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キノコの娘生態レポート その1

 俺の目の前には女の子がいる。


 その子は漆黒のゴスロリドレスにその豊満な体を包み込み、美しい碧色の瞳は真っ直ぐに俺の目を貫いてくる。腰まで届く茶色の髪は裏から見ると緑色に輝いていて、どこか人間離れした、まるで人形のような雰囲気を纏っている子だ。

 世間的に言うならば美少女。と、表現するのが最も相応しいだろう。


 そんな彼女の名前は静峰月夜。『菌型知的生命体』の女の子だ。


 月夜は澄んだ碧眼を僅かに潤ませながら、俺の目を覗き込んできた。だが彼女の整った眉は徐々につり上がり、それにつられて頬がピクピクと震え始めるのが見えた。ピタリと閉じていた口も、それに呼応するかのようにゆっくりと開いてゆく。

 そして月夜は憎しみを込められるだけ込めた声を絞り出すように出した。

 

「は?」


 凶悪極まりない表情だ。いや、下劣と言っても過言ではないだろう。つり上がった瞳と、人をこれでもかと見下したかのような嘲笑が入り交じった口元。

 なかなかこんな顔は作れない。いや、よしんば作れたとしても顔に出すのはモラル的に出来ない。


「いや、は? じゃねぇよ。お前やっていいことと悪いことがあるだろ? そんなこともわからないのか?」


 と、月夜に対して返事をするのは俺。もちろん彼女の視線に負けないように、精一杯顔を歪めて答える。


「よく言うよね。キノコ君、嬉しそうにしてたよ?」

「あ? どんな目してんだ? 嬉しいわけないだろ。お前の目腐ってるんじゃねぇの?」

「は? よく言うよね。腐ってるのはキノコ君の頭じゃないの?」


 今度はニヤニヤした張り付くような笑みを浮かべ、俺の頭をその人差し指でツンツンとつついてくる。

 俺はぶん殴りたくなる気持ちを必死に押さえながら、懐に手を入れた。そして、いつも忍ばせているスプレーをその手に固く握りしめ、月夜を軽く睨む。





「きゃーー! やめなさいよこのバカ!」

「うっせぇ! 電車で男に痴漢なんて何考えてんだこのバカ!」


 夕方。俺は駅から自宅までの人気の少ない殺風景な道を歩きながら、自作の『菌型知的生命体』用特別スプレーを月夜にぶっかける。月夜は盛大に文句を垂れ流しながら、俺から逃げていく。

 

 このクソキノコ、あろうことか電車の中で俺に対して痴漢を働いたのだ。本人は好奇心がどうのこうの言っていたが、される方はたまったもんじゃないし、ましてや俺は男だ。

 車内では何も反撃出来なかったからな。お仕置きの代わりと言ってはなんだが、俺の月夜への武器を使わせてもらった。


 こんなやり取りは毎度の事だが、いい加減月夜には学習してほしい。



 『菌型知的生命体』というのは、数十年前に突如発生した新生物のことだ。まるでキノコが人になったかのような生命体で、キノコ特徴を各個体が受け継いでいる。

 この目の前にいる『菌型知的生命体』、静峰月夜、も元々はキノコで、その本体は『ツキヨタケ』である。猛毒を持っている危険なキノコだ。


「何すんのよこのバカ! 髪の毛少し溶けちゃったじゃないのよ!」

「あ? 知るかそんなの」

「は? 人間の分際で調子に乗ってんじゃないわよ?」


 そしてその月夜が物凄い形相で俺を睨む。流石は猛毒キノコに相応しい表情だ。眉間に恐ろしくしわを寄せ、昭和のヤンキー漫画よろしくの清々しいガンの飛ばし方だといえよう。

 月夜は今はいつもの黒を基調としたゴスロリ服に身を包んでいる。電車を降りたので、もう擬態は必要ないそうなので、いつもの『菌型知的生命体』らしい恰好に早変わりだ。

 不貞腐れたようにほほを膨らませながら、月夜は俺の一歩前に出る。その時、彼女の首にかかっている三日月のペンダントがチャリンと揺れた。


「全く。キノコ君は本当にダメねー」

「まぁポンコツキノコのお前にだけは言われたくはないがな」

「は? テングタケみたいな顔してるくせによく言ったわね」

「いや例えがわからん。せめて生物の顔で例えてくれ」


 また悪魔のような表情で俺を睨んでくる月夜。黙っていれば大人しそうなかわいい子なのに(人間目線)、浮かべる表情のうち5割はこんな顔だから愛着もわかない。

 ちなみにキノコ君ってのは俺がキノコに多少詳しいからという突拍子もなく、さらにとてつもなく安直な理由からだ。

 そして月夜は今度はうすら笑いを浮かべ、見下したような視線を俺に向けてくる。


「はっ! あなたは知らないようねキノコ君」

「何が?」

「私たちが崇められてるってことをね!」


 腕を組み、ニヤニヤと顔に張り付いたかのような笑みを向けてくる月夜。あぁ殴りたい。この笑顔。


「崇められてる? 頭でも打ったのか? むしろ怖がられてる部類だろ」

「ちっちっち。それが違うんだよ」


 俺は家庭の事情ってやつのせいで、『菌型知的生命体』の毒が効きづらい体質をしているが、普通の人はそんなことはない。こいつらは畏怖の対象であって、けして敬う存在ではないはずだ。


「この間、いんたーねっと、で調べてた時、私たちの事『キノコの娘』って呼んでる人がいたもん!」

「『キノコの娘』?」

「うん! まぁ私達の魅力がやっとわかる人間が出てきたってことかな?」


 ……まぁ最近では、わけのわからないウイルスとかも擬人化されているんだ。『菌型知的生命体こいつら』をキノコの娘と呼ぶくらい、HENTAIの国、日本にはお茶の子さいさいってことだろう。


 そしてそんな他愛もないやり取りをしている内に、自宅へと着いてしまった。ほとんどというか、もうここまで来ると全くと言っていいほど人通りはない。家の裏手には山が広がっており、そこから舞い降りる瘴気のような禍々しい空気は俺の家を飲みこまんとしていた。

 あの山こそ『僻地』と呼ばれる月夜達『菌型知的生命体』の住処だ。舞い溢れる毒は、生物の侵入を拒むかのように山を取り囲んでいる。

 まぁそんな『僻地』の境界に住んでいる俺たちの家族も大概の変わり者なわけだけど。


「ほら、着いたぞ月夜。じゃあな」


 いつもならば、このまま月夜は悪態をつきながら山へと帰っていき、俺は自宅へと帰る。だが、今日はいつもと何やら様子が違う。月夜が帰ろうとしない。

 下を向き、珍しく何か迷ったようにしている。何かを言いたそうな、そんな雰囲気だ。


「あの……お願いがあるんだけど……!」


 意を決したように月夜は顔を上げ、月に反射した綺麗な碧色の瞳を俺に向けた。若干戸惑いを含んだ視線なんてそうそう拝めるものではない。


「一緒に……『僻地』まで来てほしいんだけど……」

「え? いやだよ何言ってんの?」


 俺が月夜が言い終わるか言い終わらないかのうちに拒否すると、月夜の顔が再び凶悪に歪んだのだった。

 一時間後に二話を投稿するので、よければ見てください。

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