キノコ生態レポート その5
「さぁ! 早くヴィロサは何処かに行ってよ!」
「なんで何処かに行かなきゃならないの? あなたが何処かに行けばいいんじゃない?」
「は? あーやだやだ。そういうのをKYって言うんだよ?」
「はん? KYって何よ? もしかして、空気読めない、とか言うんじゃないでしょうね?」
「いやなんでわかるんだよこえーよ」
月夜とヴィロサが互いをにらみ合いながら、激しい罵り合いを続けている。
月夜は俺の手を握り続けているので、俺はそこから毒が移らないかとヒヤヒヤしている所だ。端から見たならば、美少女二人が俺を争ってケンカしているようだが、コイツらは菌類なのを忘れてはならない。
「ヴィロサとフリゴの所にはあとで行くって言ってるでしょ?」
「私は今その人間の事を知りたいの。分かってくれるわよね月夜ちゃん?」
「わかるわけないでしょ? 今いいところだから消えてくれないかしら?」
「はー。これだからポンコツ毒キノコは……」
「はー。これだから脳ミソテングタケは……」
「あ?」
「は?」
顔が引っ付くかと思うほど近くで睨み合う二人。月夜の方が僅かに背が低いため、月夜が見上げたようになっているが、なかなかどうしてこの光景は見物だ。『キノコの娘』同士でケンカしたりするものなのか。
「じゃあキノコ君に選んでもらいましょ?」
「あーそれがいいわ後悔するんじゃないわよくそテングタケ」
と、口裏を合わせると、二人が突然俺のほうに向き直り鋭い目つきで睨めつけつつ、叩き付けるように言った。
「「キノコ君はどっちがいい?」」
月夜は既に勝ち誇ったような表情をしており、俺がヴィロサを選ぶなんて露一粒程も考えていないようだ。そして、それとは逆にヴィロサは真剣なまなざしで俺を見つめている。
さて。どうしたものかな。別に俺としては、月夜をからかうのはもう今となってはどうでもいいことだし、むしろヴィロサの話を聞きたいからヴィロサに着いて行きたいのだが、この状況で月夜を捨てると後でどんな報復をされるかわかったもんじゃない。となると、なるべく穏便に、なおかつ平和的にヴィロサの所に行きたい。
ならば……俺が取るべき選択肢は……。
「よーし! ヴィロサとフリゴってやつの所に行くぞ!」
「はぁ!? キノコ君何言ってるの!?」
「『フリゴ』ってのも別の『キノコの娘』だろ? だったら行くしかない」
別に思ったことを言えばいい。俺が月夜に気を使う必要は砂一粒程もないのだからな!
「あらあらあらあら! ざーんねぇんだったわねぇ月夜ちゃーん?」
月夜がよく湛える顔いっぱいのゲスい笑みを顔いっぱいに浮かべながら、ヴィロサが月夜の頭をぽんぽんと叩く。それに合わせてヴィロサの背中に生える小さな羽もパタパタと動いていた。
傍から見ていてもウザったいその表情は、俺に反射的に武器を握らせている程の不快度数を誇っていた。
「ねぇ今どんな気持ち? さっきまでの威勢はどこに行ったのかしらー?」
「うぐっ……! ち、違うもん! キノコ君は照れてるだけだよ? 何言ってんの?」
「そうねぇ、そういうことにしておきましょうか? これ以上真実を突き付けると月夜ちゃんがかわいそうだし」
「は? 何寝ぼけてんの? その証拠に、キノコ君はヴィロサを選ぶとも言ってないでしょ?」
「あらあら、ならキノコ君に聞いてみてもいいのよ?」
「どうぞお好きに」
今度はヴィロサが幸せそうな勝ち誇った顔を浮かべつつ、口を開く。
「キノコ君は月夜より私の方がいいわよね?」
「あ? そんなわけないだろ? 脳みそ湧いてんのか?」
「は?」
「ほーらやっぱりね! キノコ君はこういう人なの!」
次々と変化する、『キノコの娘』の表情に少し戸惑いを覚えながら、ヴィロサをこき下ろす。人類の代表として菌類の思惑通りに事を運ばせるわけにはいかないのだ。
「よし! じゃあフリゴとか言うやつの所に行くぞー!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいキノコ君! 貴方人間のクセに……」
表情を怒りに歪ませながらブツブツと文句を垂れているヴィロサを無視して、俺は歩き始めた。
「ヴィロサ置いてくよー?」
「ちょ、待ちなさい!」
焦ったように俺達を追いかけるヴィロサは、月夜と同じくドレスを着ているとは思えない速さだった。
☆★☆★☆★
ヴィロサと月夜に散々バカにされつつ、『僻地』を歩くこと更に一時間。
取り敢えずわかったことは、月夜とヴィロサは仲がいいという事だ。この一時間ずーっと、お互いを罵り合っている。いい意味で。
まぁ罵り合いにいいも悪いもないとは思うのだが、よくもまぁ飽きもせずずっと悪口を言い合えるものだ、と思う。
「やっぱり月夜もフリゴも人間の影響を受けすぎよ。私たちは高貴な存在なのだからもっと人間とは距離を置くべきだと思うの。あ、でも月夜は高貴でもないただポンコツだったわねごめんなさーい」
「は? 人間影響を受けてるのはヴィロサも同じでしょ? その背中の羽なに? 人間に『死の天使』って呼ばれて満更でもないのは誰だっけ?」
「ち、違うわよ! これはお洒落よ! まぁポンコツの貴女にはわからないでしょうけど!」
「やだーお洒落なんてまんま人間じゃないのー。人間の影響を受けてるヴィロサちゃんかーわーいーいー」
ヴィロサの表情が凶悪に歪み、月夜は殴りたくなる笑顔を顔に浮かべている。
これを枯木や岩を軽々と超えつつ行うのだから、俺にあの二人に入っていく余裕はない。
「あ、キノコ君着いたよー?」
息を切らしつつ、大きな岩を越えると月夜がこちらを向きながら口を開いた。
ふと顔を上げると、俺は思わず感嘆の息を吐いてしまうほどの光景がそこにはあった。
『巨木』。そう表現する以外の言葉が見つからないほどのとてつもなく大きな木だ。一本の大きな木が周りの木々を押し退けるように立っており、当に巨木と言うに相応しいサイズだった。
そして、その巨木の根元部分には俺の二回り程大きいドアが取り付けられており、よく見ると窓らしき穴も木の側面にいくつも確認することが出来た。
「ようこそキノコ君。ここは私たちの『役場』だよ?」
少し誇らしげに、月夜が『役場』と言われる巨木を指差しながら言った。
そして月夜は自慢気に顔を綻ばせながら、『役場』へと歩を進めていく。
その家は別にお前の家ではないだろ。という言葉は胸の奥に秘めつつ、俺は月夜に続き『役場』前の大きな空き地を歩いていく。月明かりがちょうど真上から射し込んでおり、その景色をより一層幻想的なものに仕上げていた。
「じゃあ、キノコ君は少しここで待って……」
と、月夜がそう言い終わるか終らないうちに、突然空から大きな物体が落下してきた。
なんだあれは? 人間?
そしてそれは、着地と同時に何か白いものを俺に向かって打ち出してくる。
あまりに唐突な出来事に反応が遅れた俺は、その打ち出された白いものを避けることが出来なかった。
下腹部から感じる確かな衝撃。
そしてそれが、『キノコの娘』からの攻撃だと気が付いたころには、俺は地面に倒れこんでいた。
読んでくれてありがとうございます