表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/25

page.12 キーチと集会

「え!じゃあ昨日、キーチとザックが行った廃村に、イビル・クランが居たの!?」

 

「だから、その気配を察知したと、昨日から言っておるのだ!……ハァ…」

 

 一夜明けて、復活を果たしたお嬢。朝食を採った後で、改めて話を聞かせている。

 

「でも、それってえらい大事じゃないの?何で昨日ギルドで言わなかったのよ?イザーク達にも黙り?」

 

「うむ。まず、はっきりと姿を確認したわけではない。それに、感じた気配は比較的に小物であったが、イビル・クランが現れたと話が広がれば、それだけで街がパニックになりかねん」

 

 

 

 

 イビル・クランと一口に言ってもピンからキリまで、その能力も様々である。

 カンナギ流では主にその身体能力、内包するエーテルのエネルギー量から区別し、おおまかに上位眷属、下位眷属と大別する。

 

 エネルギーの規模で言うと、下位眷属であっても、単体でこの街をまるまる吹き飛ばせる。

 これが上位眷属であれば、一つの小さな国が消滅する程の氣を秘めるのだ。

 更には上位、下位の中でも力の格差はある。我輩が過去の戦いでイビル・クランを見てきた経験から言って、昨日感じた気配は、下位の上、と言った所であるな。

 

 

「じゃあ、イビル・クランはどうすんの?キーチが言うんだし、居る事は間違いないんでしょ?」 

 

「我輩達で始末する。ギルドや兵士達ではどうにもなるまい」

 

 欲を言えば、他の者に気付かれぬ内に始末してしまうのがベストか。

 

「よっしゃ!私達だけで例の廃村にカチコミねっ!」

 

「黙れ阿呆。せめて、人の話は最後まで聞け。奴はあの場所には居らん。奴のエーテルの残留を確認はしたが、それなりに以前の物であり、それ以外の痕跡も無い。恐らくは、あの場所で例のクリープ・ブレイドに何かしらの細工を施し、その後、行方を眩ませておる」

 

 奴らがその気になれば、姿を眩ます事など容易い。エーテルの気配を絶たれては、我輩も捉えきれぬ。

 

 

「面倒臭い事するわね……じゃあ、どうするのよ?」 

 

「…直に探すしかあるまい。実物を目にすれば、我輩達なら見破れる。奴らはエーテルを隠す事は出来ても、プラーナを纏う事は出来んからな」

 

「……あ!そっか。逆に言えば、氣を感じさせない奴が容疑者って訳ね」

 

「もしくは、プラーナでは無い氣を内包した人間、であるな。奴等は個体差はあるが、見た目は普通の人間とそう変わらぬ者が多い。もしかすると、街中に紛れ込んでおるやもしれん。努々、油断するでないぞ」

 

 お嬢が頷くのを確認した我輩は、早速行動を開始する。

 お嬢には、街中で見つけても決して手を出さず、行動を監視する様に厳命する。下手に刺激して暴れられると、大惨事は免れぬからな。

 

「それは解ったけど、キーチはどうするのよ?」

 

 

「我輩は街の外で、奴のエーテルを探る。尻尾を出すかは、怪しい所であるがな」 

 

「じゃあ、別行動ね。……てゆうかさ、何で隠れてるのかな?何なら、一人で戦争出来る様な奴なんでしょ?」

 

 ふと、気になった様にお嬢が付け足す。

 

「お嬢よ。あ奴等が何を思うか等、考えるだけ無駄であるよ。思いつきで戦争を決起する様な、荒唐無稽な輩共であるからな」

 

 その我輩の言葉に何か感じたのか、お嬢が珍しい物でも見る様に此方に目を向ける。

 

「……なんだ?お嬢。何か言いたそうだな?」

 

「………別にぃ………ん?……て、ちょい待ち。キーチは別行動でしょ?…じゃあ何か? 私ひとりで、街の中の人全員のプラーナをチェックしろって言うの!?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「『そうなるな』じゃない!出来るか駄猫っ!この街に人がどんだけ居ると思ってんの!?」

 

「およそ9000人、と言った所か。氣のコントロールの為の、良い修練になるではないか。お嬢はプラーナの性質や形状の変化が、まだまだ下手くそであろう?」

 

「過酷過ぎるわっ!つーかアンタだけ楽しようとするな!」

 

「心外である。お嬢では広範囲を一斉捜索はできぬであろう? 適材適所、と言う物であるよ」

 

「納得いかな−い!」


 

 

 吠えるお嬢は放置するに限る。

 

 そして我輩は一人、街の外を散歩……いや、捜索に出掛けるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 今更ではあるが、我輩は猫である。

 猫とは、素晴らしい健脚を誇る動物なのである。メタボリック等の理由で、余程走るのが苦手な猫でなければ、その最高速度は50㎞/h近くにも達すると言う。しかも、初速から殆んどタイムラグも無く最高速度に達するのだ。走る事に関しては、人間など逆立ちしても敵わぬ。正に生粋のスプリンターなのだ。

 

 そして、我輩はちと特殊なのである。自分の速度など測った事は無いが、体感的には恐らく120㎞/hは出ているのではなかろうか?

 更に持久力も折り紙つきで、3日3晩走り続ける事も可能である。

 人の歩行速度が平均5㎞/h程度である事を考えれば、我輩の脚なら昨日の廃村にも約15分で到着する。広範囲の走査にはもってこいなのだ。フフン。

 

 

 そんな訳で我輩は街を中心として、約半径50㎞程の範囲を爆走しながら、イビル・クランの気配を探る。

 流石に全速力では視野が狭くなってしまう為、7割程度の力で大地を蹴る。

 だだっ広い屋外を、風を切りながら走り回るのは、久々である。実に爽快であるなぁ。

 

 

 ふと、視界の端に野生のムースの群れを見付けて、我輩はそちらに進路を変更する。ちなみにムースとは、体長180㎝程で、頭部に二本の角を持つ草食動物である。

 

 

 抑えてはいても、尋常ではない速度で背後から接近した我輩。近づいてみれば、食事中だった彼等が、ギョッとしたように振り返る。

 彼等の目の前で急停止した我輩は、ムース達を刺激せぬよう穏やかに声を掛ける。

 

『済まんな。食事中に驚かせてしまって。お主らに危害は加えぬよ。ただ一つ、訪ねたいのだが…』 

 

 彼らに詫びを入れつつ、この辺りで最近怪しい者や、人と気配の異なる者を見なかったか等を尋ねる。

 

 …特に見ていない、強いて言うならアンタぐらいだ。と、言う旨の返事が返ってきたので………まぁ…確かに我輩は怪しかろうよ………その場を離れ、捜索を再開する。

 

 また野性動物を見付けては問いかけ、時折襲いかかってくる狼をしばいては問い詰め、そんな事を繰り返し、我輩がそのエーテルを感知したのは、太陽が真上に差し掛かる頃。その場所はなんと、廃村よりも更に街に近い。というか、街が遠目に確認できる程の目と鼻の先、と言う距離であった。

 

 場所は街道から少し外れた、小さな森の中である。我輩は昼食用に持参した骨付き肉をかじりつつその場所を探るが、ここにも奴のエーテルの残留を確認しただけ。廃村の物よりも新しく、ここ2、3日程である…

 

 ムグムグ……やはり、街に潜んでおるのだろうか?

 我輩はその後も夕刻まで捜索を続けるが、結局その場所以外ではなんの手掛かりも得られなんだ。

 しかたなく、街の入り口まで戻る。時は17の刻になろうかと言った所。これ以上の捜索は無駄であろう。

 

 

 

 

 12月も半ば近くなると、この時間でも空には夜の帳が広がり始めており、それに伴い、空気も肌寒さを感じさせる物になりつつある。

 空を見上げれば今宵は半月。澄んだ冬空の中、青い上弦の月が夜の冷え込みを映す様に、冷たく輝いていた。

 

 うむ。冬の夜空と言うものは、実に美しいものであるな。 

 

「冬の夜を 映して蒼し 宵の月…うむ。直線的だが、中々の名句ではなかろうか?」

 

 我輩は急ぎ背嚢からノートとペンを取り出すと、ふいに口をついて出た句を忘れぬ内に書き込む。その時、我輩の目の前を一つの影が通り過ぎた。………む。ご同輩であるな。

 

 

 それは美しいアッシュグレイの毛並みを持った、見た感じは飼い猫である。

 我輩がなんとはなしに眺めていると、視線に気付いたのか此方に顔を向けてきた。明るいエメラルドグリーンと、深いマリンブルーのオッドアイが我輩を捉える。

 

『こんばんわ、黒毛の方。』

 

 ふむ。笑顔で話し掛けられた。その丁寧な物腰は、中々好感が持てるのである。

 

 

『お晩である、グレイのご婦人。今宵は夜会でもあるのかな?』

 

 見れば、他にも数匹の同輩が連れ立ち、廃倉庫のような古びた建物に入っていく所であった。

 

『ええ。夜会と言っても、寄合みたいなものだけれど…良かったら、貴方も如何?』

 

 む…猫の集会か…成る程。

 その手があったか…

 

『ご婦人、お急ぎの所、足を止めさせてしまい、恐縮である。我輩はキーチ。後に御伺いさせて頂くのである』

 

『私はアルトよ。それじゃあ、後でまたね。キーチさん』

 

 そう言うとアルト殿も廃倉庫に向かい歩き出す。

 捜索に関して、妙案が浮かんだ。我輩は一度、宿に戻る事にする。


 

 

 月灯の仔猫亭、その一階のカウンター席に、目とプラーナを酷似しすぎてグロッキー状態になったお嬢が突っ伏していた。

 

「ただいま戻ったのである」

 

「あ、キーチちゃん。お帰りなさい」

 

 出迎えの声はエリス。お嬢の隣で甲斐甲斐しく世話をしておった。

 

 

「うむ。ただいまである。お嬢よ、お疲れであるな。部屋で話を聞こう」

 

「りょーかい…エリス、ありがとう。大分楽になったわ」

 

 エリスに礼を述べて部屋に戻るお嬢。我輩も後に続き、早速情報を交換する。


「お嬢よ、成果はあったか?」

 

「あ"−…1200人くらい見たけど、ダメ…目が疲れただけだったわ…キーチは?」

 

 

「街の北東1キロ程の森で、奴のエーテルの残滓を見付けた。ここ2、3日以内のものだ。手掛かりはその位であるな」

 

「近いわね…やっぱり街の中に…」

 

「そう考えるのが妥当であろう。もしかすると、廃村の魔物をけしかけると同時に、街の中で騒ぎを起こす積もりなのかもしれんな」

 

「……どうする? このままじゃ、後手に回るしかないわよ?」

 

「うむ。我輩に秘策あり、である。お嬢よ、少し出掛けてくるぞ」

 

「…うん?…そんなもん持って何処行くの?」

 

 我輩が背負ったのは、お嬢が腕で抱える程の大きさの風呂敷。

 

「ちと、パーティーにお呼ばれしておってな。そこで情報収集してくるのである」

 

「……ハァ?」

 

 アホ面を晒して疑問符を浮かべるお嬢。先程のアルト殿の方が、余程気品に溢れている。重ね重ね、残念な娘である。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 場所は移り、街の北側にある、廃倉庫の入り口。外はいつの間にか小雪が降り始め、更にその寒さを増している様であった。

 

 流石に肌寒さを感じ、我輩は廃倉庫に足を踏み入れる。それと同時、数多の瞳が一斉に此方を振り向いた。

 

『………誰だお前…見ない顔だな』

 

『流れ者かにゃ? 新顔は久しぶりだにゃ』

 

 そこには凡そ20匹程の猫達。口々に我輩へと誰何の声が飛ぶ。ここは猫の社交場である、新顔としては、挨拶が必要であろう。

 

『お初にお目にかかる。我輩の名はキーチ。旅の途中で、今はこの街に逗留しておる。今宵は諸兄らに挨拶がしたく、この場に参上した』

 

『あら、キーチさん。いらっしゃい。遅かったわね』

 

『おお、アルト殿。うむ、手土産をと思ってな。一度宿まで戻っておったのだ』

 

 我輩に気付き声を掛けてきたのは、先程のアッシュグレイのご婦人、アルト殿だ。

 

『アルトさんの知り合いなの? 手土産って何?』

 

 興味津々で我輩に近寄ってくる、愛嬌のある若い雄の三毛猫。どうやら風呂敷の中身に薄々気が付いている様だ。

 

 

『はしたないわよ、カール』

 

『だって、いい臭いがするんだもん』

 

 若い三毛猫をたしなめるアルト殿。どうやら彼女がこの辺りの猫達の仕切り役の様である。

 

『うむ、心ばかりの品である。アルト殿、良ければ皆に振る舞わせてくれ』

 

 そう言って床に降ろした風呂敷を広げる。中身は、以前に助けた露店商からの礼の品である、大量のマタタビ。

 

『まぁまぁ…マタタビがこんなに沢山……キーチさん、ありがとうございます』

 

『お近づきのしるしである。遠慮なく、やってくれ』

 

 我輩のその言葉に、倉庫内の猫達が群がるようにして風呂敷に突進してくる。 

 

『貴方達!まずはキーチさんにお礼なさいっ!』

 

『新顔っ!ありがとにゃ!気の利く奴だにゃ〜』

 

『こりゃ、上等なマタタビだなぁ!ありがとよ、お客人』

 

 うむ。好感触である。世の中、何が役に立つか解らんものであるな。

 

『キーチさん、だったよね? この街にいる間、解らない事は僕らに何でも聞いてねっ』

 

 キラーン!カールよ、その言葉を待っていたのである…

 

『ふむ、ありがたい。我輩ちと、人を探しておってな…兄等なら、この街の事は一番詳しかろう?』

 

 ここが好機である。我輩はムース達に聞いた話を猫達にも振ってみた。が、しかし…

 

 

 

『怪しい人間? 随分と漠然とした人探しね…』

 

『人間は怪しい奴ばっかりだにゃ〜』

 

 むぅ…ここも手掛かりは無しか…?

 

『…あぁ…そう言えば、3日前に北の森で、変な気配がする人間なら見たぞ。なぁカール?』

 

『……あぁ。スラッグ、一緒に森で日向ぼっこしてた時だね。上手く言えないけど、見た目は普通だけど、確かに変な感じの人間だったよ』

 

 むむ。北の森とは、昼に我輩が調べたあの小さな森か…どうやらビンゴであるな。

 猫と言う動物は気配に敏感である。イビル・クランの異質を、本能的に感じ取ったのであろう。

 

『その者は一人で森に居たのか?』

 

『いや。もう一人、人間が居て…そいつは見た事がある人間だったなぁ』

 

『アイツはアレだよ、いつも路地裏にたむろしてる、エッジとか言う、柄の悪い人間。…そう言えば、最近見ないよ、彼』

 

 エッジと言えば、確かお嬢に絡んでボコにされた、チンピラの主犯がそんな名であったな…

 

『因みに、そやつらは森で何をしていた?』

 

『んー…エッジの方は何だかぼーっとしてて、気味の悪い人間は、ずーっとエッジに手をかざして何かブツブツ言ってた』

 

『あの時の変な人間、気味が悪かったな…だから、俺らは直ぐに逃げてきたんだ』

 

『ふむ…カールにスラッグよ。とても参考になったぞ。感謝するのである。私事ばかりで済まなかったな。後は、存分に楽しんでくれ』

 

 その後、マタタビで興が乗った猫達で、夜会は実に賑やさを増した。我輩は酔えはせぬが、その空気に、久々に息抜きが出来た気分であった。

 

 

 

 しかし、どうやら大筋が見えてきた様であるな。

 恐らくは、エッジとやらが、何らかの理由でイビル・クランの影響下にあると見て間違いない。これは、思ったより大事になりそうである… 

 

 

 

 

 いつの間にやら、刻は真夜中に近付いていた。我輩の持ち込んだマタタビも完食され、大いに盛り上がった夜会もお開きである。

 猫達が各々の寝床に向かう為、廃倉庫を後にしていく中、アルト殿が話し掛けてきた。 

『キーチさん、少しはお役に立てたかしら?』

 

『うむ。アルト殿、お呼び頂いたご厚意に感謝する。皆の話を聞けたお陰で、どうやら仕事に目処が着きそうであるよ』

 

『それは何よりだわ。皆も満足出来たようだし。是非、機会があったらまたいらしてね』

 

 そう言い置いて去って行くアルト殿の背を見送り、我輩もまた情報を土産に月灯の仔猫亭へと帰路を歩むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はらからの

 

 宴もたけなわ

 

 雪見酒

 

 

 

 やはり、同胞というのは気が許せる存在であるな。今日は1日、羽を伸ばせて良かったのである。

 

 どうやら明日からは、忙しくなりそうであるからな…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ