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キノコ生態レポート その16

 確かな重みを顔面に感じ、俺は仰け反るような体勢になったのちそのまま盛大に尻餅を付いた。

 

「おぶっ……」

「なんであたしの菌糸を荒らしてるのさ!」


 俺の顔の上に器用に乗ったまま、その子は大きな声で怒鳴る。

 ていうかこの軽さ、わかってはいたがやはりこの子も『菌型知的生命体』だ。まぁもし重たかったらそれこそ俺の顔面が悲惨な事になっていたかも知れないが。

 月夜やヴィロサに比べるとかなり小柄で、外見年齢は中学生に入りたてとでもいったところだろうか。

 俺はその子を顔から下ろし、強打した鼻を押さえながら口を開く。


「ほら。こいつが『枯木事件』の犯人だ」 


 降ってきた『キノコの娘』の襟首を掴みあげ、フリゴに向かって差し出す。軽い。たぶん五キロもないんじゃないか? こんな子でも人を簡単に殺すような毒を出すのかと思うと恐ろしくて堪らない。

 いや、この種類のキノコって毒持っていたか? まぁ何にせよ俺にとって危険である事には変わりはない。さっさとフリゴに引き渡すのが得策だろう。

 

 青白い肌を月明かりに反射させて、枯木事件の犯人は俺をキツく睨む。だが全くと言っていいほど威圧感はないし、むしろ可愛らしいと言っても問題はない気がする。

 手首や肩口に刺青らしき模様が入っており、水色の瞳と相まって不思議なオーラが漂っている。


「おろせー! って……あなたもしかして人間!?」


 じたばたと暴れる犯人。しかし驚くほど力が弱い。月夜やフリゴと力比べしたならばあっという間に空の彼方へ放り投げられてしまう自信があるが、この子には負ける気がしない。

 そしてその子は俺を見て驚愕の表情を浮かべた。しかし、みるみるうちにその顔が歓喜のそれへと変化していく。

 は? なんだこいつ? 何で目を輝かせて俺を見ているんだ?


「そうだけど?」

「え、待って、理解が追いつかない。どうしてこんなところに人間がいるの?」

「お前が森を荒らすから、捕まえに来た」

「あたしを捕まえに!? ほほぅ……それはそれは」

 

 正直脅すつもりで今の発言をしたというのに、その子は堪えるどころかむしろ嬉しそうに怪しい笑顔を浮かべた。


「あ? なに笑ってんだお前? 何がおかしいんだ?」

「ちょっと二、三伺いたいんだけどいいかな?」

「は? なんだよ?」


 そしてその子は一瞬迷ったように目を泳がせてから、決心したかのようにぐっと俺の瞳を見据えた。


「か、彼氏はいるの?」

「いねぇよコイツ頭大丈夫か!?」


 月夜に痴漢されたりはしたが、俺は男だ。断じて彼氏なんていない(彼女も)。そもそも唐突になんだこいつは!? 目をギラギラと輝かせて自分の世界に入り込んでいる。


「あなたは確か……ヒメロクショウグサレキンの緑青姫乃ろくしょうひめのさんですか?」


 青緑色の鍋のふたのような帽子を押さえながら、『枯木事件』の犯人、緑青姫乃は大きく頷いた。


「そうだよ! ていうか『犯人』ってどういうこと? あたし何か悪いことした?」

「え。あなたがこの『枯木事件』を引き起こしたんじゃないんですか?」

「『枯木事件』……? あぁ! この辺りの植物の事かな?」

「えぇ」

「それならあたしだよ! でもワザとじゃないんだ」


 事情聴取を行う警察のように、フリゴが姫乃に疑いの目を向ける。


「ではどうしてこんなことになったのですか? 皆さん迷惑しているので自重して頂きたいのですが」

「違うの。仕方ないの」

「あ? 何が仕方ないんだよ。お前が菌糸を撒き散らすのを止めればいいだろうが」


 これは俺だ。いい加減疲れてきたから姫乃を下ろしたいのに、フリゴがこいつを受け取ってくれない。そして姫野は驚きの言葉を口にした。


「端的に言うと、あなたのせいなんだよ!」

「は? 俺!? なんで!?」


 ビシッと俺に人差し指を突き立てながら、姫乃はいけしゃあしゃあと言い放った。

 いやいや一体何を言っているんだコイツは? そもそも俺は姫乃とは初対面なはずだ。月夜以外に『菌型知的生命体』の知り合いがいてたまるか。


「やっぱりね! どうせそうだと思ってましたよ! だって見るからにあなた悪人みたいな顔してますもん!」

「ぶっ飛ばすぞフリゴ! 何が悲しくてこんな『僻地』のど真ん中を腐らせなければならないんだよ!」


 ジトリとした視線を送るフリゴ。と、さらに他の『キノコの娘』達も同じような視線を送る。

 いやいやどう考えてもおかしいだろ? なんだこれ? なんで俺が悪いみたいになってんの? 


「あなたみたいな人間の作った本が、あたしに果てしない影響を与えてるの!」

「はぁ!?」

「そう。それは言うならば楽園ハーレム。男達の聖地を表した聖書」


 胸元に手を添え、何かに語りかけるかのように大袈裟に話し出す姫乃。

 取り敢えず目がヤバい。俺の貧困な語彙ではヤバい以外表現のしようがない。強いて言うならば、狂気の果てにたどり着いた者が持つような目。とでも例えたところだろうか。

 

「この世の真理を表したその本はいとも容易くあたしを惑わせるの」

「……だから何を言っているんだお前は?」

「そうよ。あなた方もこれを見なさい。あたしと同じ真理を手に入れられることこの上無しだよ」


 そしてゴソゴソと懐に手を入れ、姫乃は薄い本を取り出した。

 それは幾度となく捲られたのだろう、本の端がボロボロになっていた。しかし、その表紙は見るもの全てを惹き付けて離さない摩訶不思議な、いや嫌悪感に似た雰囲気を漂わせていた。


「このBL本を!!!」


 


 










読んでくれてありがとうございます

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