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キノコ生態レポート その28

「……キノコ君危ないから下がって」


 月夜を静止しようと手を伸ばした瞬間、ヴェルナが俺の腕を掴み、下がらせた。


 は? こいつは一体何を言っているんだ? どう考えても危ないのは俺じゃなくて月夜の方だろう。

 俺はひんやりとした感覚がヴェルナの手から伝わってくるのを感じながら、俺はぞんざいに腕に力を入れる。

 

「あ? 何言ってんだヴェルナ。月夜の様子を見ろ。とても戦える状態じゃないだろ? 早く止めないと……」


 ヴェルナの小さな手を振り払おうと力を入れるが、思った以上にヴェルナががっしりと俺の腕を掴んでくる。

 いや少し痛いんだけど。離せよクソキノコ。

 俺がさらに強い力でヴェルナを振り払おうとした瞬間、ヴェルナの細い腕から生み出されているとはにわかには信じがたい力が、俺の腕をきつく締め付けてきた。


「痛い痛い! お前いくらなんでも締めすぎだって!」


 思わず声をあげてしまう俺に対して、ヴェルナは、情けない、とでも言わんばかりに呆れたような視線を俺に投げ掛ける。

 いやいやお前らと一緒にするんじゃねぇよ。俺は普通の人間なんだよ。


 そして、ヴェルナが鋭い視線で俺を睨み続けてくるので、俺はわかりましたとばかりに両手を上げて一歩後ろへ下がる。 

 するとヴェルナは相変わらず俺を真っ直ぐに見据えたまま微かに表情を緩ませ、握る力を弱めた。

 しかし弱まったといっても、振り払って逃げきれるほど弱い力ではない。一体この小さな体のどこにこんな馬鹿力を隠しているんだ。


 くそっ。最悪ヴェルナに『月夜バズーカ』をぶっぱなしてやろうと思ったが、こうも片腕を固定されていては狙えやしない。最悪自分に当たってしまうかも知れないし、しかも怪しい動きをしたらすぐにでもまた俺の腕を握りつぶしにくるだろう。


 そして少しイライラしたヴェルナが、吐き捨てるように言う。


「……むしろ貴方が行くと邪魔。ここで大人しくしておいて」

「は? 邪魔じゃねーよ。むしろお前の方が邪魔なんだよ離せ!」


 ヴェルナを激しく睨んでから腕を振り払おうとするが……ダメだ。振り払える気がしない。


 月夜達の方へ目を向けると、彼女達は俺の少し前で今も激しい戦闘を繰り広げていた。

 ヴィロサが前衛で敵を抑え、フリゴが遊撃で注意を剃らす。そして月夜が遠距離からしつこく毒の霧を蒔く。 


 目の前で行われている戦闘を尻目に、サブちゃんと姫乃が俺の横に立った。


「キノコ君、どっからその自分は大丈夫って自信が出てくんねんな。心配せんでもあの性悪三人組が相手やで? 悪いけど紅ちゃんが勝つ見込みなんか殆んどないって。大人しくしとき」

「そうだよー。むしろここでキノコ君が狙われたりした方が厄介だしねー。少し落ち着きなよ」

「でも月夜は俺の代わりに紅の毒を浴びてんだよ! 戦わせていいはずないだろ!」

「それはそうかもしれないけど、だからといって君は何も出来ないでしょ? むしろ少しでも早く紅ちゃんを蹴散らして、休ませてあげるべきじゃないのかな?」


 姫乃が俺と目を逸らすことなく、諭すように言った。

 悔しいが、姫乃の言うことはわかる。俺が行っても足手まといにしかならないことも、俺は月夜に何もしてやれない事も、これ以上ないくらい理解している。

 だけど、それでも俺はここで見ているだけなんて出来ない。守られるだけの人間なんてごめんなんだ。 


 月夜の背中を見ると、白い毒がまるで生きているかのように這いずり回っているのがはっきりと見えた。月夜に痛覚がどれほどあるのかは定かではないが、紅の毒の性質から考えてもかなりの苦痛が彼女を襲っている事だろう。

 

 しかし、俺の心配は月夜の意に介される事はなく、『菌型知的生命体』達の息もつかない戦闘は続いていく。

 鞭と糸が激しく飛び交い、その間を縫うように毒霧が舞う。そして鎌を構えたヴィロサは隙を伺い、鞭の切れ目を探している。

 傍目から見ている限りでは、紅の方に勝ち目はない。どうあがいても月夜達の遠中近のバランスのとれた攻撃を凌ぎきることは不可能に思えるし、そもそもヴィロサもフリゴも本気を出しているようには思えない。

 堅実で確実な戦い方だ。毒がじわりじわりと体を蝕むように、ゆっくりと、なおかつ確実に紅を追い詰めていく。


 しかしじっくりと観察すればわかる事だが、月夜の毒霧の濃度が徐々に落ちてきている。

 勿論周りに悟らせないように、あいつ自身緩急をつけて攻撃してはいるが、サブちゃんの時のような圧倒的弾幕はもう見られない。


 やっぱりもう限界なんだあいつは。早く月夜を止めさせないと。

 別にフリゴとヴィロサだけでも何とかなるだろうし、最悪ヴェルナやサブちゃんに力を貸してもらっても構わない。


「もう、月夜はダメだ。離せヴェルナ」 

「……ダメ」

「キノコ君まだ言ってんの? いい加減諦めーや」

「うるせぇんだよ! もうこれ以上月夜に負担を……」


 と、俺がそこまで言った瞬間、月夜の攻撃がまた一段と弱まった。そして彼女は苦しそうに片膝をつくと、周りに漂っていた毒霧は糸が切れた人形のように力なく落下していく。


「離せっつってんだろ! 月夜! もういいから下がれよ!」 

「……ちょ、ちょっとキノコ君ストップ」


 俺が足を一歩踏み出すと、そのままヴェルナも一緒に、半ば引きずられるように付いてきた。


 お? そうか。そういえばもともと『菌型知的生命体』は体重がとてつもなく軽いんだった。しかもその中でもさらに小柄なヴェルナなら、そもそも5キロくらいしか重さがないだろう。


 てことは別に腕を離してもらう必要なんてないんじゃないか。


「ちょ! 月夜さん何やってんですか!」

「あは! やぁっと効いてきたぁ」


 うずくまる月夜を見た紅が、焦ったようにしているフリゴとは対照的に嬉しそうな声を漏らす。

 そして、一瞬身を屈めたと思うと、次の瞬間月夜へ向かって大きな跳躍を果たしていた。


「ちっ! 月夜ちゃん逃げて!」


 ヴィロサが思わず声を出したが、月夜にそれは届かない。月夜は下を向き、息を荒くしたまま動けないでいる。


「ばいばーい月夜ちゃぁぁぁぁん! これからは私の声を無視して人間なんかを『僻地』に入れちゃダメよ?」

 

 紅が鞭を振りかぶると、白く凶悪な毒がそこから染み出してくるのが見えた。月夜の背中を覆う毒と同等か、それ以上の濃度があるのだろう。


 あんなの月夜が受けたらあいつは一貫の終わりで、そして今にもその鞭は振り下ろされようとしていた。


 だけど、そんなこと、そんなこと……。

「させるかオラァァ!!」

「何!? 人間!?」


 俺はヴェルナを引きずったまま、月夜を見下すように立っていた紅に対し盛大にタックルをかました。俺の全体重を乗せた渾身の体当たりはものの見事に紅へと決まり、紅自身の体重のなさも相まって彼女は簡単に弾き飛ばされた。

 

 もちろん俺も、紅にぶつかったはいいものの止まれない。俺と紅は(ヴェルナも)ぐるぐると回転するように一緒に吹き飛んでいく。

 


読んでくれてありがとうございます。

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