第一章 二月十四日③
店を出てから、数十分ほど歩き、二階建ての自宅にたどり着いた。その途中で今朝に貰ったチョコは川に放り捨てた。
懐から鍵を取り出して鍵穴に挿入する。ガチャッと音がして扉が開いた。
「黄砂。入れ」
「おう。お邪魔します」
黄砂はそう言いながら、家の中へ入った。俺も入り、扉を閉めると同時に鍵もかけた。
廊下を真っ直ぐに歩き、突き当たりの扉を開けてダイニングに入った。スーパーの袋をテーブルの上に置く。
「早速カレーを作るから、待っててや」
黄砂はスーパーの袋から食材を取り出して、ダイニングキッチンに向かい、調理を開始した。
さてと、俺は何をしようかな。とりあえず、リビングに行き、絨毯に座った。
テレビを観ようと思い、リモコンを探す。が、これがなかなか見つからない。辺りを見回してようやく見つけ出して、手に取り電源を入れてチャンネルを回す。この時間帯だとどのチャンネルもニュースだ。
「う~ん」
何もなくて俺は唸った。とりあえず、テレビの電源を消した。リモコンを絨毯の上に置いた。
そうだ。小説を読もう。俺は早速、自分の部屋へと行き、文庫本を手に取って戻ってきた。推理小説である。
少し前に買ってまだ読んでないんだよな。著者は『泉野森乃迷人』。まったく聞いたことがない名前だ。あまり売れてないのかこの人は。タイトルは『交差する小さな希望と大きな絶望』だ。帯には『驚愕のトリック! かどうかはあなた次第だ』と書かれていた。これってつまり驚愕のトリックじゃない可能性もあるってことだよな? まあ、とりあえず読んでみるとしよう。文庫本を開いて、ページをめくり読み進めていく。
読み始めて数時間が経過して読み終わった。人物入れ替えトリックか。読んでいる最中にん? こいつとこいつ入れ替わってないか? と気づいたから驚愕のトリックではなかったな。キャラがイマイチ立ってなかったし人間も書けてなかったなこの著者。まあ、暇つぶしにはなったから、別にいいんだけど。
「……ずるっ。まだ、さらっとしとんな。カレー粉もうちょい入れなあかんな。ドロっとしとる方が美味いしな」
黄砂がぶつぶつと言っている声がした。うん、黄砂の言うとおりカレーはドロっとしてる方が美味いからな。けど、それをわざわざ声に出して言う必要はないと思うけどな。まあ、そういうところも含めて黄砂は可愛いからな。
黄砂以外にも従姉弟はいた。父親の姉の子供だった。そいつは見るに耐えない顔立ちをしている。生理的に受け付けない。そいつに向かって直接そう言ってやったら、どういうわけか泣き喚きやがった。その後に両親と従姉弟の母親にこっぴどく叱られた。それに対して俺は『黄砂みたいな可愛い従姉弟なら大歓迎だが、そいつみたいな可愛くない従姉弟は歓迎できない。ってか歓迎したくないと思っている自分がいるんでな。よって俺はそいつを従姉弟と認めない』と言ってやった。歓迎云々は俺ではなくてそいつが言うべきなんだけどな。俺の方が後に生まれてるわけだから。とは言っても数ヶ月しか違わないが。
それでそいつは顔を殴ってきた。俺は当然殴り返した。そいつは無様に床に倒れて涙目で俺を睨んで大嫌いと言ってきた。なんかイラッときたから、とりあえず顔面を蹴り飛ばしてやった。今となってはいい思い出だ。それ以降、父親の姉の家族とは疎遠になった。一人を除いて。両親にこの家から出て行け! と言われて俺は喜んでその家から出て行き、一人暮らしを始めて両親とも疎遠になり、今に至る。
チラリと黄砂の方を見ると、皿にご飯を盛り付けている最中だった。どうやら、カレーは出来たみたいだ。
「カレーをかけてっと。よっしゃこれで完成やわ」
またもや声に出して言う。黄砂可愛いすぎるぜ。
黄砂は両手にカレーを持ち、リビングへと来てこたつの上に置いた。ダイニングへと戻り、冷蔵庫を開けてお茶を取り出して閉める。食器棚から、コップとスプーンを二個取り出して戻ってくる。
黄砂はコップにお茶を淹れて差し出してくれた。
俺と黄砂は両手を合わせて、
『いただきます』
と、告げる。
スプーンを手に取り、カレーを掬って口の中に頬張る。辛さと甘さがちょうど言いぐあいにマッチングしていて美味しい。コップを手に取り、お茶を飲む。
「美味しいな。黄砂の作ったカレーは」
俺は顔を黄砂に向けて言った。
「そう言って貰えると作った甲斐があるってもんやわ」
黄砂は嬉しそうに微笑む。
「黄砂。カレーを俺に食べさせてくれないか。いわゆる……えっと、その、何だ? あぁん? ってやつだ」
俺はうろ覚えで言った。
「……それってあ~んの間違いちゃうか? そんな相手を脅すような物言いやあれへんよ。それやったら相手ビクビクしながら食べなあかんようになるで。可哀相やん。もっと楽しく食べさせてえな。その、何つうかふわふわとした雰囲気を醸し出しつつの間延びした物言いとちゃうか? 分からんけどやな」
黄砂はまるで生徒の間違いを正す教師のような表情で言った。……いや黄砂は教師だったな。
「そうか。間違えてしまったな。では、早速それをやってもらおうか」
俺は手に持っていたスプーンを置いた。
「恐妖あ~ん」
黄砂はスプーンでカレーを掬って俺の口元に持っていく。俺は口を開けて頬張る。
「もぐもぐ……ごく。自分で食べるより黄砂に食べさせてもらうほうが数倍美味しいな。ただ、ふわふわとした雰囲気は醸し出せてなかったな。間延びした物言いだけだった」
「……せやな。ふわふわとした雰囲気を醸し出すん難いわ」
黄砂はため息をついて首を振る。
「食べさせてもらったお礼に黄砂も食べさせてやろう。感謝するがいい」
「え? 食べさせてくれるんか。ほんまにええんか?」
「もちろんだ」
俺はスプーンを手に取り、カレーを掬って黄砂の口元に持っていった。黄砂は口を開けて頬張った。
「もぐもぐ……ごくり。恐妖に食べさせてもらったほうが数十倍美味しいわ。自分で食べるよりも」
黄砂は楽しそうに微笑んだ。
夕食を食べ終わって後片付けを黄砂がした。俺はしていない。面倒くさいからな。文句を言わず後片付けをする黄砂は本当にいい子だ。年上相手にいい子と言ってもいいかどうかは知らないが。
「黄砂が後片付けをしている間に風呂を沸かしておいたから先に入れ。俺は後で入る」
「そんじゃ、お言葉に甘えて先に入るわな」
黄砂は着替えを持ち、風呂場へと赴いた。
☆☆
俺はその間ぼ~っとしていた。風呂場の扉が開く音がした。
「恐妖。入り終わったで」
「おう」
俺は黄砂と入れ替わりに風呂場へと赴いた。頭、顔、身体と順番に洗ってゆっくりと風呂に浸かる。
「ああ~」
何か声が漏れてしまった。なぜだ?
数分間浸かって風呂から上がって着替えた。
「恐妖。髪の毛びちゃびちゃやんけ。ちゃんと拭かなあかんで」
黄砂にそう叱咤された。風呂場に戻って髪の毛を念入りに拭いて戻ってきた。
「さて、黄砂どうする?」
「どうするって?」
黄砂は首を傾げる。
「寝る場所だ。一階で寝るか、それとも二階にある俺の部屋で寝るか」
「……き、恐妖の部屋」
顔を真っ赤にして黄砂は言った。
「じゃあ、寝るとするか黄砂」
「おう、恐妖」
☆☆
俺と黄砂は二階にある部屋に行き、ベッドに寝転んだ。
「おやすみ、恐妖」
「おやすみ、黄砂」
俺は部屋の電気を消して、微睡みに落ちた。
感想頂けると嬉しいです。