page.10 レヴィと共同依頼:後編
これを書き終えた時点で、前半からのタイトル詐欺みたいな事になったので、タイトル変更しました(笑)
後脚に氣を集め、一気に地面を蹴る。イザーク達には我輩の姿がその場から消失した様に見えたであろう。
同時に、最も側に居たゴブリン二匹の頭部が宙を舞った。
「な…なんだぁ!?」
突然の出来事に慌てるイザークであるが、なんの事は無い。我輩が飛び込み、爪で切りつけただけである。
うむ。思ったより上手く行ったのである。この身体でプラーナを扱うのは久々であるからな。
我輩は勢いを殺さず、その先のブラッドエイプに狙いを定める。
プラーナを操り、自らの爪の延長上に刃を造る(・・・)それは断ち切れぬ者は無い、形持たぬ刃。
「疾っ!」
振るう刃は狙いを違わず、僅かな抵抗も無くブラッドエイプを胴から別つ。
更にエーテルを変換したプラーナを進行方向に展開し、それを足場にして撞球の如く反射。ついでに近場に居たゴブリンとブラッドエイプを同様に切り捨て、着地を決める。
「所詮は烏合の衆。こんなものであるか」
魔物達はここに来て漸く、我輩を敵として認識したのであろう。危険な敵をまずは仕留めようと群がってきた。
ゴブリンの爪をかわし翻すプラーナの刃で葬り、伸びてくるブラッドエイプの剛腕を前脚で弾き飛ばし、がら空きの胴を後脚で穿つ。一時も動きを留める事なく、我輩は魔物の群れを蹴散らして行く。
この程度の魔物、我輩からすれば数の内にも入らん。まるで寄せ餌に集まる魚の群の如く、群がる魔物をいなし続ける。何匹かイザーク達へと向かったものの、包囲網が崩れるのに然程の時間は要しなかった。
我輩は粗方の魔物が集まったのを確認して、一跳びでイザーク達の下に戻る。
「仕上げであるっ」
右腕の爪にプラーナが集中し、蒼い稲妻を纏った様な光が宿る。我輩はそれを躊躇なく魔物達の真ん中に投擲した。
着弾、そして極光。文字どおり、爪の先程に小さく集約されたプラーナがその純粋な破壊エネルギーを解放し、魔物の群れを襲う。
そして、塵も残さず全ては消え去った。
むぅ…
「…少しばかり、力を込めすぎたのである。証明部位が…」
「いやいやいやいや『少し』じゃねぇでしょ!」
「すげぇなんてもんじゃ無いですね…」
「…キーチさんは一体何者でやすか?」
「我輩は猫である」
「いやいやいや、普通の猫は魔物をシバき倒したりしやせんから、つーかさっき空中で跳ねてませんでしたか?何よりも最後に飛ばしたブツは何なんでやすか?何か爆発しやしたよ!?」
「気にするな、些細な事である。それより、お嬢はどうだ?」
我輩が視線を向けた先には、十数メートル程離れた場所に対峙する、クリープブレイドとお嬢の姿。
どうやら邪魔が入らぬよう、戦場を移動したらしい。
鋭い踏み込みから、残像すら残す速度の袈裟斬りを仕掛けるお嬢。しかし、敵もその圧力に負けず刃を受け止める。ふむ。力は五分五分であるな。
更に三合打ち合い、再び両者の間合いが離れる。お嬢の斬撃に遅れを取らぬとは、反応も中々。唯の魔物とは思えんな。
見れば互いに大きな傷は無いが、敵は数ヶ所に浅く刀傷を作っており、片やお嬢もレザーのトップスやボトムスに幾つかの綻びが生じている。
実力伯仲と言った所か…これは長引くやもしれぬ。
我輩が思案していたその時、その場に居た誰もが予想しなかった事態が起きる。
クリープブレイドが、不意にその口を開いたのだ。
「…こノ娘モ大概だガ…イやハヤ、とンデモない猫ガ居タもノダナ…」
「お誉めに預り、光栄だわ。…アンタ、喋れるのね」
少し聞き取りにくいが、流暢な大陸標準語である。と言うか、命のやり取りの最中ににいきなり話を始めるな。お嬢も。
「驚カヌのカ?人ノ子ヨ」
「喋るくらい、ウチの猫でも出来るわよ」
「カカカ、成程ナ」
おどけて返事をしているお嬢だが、その瞳に油断の色は欠片もない。敵の動きを見落とさぬよう、一挙手一投足に集中しておる。
そして徐々に膨れ上がる、お嬢の闘気。一撃で決める気である。
一方の敵はまだお嬢を驚異とは感じていない様だ。我輩を一瞥し、また語りだす。
「黒猫ヨ。我ガ主ノ命ハ、主ニ近付く者ヲ滅ぼス事。コノ娘ヲ殺シたラ、次ハ貴様だ。覚悟セヨ」
しかし、我輩はそれを鼻で笑う。
「ふん、笑止である。目の前の敵すら図り損ねたそなたは、我輩の前に立つ事は出来ぬ。」
「ナニっ!?」
クリープブレイドはミスを犯した。戦士であれば決して犯さぬ、致命的なミス。闘いの場にあって、敵から目を剃らすという、最大の愚挙である。
お嬢はその隙を見逃してやる程、優しくはない。
敵が目を剃らした一瞬の間に刀を納刀しつつ間合いを潰し、クリープブレイドの死角に迫る。
「コ、のっ、小娘ガァ!」
死角から迫る殺気。不意を突かれた焦りから、そこに反射的に攻撃を繰り出すクリープブレイド。力任せの、右からの横殴りの一撃。それは余りにも御粗末である。
先程の打ち合いで、お嬢は敵の間合いを完全に掌握していたのだ。
突進に急制動をかけるお嬢。その顔スレスレを通過して行く敵の刃。紙一重の見切りである。
お嬢は一瞬だけ眉をしかめるが、その動きに淀みはない。
自らの力任せの剣撃に振り回され、上半身を泳がせた敵の動きに即座に合わせる。急停止した状態から右に身体を流し、刀を腰だめに構えた。
それは死角からの強襲から大振りを誘い出し、計算ずくで演出された必殺の瞬間。
クリープブレイドが最後に見たものは、温度を感じさせぬ、氷点下の緋色の瞳。
「――さようなら」
抜刀から振り抜かれる飛燕の刃が、その身体を一刀の下に両断…闘いの終幕を告げた。
「すげぇよ姉さん!Aランクを一人でやっちまうなんてよ!」
「Aランクの討伐なんか、ここ数年聞いてないですからねぇ。こりゃまたギルドが賑わいますよ!姉さん」
テンション高く騒ぐのはイザークとビギンズである。先程から子供の様にはしゃぎ、かしましい事この上ない。
「……正に、紙一重であったな、お嬢よ」
「うるっさいわね…何か最後、急に間合いが延びたのよアイツ…」
そう言って膨れるお嬢。その頬には薄く、赤い筋が走っていた。
クリープブレイドの最後の一撃。それがお嬢の予測を僅かばかり上回り、顔を掠めたのだ。最も、活性化したプラーナの影響でその傷も消えつつあるが。
「…Aランクの奴等って皆ああなの?」
「うむ…お嬢よ、これを見てみよ」
我輩が指し示したのはクリープブレイドの右腕。その腕は、肘の部分で千切れかけていた。
「…なにこれ?…まさか、これのせいで間合いが延びたって言うの?」
「恐らくな。自身の力に、身体がついて来なかったのであろう」
もっと正確に言うならば、最後の一撃。反射的に全力の横凪ぎを放った事による、反動である。
「そんな事、有り得るの?幾ら魔物だからって…」
「通常は、有り得ぬな。生物である以上は、こうなる前にブレーキが掛かるものである」
敵が我輩に気を取られねば、勝負の行方もどうなったかは解らん。それ程の魔物であった。
やはり、何事か起きているのであろう。異常発生したゴブリンにしても、この異常な身体能力を誇ったクリープブレイドにしても。
「イザークよ。そなたら、この後どうする?」
「へ?…この後って?」
「我輩達は捜索を続ける。まだ大本が何か分かっておらんからな。主らはどうする?と、聞いておる」
「い、今のがゴブリンどもの親玉じゃ…?」
「無いわね。アイツ、『主に命じられて』近付く人間を始末してたらしいから」
絶句するイザーク達。あのAランクの魔物より、危険な存在がこの近くに居る可能性を示唆されたのである。もはや一介の冒険者の手に負える案件ではないだろう。
重苦しく押し黙るイザーク達。不意に口を開いたのはそれまで静かだった、ザックであった。
「…キーチさん。あっしは着いていきやす。コロニーを確認するにも、証人は多い方がいいでしょう。正直、ブルっちまってるんですが…斥候は必要な筈です」
「…うむ。ザックよ。確かにお主の言う通りではあるが…」
「き、キーチさん!俺も行くぜ!」
「応。これでも、サンドラの街の盾を気取ってるんだ。街の側で何か起こってるってんなら、俺たちだけ尻尾撒いて帰る訳には行かねぇよ」
半ば脅した積もりであったが、どうやら矜持が勝ったようである。ならばもはや、何も言うまい。
捜索を再開して暫く。街からは6時間程も歩いたであろうか。我輩達は、四方を山に囲まれた盆地の様な場所を遠目に確認した。
「うむ。どうやら目的地が近いようであるな。ザックよ、我輩の後を着いてくるのだ。
他の者はここで身を隠せ。多人数では気付かれる恐れもある故にな」
「…了解」
「ザック!気を付けろよ…」
「あいよっ」
そこから暫くは、言葉も交わさずに道無き道を進む。
唐突に口を開いたのは、またもやザックである。
「キーチさん。一つ聞いても?」
「何であるか?」
「いや、さっきから迷わず進んでいやすが、足跡も無い場所もありやした。どうやって奴等の進路が解るんで?」
「ふむ。生き物が活動すれば、そこには必ず痕跡が残る。足跡だけではなく、例えば草むらを突っ切れば不自然に草が倒れるし、この様な山の中なら木の幹や枝に傷などが残る。先程の様な集団であれば尚更で、容易に進路を特定できる。お主も斥候役ならば、覚えておいて損はないぞ。斥候の最大の武器は、武力では無く観察力であるからな」
「なるほど…勉強になりやすねぇ…というかキーチさんは本当に、何者でやすか?」
「だから、我輩は猫である。ちと長寿であるがな。…む。着いたようだぞザック」
お嬢達と別れてから、半刻程歩いたであろうか。そこには、元は中規模程度の村があった事を伺わせる廃村。
どの家屋も板壁は腐り掛かっており、いつ屋根が落ちても不思議ではない。真っ黒に焼け落ちた残骸なども見える事から考えて、戦火に巻き込まれ捨てられた村なのであろう。
我輩達は山裾の林に隠れ、息を潜めてその村を観察する。
すぐに目につくのは、村中を我が物顔で闊歩する者達、ゴブリンである。
見立て通り、相当な数である。見えている限りでも300は下らない。
「キーチさんの予想通り、かなりの数でやすね…」
「うむ…しかもこれは…」
我輩の目を惹いたのはゴブリンの数だけでは無かった。数多のゴブリン、しかしその中に時折、逞しい四肢を持った二足歩行の猪豚…オークや、少数ではあるが、喰人鬼…オーガの姿も確認出来たのである。
ザックもそれに気が付いたのであろう。困惑している様だ。
我輩は大声にならぬよう、囁くように口を開く。
「ゴブリンとオーガの組合せであるか……ザックよ、そなたはどう考える?」
ゴブリンは魔物の底辺であり、オーガにとっては人同様に餌である。同じコロニーに両者が存在する事は有り得ない。つまり…
「まさか、此処はコロニーと言うよりは、魔物の拠点…って訳ですかい?…」
「違いあるまい。やはり、先程の魔物も一味であると考えるのが自然であるな。問題は、黒幕が何者か…そして、奴等が何を企てているのか、であるが…」
見ればゴブリン達はあわただしく駆け回り、大量の槍や剣、小刀や弓矢などを運搬している。
その姿はまるで、戦争の準備に勤しんでいる様にも見える。
その手に持った武器はどれも、新品同様。
恐らくは、街道沿いに現れたゴブリン達が奪って行った物であろう。
つまり、奴等は物資を調達していた訳である。
更に、ザックは気が付かぬであろう。魔物の群の中に在り、一際異彩を放つ異形の気配。それを我輩は確かに捉えた。
「ザックよ、お嬢達に合流するぞ。急ぎ、街へ戻るのだ」
頷くザック。我輩と同じ考えに至ったのであろう、その表情は最悪の事態を想像し、青ざめている。
可能な限りの速さで、来た道をとって返す我輩とザック。来た時の凡そ半分程の時間でお嬢達の元へと戻る。 慌ただしく駈け戻った我輩達を迎えたのはイザークである。
「おう。遅かったなザック。コロニーの様子はどうだったんだ?」
「コロニーじゃ、ないっ。拠点だ!あいつら、盆地の廃村に兵隊を集めてやがったんです!」
「「は?」」
ここまで休まず走り続けたザックが息を切らせながらも口を開くが、意味が解らない、といった表情のイザーク達。
「ゴブリンとオーク。それにオーガの混成部隊が、この先に拠点を作り、戦いに備えておった。数は確認出来ただけで300。あの廃村の規模を考えれば少なくとも倍は居るであろう」
我輩の補足にイザーク達もやっと事情が飲み込めたのか、全員がその表情を厳しくする。
「急いで、街に戻るのである」
「そ、そうだ。早くギルドに報告しねぇと!」
我輩の言葉に全員が了承し、サンドラへと踵を返す。
街から程近いこのような場所に、あれだけの数と種類の魔物。周到に用意された武器…全ての状況は一つの事実を物語っている。
その狙いが、サンドラの街であるという事。
魔物による、サンドラへの大規模な侵攻が始まろうとしているのである。
…そして、我輩の感じ取った異形の気配。
おそらくは、この件の黒幕であろう、人でも、魔物でも無い、禍々しき存在。
『イビル・クラン』――邪神の眷属である。