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第一話 時期外れの新人

 ギルド入団試験は毎年四月に行われる。推薦状を手に入団を希望する者も、それに合わせて四月中には手続きを済ませるのが普通だ。四月中にやらねばならないと言う規定こそないが、それがギルド創設以来の慣習である。さて、今日は五月三日。試験に出遅れたうっかり者や、日付を間違った馬鹿者以外はやってこないはずである。しかし――来てしまった。正式な物と思しき推薦状を携えた、新規入団の希望者が。


「あはは! すいません、ちょっと遅れちゃって……」


 困ったような顔をした受付嬢の前で、ディーネは顔を赤くしながら髪を撫でた。先ほどまでの凛々しい雰囲気はどこへやら。彼女はやや幼く見える容姿に相応しい、どこか頼りないような気配を漂わせている。普段は穏やかでも、荒事となると一変する人間はそれなりに居る。受付嬢は、ディーネもまたそう言うタイプの人間なのだろうと判断した。


「……とりあえず、開封して推薦状の中身を確認させていただきますね。シーリングワックスからして正式な物に間違いないとは思いますが」


 封筒を綴じている蝋はギルド謹製の特殊な物で、押されている印璽もギルド所属の者のみが使うことを許される特別製。偽造不可能とまでは言えないが、相当な手間と金がかかるだろう。受付嬢には、目の前の少女がそれだけのことができるとは思えなかった。


 ペーパーナイフで蝋を切り取り、中に入っている手紙を取り出す。すると、厚い封筒に入っていた割にはずいぶんと薄い紙が出てきた。肝心の内容は――「この者の入団を推薦する」の一言のみ。時候の挨拶すら書かれていない形式もへったくれもない中身に、彼女は思わず面食らう。


「これは、誰がお書きになったんです?」

「一番下に書いてありませんか?」

「ああ、なるほど。 ――えッ!?」


 三つ折りにされた手紙を開くと、空白の下に黒々とした美麗な字で署名がされていた。――シェルド・アルトーネス。その威圧感すら覚える名前に、受付嬢はおいおいと額を抑える。


「つかぬことを伺いますが、貴方が師事していたのは本当にこのシェルド・アルトーネス様で間違いないですね?」

「ええ、そうですけど」

「わかりました。上の者に確認してまいりますので、少々お待ち下さい」

「はあ……」


 去り際に、奥のテーブルを手で示した受付嬢。ディーネは彼女に促されるまま椅子に腰かけた。すると先ほどからそこで読書をしていた少女が、物珍しそうに本から視線を上げる。


「あなた、あのシェルドの弟子なの?」

「そうだけど」

「へえ……その割には才気が欠片もないわね」

「なッ!? あんたねえ、さっき助けてもらっておいてその態度はないんじゃないの!」

「助けてもらう必要なんてなかった」

「むうッ!」


 ディーネは思わず少女の方へと手を伸ばした。だが、その手が少女の頭に届く寸前で何か透明な物に阻まれてしまう。空気が凝固したように、見ただけでは存在が一切分からないそれ。しかし恐ろしく強固で、ディーネがどれほど力を込めても指先が先へと進むことはない。


絶対聖域サンクチュアリ。私の固有魔術よ」

「ふうん、魔術ねえ……。私、そう言うの使えないんだ」


 魔術を使えない人間と言うのは多い。人口比にすれば、実に五割以上の人間が魔術を使えない。さらに魔術を使えると言ってもその大半は爪先に小さな火を灯す程度のことができるだけであり、戦闘に使えるレベルの使い手となると一割もいないだろう。しかし、こと冒険者に限ればほとんどの人間が強力な魔術を使うことができる。仕事柄、魔術の一つも使えないでは生き残れないからだ。


「あなた、それでよくマスターになるとか言えたわね。頭大丈夫?」

「はん、私にはこの腕があるから。ぜーったいにマスターになる!」

「そう……。せいぜい私に迷惑をかけずに頑張ってね」


 そう言うと、少女は再び読書を始めた。頭に血が上ったディーネは、彼女に向かって拳を繰り出すがまたも絶対聖域サンクチュアリに阻まれてしまう。走る鈍痛。彼女は充血して赤くなった手に、憎々しげな顔でふうふうと息を吹きかけた。


「ディーネさん、こちらへどうぞ!」


 いつの間にか戻ってきていた受付嬢が、エントランスの奥からディーネを呼ぶ。彼女は忌々しげに少女を睨みつつも、席を立つ。そして彼女からフンっと顔をそむけると、そのまま受付嬢の方へと歩いて行った。


「私に続いてきて下さい」


 ディーネは受付嬢にエスコートされながら、階段を上り、二階の廊下を奥へと進む。そうして歩いているうちに、いつしか床に赤絨毯が敷かれ、壁には壺や絵画などの高級な調度品が目立つ豪奢な造りの一角に差しかかった。高いアーチを描く天井にはシャンデリアが下がり、まばゆい光を投げかけている。


「あの、どこへ向かってるんですか?」

「こちらです」


 受付嬢が指し示した扉。そこには金のプレートで『マスター執務室』と掲げられていた。ディーネは思わず息を呑むと、動揺した顔で受付嬢に尋ねる。


「な、なんでここへ!?」

「シェルド・アルトーネス様のことでマスターの方から二、三質問があるそうです」

「うわ……」


 少女は自信の師匠であるシェルドのことを思い起こす。ギルドの制服であるコートを常に着崩し、手には大きな渦巻きキャンディー。甘い物とギャンブルに眼がないが、逆にそれ以外のことには全く興味がなく、いつもやる気のない眼をしていた。実力はあるが仕事をしているところなど見たことがなく、いつも「俺はギルドの特命を受けているのだ」とばかり。どう考えても――まっとうな人間ではない。


 まさかギルドへ来て早々、しかもマスター直々に師匠の素行について怒られるのか――? ディーネの額に嫌な汗が浮いた。彼女はごくりと唾を呑むと、覚悟を決めて扉を引く。すると――


「よ、あんたがディーネちゃんか?」


 革張りの椅子に深く腰掛けた、見た目は十歳ほどにしか見えない少女。そんな彼女が、如何にも気安い様子でディーネに話しかけてきたのであった。

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