キノコ生態レポート その14
「ほらほらもっと頑張ってよ! まだまだ躍り足りないよー?」
恐ろしくも、美しい毒の霧。例えるなら夜空、いや、まるで宇宙のような圧倒的な黒。
その月夜の毒がサブちゃんを覆い尽くしている。
もう誰の目に見てもサブちゃんは限界だ。だが月夜の表情に疲労は見られない。どこまでも楽しそうに、嬉しそうに攻撃を続けている。
「こ、このぉぉぉ! ええ加減にせえよ!」
サブちゃんの咆哮が聞こえた刹那、一筋の光が月夜の作り出した黒の絨毯に走ったと思うと、その隙間からサブちゃんが飛び出してきた。
体の三分の一を黒く変色させ、決死の表情で月夜の目の前に飛び出してきたようだ。
ダメージ覚悟の捨て身の作戦だ。真っ黒に犯された右腕を捨ててまで、敵の喉元に食らいつく為の。
サブちゃんは、ベルトのバックルからナイフを取り出すと、大きな声をあげる。
「このナイフは特別製やで月夜ちゃん! 覚悟してや!」
そしてそのまま月夜の胸元にそのナイフを突き刺した。
時が止まったかと錯覚するほど、組み合う二人は動かない。
もちろん俺たちには何が起こったのかはわからない。ひょっとして月夜がやられたのか?
しかし、俺の心配は現実になることはなかった。
サブちゃんがそのまま崩れ落ちたのだ。
「あ、あぐっ……!」
「あれ? おう終わり? サブちゃんって結構口だけな所あるよねー」
サブちゃんは手に持っていた武器を地面に落とし、そのまま苦しそうに膝をついた。ぜぇぜぇ、とサブちゃんが苦しそうに息を吸う音がここまで聞こえてくる。
月夜はその様子を見て満足そうに笑い、ふぅ、と大きく溜め息をついた。
「ほらほら見てキノコ君! キノコ君を狙った敵はやっつけたよ? このあとどうする?」
月夜は幸せそうな笑顔を顔に張り付け、俺へと振り返った。
はぁ。と、俺は小さく溜め息をつき、月夜の方へと足を踏み出す。
「ちょ、ちょっとどこ行くのキノコ君! 月夜は今は危ないから近づかない方がいいわ。私たちで何とかするから、あなたは下がっていて頂戴」
「まぁ、私は止めませんがねー。できるもんならさっさとあのポンコツ毒キノコを何とかしてください」
「……人間、死にたいの?」
ヴィロサ達が、三者三様の反応を示す。
まぁ何だかんだ言って、月夜があんな風に我を忘れて毒を撒き散らしているのは俺が原因だ。
そして俺はキノコの娘達の言葉を無視してそのまま歩を進め、月夜の真横にたどり着く。
月夜は心底嬉しそうに、輝く体を俺へと向けた。
サブちゃんを見ると、彼女は今にも死んでしまいそうなほど衰弱していた。右腕は腐りかけ、滝のような汗をかきながら、俺の方へ向けて恐怖を含んだ視線を向けている。
「ねぇねぇ、どうするのキノコ君? あなたがこの子を殺したいって言うならそれでもいいよ? それとも私がこの毒を蒔いてあげよっか?」
いつもとはあまりにも違う様子に内心肝を冷やしながら、月夜の目を真っ直ぐに見つめる。
月夜の左肩にはサブちゃんの武器らしきナイフが突き刺さっており、その箇所から月夜の肌が少しずつ紫色に変色していっている。
先程サブちゃんの捨て身の攻撃を受けた所だろう。一撃必殺の猛毒だ。たぶん月夜は精神的に興奮しているため気付いてないのだろうが、大方もうあと数十分もすると、月夜の体もこの毒に犯されきって、サブちゃんのように衰弱するのは誰の目にも明らかだ。
「……月夜」
ぼそりと小さく呟くと、月夜は首を傾げたままこちらへとそのつぶらな瞳を向けてくる。どこまでも澄んだ、混じりけのない真っ直ぐな視線。
この目は俺の一番大嫌いな目だ。他人を壊すことに快感を覚えるような、『菌型知的生命体』の象徴であるかのような禍々しい瞳。
そんな俺の中に渦巻く感情とは裏腹に、月夜は幸せそうに狂った笑みを浮かべ続ける。そして俺は『月夜バズーカ』をしっかりと握り直し、月夜へと更に一歩近づいた。
「……落ち着けポンコツキノコ」
そして、至近距離からバズーカを月夜へ向けて発射した。
「きゃっ!」
俺からの予想外の攻撃により半歩ほど後ろに下がった月夜は、目を丸くしながらこっちを見た。まるで何故自分が攻撃されているのか分からないとでも言わんばかりに、困惑した表情を俺へと向けている。
そして、俺は懐から流れるような手つきで『菌型知的生命体』用特別スプレーを取り出し、思いっきり月夜へとそれを噴射した。
「いやぁぁぁぁ!! 何すんのよ! キノコ君のバカ!」
「やりすぎだてめぇぇぇ! サブちゃん死にかけじゃねぇか!」
月夜は恨めしそうに俺を睨みながら、撃ち抜かれた肩を押さえている。肩口からはブスブスと煙が登り、再生が始まっているのがわかる。いくら威力を絞ったとはいえ、この至近距離での被弾だ。俺の感覚では月夜の傷口程度なら軽く吹き飛ばしたと思う。
取り敢えずこれで月夜を犯すサブちゃんの毒は一緒に吹き飛んだ……はず。
月夜はいつもの憎々しい穢れきった目に戻り、瞬く間に体の輝きも失われていく。
どうやらいつもの月夜に戻ったようだ。やっぱりこいつはこれぐらいのふてぶてしさがないとな。
「で、だ。サブちゃん大丈夫か?」
サブちゃんは警戒する視線を俺に向けたまま必死に体勢を立て直そうとしているが、どうやら起き上がる事すらままならないようで、そのままずるずると這うように俺から離れていく。
「そうなんだー。キノコ君はあなたを助けた私には銃を向けて、あなたを襲った娘には手を差し伸べるんだー」
「お? どうした、もしかして拗ねてるのか?」
「は、はぁ!? 拗ねてなんかないし! いつもこんな感じだよキノコ君のバーカ!」
「じゃあ黙って見とけ」
「言われなくても黙ってみてるよバーカアーホうすらはげ!」
「はげてねーよ! 叩きのめすぞてめぇ!」
俺はキツい表情で睨みつけながら、これまたキツい言葉をぶつけてくる月夜を怒鳴り付けてから、気を取り直して苦しそうなサブちゃんの横に腰を下ろす。
サブちゃんは毒に犯された右腕を押さえつけ、必死に不安を押し殺そうと努めているように見える。
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