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第三章 二月十五日

 俺は目を覚まして、身体を起こす。

 ベッドから降りて、窓際に行き、カーテンを開けた。瞬く間に日差しが部屋の中を照らす。

 窓を開けて、顔を出す。空を見上げると、雲の間から太陽が顔をのぞかせていた。二月とは思えないほどに暖かい。地球温暖化の影響だろうか? 知らないが。

 寒いよりは暑い方がいいからな。暑すぎると大量に汗をかいてうっとしいが。暑すぎず、かといって寒くもないちょうどいい天気だな。

 顔を戻し、窓を閉めた。ベッドを見る。黄砂は一定の間隔で寝息を立てていた。

 壁にかけてある時計を見た。学校に行くまでは、まだ時間はある。黄砂の寝顔をしばらく眺めることにした。

 もう一度ベッドに潜り込み寝転んだ。ベッドに肘を付いた。寝顔を堪能しつつ、たまにさらさらしている髪の毛を撫でていると、ふいに黄砂は目蓋を開けた。視線が合った。

「おはようやな。恐妖」

「おはようだな。黄砂」

 黄砂は身体を起こして、ベッドから降りた。俺も降りた。

 着替える服を手に持って階段を下り、絨毯が敷いてある部屋に行った。こたつの中に足を入れる。

 黄砂はオーブントースターにパンをニ斤入れて焼き始めた。次にダイニングキッチンの下の扉を開けて、フライパンを取り出した。火をつけて、油を入れる。ウィンナーを放り込み、菜箸で混ぜる。下手糞な口笛を吹きながら。それと同時に昼食の弁当も作り始めた。

 俺はその間に服を着替えて寝転んでいた。脱いだ服はその辺に置いた。

 黄砂は皿に焼いたパンとウィンナーを載せて、ゆっくりとこたつの上に置いた。

 俺と黄砂は両手を合わせて、

『いただきます』

 と、告げる。

 俺はパンの間にウィンナーを挟んで半分に折ると、ゆっくりと咀嚼した。とても美味しかった。

 朝食を食べ終わって、黄砂と駄弁る。

 やがて学校に行く時間になった。俺と黄砂は家を出ると、学校への通学路を歩いた。


 ☆☆


 滅火高等学校が見えてきた。

 校門を通り抜けると、背後から誰かが肩にぶつかってきた。舌打ちした途端に頭を掴まれた。手を払い除けて振り返る。

「今、舌打ちしただろ。恐妖」

がくか。舌打ちして何が悪い」

 柘榴ざくろ樂。白髪のオールバックでかっこいいと言ってもいい外見をしている。俺とあいつの祖父だ。俺からすれば父方の方であいつからすれば母方の方だ。そして滅火高校の校長でもある。

「おれは一言も悪いとは言っていない。今、言ったがこれはカウントなしな。するなら心の中でしろ」

「心の中で、だと? なぜ、心の中で舌打ちをしなければならないんだ」

 俺は憤慨し、ギロリと樂を睨みつけた。

 そんな視線など屁でもないといった様子で、

「おれだからよかったものの他の者ならば怒って殴りかかってくるかもしれない」

 樂は偉そうに腕を組みながら、そう言った。

「そうなったらそうなったでかまわない。殴り返せばいいだけだからな」

「そうか。お前らしいな」

 樂は組んだ腕を解くと、俺の頭を撫でてきた。

「撫でるな」

 俺は樂の手を払い除けようとする。が、その直前で手首を掴まれてしまう。

「照れなくてもいいだろう。恐妖」

「照れてなどいない」

 空いている方の手で手首を掴んでいる手を外そうとするが、うまくいかない。樂は手首を掴んだままで離そうとしない。さっさと離せ。

「おれはお前の祖父であり、お前はおれの孫なんだから、何をしてもかまわない。そうだろう?」

「……いや、その理屈はおかしいだろ」

 俺は呆れて、ため息をついた。

「うちもその理屈はおかしいと思うで」

 俺と樂の会話に黄砂が加わる。

「そうか? 二人ともおかしいと言うんだから、おかしいのか? まあ、いい」

 樂はようやく手首を離したが、今度は頬をいじってきた。また頭を撫でてきた。

「いじるな。撫でるな」

 そう言っても、樂はやめようとしない。くっ、この俺が弄ばれるなどあってなるものか。弄ぶのはいいが、弄ばれるのは嫌だ。

「樂。てめえ、いいかげんにしろ。この俺を誰だと思ってやがる!」

 俺は樂を怒鳴りつける。

「孫」

 樂は簡潔に告げた。

「そうじゃない。生徒会長だ。学校の中で一番偉いんだ」

「……一番偉いのは校長だと思うが」

 樂は呆れたように言う。

「校長ってのは名ばかりの者だろう。朝会の時にどうでもいい話を長々と喋るだけで授業を受け持ったりするわけでもない。何もしていないだろ」

「何もしていない恐妖には言われたくないな」

 何を言うか。

「俺はしているぞ、樂」

「例えば?」

 樂はじっと俺を見つめながら聞いてきた。

「例えば、制服を破いて捨てたりとかだな」

「それはしてはいけないことだろう」

「黄砂の頬をいじったりとかだな」

「それは何か趣旨が違う気がするんだが」

「あとは女子から貰ったチョコを川に捨てるぐらいか」

「女子不憫すぎるだろう。相手によって、対応の仕方違い過ぎないか」

 樂は頭を振ってため息をついた。

「そんなの当たり前だろう。どうしたって好き嫌いは生じるんだからな」

「言い合っているところ悪いんやけど、もうチャイム鳴ってんで」

 黄砂が校舎の時計を指差しつつ、そう言った。

「…………」

「…………」

 俺と樂の時間がほんの一瞬だけ止まった。

「黄砂。それを早く言え」

「せやけど、恐妖。言うタイミングがなかなか見つからくてな」

「恐妖。さっさと教室に行け。おれは別に急ぐ必要はないからな。『校長のくせに遅れないでください』とか言われるかもしれないが」

 樂が俺の肩に手を乗せて言った。

「うちも別に急ぐ必要はないわ。一時間目は担当する授業もないし」

 黄砂はそう言いながら、急かすように俺の背中を押した。それに押されるようにして俺は教室に向かった。……徒歩で。

「恐妖。なぜ、歩いているんだ。走れよ」

「歩こうが走ろうが遅刻には違いないしな。走ったら疲れるから、歩いていく」

 俺は振り返らずに樂に言った。

 校舎に入り、教室へと向かった。


 ☆☆


「――――――――」

 教師が何やら言っているが、俺は聞いていなかった。

 遅れて入ったから最初の方は聞き逃していた。途中から聞いても仕方ないしな。と、言うより黄砂の授業以外は聞いていない。他の奴の授業など正直どうでもいい。全時間割を黄砂の授業にしてほしいぐらいだ。

 退屈で仕方なかったから、景色を眺めることにした。

 顔を横に向けて窓を見る。窓からは校舎しか見えなかったが、授業を聞くよりは幾分ましだ。

 ぼんやりと窓から校舎を眺めていると、

「柘榴。外を眺めていないで、先生の授業を聞きなさい」

 と、教師風情がこの俺に話しかけてきた。当然、俺はシカトする。

「聞きなさいと言っているでしょ!」

 教師風情が俺の頬を思いっきり叩いてきた。

「……あっ」

 教師風情がはっとして、自分の手を見た。床に跪き、両手で俺の手を握り締めてきた。

「お、お願い、このことは校長には言わないで。生徒を……ましてや校長の孫を叩いたなんて知れたら私、クビになるかもしれない。それだけは……嫌! 子供の頃から教師になるのが夢だった。それができなくなるのは嫌!」

 人は自分のためなら、こんなに醜くなるのか。昔は教師が生徒に体罰を行なっても、親は問題にせずに逆にどんどんやってくださいと言っていたらしい。今では親はすぐに問題にする。神経質なんだろうな。そんなことがあるから、こいつは怯えてるんだろうな。まあ、そんなことはどうでもいいが。

「それはできない」

「そ、そんな!」

 教師風情はその後も根気強く懇願してきたが、俺はシカトする。

 教師風情は諦めて、足取り重く教卓に戻って授業を再開した。

 俺は退屈すぎる授業が終わるまで、寝ることにした。角度によって木目が人の顔に見える机に突っ伏し、目蓋を閉じて眠りについた。

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