キノコ生態レポート その10
フリゴに連れられること一時間、まだ僅かに込み上げる吐き気を堪えつつ『枯木事件』の現場へと足を運んだ。
するとそこには、思っていたよりも凄惨な状況が俺を待ち構えていた。
まず真っ先に感じたのが、この鼻につく臭いだ。元来、『僻地』は毒の瘴気に覆われているため、人間にとっては刺激臭を感じるはずなのだが、そこから立ち上る臭いはそれとは全く違っていた。
例えるならばそれは腐敗臭だ。腐りきった動物の死骸と、錆びきった水が混じったような強烈な臭いで、『キノコの娘』である月夜達も顔をしかめている。月明かりのせいなのか腐敗物が集まっているせいなのかはよくわからないが、全体的に青緑色に鈍く光っているような気がした。
枯木、というより腐れ木、という表現の方が正しいほどに、ここら一帯の草木は荒れている。
木々には虫がたかり、先程までの繁雑とした山の雰囲気からは一線を為していた。
「思ったよりもひどいなこれは……」
「えぇ。この腐敗、私がこの間見たときよりも広がっています」
「うぇぇ。気持ち悪いよキノコ君……。ほんと気持ち悪いよキノコ君。キノコ君は気持ち悪いよ……」
「さりげなく人の悪口を言うんじゃねぇよ月夜。この腐海にお前を叩き落とすぞ」
こんな場所でも、人に毒を吐くことを忘れない、『菌型知的生命体』の鑑である静峰月夜。ぶっ飛ばしたい。
「で、何か分かりましたかキノコ君?」
あまり期待はしていないようで、投げやりにフリゴが俺に聞いてきた。
いくら俺が『キノコの娘』に詳しいと言っても、見ただけでこの腐敗の原因がわかるなら苦労しない。俺はフリゴに対して僅かに肩をすくめると、調査のために意を決して腐海へと足を踏み入れた。
積もった落ち葉や腐った木々を踏み締めると、足の裏から何とも言えない絶妙な感触が足から伝わってくる。長靴でも持ってくればよかった、と詳細を教えてくれなかった月夜に若干の恨みを抱きつつ、既に朽ちている木の根本に向かう。
……やはり腐っている。中から気持ちの悪い白い虫が涌き出てきた。
なんでもいいが、この虫に『僻地』の瘴気は効いていないようで、ピンピンと元気にうごめいている。『菌型知的生命体』の作る毒は、毒の効果対象をかなり絞ることが可能だとはよく聞くが、やはりその指向性には舌を巻くばかりだ。
まぁだがしかし、今はそんなことはどうでもいい。問題はこの森の木が何故枯れていっているのかという点につきる。
考えられるのは木の病気か、若しくは『キノコの娘』による仕業と考えるのが妥当だろう。
木の病気にしては影響がえらく限定的だし、月夜やフリゴが俺に助けを求めている点から考えるとやはり原因は後者だろうか。となるとどんなタイプの『キノコの娘』が犯人なのかだが……。
俺が脳内の辞典を紐解き、該当する性質を持つ『菌型知的生命体』を検索していく。
木を腐敗させる力か? それとも腐敗は細菌等の影響によって進むわけだから、そいつらの機能を向上させる力だろうか?
「月夜ちゃんたち。誰の許可をとって俺の縄張りに人間なんていれさせてるんや?」
と、その時、腐海の奥から妖しげな声が聞こえてきた。
記憶の検索作業を一時中断し、声の方へ視線を向ける。
その際『月夜バズーカ』を手に取り、姿勢を低くするのを忘れない。また毒をもらってあんな思いをするのはごめんだ。
「あら。サブちゃん久し振りだね」
「サブちゃん言うなっていつも言ってるやろ?」
黒、いやグレー? のタキシードに身を包み、裏返したような帽子を被った人間が怒ったように口を開く。
いや、人間なはずないか。どうせこいつも『キノコの娘』だろう。
パッと見ただけならば、インテリ風の男の子だが、よく見るとメガネの向こう側の目は燃えるように赤く、自己主張の激しい胸元が、隠しきれない膨らみを称えている。
「で? なんで人間なんか連れてきたん? こんな『僻地』の異常事態をこいつに教えてどうすんの?」
袖口から紫に染まった毒々しいナイフを取り出しつつ、サブちゃんはイライラしたように捲し立てる。
「これを解決してもらうために呼んだんだよ? サブちゃん」
「やーかーらー。サブちゃんってゆうな!」
言うなと言われているのに、ワザワザ語尾にサブちゃんとつける月夜。
「てか、解決するために呼んだ? こんなん人間に解決出来るわけないやろ?」
「そんなのわかんないよ? ねぇキノコ君。どうなの?」
唐突に月夜が俺に話を振ってきた。サブちゃんと呼ばれる少女は、警戒体勢でナイフを構える姿勢を崩さない。
もし返答を間違えれば即座にあの明らかに毒に犯されたナイフを投げてくるだろう。
俺は目の前の男少女の機嫌を損ねないように注意しながら、慎重に口を開く。
「月に照らされて分かりにくいが、ここの植物が青緑色に染まっているのがわかるかサブちゃん?」
「はぁ? なんでお前までサブちゃんって言うんよ! 話聞いてた? 俺はルッスラ・S・ニグリカ。気楽にルッスラって呼んで」
「わかったサブちゃん。俺はキノコ君だ。宜しくサブちゃん」
「……殺す!」
「そこまでですルッスラさん。キノコ君も無意味にに煽らないでください。顔が気持ち悪いですから」
「お前のその俺に対する煽りに意味なんて一ミリもないだろーがふざけんな」
俺の顔をバカにしかしないフリゴを睨みつつ、月夜バズーカを下ろす。
「……で? キノコ君続きは? 青緑になってんのがどしたん?」
苦虫を噛み潰したような表情で、サブちゃんが言った。
すいません。少し急用が入ってしまい、次の更新は遅れます