page.1 少女と黒猫
初投稿です。
今後、戦闘シーンが出て来る予定なので、一応R15になっております。
我らがその街に足を踏み入れた直後、街の中央区に設置された時計台の鐘が十八の刻を告げた。
空を見上げれば、一ヶ月の終わりを告げる、青き三十日月がその美しい姿を表し始める。
この世界では、新月の日を一ヶ月の始まりとし、三日月、満月をへて、三十日月の夜を、その月の終いとしているのだ。
我輩、この長旅の道中、これまでにも様々な街や村を訪れているが、月とは何時、何処で観ても良いものである。
今より千年以上も昔、古の時代でも、歌人たちにより月を表現した短歌や俳句が数多く存在し、今日に残されておる。
月とは、それほどの古くから人を魅了し、愛でられていたものなのだ。
偉大なる先達の歌人たちもきっと、そんな月の美しさに魅せられ、感じた情熱を、内から溢れる感動を、言の葉にし…後生に伝えたかったのであろう。
悠久なる時の流れの中で、『歌や句をたしなむ』と言う一つの文化を守り、この後生に残すと言うことは、凡そ並大抵の努力では無かったのであろう。
それこそ、多くの歌人が、己が人生の全てを掛けて、その存在を時代に刻み続け、今日にまで紡いできたのである。
その今日を生きる我々は、偉大なる先達たちの偉業の果てに、繊細なる歌の素晴らしさ、言の葉の尊さに、触れる事が出来るのである。…興が乗ったのである…
街に着いたばかりではあるが、一句、捻ってみるとしよう。
思い立ったが吉日。
我輩は相棒に声をかける。
「相棒よ、一句出来た。我輩のノートを所望する」
……
……
…うむ?…
相棒が…居ないのである…
今現在、我輩は相棒に絶賛放置され中。街の入り口でぽつねんしている。
「むぅ」
ほんのすこし目を離した隙に居なくなるとは…無軌道な相棒である。
仕方なく、相棒を探し歩き出す。まぁあやつの居場所を探すのは簡単。我輩にとっては造作も無いことである。
ものの数分、相棒の気配にたどり着く。
場所は裏路地。そこに相棒の気配を察した我輩は、その場所に足を踏み入れる。
するとそこには一組の男女。
男の方が女性に詰め寄っており、なにやらキナ臭い雰囲気である。
如何にも、荒事慣れした風の柄の悪い男…
…まぁ何処の街に行こうと似たような輩は居るのであろうが。要するにチンピラである。
彼は逃げ場を塞ぐ様にして一人の女性を袋小路に追い込んだ所であった。その顔に張り付いているのは下卑た笑み。
このまま事態が推移すれば間違いなく一人の人間が悲劇に見舞われるのだ。
気は乗らない物の、静観に徹する選択をする訳にも行くまい。…何せ、事を起こそうとしているのは我輩の相棒…である者なのだから…
何故にこのような粗暴で短絡的で下品な者が…と、現在の状況をを嘆かずには居られない。
大きな溜め息が溢れるのは仕方のない事であろう。
そもそも、この相棒はことあるごとに問題を起こす。
そして、我輩に尻拭いをさせよるのだ。
なにせ、この街には先程到着し、まだ半刻も過ぎていないのである。
むしろ、どうやってその短時間で揉め事を起こすに至ったのか、小一時間問い詰めたい。
厄介な相棒である…遥か先に立てた誓いが無ければ、とうに見限り、我自身の手により粛正し…ゲフン
とにかく、この場を穏便に納めなければなるまい。…我輩は意を決して相棒に語りかける。
が…
「お嬢よ…戯れは程々にして、さっさと宿を探……遅かったか…」
我輩が言い終わるより早く、返ってきたのは相棒の拳にめったうちにされた哀れなチンピラAのくぐもった声。
見れば既に裏路地の置物と化していた。
具体的には
『お嬢…』
の所で既に脚を刈り取られ、宙に浮かされた男が、
『程々に』
の所で全身に隈無く拳を浴びて、
『さっさと』
の所で顎を撃ち抜かれ、きりもみしながら地面に落ちた。と言うか、堕ちた。
この間、凡そ三秒。我輩が近寄って状態を確認してみれば、息はしているようだが、完全に意識が刈り取られている。
…我輩の口からは叉も大きな溜め息が溢れる。
「お嬢よ…ちとやり過ぎでは無かろうか?この男が何かしたわけでもなかろう」
無駄だと知りつつも相棒をたしなめる。これも我輩の責務であるゆえ。
「女性をこんな場所に連れ込むような最低男、のされて当然よ…それに、どこも砕いたり潰したりしてないわよ」
悪びれる事もなく言い放つ相棒。暗に手加減はした。と言いたいらしい。
加減抜きなら何を砕いたり潰したりするつもりであったのか…
大方、『連れ込まれた』では無く、初めから殺る気満々で男について来たのであろう。
このお嬢、名はレヴィ・ハウルエル。
その容姿はまだ幼さを残すものの、母親譲りの整った顔立ちに、特徴的な緋色の瞳はガーネットの宝石のごとし。
肩で整えられた艶ある白銀の髪は、月明かりに映え、女神と見紛わん程の美しさ。
黙って佇んで居れば、誰も彼もが惜しみ無い称賛を捧げるであろう、美しき花の一輪。
しかし、残念な事に、本当に、残念な事に、その実態は、檻に入って居ないのが不思議な位に狂暴な、ゴリラである。
胸回りこそ、15と言う齢にしては、ささやかというか…控え目というか…ではあるが。
その胸元で組まれた腕は細く、指先に至るまでが花の茎の様に繊細である。
それが、たった今、大の男を轟沈させた凶器である等と、一体誰が信じよう。
スタイルの良い、括れた腰から伸びた脚は、しなやかに長く、あくまでも、ふしだらでは無い、健康的な色気を纏う。
だが、その健脚から放たれる一撃は、そのしなやかさを如何なく発揮し、人体に深刻なダメージを刻み込む、重金属の鞭のような蹴り足である。
我輩がそんな神の悪ふざけとしか思えない残念な存在を嘆いていると、不意にメスゴリラ…いや、お嬢が口を開いた。
「…なにか失礼な事を考えてない?すごく不愉快な気配がしたんだけど」
このお嬢、オツムは残念だが、勘は無駄に良い。
「気のせいである。それよりも、さっさと今夜の宿を探すべきである。我輩、久々にベットで休みたいのである」
これは割と切実に、である。我輩、甚だ不本意ではあるが、一応、形だけは、お嬢の従える魔物、所謂『従魔』という事になっている。
そうでもしなければ、会う人皆にいちいち、我輩の身の上を説明せねばならんからな。うっとおしくて敵わん。
うむ?我輩、人であるとは一言も発して無いぞ?
そして、まぁ当然と言えば当然、宿によっては従魔は宿泊を拒否されることも多々あるのだ。部屋内に毛が散らかったり、獣臭が漂うのを宿主が嫌うのは仕方ないのである。
そのお陰でここ暫くは宿屋備え付けの馬小屋に宿泊する日々が続いておる。
肉体的な疲労は兎も角、我輩もたまには文明的な温もりに触れたくなるのである。
「従魔OKって宿屋があれば…ね。無かったらまた馬小屋よ」
にべもなく言い放つ相棒。
世知辛い世の中である…
堕ちたチンピラAに関しては、放置である。
我輩、このフェルタニア国、サンドラの街は何度か訪れているが、正直あまり治安が良いとは言えないため、このまま意識がない状態だと、身ぐるみ剥がされたりするかも知れんが…
まぁ死にはすまい。
多分に自業自得なところも有るため、放置でも構うまい。
チンピラAにも良い薬となるであろう。
何より、彼の扱いにこれ以上時間を割いては、我輩の今夜のベットが確保出来なくなる、という悲劇が起こりかねない。
故に放置である。
世知辛い世の中であるな
「行くわよ、キーチ」
振り返りもせずに歩き出すお嬢。直ぐ様駆け寄り、お嬢が肩から下げたポーチに(・・・)潜り込む。此処が我輩の定位置である。
「そこの角を曲がって、暫く行った所に宿屋があったはずである」
お嬢の背後、肩から身を乗り出して道を指差す。
「ハイハイ。…つーかアンタ、道に詳しいなら歩いて先導しなさいよ…」
「うむ。我輩は楽ができて、大変満足である」
「この、駄猫が…」
残念娘が何を言う。あ、思い出したのである。
「そう言えばお嬢。我輩のノートを預けておったであろう。出してくれ」
「また五・七・五…とかいうやつ?何が楽しいのよそれ」
背嚢からノートを取り出しながら呆れたように言うお嬢。
我輩はそれを片手で受け取り、自ら懐からはペンを。そしてお嬢に、当然の様に返す。
「ま、脳筋娘には解るまい。謡の、繊細で、美しき、言の葉の世界は」
「殴るよ」
「はっはっはっ。お嬢は本当に肉体言語が好きであるなぁ」
何時ものやり取りをしながら道を行く我輩と相棒。
遅蒔きながら、我輩の自己紹介をしておこう。
我輩は猫である。
名は『キーチ』
今はお嬢の肩にぶら下がっておる、艶やかな黒毛に金色の瞳を持った見目麗しい、黒猫である。
猫が語ってたのかよっ?!
等と、言ってはいけないのである。
我輩、中々に複雑な事情の上で今現在に至っているのである。
簡潔に説明する事も出来ぬ故に、その辺りは後々、機会が在れば語るとしよう。
それよりも…
先程浮かびかけた言の葉が、出て来ないのである…
「むぅ。…折角良い句が浮かびそうであったのだが…」
お嬢の一件で興が削がれてしまったのである…
「大丈夫?アンタ、最近物忘れ激しいんじゃない?惚けたんじゃないでしょうね」
……我輩、今の心境を、何と表現すればよいのか……まぁ確かに、当年で五百七十八齢という、長寿ではあるが…
だが、これだけは言わねばなるまい。
「心・外・で・ある。脳筋娘に頭の心配をされる程、もうろくしてはおらんわ」
その可憐な見た目に反比例して、口汚い相棒と舌戦を交わしながら、せめて今夜の宿位は温かな寝床を…と、切に願う我輩なのであった。
温もりを
求めて今宵 久しき街に
導きたもう 晦の月
お耳汚しで、大変恐縮である。
右も左も解らないまま始めてみましたが、いかがでしたでしょうか?
マイペースに更新していきたいと思います。
お読み頂き、ありがとうございました。