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第一章 二月十四日②

「恐妖。夕食は何がええ」

「そうだな。カレーがいいな」

「カレーか。うちに任せとき!」

 黄砂はうきうきとした表情で言う。黄砂はマジで可愛いな。

「次の授業の用意しなあかんから、職員室に行くわ。またあとでな」

 黄砂はそういって教室を出ようとする。

「待て」

 俺は黄砂の肩に手を置いて呼び止めた。

「ん?」

 黄砂はゆっくりと振り向いた。

「あれをしてから、いけ」

 すると黄砂は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに俯いた。

「え~と、他の生徒がおる前でやんの恥ずいわ」

「早くしろ」

 意を決した表情で黄砂は顔を近づけると、俺の頬に唇をつけた。とても柔らかい唇だった。

『ひゅーひゅー』

 他の生徒どもが下手くそな口笛を吹きだす。

 黄砂は顔を真っ赤に継続しながら足早に教室を出る。教室を出る間際に小さく投げキッスをしてきた。それを俺は受け止める。

『熱いね。お二人さんイエーイ』

 生徒どもが騒ぎ出す。うぜぇ~。

 俺はキスをあれと呼んでいる。あれをしろはキスをしろって意味だ。この言葉を言う度に黄砂は顔を真っ赤にする。

 チャイムが鳴った。二時間目の授業の時間だ。


 ☆☆


 今は昼休み。時間が経過するのは早いなとつくづく思う。

 俺は滅火高等学校を出て、正面にあるコンビニに入った。店内を探索して、おにぎりを二つ購入した。それから、急いで教室に戻った。

 自分の席に座って、おにぎりが入ったコンビニの袋を机の上に置いた。と、同時に教室の引き戸が開いて、黄砂が入ってきた。

 教卓の中に収納されているイスを引っ張り出して、黄砂は俺の机の前に置いて座った。

 黄砂は手に持っていた弁当を机の上に置いた。

「恐妖。何を買ってきたん?」

 黄砂は弁当を開けつつ、言った。

「おにぎりを二つだ」

 袋から取り出して黄砂に見せた。黄砂はおにぎりを手に取って見た。

「グラタン味とカルボナーラ風カルボナーラ味。……いや、それもうカルボナーラやん。何で風をつけたん? 風をつける必要性ないやんどこにも。カルボナーラ味でいいんちゃうか。何でもかんでも風をつけたらいいってもんちゃうやん」

 黄砂はおにぎりに向かって何か突っ込んでいた。

「黄砂」

「ん? 何や恐妖」

 黄砂は顔を上げて俺を見た。

「おにぎりに突っ込んだって仕方ないだろう。悪いのは作った側であって、おにぎりではないのだからな」

「それもそうやな。ごめんな」

 黄砂はおにぎりに対して申し訳なさそうな顔をする。

 いやいや、ちょっと待て。

「謝ってどうする。おにぎりに感情というものは存在しないんだ。傍目から見るとバカみたいだぞ」

 黄砂はシュン、としてまるで親の敵を見るような目で弁当を食べ始めた。そんなに傷つかんでもいいだろう。バカみたいって言っただけで。

 俺はグラタン味のおにぎりを食べた。リゾットのようなものだな。

 続いてカルボナーラ風カルボナーラ味を食べた。悪くはないな。

 昼食を食べ終えて、黄砂の頬をいじっていると俺を呼ぶ声がした。

 声がした方を見る。教室の前の扉で咲が俺を手招きしていた。黒髪で長髪の美少女だ。

「咲か。何だ」

 俺は黄砂の頬から手を離して咲に近づく。手首に包帯を巻いていた。怪我でもしたか。

「はい、これ」

 咲は包装された箱を渡してくる。俺は片手を伸ばし、咲から箱を受け取る。

「今日は何のためにするかよく分からないバレンタインデーの日だね」

 咲はかねてから思っていたであろうことを満面の笑みで言った。

「そうだな。本当に何のための日なんだか。別にバレンタインデーの日じゃなくても、チョコは食えるしさ。年がら年中コンビニやスーパーとかで売ってるわけだから。この日にチョコを渡す必要が無い。食いたくなったら買うだろうから、もらう必要も無い。俺は甘い物大嫌いだから買わないけど。まあ、要するに単なる自己満足なんだろうな」

 そう言って俺は鼻で笑う。

「自己満足? どういうこと?」

 咲は首をかしげる。その仕草が可愛いぜ咲。

「そうだな。本命のチョコを渡す場合、好きな人にチョコを渡せた自分に満足する。義理チョコを渡す場合、好きではないけど、仕方なくチョコをあげる自分に満足する。チョコをもらう場合、もらえた自分に満足する。推測でしかないから、本当に満足してるかどうかは分からないけど」

「ほぉーなるー」

 咲はうんうんと頷いた。

「なるーまで言ったんなら、ほども言えよ」

「なるーで伝わるでしょ?」

「まあな」

 咲はまたもや首を傾げる。どうしたんだ?

「黄砂せんせー」

 咲は名前を呼びながら、黄砂の方に近づいた。

「ん? 何や咲」

「何で、三つ編みを解いてるんですか? メガネをかけてないんですか?」

「それはやな。恐妖が三つ編みを解いてコンタクトにした方が似合う言うてな。……強暴やからって」

 黄砂は俯きながら言う。

「それはひどいですね。黄砂せんせーは強暴じゃないのに。まあ、確かにそっちの方が似合ってますけど」

「そう? 似合ってんのか。嬉しいわ」

 黄砂は言葉通り、心から嬉しそうに言った。

 美女(黄砂)と美少女(咲)の会話って何かいいな。

「コンタクトはどうしたんですか?」

「休み時間のうちに正面のコンビニに行って、買ってきたんや」

「そうですか」

 咲はあごに手をやりながら、ゆっくりと頷いた。

「咲。開けていいか?」

 俺は黄砂と咲に近づき、言った。

「うん。いいよ。開けても」

 咲はこちらを見て、言う。

 俺は包装された箱を慎重に解いていく。包み紙をはずすと、タッパが姿を現す。蓋を開けると、敷き詰めにされた氷があって、その上に赤いシャーベットが置いてあった。

「シャーベットか。何味だ?」

 咲は人差し指を上げて、

「血味!」

 と、元気よく叫んだ。

「ち味? ちって怪我した時に流れる血のことか?」

「そうだよ」

 咲は昨日カッターと包帯を買っていた。カッター、包帯、血味のシャーベット、そして、咲の手首。あ~そういうことか。咲はカッターで手首を切って流れた血を冷凍庫で凍らせた。で、怪我をした手首に包帯を巻いた。

「それじゃ、シャーベットを食べるか」

 俺はシャーベットを手に取ると、口元に持っていきかじる。

「恐妖。お味はいかが?」

「歯が抜けた後のような味」

「そりゃ、血なんだから当然だよ。私が言いたいのはそういうことじゃなくて美味しいかどうかってこと」

「血って美味しいものじゃないだろう。が、咲の血は美味しい」

「ふふ、嬉しい」

 咲は満面の笑みで言った。可愛いな。

「黄砂せんせー」

「なんや」

「頬を触らせてください」

「頬? 何でうちの頬を触りたいんや咲」

 黄砂は首を傾げる。

「それはですね。恐妖が黄砂せんせーの頬を触ってるのを見て、どんな感じなんだろうって気になっちゃって」

「ええで。思う存分触ったらええ」

「はい」

 咲は両手を伸ばすと、黄砂の頬を触る。左右に軽くひっぱたり戻したりしている。

「黄砂せんせーの頬スベスベしていて気持ちいいです」

「え? うちの頬スベスベしてるんか」

 黄砂は何だか嬉しそうである。

 頬を触るだけでは物足りなくなったのか、咲は三つ編みからストレートへと様変わりした黄砂の髪を触り始める。さらに、髪の毛を上げて、団子にしたりポニーテルにしたりと遊び始めた。最終的にはストレートに戻したんだから、何のために遊んだのか分からない。

 黄砂は何も言わずにその様を眺めていた。

「黄砂せんせー黄砂せんせー黄砂せんせー」

 咲は何度も黄砂の名前を呼ぶ。

「何や咲」

 黄砂は可愛らしく首を傾げながら、問い返す。

「めっちゃ好っきゃねん」

 なぜ、関西弁? 今まで標準語だったろう。どうした急に。

「うちもすごく好きです」

 何でお前が標準語になってんだよ! 逆だろ言葉遣い!

「黄砂せんせーの全てを私に下さい」

 お、戻ったな言葉遣い。

「ええで。うちの全てを咲にあげたるわ」

 いやいや、待てお前ら。

「落ち着け。その前に俺の全てをお前らにあげ……」

『いらん!』

 ……そんなはっきり言わなくてもいいだろ。

「若干、傷ついたようなそうでもないような気がする」

 俺は清々しい表情で言った。

「恐妖は言葉で傷ついたりせえへんのやな」

 唇を尖らせながら、黄砂は言う。

「……可愛いすぎる。黄砂いやハニー」

「ハ、ハニーって何言うてんねん! そ、そんなこと言われても困んねんて!」

 黄砂は両手を振り回し、顔を真っ赤にしながら言った。

「……はぁ。黄砂せんせー可愛いすぎます。はぁ~」

 咲は頬を染めて涎を垂らしていた。

「可愛いってそんな。咲のほうが可愛いで」

 黄砂は咲を見つめながら言う。

「俺は両方可愛いと思うがな」

 俺は黄砂と咲を見つめていた。

『あう!』

 いや、本当に可愛いすぎるぞお前ら。


 ☆☆


 学校が終わって、俺と黄砂は一緒に帰路についた。咲は家の方角が違うため、校門を出たところで別れた。待ち合わせをしていたのか、校門のところに前生徒会長がいて咲と一緒に帰っていった。

 俺と黄砂は腕を組んで舗装された道路を歩いた。俺は歩きながら、黄砂の横顔を見つめた。左右には二階建ての一軒家が建ち並んでいる。

「そ、そんなに見つめんなや。恥ずかしいやんけ」

 顔を真っ赤にしながら黄砂は言った。

「恥ずかしがることないだろう。これほどまでに可愛い年上の女は黄砂を含めて二人だな」

 恥ずかしそうに俯く黄砂。俺は開いているほうの手で黄砂の頭を撫でた。

「…………!」

「さらさらしてるな。いいシャンプーとコンディショナーでも使ってるのか」

「使ってへん。普通のやつやで」

「そうか。元々の質がいいんだな」

「そんなこたああれへんよ」

 ぷいっとそっぽを向く黄砂。

「ところでカレーの食材は家にあるんか?」

 こちらに顔を戻しながら、黄砂は言った。

「ん? ないな。スーパーに寄ってカレーの食材を買って帰らなければいけないな」

「そっか」

 その後は、互いに互いの容姿を褒め称えながら歩いていると『安い? 美味しい? サイズが大きい? かもしれないよ?』というハテナが多い文を謳い文句にしているスーパーが見えてきた。あまり広くはない駐車場に何台か車が止まっている。

「さて、黄砂。さっさと行って食材を買って来い」

 俺は指先をスーパーに向けて黄砂に言い放つ。

「は? 何言うてんねん。恐妖も一緒に行くに決まってるやろ」

 呆れたように黄砂は言う。

「何……だと? 買い物は一人でも出来るだろう。俺も一緒に行く必要はないだろう。違うか黄砂」

「せやけど。買い物をしてる最中でも恐妖と一緒にいたいねん。うち、恐妖のこと大好きやから。愛してるから」

 黄砂は頬を真っ赤に染めて俺を上目遣いで見つめてきた。なんて可愛い従姉弟なんだ。

「すまない。俺も一緒に行く」

 黄砂嬉しそうに微笑む。

「黄砂」

「ん? 何や」

「俺も黄砂のこと大好きだ。愛してると言ってもいい」

 俺は愛の告白みたいなことを言った。いや、愛の告白そのものか。まあ、どうでもいいが。

「うん。うち、物凄く幸せやわ」

 和やかな雰囲気で店内に入る。

「何か寒いな。この店」

「せやな」

 俺は両腕で身体を抱きしめ、体温を上げようとする。

 黄砂は片手に買い物籠を持ち、空いてるほうの手で身体をさする。

「えっと、カレーのルウはどこにあるんや。恐妖」

「知らない」

「知らんか。まあ、そりゃそうか。どこに何があるか全て把握できるわけないもんな」

「その通りだ。うろうろすれば見つかるだろう」

 俺たちは陳列棚を順番に巡り歩いて、カレーの食材を買い物籠に放り込んだ。

 買い物籠をレジに持っていき、精算する。黄砂が財布を取り出し、金を払った。買い物籠を持って空いている場所に置いた。

「二袋に分けるか」

「せやな」

 俺と黄砂は手分けして食材をスーパーの袋に入れていく。スーパーの袋を手に持ち、店を出て行った。

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