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第五章 二月十六日

 俺と黄砂は朝早くに起きて、樂と冷流の家へと向かった。鍵を取り出して扉を開ける。

 疎遠になってはいたが、この家の鍵は持っている。返しそびれた訳ではなく端から返す気などなかった。面倒くさいからな。

 俺と黄砂は家の中に入った。家中隈なく捜したが、誰もいない。

「ここにはいないようだな。滅火高等学校にいるな。行くぞ、黄砂」

「おう、恐妖」

 俺と黄砂は家を出て、滅火高等学校に向かった。


 ☆☆


 滅火高等学校に着き、校門を通り抜けた。

 ここにいることは間違いないだろう。問題はここのどこにいるかだ。使っていない空き教室だろうか。

「やあ、恐妖くん。おはよう」

「ん? 紫暗か。おはよう」

 俺は紫暗にあいさつし、急いで校舎へ向かう。

「どうしたんだい? そんなに急いで。誰か捜しているのかい?」

「菜紅をだな」

 おっと菜紅って言っても分からないよな。咲って言わないとな。

「咲さんを捜しているんだね」

 伝わったな。いや、待てよ。どうして紫暗は菜紅が(・・・・・・)咲だと分かった(・・・・・・・)

 まさか、日記にあったあの人というのは紫暗のことか。紫暗がストーカーの子供だとは思わなかったな。

「そうだ」

「一緒に捜そうか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうかい?」

「じゃあな、紫暗」

「ああ、恐妖くん」

 俺は紫暗と別れて校舎に入っていく。

「どこから捜したらええんやろ?」

 黄砂は唸って、俺を見た。

「菜紅を捜す前に情報図書室へ行く」

「何でや恐妖? 菜紅を捜す方が先決やろ?」

「お前よりは俺の方が頭いいんだから、従え」

 俺は情報図書室へ歩を進めた。黄砂は素直についてきた。


 ☆☆


 情報図書室へ入室した。ずらりと本棚が並べられている。隙間なく本が敷き詰められていた。その他にパソコンが何台か置かれていた。その内の一台の前に座って電源を入れた。

「何か調べようとしてるんか?」

「そうだ」

 二年前、二月十四日、ひき逃げで検索した。何件かヒットした。順番に見ていく。目当てのものが見つかった。

 

 帰宅中だった女子中学生の妖華咲(十五)を車ではねてそのまま逃走したとして、男性会社員の液晶黄河えきしょうこうが容疑者が逮捕された。

 液晶黄河容疑者は『怖くなって逃げた。ひくつもりはなかった』と供述した。


 おそらくこの液晶黄河は紫暗の父親だろう。苗字が一緒だしな。だとすると……ある考えが浮かんだ。

「黄砂。すまないが、一人だけで菜紅を捜してくれ」

 俺はパソコンの電源を切って、立ち上がる。

「恐妖は捜さへんのか?」

「俺の考えが正しいかどうかを確認しに行く。すぐ戻る」

「どんな考えがあるんか知らんけど、分かった。うちだけで捜すわ」

 俺と黄砂は情報図書室の扉を開けて、出て行き、そこで別れた。

 俺は校門を出ると、目的の家へ向かった。


 ☆☆


 紫暗の家に辿り着いた。紫暗の家の鍵は持っていないし、どうやって入ろう。

 侵入できそうなところはないか探索する。窓がほんの少しだけ開いていた。無用心だな。だが、そのおかげで侵入できる。

 俺はその窓から家の中へ侵入した。

 家中隈なく捜し、目当てのものを発見した。液晶黄河の日記だ。つけていなかったらどうしようかと思っていたが、あってよかった。

 日記を開き、ページを順番に見ていく。

「やはりな。思ったとおりだ」

 俺は自分の考えが正しかったことを確認した。

「もうこの家に用はない」

 俺は紫暗の家を出て、滅火高等学校へと歩を進めた。


 ☆☆


 俺は廊下にいた。紫暗のいる教室の前だ。今は授業中である。滅火高等学校と紫暗の家を往復している内に一時間目は始まっていた。さぼったことになる。まあ、そんなことはどうでもいいが。

 黄砂とは後で合流する。

 チャイムが鳴り響き、一時間目が終わった。紫暗に声をかけるべく引き戸を開けようとした。

「あれ? 恐妖くん? どうしたんだい」

 その前に紫暗が教室の引き戸を開けて、廊下に出てきた。

「ちょっとこっちに来てくれ」

 俺は紫暗を廊下の曲がり角まで連れ出した。勝手に拝借してきた液晶黄河の日記を見せる。

「本人の字で間違いないか?」

 紫暗に確認を取る。

「うん、間違いないよ」

「そうか」

 後は黄砂と合流し、菜紅を捜すだけだな。

「ところで恐妖くん。何で父さんの日記を持っているんだい?」

 不思議そうな表情で問いかけてきた。

「事情は後で説明する。一大事ってほどでもねえし、急がなくてもいいけど急ぐに越したことはないしな」

「何かよく分からないけど、がんばってね」

「ああ、そのつもりだ」

 黄砂と合流するために俺は歩き出した。


 ☆☆


 俺は校内を歩き回り、黄砂と合流した。

「黄砂。菜紅は見つかったか?」

「いいや、見つからへん。どこにおんねんやろ」

 近くに菜紅の姿が見当たらないから、そんなことだと思った。

「校長室はもう行ったか?」

「……まだやな」

 少し間を置いて黄砂は答えた。

「まず最初にそこへ向かうべきだろう」

「何でや? どこにおるんか分からんのやし、手当たり次第に捜すしかないんちゃう?」

 軽く首を傾げつつ、黄砂は言う。

「校長室には樂がいるし、問い詰めたら菜紅の居場所は分かるだろう。誘拐犯は樂だろうからな」

「そういうことは先に言ってや」

「言わなくても分かると思ったんだが、すまない。そこまでバカとは思わなかった」

 なぜか黄砂は不服そうな表情をした。バカと言ったからだろうか。

 俺は校長室へと歩を進めた。黄砂は不服そうな表情をしたままついてきた。


 ☆☆


「樂。菜紅の居場所を教えろ」

 俺は校長室へ入室すると、あいさつ抜きに単刀直入に樂に問いかけた。

「……分かった。ついてこい」

 樂は頷き、校長室を出た。俺と黄砂は樂の後を追った。


 ☆☆


 俺は滅火高等学校の地下の廊下を歩いていた。

「地下があるとは驚きだな」

 俺は先頭を歩いている樂の後姿を見つめた。

「何の目的でこの地下は作られたんだ?」

「この地下は元々シェルターとして機能していた。それを居住空間へと改造したんだ」

 樂はある扉の前で立ち止まった。

「この部屋にいる」

 樂は扉を開けて、入室した。俺と黄砂も後に続く。

 その部屋は真っ白だった。床も壁も天井も。

 菜紅は床に座って、冷流と談笑していた。

「恐妖」

 冷流は俺に気付き、呟いた。

「久しぶりだな、冷流」

 俺は二人に近づいて、床に座った。黄砂も樂も床に座る。

「恐妖と冷流さんは知り合いなの?」

 菜紅は不思議そうに聞いてくる。

「俺からすれば冷流は伯母で、冷流からすれば俺は甥になるな」

「そうなんだ。知らなかった」

 菜紅は俺と冷流を交互に見る。

「自分が誘拐された理由は分かっているのか? 菜紅?」

 俺は菜紅に問いかけた。

「私の本名を知ったんだね。誘拐された理由は昨日の夕方に冷流さんに聞いたから、知ってるよ」

 菜紅は言いつつ、冷流に抱きついた。

「お前の考えを披露してもらおうか。推理小説で言うところの探偵役だ、恐妖」

 樂は俺に探偵役を押し付けてきた。

「樂が菜紅を誘拐したのは孫の名を騙っているのが許せなかったのと理由を知りたかったからだ。そうだろ」

 俺はチラリと樂に視線を向けた。

「ああ、正解だ」

 樂はじっと俺の目を見つめ、ゆっくりと頷いた。

「菜紅が妖華咲の名を騙ったのは、信じたくなかったからだ。咲が死んだことを。騙ることによって、咲は生きていると思い込もうとした。どこかでは死んでいることを理解していながら。そうだろ」

 俺は視線を樂から菜紅に向けた。

「うん、そうだよ」

 菜紅は俺の目を見つめると、しっかりと頷いた。

「咲が殺された理由は」

「ちょ、ちょっと待て」

 樂が慌てて俺の言葉を遮った。

「何だ? 樂?」

「殺されただと? 咲はひき逃げで死んだはずだ」

「ひき逃げではなく明確な殺意を持った殺人だ」

『殺人?』

 樂たちは訝しげな表情をした。

 俺は持ってきていた日記を見せる。

「それは誰の日記だ?」

「咲をひき殺した者――液晶黄河の日記だ。これに書かれている内容を読む」

 俺は日記を開いた。


 二月十三日

 なぜだ。なぜなんだ。俺はこんなにも愛しているというのに咲ちゃんは何も答えてはくれない。

 咲ちゃんはどういうわけか怯えた目で俺を見る。一体俺が何をしたというんだ。いつ何時も危険から守れるように見守っているだけだというのに。感謝はされど怯えられる筋合いはない。身の程を弁えるがいい咲ちゃん。

 愛してはいるが、こんなにも避けられたら、腹が立ってくる。咲ちゃんは俺を愛すべきだ。敬うべきだ。小娘風情が調子に乗るなよ。

 いっそのこと殺すか。明日にでも。


 二月十四日

 俺は咲ちゃんをひき殺した。有言実行というやつだ。日記に書いただけで、声に出して明言したわけではないがな。

 その場にいた友達はさぞや悲しんでいることだろう。

 ひき逃げしたんだから、警察に逮捕されるだろうな。それでも構わない。目的は殺すことだったし、それは果たしたんだ。

 恨むなら俺ではなく、自分を恨むがいい咲ちゃん。俺を愛さず敬わなかった報いだ。

 車の前頭部が少しへこんでしまった。修理に出すべきかな。


「――――――――と書かれている」

「何か偉そうやな」

 黄砂が呟く。

「そうだな。本人の筆跡であることは、息子の紫暗に確認済みだ」

「咲ちゃんをひいたの紫暗さんの父親だったのか。知らなかった」

 菜紅は冷流に抱きついたままだ。どうやら好いているようだ。冷流は菜紅の頭を撫でながらも、俺を見ている。

 冷流は俺の事が大好きだし、何年も会ってなかったからな。視界に収めたいのだろう。目に焼き付けておきたいのだろう。キスしたいと思っているかもしれない。

「咲がストーカーされていたとは知らなかったな。恐妖は知っていたのか?」

 冷流が聞いてくる。どこか嬉しそうだ。俺と会話できるのが嬉しいんだな。

「いや、菜紅の家にあった日記を読んで初めて知ったからな」

「ということは私の家に勝手に上がったってことだよね、恐妖」

「そうだ。菜紅の家だけじゃなく樂たちの家と紫暗の家にも上がった。つまり、不法侵入したわけだ。あと窃盗も行なった」

 その場がほんの数秒静かになった。

「恐妖は立派な犯罪を行ったんだね」

 菜紅は白々しく目元に手をやって、嘘泣きをした。

「黄砂も不法侵入したがな。窃盗は行なってないけどな」

「仮にそうだとしても主犯は恐妖だよね」

「仮じゃないからな。主犯は俺で合ってるけどな」

 菜紅はふいに真面目な顔つきをした。急だったから、吹き出しそうになった。

「推理はもう披露し終えたよね、恐妖?」

「ん? ああ、終えた」

「それじゃあ、みんなで何かして遊ぼうよ!」

「そうだな。何をして遊ぼうか?」

 菜紅は腕を組んで考え込む。

「冷流さん何がいいですか」

 菜紅は冷流に意見を聞いた。

「そうだな。みんなでできるものといったら、トランプだな。大富豪でもするか」

「いいですね。みんなもそれでいい?」

『ああ』

 冷流は部屋を出て、すぐ戻ってきた。その手にはトランプが握られている。

 冷流はトランプをシャッフルし、みんなに配った。


 ☆☆


 俺たちは夜まで遊び続けた。

 夜遅かったから、白い部屋に泊まった。

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