キノコ生態レポート その13
「キノコ君、一撃で相手を沈めることができる武器があったとしたら、あなたはどうやってそれを敵に当てる?」
ヴィロサが月夜達のケンカを見ながらポツリと呟いた。
月夜とサブちゃんは何度も何度もお互いがぶつかるかの様に、人間離れしたスピードで殴りあっている。いやしかし、一応見た目は美少女と呼んでも全く差し支えない二人が高速で拳をぶつけ合うのは何だか直視しづらいものがある。毒とかは使わないのか? こう、もうちょっとお淑やかに……。まぁこんなことを考えても仕方がないのだけれど。
「は? なんだよいきなり?」
「私達は毒の効果の指向性を絞る事ができるの。だからもう少しすると、あの子たちの体内で『対敵用毒素』の生成が完了するわ」
「……一撃必殺の毒って事か」
「そうよ。で、さっきの質問。貴方ならその毒をどうやって敵に当てる?」
俺に向けて放ったような即興の毒ではなく、本物の、殺意にまみれた純粋な猛毒。『菌型知的生命体』が戦闘に使う本物の毒。
俺ならどうやって当てるかだと……? 近づいて撃つとか? 狙い澄まして撃つとか? 俺は『キノコの娘』じゃないんだからわかるわけないだろう。バカかヴィロサは。知るかそんなこと。
「……ふふっ。わからない? まぁ『キノコの娘』にもよって違うんだけどね。特に貴方の大好きな月夜ちゃんは……「はぁ!? 誰が月夜を大好きだって? 頭湧いてんじゃねぇのか?」
「……まぁ月夜ちゃんは、毒を大量にばらまいて戦うの」
ヴィロサが半分呆れたようにそう言うと、激しく殴る蹴るの戦いをしていた月夜が一旦距離をとった。そしてこちらを振り返り、ニコリと微笑みつつ口を開く。
「見ててねキノコ君。私、頑張るよ!」
その口調と、その笑顔は俺が今まで生きてきた中で最もかわいくて、美しくて……っていやいやいやいやいやいや、うそうそうそうそ。なんてことはないただの笑顔を浮かべ、俺に向かって月夜はそう宣言した。
そして次の瞬間。月夜の周囲に突然黒色のモヤモヤした霧の塊のような不思議な物体が現れた。それはフワフワと月夜を取り囲むように漂っており、月夜はそれを愛おしそうに撫でる。
月明かりが月夜を明るく照らし、野球ボールより少し大きい程度の黒の霧はその輝きを吸い込むかのように不穏に渦巻いていた。
「じゃあサブちゃん。この綺麗なお月様が喜ぶような、華麗な舞いを見せてね?」
「ふん! 月夜ちゃんこそ。俺の暗器の為にその柔らかそうな体、捧げてや?」
その言葉と同時に月夜は手元の毒霧をサブちゃんへ向けて飛ばした。放り投げる訳ではなく、ただ自然に、鉄が磁石に吸いつけられるかのように、死の弾が放たれる。
そして次々と月夜の体から同様の霧が生成され、それは雪崩のようにサブちゃんへと跳んでいった。
「くっ! 流石は月夜ちゃん! なかなかやるやんか!」
木の陰や大きめの岩に身を隠しつつ、サブちゃんが苦し紛れに言った。
だが次の瞬間、サブちゃんは唐突に障害物の陰から飛び出し、何処から取り出したのかわからない大きめの細剣を持って月夜に切ってかかった。
「きゃっ!」
月夜はまさかの突撃に若干驚いたようにしつつも、冷静にサブちゃんから距離をとる。そして、今度は驚異的な量の毒の弾を作り出し、それを面で放った。
空間を覆い尽くすかのように、死を運ぶ弾丸がサブちゃんを襲う。
それほど弾速は早くはないものの、あれほどの量を避けきることは不可能に思える。誰にだって雨を避けきることなんて出来ない。そう思わずにはいられない圧倒的物量だった。
「どう? 貴方の大好きな月夜は綺麗でしょ?」
「俺の大好きな月夜ではないが、正直予想以上だ」
「え? キノコ君って月夜さんが好きなんですか!?」
「あぁ!? 違うっつってんだろこの恥女キノコが」
「はぁ!? なんでクソ不細工な人間にそんなこと言われないといけないんですか?」
「あん? 誰が不細工だこの変態キノコが」
「ほらほらやめなさい。ヴェルナちゃんが呆れてるわよ」
こちらへ飛んできた月夜の流れ弾を白の帽子で振り払いながら、ヴィロサがため息をつきつつ言った。
元はと言えばお前が余計な事を言うからだろうが……!
「あははははは! ほらほら、サブちゃんどうしたの? そんな躍りじゃ私は惑わせないよ?」
「ぐっ……! くそっ! なんて量や……」
俺がフリゴと下らない争いをしている間に、月夜がサブちゃんを追い詰めていた。月夜の圧倒的弾幕に、サブちゃんは守ることしか出来なくなっていた。
「ほらほらどんどんいくよー!」
そして更に産み出される毒の弾が、四方八方からサブちゃんに襲いかかる。
サブちゃんは袖口から盾や剣等を出して応戦してはいるが、あの手数では月夜の攻撃を捌ききれなくなるのも時間の問題だろう。
と、思ったのも束の間、まだサブちゃんも負けていないようだ。目まぐるしいスピードで、スレスレの所で月夜の攻撃を確実にかわしている。
ある時は障害物を盾にして、ある時は自らの暗器で毒霧を叩き落とす。
そして気がつく頃には月夜へと肉薄していた。
「今度はこっちの番やで月夜ちゃん!」
懐から先端の尖った棒を取りだし、流れるようにそれを月夜へ向かって3本投擲した。
月夜はまるでそれを予見していたかのように、華麗にヒラリと身を捻ってかわす。そして、すれ違い様に自分の毒をもう一度雨のようにばらまいていく。
「ちっ……」
顔をしかめながら一旦地面を蹴り、サブちゃんは月夜から距離をとった。
だがしかし、今度は月夜が動いた。サブちゃんとの間を詰めるように、攻撃の手を緩めることなく前進していく。その表情は相変わらずどこか嬉しそうで、辛そうなサブちゃんとは対照的なのが印象に残る。
「あはははは! いいよサブちゃん! もっと頑張って!」
高らかな笑顔と共に、サブちゃんを取り囲むように毒の霧を展開する月夜。あっという間にサブちゃんは月夜の攻撃に阻まれ、一歩たりとも動くことは出来なくなってしまった。
そこからは『菌型知的生命体』による耐久戦が始まった。月夜から流水の如く溢れ出る黒い毒と、服に隠した暗器を使って水を捌き続けるサブちゃん。その攻防は時間にして3分程だろうか? だが、限界は直ぐに訪れた。
「ぐっ……くそっ、わかった! 俺の負けや! もうその人間は襲わんから、もうやめて!」
ついに堪えきれなくなったサブちゃんが、大きな声でそう叫んだ。
しかし、等の月夜はまるで聞こえないようで、いつも以上の凶悪な笑顔を讃えて嬉しそうに口を開く。
「何言ってるの? そんなので許すわけないでしょ? あははははは! まだまだお月様は喜んでないよ!」
その言葉と共に、更に毒を産み出しサブちゃんへと浴びせ続ける。
サブちゃんは辛そうに顔をしかめ、さらに数を増した月夜の毒を避け続ける。
「あーあ。月夜さん暴走しちゃってますよ。どうするんですかキノコ君」
「知るかそんなこと。お前が何とかしろ」
「こうやって自分勝手に暴れて、回りの自然を破壊してしまうんですね……。キノコ君を助けるために戦っている月夜さんのせいで……」
両手で顔を覆い、わざとらしく泣いたふりをするフリゴ。うざったい事この上なしだ。
だが俺はこういう非難のされ方にどうも弱いらしい。頭ではそんなこと俺は知ったこっちゃあないと思っているが、それとは正反対に心がズキズキと痛む。
「ほらほらちゃんと踊ってよ! キノコ君が見てるんだよ?」
やはりサブちゃんはもう限界が近い。手近な障害物は既に月夜の毒に犯され、歩くことすらままならない雰囲気がある。必死に猛毒の剣を振り回して月夜の毒をかわして粘ってはいるものの、どうやら一、二発はかすっているようで、肩口が不自然に黒く変色している。
その月夜の様子を見て溜め息をつくヴィロサ、フリゴそしてヴェルナ。
こいつらのこの様子を見るに、月夜のこの暴走はどうやら初めてって訳ではないようだ。
「今夜は満月って訳じゃないのにねぇ。多分あの子、キノコ君がいるから張り切っちゃってるのよねー」
「いやほんと、どうします? あのポンコツ毒キノコ、今日暴れすぎでしょ。『役場』の近くをメチャクチャにしたのも月夜さんですよね?」
「えぇ。そうよ。その時はキノコ君が気を失ってたから暴走はしなかったんだけど」
「……これだけ月が出てると、月夜を止めるのは大変」
うんざりしたように、ヴィロサ、フリゴ、ヴェルナが話している。その間にも月夜は雨のような毒をサブちゃんにぶつけつつ、恍惚の表情を浮かべていた。
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