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キノコ生態レポート その2

「こんなに頭を下げてるってのに、なんで来てくれないの? 頭大丈夫?」

「そんな凶悪な面で睨んでる内は頭を下げてるとは言わない。もう一回、頭を下げるの意味をインターネットで調べてこい」

「は? 意味くらいわかるよ? なんなの? バカなの? 脳みそテングタケなの?」

「脳みそテングタケってなんだよそれ悪口? ていうかそもそも俺が『僻地』に行ったりしたら死ぬだろ」


 『菌型知的生命体』、もとい『キノコの娘』達が住む場所はモチロンの事、毒が溢れている。いくら俺が毒に耐性を持っていると言ってもそれはしょせん人間レベルだし、猛毒の中心地へ向かって無事で済むはずがない。


「お願い! 人間の力が必要な問題が起きてるのよ」

人間(おれ)の力が必要な問題?」


 うるうると瞳を潤ませて、上目使いで俺を見つめる月夜。一瞬ドキリとしないこともなかったが、コイツの本性を即座に思いだし、首を横に降った。


「いやだからそもそも死ぬし。俺普通の人間だぜ?」

「大丈夫よ。あんなスプレー撒き散らして平気な時点で普通の人間じゃないよ」


 月夜が鋭く俺を睨みながら恨めしそうに言った。

 ちなみに俺が先程月夜にぶっかけたスプレーは常人には使うことができない。何故ならアレ自体それなりに凶悪な毒だからだ。

 毒を持って毒を征す。月夜のような猛毒キノコを相手にするにはこちらも毒を使わなければならないってことだ。

 

「……まぁそれはそれとして、人間の力が必要な事態ってどんな状況だ?」


 『菌型知的生命体』……もとい、『キノコの娘』は基本的に人類と敵対している。まぁ月夜と俺のような例外を除いて、普通の人間は『キノコの娘』を恐れているし、『キノコの娘』は人間を嫌っている。

 そんなこいつらが人間の力を必要と言うような事態とは一体何なのかが正直気にはなる。『菌型知的生命体』の生態が少しはわかるかも知れない。


「それは……来てくれたら説明するよ?」


 少し目を泳がせつつ月夜が言う。

 ……さて。どうしよう。確かに月夜の言う通り、しっかりと準備していけば山の瘴気くらいは何とかなるだろう。『キノコの娘』の方から招待されるなんて話は聞いたことがないし、うまくこのチャンスを生かせばこいつらの生態を知るという、父の遺言を果たすのに大きな進歩があるはずだ。

 俺は一瞬迷ったふりをしながら、小さく頷いた。


「わかった。これは一つの貸しだからな」


 俺がそう言った瞬間、月夜の表情がみるみる明るくなった。いつもの悪意に満ち溢れた表情ではない、これほど澄んだ笑顔を見るのは久しぶりだ。まぁこの表情が見れただけでも了承した価値があった事だろう。


「じゃあ準備するから、少し待っていてくれ」

「あ! う、うまい棒持ってきてね!」


 そういって俺は『僻地』に行くための準備をするために家に入った。

   

                       









「いやー。うまい棒は人類が生み出した究極と言ってもいい嗜好品だよ」


 家で夕飯と『僻地』に入る準備をした後、月夜にうまい棒を渡す。ちなみにコイツが好きな味はチーズ味だそうだ。幸せそうにうまい棒をほおばるその姿は、俺にわずかな違和感すら覚えさせる。


 意外な事に、『キノコの娘』はキノコのくせに食事を行う。


 なぜ意外なのかと言うと、そもそもキノコの本体は『菌糸』であり、今、目の前にいる『静峰月夜』というキノコは『子実体』と呼ばれるいわば分身なのだ。


 分身が食事を行う。これだけで違和感がある。何のために分身を作ったんだ。本体に食事を運べよと声を大にして言いたいところだ。

 

 そもそも、俺たちがキノコと聞いて思い浮かべるアレは『菌糸』が胞子を拡散する為に形成した仮の姿であり、本体ではない。なので、分身であるこいつらは銃で吹っ飛ばされても、火で焼かれようとも平然としている。

 まぁ、爆弾で四肢をバラバラにするほど吹き飛ばせば再生はできないであろうが、よしんば吹き飛ばした所ですぐさま本体の『菌糸』が別の『子実体』を形成するので実質こいつらを駆除するのは不可能に近い。


 なのにもかかわらず、平然とお菓子をおいしそうに口にする月夜。本当に食事を摂る必要ってあるのか? そもそもコイツに消化器官はあるのか? 触覚はともかく、味覚も備わっているのか? キノコなのに?


「何て顔でこっち見てんのよ」


 そうとう訝しげな顔をしていたのだろう。月夜が嫌そうな表情でこちらを睨んでくる。まるでお菓子が不味くなると言わんばかりの、極めて人間臭い表情だ。


「いや、ずいぶん旨そうに食べるなぁ、と思って」

「は? このおいしさがわからないの? それってあたしの計算だと、キノコ君の人生の半分は無駄にしてるよ?」

「それだと俺の人生は20円の価値しかないだろふざけんな!」


 やれやれと月夜がかぶりを振りながら、瘴気溢れる山に向かって歩き出した。月夜は食べ終わったお菓子の袋を俺に押し付け、俺の背中に目をやりつつ口を開いた。


「で、その仰々しい筒みたいなやつは何?」

「あぁこれ? これは……まぁ保険みたいなもんだ。気にするな」

「……保険?」


 不審そうな表情で俺が背負っているものをマジマジと眺める月夜。

 実はこの筒は、『菌型知的生命体』に対する武器なのだが今は月夜には秘密だ。余計な心配はかけたくないし、なにより俺の手の内を全てあかす必要もあるまい。


「まぁいいよ。えーっと、それじゃあ、今から大事な事を言うからしっかりと聞きなさい」

「なんだよ藪から棒に」


 少し恥ずかしそうにしながら、月夜はさっと目を伏せた。

 本物の人間よりも人間くさい表情に、思わずドキリとしてしまう。


「えーっと、まず、キノコ君はあたしにとって大切な人間なの」

「は?」

「いや、は? って何よ。ぶっ飛ばすよ?」

「いやいやそんな唐突に言われても……」


 どうせいつもの如くからかっているだけだとは思うが、いつもとはほんの少し様子が違う。


「まぁあれだよ? 他の人間よりもってことだからね? あたしの事を邪険に扱わないし、うまい棒も持ってきてくれるし……」

「……はぁ」

「それで! だから! これは、あたしからのお礼って意味もあるの! しかも、人間を快く思ってないキノ娘もいるし……」


 ……これ? これってどれだろう?

 ひょっとして、さっき俺があげたうまい棒の袋? これゴミなんだけど? 中身お前が食ったよな?


「め、目を瞑ってくれる?」

「はぁ? うまい棒の袋ならいらないぞ?」

「そ、そんなんじゃないよ! いいから早く瞑りなさい!」


 俺はやれやれとかぶりを降りながら、瞼を閉じた。月明かりが瞼を通してぼんやりと光っているのが見える。


 一体何だ? また新手のイタズラか? 下らない内容だったらこの背負ってる武器を月夜に使ってやる。


 なんて思っていたら、微かな鼻息が俺の顔に当たったのを感じた。そしてしっとりと湿った柔らかい物が、俺の唇に押し当てられた。


 思わず目を開けると、目をきゅっと瞑った月夜の顔が目の前にあり、俺は月夜と人生で初めてのキスをしていた。

 










 3話は明日10時に投稿します。よければ見てください。

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