キノコ生態レポート その12
「うらぁぁぁぁ! 逃げんなぁ!」
左逃げるサブちゃんに対して月夜バズーカを連射をするものの、当たらない当たらない。俺が毒で犯しているのは青緑色に光る腐った木々だけだ。
「もおっ! うっとおしいねん!」
そして、サブちゃんは袖口から大量のナイフを取り出した。そしてそれを皿のように広げ、放射状にそれを放ってきた。視界を多い尽くすかのように、ナイフがこちらへその刃を向けて飛んでくる。
やばいやばいやばいやばい! あんなのまともに食らったら毒云々より、出血で死んでしまう。
風を切りながら、ナイフがまるで獲物を狙う狼のように、音もなくこちらへ死を運んでくる。
どうする? 後ろに飛ぶか? それともこのバズーカで防ぐか? いやでももう間に合わな……。
まるで雨のように、猛毒のナイフが俺に降りかかった。ナイフが獲物を選ばずに至るところに突き刺さる音が聞こえてくる。
俺は思わず目を瞑っていた。
いや目を瞑っても何にもならないことは頭ではわかっているが、反射的にそうしてしまう。
仕方ないだろ、俺はただの人間なんだから。
しかし、ナイフが俺の体に刺さる事はなかった。
ひょっとすると毒が回って痛覚が麻痺している可能性があるかも知れないが、その割には頭ははっきりしているし、耳は機能していない目に代わって必死に情報を集めている。まぁこれも俺の思い込みかもしれないけれど。
恐る恐る片目を開ける。
すると、月明かりに照らされた一筋の影が目に飛び込んできた。美しいそれは、芸術を理解していない俺でさえ、いとも簡単に魅了して離さない。
俺は自分の置かれた状況を忘れ、気が付くと思わず見いってしまっていた。
月夜が優しく微笑みながら俺の前に立ち塞がっていた。
月明かりをふんだんに浴びている彼女は、まるでその光は彼女が生んでいるかのように、美しく、そして彼女自身が優しく輝いているように見えた。
「大丈夫? キノコ君」
目を離すことの出来ない魅力を放ったまま、月夜が心配そうに口を開く。
「あ、あぁ。なんとか」
俺がしどろもどろに答えると、月夜は本当に嬉しそうに笑った。
「なんや月夜ちゃん! その人間を庇うんか!」
「……サブちゃん。いい加減にして」
「は? なんで人間なんかを庇うねん! どうせそいつは俺らを征服しに来てんねんで!? さっさと退治すんのが俺らのためや!」
「だから、キノコ君は違うって言ってるでしょ? 紅といい、サブちゃんといい、どうして人の話を聞かないの?」
珍しく怒気を含んだ声を出す月夜。目は真っ直ぐとサブちゃんを見つめ、いつもの浮わついた雰囲気はどこかへ飛んでいってしまっている。
あんな月夜は初めて見た。いや、一度だけあるか。だが、あれほど毒々しいオーラを纏っているのは初めてだ。
人は『死』を色濃く連想させる物に魅了されるという。燃え盛る火炎や凍てつく吹雪、目も眩むような高所からの景色は、それこそ途方もなく美しく感じてしまうのはそのせいだ。
この月夜からもそれと同じ、いや同等以上の『死』の魅力を感じた。
神々しくもあるその光景は俺に小さな恐怖心さえをも覚えさせる。
「なんや月夜ちゃん。もしかして俺とやるってわけとちゃうやろな?」
「サブちゃんがキノコ君を襲うってんなら私は止めなきゃならないもん。容赦はしないよ?」
「なっ……! ふ、ふん! 上等や……! 何回も何回もサブちゃんって言ってくれた礼、今ここでしたるわ!!」
その言葉を皮切りに、二人、いや二体の『菌型知的生命体』の戦いの火蓋が切って落とされた。
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「キノコ君、サブちゃんにやられた傷は大丈夫なんですか? 直撃は避けたとはいえ、人間が立っていられるほど生易しい毒ではないはずですが……」
「あ、あぁ。まだ痛むが多分大丈夫だ」
フリゴが俺を立たせて後ろへと下がらせる。
その際数発の毒の弾が俺のところに流れてきたが、その都度ヴェルナの帽子から吹き出される煙が、まるで意思を持っているかのように流れ弾を弾き落としていく。
月夜とサブちゃんは、俺の理解が及ばないレベルで戦闘を行っていた。
軽々と木を持ち上げるような生き物が真剣に戦うのだから、それこそ漫画のような現実とはかけ離れた次元の動きが俺の目の前で繰り広げられている。
「大丈夫……なんですね。一晩に紅さんとサブちゃんの毒を受けて無事な人間なんてこの世にいるとは思えませんが……」
「あ? 目の前にいるだろ。伊達や酔狂で『僻地』との境界に十数年も住んでるわけじゃないんだよ」
「いや、これはもう……」
フリゴが少しだけ辛そうな目を俺に向ける。
なんだ? 毒耐性の高い人間がいて悔しいのか?
と、その時今までずっと黙っていたヴィロサがゆっくりと口を開いた。
「キノコ君は、本当はここに、『キノコの娘』を調査するために来たんでしょう?」
じっとヴィロサの瞳を見つめる。その瞳に非難の感情は見られない。
一応名目状は、俺はここに『枯木事件』の調査に来たことになっている。まぁ実際、月夜が俺をここに来るように誘ったわけだし、この目的は決してウソではないのだけれど、俺の本当の目的はヴィロサが言った通りコイツらの調査だ。
俺はじっくりとヴィロサの目を見つめたまま、ゆっくりと頷く。
その様子を見たヴィロサは満足したようににっこりと笑った。
「ならよく見ておきなさい。サブちゃんもあれはあれで中々の毒を持っているから、面白い『毒の吐き合い』になるわよ?」
木が毒で溶ける音を背中に受けながら、ヴィロサが少し自慢気に言った。
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