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キノコ生態レポート その29

 いやいやこんなに体重軽かったかコイツ!? 撃殆ど感じなかったぞ!?

 まるでバルーンに突っこんだような感覚で、俺は完全にコントロールを失っていた。


 そして紅と(ヴェルナと)共に回転すること数回、ようやく俺の勢いが止まり、俺が紅に覆い被さるようにして俺達は静止した。


「……痛いじゃないこのクソ人間がぁ! 苦しんで死ぬ覚悟は出来てる!?」

「グッショブですキノコ君!」


 すかさずフリゴの糸が俺の体の下に潜り込み、瞬く間に紅を縛り上げる。鋼鉄のような糸がもがく紅を押さえ込み、手首、手足を固定した。

 そしてフリゴの糸はあっという間に紅を持ち上げると、空中で彼女をはりつけにする。


「……ちっ、離しなさい! そこのくそ人間を殺せないでしょ!」

「月夜!」

「待てぇぇぇ!」


 俺は暴れる紅と、それを抑えつけるフリゴを無視して月夜の元へと向かう。

 もう今は紅なんてどうでもいい。それより問題は月夜だ。


 月夜の元へ駆け付け、うずくまる彼女の肩を支えると、過去にこいつから感じたことのない感覚が手から伝わってきた。


 熱い。異常に熱い。

 

 いつものこいつらなら人間より体温は低いはずなのだが、今はむしろ燃えているかのように熱を持っている。


「お、おい月夜大丈夫か!? 待ってろ、今すぐ毒を取り除いて……」

「触ってはダメよ!! 死にたいの!?」


 手で月夜を犯す毒を振り払おうとした瞬間、ヴィロサが鎌を霧散させながら俺の元に駆け寄ってきた。ヴィロサは辛そうに顔を曇らせていて、俺と月夜を本気で心配しているように見えた。


「これは『人間寄り』に調節された猛毒よ。本来なら人間は立ち上る蒸気を嗅ぐだけで死んでしまうわ。月夜ちゃんでさえこんな風になってるのよ? 人間の貴方が触るなんてもっての他よ」

「だったらどうするんだよ! このまま月夜を放置しろって言うのか!?」

「大丈夫。キノコ君、少し下がって」


 そう言いながらヴィロサは月夜の背中に手を触れる。すると次の瞬間、月夜に取り付いていた毒はものの見事に吹き飛ばされた。


 おお! 流石はヴィロサ! 


 しかし喜んだのも束の間、背中の毒は取り去られたものの、月夜の顔色が良くなる様子は一向にない。月夜は今も苦しそうに呼吸を荒くして、辛そうに俯いている。

 ヴィロサの表情も暗いままだ。


「……ダメね。もうかなり中に入り込んでる」

「お、おい……」

「紅! 貴女、月夜ちゃんの毒を今すぐ消し去りなさい! そうすれば菌糸に還す事はやめてあげるわ」


 ヴィロサが紅をキツく睨み付けながら立ち上がる。

 今のヴィロサの言葉と、月夜の様子から察するに、もう既に紅の毒が月夜の身体内部まで浸透してしまっているのだろう。外側の毒を吹き飛ばした程度では治療としては足りないようだ。

 

 そして、フリゴの糸によって空中に磔にされている紅は、遂に逃げることを諦めたのか、暴れるのをやめて不敵に笑う。

 そしてその張り付いたような笑顔を俺とヴィロサへと向けた。


「あはっ! そんなのイヤに決まってるじゃない!」

「あ? ふざけんじゃねぇよ! 今すぐ取り除け!」


 俺は『月夜バズーカ』を紅に突き付けて大きな声で怒鳴り付ける。しかし紅はむしろ嬉しそうに、狂喜を孕んだ笑みを俺へ向けた。


「いいねぇ人間。貴方、いい表情してるじゃない? 持って帰ってじっくり苛めて、そして泣かせちゃいたいわぁ」

「あ? わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! 今すぐ月夜を助けろ!」


 しかし、紅は今度は表情を一気に凍らせて、吐き捨てるように言う。


「いやよ。なんで私がそんな事をしなくちゃならないの。下らない」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は紅へ向けて何の躊躇いもなく引き金を引いた。すると、反動とともに毒が打ち出され、紅の肩口を軽く溶かす。

 

「痛いじゃない。何するのよぉ」

「早く月夜を助けろって言ってるんだ。死にたくなければ言うことを聞くんだな」


 しかし、俺の脅しを全く意に介した様子もなく、紅は瞳を釣り上げて嬉しそうに顔を歪ませた。


「くくくくく……。あははははは! やっぱり最高よ貴方ぁぁぁ! 月夜ちゃんがそれほど入れ込むのもわかる気がするわ。人間のくせに私たちを前に、全く物怖じしないどころか、むしろ脅しにくるなんて! ほら! どうしたの? 私は月夜ちゃんを助ける気なんてさらさらないよ? 貴方はどうするの? 私を殺すの?」

「いい加減にしろよてめえぇぇぇ!!」


 かーっと目の前が真っ赤に染まるような感覚が俺を襲う。

 そして俺は感情に身を任せ、何度も何度も繰り返し引き金を引いた。その度に『月夜バズーカ』から圧縮された毒が発射されて、紅を溶かす。

 しかし、紅は体が溶けるのをまるで気にした様子はなく、高笑いをずっと続けたまま、嬉しそうに俺を見つめてくる。

 新しい玩具を見付けた子どものようなその笑顔を見ていると、こいつがこちらの願いなんてこれっぽっちも聞く気がないのが手に取るようにわかってしまう。


 そして、あっという間に『月夜バズーカ』から毒が出なくなった。カチッ、カチッ、と引き金を引く度に空しい音が辺りに響き渡る。


 もともと内蔵していた毒を空気圧で打ち出す機構なんだ。圧縮空気がなくなったのか、それとも内蔵していた毒をなくなったのかどちらかだが、そんなことはもうどうでもいい。


「あれ? 終わり? 終わりなの人間? もしかしてその程度の武器で私達を何とか出来ると思ってたの? 本当に人間ってバカだね! きゃはははは!」


 顔を上気させた紅が心から嬉しそうに笑う。俺の攻撃による損傷は既に修復が始まっていて、傷口からはもうもうと煙が噴き出していた。紅の体が元に戻るまで、もうあと数十秒といったところだろう。


「くそがぁぁぁ! てめぇ覚悟しとけよ! 後で思い知らせてやるからな!」

「いぃわぁ! その強気な瞳が苦痛に歪む瞬間を想像するだけでゾクゾクしちゃう……」


 話にならない紅をきつく睨んだ後、月夜の方へと目を向ける。すると月夜はぐったりとしたまま視線だけをこちらに向けた。


「……キ、キノコ君。ごめんね? 私、やっぱりもうダメみたい」


 月夜はいつの間にか横になっていて、辛そうな息遣いをしながら俺を眺めている。


「お、おい、ふざけんなよ月夜……。何言ってんだよ」


 月夜の翡翠色に輝いていた瞳は力なく曇り、今にも消え入りそうな声を聞いていると、俺の不安感が際限なく盛り上がってくる。焦燥感にも似たそれに支配されそうになるのを必至で堪えながら、期待を込めてヴィロサを見る。

 

 お前なら何かいい案くらいあるだろう……? 『役場』のリーダーだし、こんな経験何度だってあるはずだ。


 しかし、彼女も悲しそうな表情をしていた。


 おいおいなんだよその顔。何諦めてんだ。月夜を助けてくれよ。

 こいつは俺を庇ってこうなったんだぞ? このままじゃ俺のせいじゃないか。 

 そんなのイヤだ。そんなのごめんだ。認めない。認められない。月夜が菌糸に還るなんて俺は信じられない。


 ……あれ、『菌糸に還る』?? 


 そうだ。そういえば月夜は『菌型知的生命体』で、月夜茸の子実体だ。だったら子実体の月夜がやられても、菌糸から甦るんじゃないか?


 俺は一筋の希望を胸に秘め、ヴィロサへ向かって口を開く。


「お、おいヴィロサ! お前らは菌糸に還ってもすぐ復活するんだろ!? だったら月夜もそうだよな?」

「えぇ……。確かに、月夜ちゃんの菌糸はすぐに別の子実体を成形するわ」


 思った通りだ! 月夜は甦る!


 ……いや、待てよ? だったら何でヴィロサはこんなに悲しそうな顔をしてるんだ?

 お前らが何度でも甦るのは人間の俺でも知ってることだ。だったらなおさらヴィロサはよく知っているはず。


 そして、そんな俺の疑問に答えるべくヴィロサは絞り出すように口を開いた。


「……確かに月夜ちゃんは明日にでも甦るわ。でもそれは『この』月夜ちゃんではないわ」

「……?」

「新しく一から『静峰月夜』が作られるのよ。キノコ君も、私も、フリゴも、誰も知らない全く別の『静峰月夜』が生まれるわ」

「……は? なんだよそれ……? だ、だったら俺が『月夜』と会ってもそれは……」

「『月夜ちゃん』の形をした全くの別人よ。ひょっとしたら貴方を攻撃してくる可能性だってあるわ」


 ヴィロサの言葉を聞いた瞬間、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が俺を突き抜けた。


 は? 別人? 嘘だろ?


 だったら今、目の前にいる『月夜』は消えるということ。それはすなわち俺の事を知っていて、いつと鬱陶しい絡みをしてくる『月夜』とはもう会えなくなるということ。 


 ……俺の大好きな『ポンコツ月夜』はこの世から消えてしまうということだ。



 






読んでくれてありがとうございます。

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