」
今にも泣き出しそうなエリスだけど、健気に答えて見せる。……ダエーワがあのチンピラを操ってるんなら、ここは奴を見逃すのを承知で、すばやくチンピラを仕留めるか……一瞬でダエーワを行動不能に追い込むのは、今の私じゃ厳しい。
今は、エリスの安全が最優先だ。
「その少女とお知り合いですか?レヴィさん。……ところで、私から1つご提案があるのですが…この場は互いに引いて、後日、私達の開催するイベントにご参加頂く、と言うのは如何でしょう? 勿論、その少女は無事にお返ししますよ。ご信用下さい」
……このエセ紳士の言う事なんか、信用出来る訳ない。こいつは、人の命に欠片程の重みも感じていないんだ。自分の退路が確保出来れば、去り際にエリスを害するかもしれない。
「無言は肯定と受け取らせて頂きますよ? …それでは、またお会いしましょう、レヴィさん」
動くに動けない私を尻目に、ダエーワが距離を取り始める。
……よし、決めた。アイツが逃亡を始めたら、間髪入れずにチンピラを仕留める。今は、それがベストな筈。
でも、そう決めた直後だった。私の知覚が、それを感じ取る。
それは、大気を伝い、私にそれを感じさせる程の、強い怒りを秘めたプラーナの気配。
「……ダエーワ、1つ訂正しとくわ」
「……何を、でしょうか?」
私の言葉に足を止めて応じるダエーワ。馬鹿な事したね。アイツのお気に入りに…エリスに手を出すなんてさ…
「さっきさ、骨の5、6本置いてって貰うって言ったじゃん? あれやっぱり、手足の2、3本置いてって貰う事になるみたいよ?」
「この期に及んで、一体何を…?」
時間稼ぎはもう、十分かな。その気配は真上から降ってくる。
「上、見てみ?」
「…は?………はぁ!?ちょ…グアアァァァァァァァ!!!??」
空を仰いだダエーワが見たもの、それは自身に降り注ぐ、無数のプラーナの刃。私は奴が視線を外した瞬間には動き始めていた。
背後で、一時的にダエーワの意識操作から逃れたチンピラに駆け寄り、即座に刃物を持った右腕間接を極めて、エリスを奪還。チンピラはそのまま適当に放り投げる。
「エリス、怪我は無い?」
「お姉ちゃん!うん、うん、大丈夫だよっ」
よっぽど怖かったんだろう、私に小さな体ごとしがみついてきたエリスは、小刻みに震えていた。
「「エリスっ!」」
そこに駆け付けて来る、テルセウさんとハンナさん。どうやら、近くから様子を伺ってたみたい。
「おとうさん、おかあさんっ!」
私は二人に飛び付くエリスを確認し、再びダエーワに向き直った。
見れば、未だに降り続けるプラーナの刃にさらされ続け、見た感じは既にぼろ雑巾になりつつある。
そのプラーナの刃は、1つ1つがさっきの私の一撃を遥かに上回る威力で、しかもダエーワのみを正確に捉え、確実に弱らせていく。
プラーナの形状変化と性質変化、それに遠隔操作技術。その全てを高い水準で修めなきゃ、こんな出鱈目な事は出来ない。
……どれだけの鍛練を積めば、この域に達するんだろう?
「テルセウさん、ハンナさんとエリスを連れて、離れてて」
「わ、解った!気を付けろよ、レヴィちゃん」
テルセウさん達が十分にその場から離れると、それを確認したかの様にプラーナの刃は途切れる。
その弾幕の中から姿を表したダエーワは、酷い有り様。私の予告通り、両腕が半ばから千切れ、おまけに身体中に所々大穴が穿たれていた。多分、プラーナの刃全てが、反エーテルの性質を持つ物に変換されていたんだ。……鬼だな。
「あ!…が!…い、一体、何、が」
ダエーワは満身創痍ながら、自分に重症を負わせた犯人を探そうと辺りを見回す。 このダメージでまだ動けるんだから、大した生命力だよね。
でも残念ダエーワ。その犯人は周囲じゃなく、凶刃と同じ、真上から降って来た。
ダエーワの頭に。
「えぶしっ!?」
ざまぁ!
間抜けな声を上げたダエーワは、一体どれだけの衝撃があったのか、そのまま轟音と共に石畳に顔をめり込ませる。
その頭に華麗に着地を決めた長身の黒服男は、辺りを見回して私を見付けるや否や、佇まいを直し、一言。
「待たせたな、お嬢。時間稼ぎ、大義であった」
と、偉そうにほざいた。
「グッジョブ、キーチ!(・・・)でも、もうちょっと早く来いっ!」
そう言って親指を立てる私に、同じく親指を立てて返す黒服。
それは、歩く天変地異と恐れられた、カンナギ流闘法術の生きる伝説。
人型になり、全力戦闘体勢を取った、黒猫のキーチの姿だ。
私より頭3つ位上背があるその身体を、艶のある黒いロングのレザーコートに包む。身に付けたブーツや手袋、頭に乗った中折れ帽に至るまで、全てが真っ黒け。飾り気のあるものと言えば、コートの手首と腰のベルトに付いた、シルバーのバックル位な物。
艶のある黒髪をクラウドマッシュにした、ぱっと見は殺し屋か、無理に言えば、お洒落な神父様みたいな外見だけど、これが人型になった際のデフォルトらしい。
そして、全身真っ黒けの中に際立つ、アンバーアイの美しい金色。顔立ちも中性的でキレイだから、大概の女の人は見とれてしまう…らしい。私には、憎ったらしい澄まし顔にしか見えないんだけどね。
「しかし、無茶を言うなお嬢。これでも、街中を回ってから、急ぎ駆け付けたのだぞ?………して? イビル・クランはどこか?」
……コイツ、わざとやってんのかな?
「…下、見てみ?」
「ん?…おぉ。踏みつけて居ったか、これは失敬」
帽子を押さえながらダエーワの頭部から地面に降り、優雅な足取りで私の側まで歩むキーチ。そこでくるりと、地面にめり込んだままのダエーワに振り返る。
イビル・クランすら霞ませてしまう、この存在感は流石の一言。隣に居るだけで、安心を覚えてしまう。
…つーか、マジでもう少し、早く来て欲しかったわ……私も知らず知らずの内に、ダエーワとの対峙に、かなり緊張してたみたい。
そんなダエーワを、簡単にボコにしちゃったキーチ。…なんとも言えない気分だ。
キーチが私より遥かに強いのは知ってるし、それは当たり前の事だけど…何だか、今はそれが無性に悔しくて、思わずキーチに噛みつきたくなる。
そんな八つ当たり気味の気持ちを、解っていても押さえられない私だった。
…まぁ、こんな感じで、私の記念すべき、イビル・クランとのデビュー戦は不完全燃焼気味で、苦い結果に終わったのでした…まる