キノコ生態レポート その7
「は? 人間に決まってるだろ。じゃなきゃこんなに毒に苦しむわけないじゃねぇか」
「人なら苦しんだ末死ぬわ。そんな風に体を起こして話すことなんて出来っこない」
こいつは一体何が言いたいんだ? 確かに俺も、俺自身の毒耐性には正直驚いてはいるが、別に人間をやめているつもりはない。実際毒には苦しんでいるんだし。
「人間だっつの。逆に人間じゃなかったらなんだって言うんだ? 『キノコの娘』だとでも言うのか?」
「そういうつもりではないけれど……」
小さくヴィロサがため息をついた。だがそれ以上は追求するつもりはないようで、ゆっくりと立ち上り、月夜に主導権を譲った。
「で? キノコ君、体は大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないだろ? さっきは三途の川を渡りかけたっつの」
「……大丈夫そうね」
「は? 大丈夫じゃないっつってんだろ? 聞こえなかった?」
「……イラッ」
どんどん月夜の顔がいつも通り険しくなってゆく。そうそう。お前はそれでいい。変に涙目で、変に俺に気を使う月夜なんて勘弁してほしいんだよ。
だが、不思議なことにさっきはあれほど苦しかったはずなのに、月夜に抱き締められてから嘘のように楽になってきた。まだ若干の吐き気はあるものの、多分動き回ることくらいなら可能だろう。
理由はわからない。月夜に聞いてみたいが、私の愛の力だよー? とかふざけたことを平気で言いそうだから嫌だ。
しかし、楽になったとは言っても、体の節々が痛いことは確かだ。おそらくかなり長い間眠っていたのだろう。
「で? 俺はどれくらい眠ってたんだ?」
「うーんと、二時間くらい?」
「二時間!? 思っていたより短いな……」
月夜から告げられた驚きの数字に、俺は目を丸くした。
二時間!? それは短すぎないか!? 俺はたった二時間で、『菌型知的生命体』の毒を乗り切ったっていうのか??
おもむろにお腹を捲くると、毒を受けたはずの箇所は取り立てていつもと変わりはなく、本当に猛毒の毒素がここに当たったのかと記憶を疑いたくなる程にいつも通りのお腹があった。
自分の人外レベルの回復力に一抹の不安を覚えはしたものの、すぐに頭を振ってそれを締め出し、頭を切り替える。
まぁいい。毒に強くて困るわけではないし、それより本題に入ろう。
「で、月夜が俺をここに呼んだ理由って何なんだ? 枯木事件がどうのこうの言っていたけど」
「えぇ……」
月夜が説明のために口を開こうとした瞬間、突然『役場』のドアが開いたと思うと、二人の、いや二体の『キノコの娘』がゾロゾロと入ってきた。
痴女と淑女だ。
大きくボタンを大胆に開けているせいで、下着が完全に見えてしまっている変態が一人と、真っ白なロングコートに身を包んだ小柄な女の子が一人。
ヘッドフォンを着けた、変態の方の女の子が口を開く。
「外で暴れたのって月夜さんですかー? 後片付けしてくだ……」
そして、俺と目が合うと目を点のようにして押し黙ってしまう変態。ここに人間がいるという状況に戸惑っているようだ。
この子も『キノコの娘』だろうか? 月夜やヴィロサとは異なり、この子自体は人間にしか見えない。
月夜は髪の裏側は緑に光ってるし、ヴィロサは訳のわからない羽根を生やしているのに比べると、前の女の子はどこまでも『普通の人間』に見えた。
露出癖があるのを除いて、ヘッドフォンに繋がるmp3プレイヤーや、ピッチリと体に張り付くジーンズ。お洒落な女の子という印象を抱くには充分な容姿をしている。
「その方は……? 人間……?」
「ええっと、この人はキノコ君よ。枯木事件の調査をしてくれるの」
「キノコ君……? 人間ですよね?」
おずおずと言った様子で近づいてくる変態。丸見えな黒い下着と、意外と豊満な肉体に思わず目を奪われそうになるのを必死で堪える。
この痴女め! 俺を惑わすな!
「……ふーん、変な顔ですねー」
「あぁ!?」
「しかしなんで『役場』のソファで寝てるんですか?」
なんの前触れもなく、息を吐くかの如く俺の悪口を言う変態キノコ。
俺の威嚇もまるで聞こえていないかのように、飄々と言葉を続ける。
「……人に失礼なことを言う前に自己紹介でもしたらどうだ?」
「え? 事故障害? 事故に合ったんですか?」
「自己紹介! お前はそのヘッドフォン外せよ!」
「あーなるほどなるほど。そんな事情があったんですか」
「いや確実に聞こえてないだろ! 大丈夫かコイツ!?」
知ったような顔でうんうんと頷く変態キノコ。それほど音楽を大音量で聞いてるのか、それとも俺の話など聞く気がないのか。
「おい月夜! この変態キノコ、何とかしてくれ」
「は? 誰が変態ですかこの変顔」
「あ? 誰が変顔だ。ていうか聞こえてんじゃねーかぶっ飛ばすぞ」
「おん? 何人間の分際で生意気言ってるんですか? あー月夜さんが連れてきた人ですもんねー。まともな人のわけないかー」
「は? 何嘗めたこと言ってるのよフリゴ」
「はいはいそこまでよ」
パンパンと手を叩き、一触即発の俺たち宥めるのは、『死の天使』こと、アマニタ・ヴィロサ。
いつの間にか、先程の淑女担当の女の子を膝の上に乗せ、幸せそうにご満悦な笑みを浮かべている。
袖のない純白のロングコートに身を包んだその子は、外見は中学生くらいだろうか。大きい卵形の、同じく純白の帽子を深々と被っているせいで顔が一部分しか見えておらず、真っ赤な瞳が不思議そうにこちらを眺めていた。
「止めないでくださいヴィロサさん。私はこの失礼で変な顔の人間を粛清しなければならないのです」
「変な顔言うな変態」
「そうよフリゴ! いくらキノコ君が変な顔してるからって、直接言うのはよくないよ?」
「は? お前まで何だ月夜。お前だって髪の裏側光ってるだろ? なんだそれホタルか?」
「はぁ!?」
「だーかーらー。もういい加減にしなさい」
淑女の頭の上にアゴを乗せつつ、ぞんざいにヴィロサが言った。
ヴィロサに抱き抱えられられつつ、乗せられてるアゴがフラフラと揺れるせいで、その子(淑女担当)の頭はゆらゆらと左右に揺れている。
「………ヴィロサ。あの人はなに」
「いい質問ねヴェルナちゃん。あの人はキノコ君。人間らしいわ」
「……らしい?」
「えぇ。人間とは思えない程、毒に対する耐性をもっているわ。ひょっとすると、『キノコの娘』の天敵かもしれないほどに」
ヴィロサはそこで一呼吸置き、ヴェルナの髪をいとおしそうに優しく撫でた。
まるで、愛する子に施すような毛繕いはヴィロサの優しさが滲み出ているような気がした。
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