キノコ生態レポート その8
「……よろしく人間。私はアマニタ・ヴェルナ」
純白のロング逡巡コートに身を包み、ヴィロサの上にちょこんと座っている少女が遠慮がちに口を開いた。
「よろしく。俺は……「キノコ君よ!」」
「……キノコ君」
名乗ろうとした瞬間に、月夜が遮るように俺のニックネームを告げる。こいつはもう俺の本名を告げさせてくれる気はないようだ。
まぁ別にいいんだけどね。キノコの娘に本名をわざわざ教える必要もあるまいし。
「で? お前はフリゴでいいんだよな?」
「そうですよ? 愛と勇気と正義のキノコ、アマニタ・フリギネア。フリゴと呼んでください。変な顔のキノコ君」
「は? 愛と勇気と正義? 何言ってんだコイツ? 頭大丈夫?」
「はぁ? そんなこともわからないんですか? これだから顔だけが特徴の人間は知性が低くて困りますね」
「あ゛ぁ゛!?」
「……フリゴ。いくら事実でもキノコ君がかわいそう」
「そうよフリゴ。いくらキノコ君の顔が面白いからって、言っていいことと悪いことがあるよ?」
「フリゴ。貴女も私の秘書なら、いくら人間相手とはいえ、告げていい事実とそうじゃない事実があることを学習しなさい」
「お前ら畳み掛けてくんじゃねぇぇぇ!!」
ヴィロサ、ヴェルナ、月夜、フリゴがグルになって俺の顔をバカにしてくる。ヴェルナを除いて、他の毒キノコ共はニヤニヤといつもの吹き飛ばしたくなる笑みを顔全体に湛えており、俺の不快度指数を二次関数の如く上昇させた。
断っておくが、俺は変な顔じゃない。断じて。母親や妹に悪人面をしているとは言われた事はあるが、不細工は言われたことはないからな!
「で? そのキノコ君は具体的にどうやって『枯木事件』を解決してくれるんですか?」
「しらねぇよ。そもそも枯木事件ってなんだよ」
「え? そんなことも知らないのにどうやって解決するんですか?」
「知るかそんなこと。そこのポンコツ毒キノコに聞いてくれ」
「誰がポンコツ毒キノコよ! キノコ君はキノコの娘に詳しいから、きっと大丈夫だよ!」
月夜のあまりの計画性のなさに、唖然とするキノコの娘達。そして月夜の笑顔とは対照に冷ややかな視線を浮かべるフリゴ。しかし当の月夜は自分の何がいけなかったのか全くわかっていないようで、首を傾げながらこちらをボンヤリと不思議そうに見つめている。
流石は月夜。ポンコツ毒キノコと呼ばれるだけはあるよまったく。
「……まぁ月夜さんのポンコツっぷりは今に始まった事じゃないですし、取り敢えずキノコ君には現場を見てもらうのが一番でしょうね」
「は? 何よフリゴ? バカにしてんの?」
「いやいやバカになんてしていませんよ心の底からこいつマジ使えねーなバカが、なんて微塵も思ってませんよ」
「あ? ケンカ売ってるの? そんな変なヘッドフォンしてる娘にバカなんて言われたくないんだけど? ていうかシャツのボタン止めれば? 変態なの? 下着見えてるよ?」
「は? そんなドレスを着て、絶対領域がどうこう言ってる人に変態なんて言われたくないんですけど。あ、それ以上近づかないでください痴女が移る」
「よしフリゴ表に出なさい。この静峰月夜が直々に引導を渡してあげる」
「望むところです。貴女なんて5秒でぎっちょんぎっちょんにしてげますよ」
「もういいからさっさと現場に連れて行ってくれ」
鼻がひっつくような距離で睨み合う月夜とフリゴ。こいつらはどうしてこうすぐにケンカするんだ。ケンカするほど仲がいいとはよく言ったものだが、こいつらが仲がいいのか悪いのかは俺にはイマイチよくわからない。
フリゴは小さくため息をついた後月夜から目を逸らし、俺の方を見て口を開く。
「はぁ。確かにそうですね。わかりました。では私が案内を……」
「それは私に任せなさいフリゴ。さぁ、ヴェルナちゃんも行きましょう?」
フリゴに変わってヴィロサが案内を唐突に買ってでた。まぁ俺としては別にどちらが案内してくれても構わないからどうでもいいんだけど。
「え? いやいや別に私が行きますって。わざわざ『役場』の代表が案内役を買って出る必要はないでしょう?」
「むしろ代表だから行くのよ。そもそも貴女にはまだ仕事が残ってるでしょう?」
「いえ、私の仕事はとうに終わりました。後は全てヴィロサ嬢のです」
「何を言ってるのフリゴ。私の仕事はすなわち秘書である貴女の仕事でもあるのよ?」
「いやその理屈はおかしい。ヴィロサさん働いてください」
畳み掛けるようにフリゴがヴィロサにそう言うと、ヴィロサは一瞬逡巡したあと何かを決意したかのように力強く言い放った。
「いやよ」
「いやよじゃねぇよ」
恨めしそうにフリゴがヴィロサを睨み付けた。しかし、もうヴィロサに考えを変える気はないようでヴェルナに降りるよう促している。
そしてヴィロサは若干名残惜しそうにヴェルナを膝の上から下ろし、少し乱れた衣服を手で直しながらゆっくりと立ち上がった。大した動きではないものの、その動作の一つ一つが上品で一瞬見とれてしまっている自分がいることに気がついた。
そんな自分の感情に若干戸惑いつつ俺もソファから体を起こし、立ち上がる。その瞬間微かな目眩が訪れたが、この感覚は多分立ちくらみだろう。
その証拠に、少し頭を振ると次第に頭がはっきりとして来た。
「大丈夫キノコ君?」
「あぁ。で、その枯木事件の現場ってのはここからは遠いのか?」
心配そうに駆け寄ってくる月夜。月夜は俺が倒れないように支えるべく、俺の右腕を優しく掴んだ。不安げな瞳が真っ直ぐ俺を貫いてくる。どこまでも邪心が感じられないその視線には、恋慕に似た暖かさすら感じさせた。
……おかしい。月夜がこんなに萎らしいなんて有り得ない。何か裏があるのか……?
「ここからなら、歩いて5分……あ、いやキノコ君のペースだと一時間くらいかな?」
「お、思ったより遠いな」
さりげなく月夜を押し退けつつ(別に恥ずかしい訳ではないからな断じて)、外に出る為に木彫りのドアへと向かった。もちろんその際自衛のための『月夜バズーカ』を背負うことを忘れずに。
そして、ゆっくりとドアを開けると驚きの光景が目に飛び込んできた。
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