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第一章 二月十四日

 今日は二月十四日のバレンタインデーの日。甘い物が嫌いなやつには至極どうでもいい行事だ。

 俺は甘い物は大嫌いだ。貰ったチョコはすべて家の近くの川に投げ捨ててる。雨も降ってないのに川の色が土色に変化し、誰かあの場所で大の方をしたのでは? とオバサン連中の間でささやかれている。その話を聞いた俺は、深くため息をつき、呆れてしまった。チョコの色と大の方の色の区別もつかないのかとな。

 女子たちは自分があげたチョコを俺が食べていると思い込んでいる。そういうふうに振る舞ってるからな。捨ててると知った時、どんな表情をするのだろうと脳内で想像しながら遊んでいる。

 俺が女子生徒で唯一仲良くしてる少女である妖華咲ようかさきは俺が甘い物が大嫌いと言うことを知ってる。去年のバレンタインデーには、板チョコだと思わせておいての、まさかのカレーのルウ。カレーのルウってそのまま食べられるものじゃないよな、と咲に言うと『うん! カレーのルウは食べ物じゃなく飲み物だよね』と返されてしまった。

 さて、今年は一体どんな物をくれるのだろう。


 ☆☆


 日差しが点々と通学路を照らす中で俺は歩いていた。今日はちょっと大きめの靴を履いて行くことにした。ある状況に備えてな。

 そうそう昨日、コンビニで咲を見かけたな。カッターと包帯を買ってたな。話しかけようと思ったけど、不気味なほほ笑みを浮かべてたからやめた。

 俺が通ってる滅火めっか高等学校が見えてきた。

 校門を通り抜けると女子たちが黄色い声を上げながら近づいてきた。……うぜえ。

恐妖きょうよう様~!! 私の愛を込めたチョコを貰ってください」

「いえ、私のチョコを貰ってください」

「私のチョコをぜひ貰ってください」

 女子どもがアホみたいな顔でチョコを差し出してくる。

 表面上はほほ笑んで、

「ありがとう。みんな」

 と言って女子どものチョコを片っ端から掻っ攫うと、通学鞄に放り込んだ。……ただただ重いだけである。

『きゃ~!』

 耳障りな黄色い声を聞き流しながら、校舎に向かって歩く。

 校舎に入り、階段を上がろうとしたところで汗臭い三人の男に囲まれた。

 またか。小学生の時も中学生の時もこの日と同じ状況にあってる。

「女子にチョコ貰ったからっていい気になるなよ」

 いい気になってないんだが。

 三人の男を順番に見回し、呟く。

「何の用だ」

 分かってはいたが、俺は一応、三人の男たちに聞いた。

「てめえをぶん殴りに来たんだ」

 予想通りの答えが返ってきて、俺は内心、呆れ果てた。

 左にいた男が急に殴りかかって来た。俺はその男に向かって脚を蹴り上げた。すると、何の抵抗もなく靴がスポっと抜け、華麗な直線を描き、男の顔面に直撃した。

 男はうめきながら両手で顔を覆った。

 この状況をあらかじめ予測し、すぐ脱げるようにちょっと大きめの靴を履いてきたのだ。

 今度は右にいた男が、強面で身長百八十センチはあろうかという体格で横幅もあるごつい外見に反してなよなよとした拳を放ってきた。女子か! いや、女子でももう少し鋭い拳を放つだろう。

 もう一方の靴を男のなよなよとした拳に向けて蹴り放った。今度も何の抵抗もなくスポッと抜け、華麗な直線を描き、拳に激突した。

「ちょ、やだ。何これ、痛い。骨折れたかも。いやーん」

「靴が直撃したくらいで折れるわけないだろう」

 真ん中にいた男が言った。

 ごもっとも。それにしても右にいた男、オネエだったのか。なるほど……って俺納得してる場合か!?

「で、でもダーリン」

「だ、ダーリン言うな!!」

 真ん中の男と右のオネエが怪しげな(?)会話を交わしていた。

「お似合いだな。二人で仲良く幸せにな」

 俺はニヤリと笑い、言ってやった。

「あ、ありがとう。生徒会長アンタいい人だね。ふふ」

 右のオネエが、頬を赤らめ、もじもじしながら言った。

 気持ち悪いな。こいつ。

「て、てめえ何言ってんだ。俺は普通に女の子が好きなんだぞ!」

 そんな必死な表情で言われても困るんだが。

「さて、俺は生徒会長だからな。貴様らを退学にすることなど造作もない。それが、嫌ならさっさとそこをどけ」

「退学なんて怖くねえよ」

 真ん中の男が言い、他の二人もうなずく。

「そうか。なら貴様らの家を調べて、家中の水道の蛇口をゆるめてまわることにしよう」

『な! それ不法侵入!!』

 二人の男と一人のオネエがきれいにはもった。

「? 何を驚いている。普通のことをアベレージな音量で言っただけだが」

「何で平均的な部分だけ英語で言ったんだよ。しかも普通のことじゃねえし。お前、それでも生徒会長かよ!」

 真ん中の男がつばを飛ばしながら言った。きたねえな。

「生徒会長だ。俺のようなタイプが最も生徒会長にふさわしいんだ」

 善人は生徒会長に向いてない。生徒や学校のために動こうとするだろうから。生徒からの悩みや相談を親身を持って聞いてどうにかしようとするだろうから。でも、それじゃダメなんだ。本当に生徒のことを思うなら何もしてはいけない。動いてはいけない。生徒自身が解決しなければいけない。自分で解決するからこそ人は成長する。少しずつ大人へと近づく。

 これが俺の持つ持論だ。まあ、単なる言い訳に過ぎないがな。動くのが面倒だからな。

「てめえのような悪人がふさわしいだって? んなバカなことがあってたまるか」

「さっき言ったことは冗談だから安心しろ。だから快くそこをどくがいい」

 俺は言いながら、三人の男たちをひと睨みする。すると、ようやくそこをどいてくれた。

 階段に転がった靴を回収し、履いた。

 一息つくと、俺は階段を上り、二年の教室がある三階へと向かった。


 ☆☆


 教室に入室し、自分の席へ座る。ふと、視線を感じて顔を上げる。担任だった。名前は恋愛黄砂れんめきずな。赤色の髪の毛の三つ編み。メガネをかけている。  

「恐妖。何で私服なん。うち、なんべんも言うたやん。制服でこいって」

 担任がこちらに向かいながら言った。

「俺もなんべんも言ったはずだ。制服は破いて捨てたと」

「何で破くねん。何で捨てんねん」

「ダサかったから。視界に入るだけでイラッとする」

 俺は黄砂の目を見つめた。

「あ~もぅ~アンタは。生徒会長やねんから、ルールを守ってや」

「ルールなど、この俺には通用しない。この俺がルールなのだから」

「くぅ~。何様やねん。腹立つわー」

 黄砂は拳を握り締めた。怒っているようだな。

「何様か。もちろん生徒会長だ」

「もちろんやあらへん!」

 黄砂の怒りが増したところで、キーンコーンカーンコーンとやかましいチャイムが鳴り響いた。

「さて、みんな席に着いてや。HRを始めるで」

 言いつつ、黄砂は教卓に戻った。

「HRなど、いいからさっさと授業を始めろ」

 俺は机に足を乗せて腕を頭の後ろにやった。

「生徒会長やからって偉そうに抜かしおって。立場としては、うちの方が上やねんで」

「目線は、俺のほうが上だがな」

「何や。遠まわしにうちがチビって言いたいんか。あぁん!」

 ギロリ、と睨まれた。

「前から思ってたんだが、三つ編みとメガネが似合ってないぞ。三つ編みを解いて、コンタクトにした方が似合うと思うがな」

「らしくない事言うやんけ。熱でもあるんちゃう」

「三つ編みとメガネの組み合わせはおしとやかなイメージなんだが、黄砂は強暴だからな。似合わない」

 腕を組んで、ため息をつく。

「何やおどれケンカ売ってんのか!」

「別に売ってるつもりはないんだが、そう思いたければ思うがいいさ」

 俺は鼻で笑う。

「鼻で笑われた! アンタ覚えときや!」 

 黄砂はなみだ目で声を震わせていた。

「子供か、お前は」

「うちは大人や」

「見た目に限ってはな。中身は子供だ」

 黄砂は、顔を真っ赤にして震えている。

「……可愛いやつだ。まったくもってな」

「そんなん言うたかて、全然嬉しないわ」

 とか言いながら明らかに口元が緩んでいる。分かりすい奴だ。

「あ! せや、そろそろ授業を始めんといかん」

 忘れてたな、こいつ。

「えっと……世界史やな。教科書を出してや」

 明らかに時間割が頭から抜け落ちてたな。教師として生徒に指し目がつかないんじゃないか。

「ふふ~ん」

 下手くそな鼻歌を歌いながら黒板に字を書くな。

「山の急斜面のごとく字が斜めになってるぞ」

「うお! ほんまや。なんでこうなったん!」

 それはこっちが聞きたい。

「真っすぐに直すの面倒くさいし、みんなには悪いけど堪忍してや」

 無理だ。ノートに書き写すのが重労働だ。首を横にしないといけないから痛めてしまう。それに斜めに書いてしまうと字を書く範囲が狭まってしまう。

「あれ、もう書くスペースがないやん! どないしよ」

 ほら、言わんこっちゃない。

「黒板消しで消せばいいだけだろう」

「せやな! 頭いいやん恐妖。さすがうちの従姉弟や」

 いや、お前がバカなだけだろ。この程度で頭いいと言われる身にもなってみろ。複雑。その一言に尽きる。黄砂がさきほど言ったように俺と黄砂は従姉弟である。俺の母親の姉の子供が黄砂だ。

 黄砂は黒板消しで黒板を消している。消し終えて、チョークを手にとって動きを止める。どうしたんだ?

「恐妖」

「何だ?」

「うちの代わりに黒板に字を書いてくれへん」

「何で俺が!」

 思わず立ち上がってしまった。

「うちが書いたら、斜めになってしまうし。恐妖やったら、斜めにならんやろうな思てな」

「仕方ないな。ただし、条件がある」

「じょ、条件? なんや」

 俺は息を吸い込み、告げる。

「夕食、お前が作れ。あと、泊まっていけ」

「よ~し。その条件のんだるわ!」

「決まりだな」

 俺は立ち上がって黒板に向かう。

 黄砂からチョークを受け取る。

「うちが今から言うことを黒板に書いていってや」

 言われたとおりのことを黒板に書き込んでいく。

 時間が経過し、チャイムが鳴り一時間目が終了する。

「一時間目終わりや。礼」

 みんな、着席したまま礼をする。

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