第18話
今回はどぅるるるるるるるるる・・・・・・でんっ!!狼君の過去のお話で~す!わぁぁぁぁ(拍手喝采)
現在の話も混ざるのでかなり長いです。飽きても最後まで見てね!!裏話があるよ!!では、どうぞ!
外からワイワイガヤガヤと楽しそうな声が聞こえる。
それを横目で見て、今日何度目かのため息を吐いた。
「うさちゃん今日来なかったなぁ」
今日は学園祭の前日。
うさちゃんの姿はない。教室にも理科室にもいない。
思わず机に突っ伏してしまう。そして、ため息。
会いたい。話したい。触りたい。そんな『欲』が次々に出てくる。
「俺ってヘタレかなぁ…」
なんつーか、言えない状況?言えない立場?
『いや…ここはフルネームがいいですね。一匹 狼君』
うさちゃんが珍しく笑顔を作っていた。すごく分かりやすい笑顔だった。
そんなところも可愛くて愛しくて……好きでたまらない。
だからその言葉を理解するのに時間がかかった。
ホントうさちゃんには敵わないなぁ、昔から。
―――――――――――――――――
俺の家は特別、お金持ちでも貧乏でもなかった。
ただ母親が異常だった。
母親は勉強、仕事、家事、ルックス、とほとんど努力をせずにそつなくこなし自信に満ち溢れていた。
だからか母親は「完璧主義者」だった。
それから同じ会社の父さんと結婚。そして俺、一匹 狼が生まれた。
以前、父さんが俺の赤ん坊だったころの話をしてくれた。
生まれて1ヶ月が経った頃、母親が本を読み聞かせていたという。
しかしその本が明らかにおかしいのだ。絵本ではない。
分厚い百科事典である。
『なにっしてるんだ?』
『えっ、何って読み聞かせじゃない!この子が完璧になる本よ』
そのときは父さんも「いつものことか」と思っていたらしい。
物心がついてきた頃、周りが習い事をし始めた。
だが俺は習い事も塾も入らなかった。おかあさんが言うには
「私なんてそんなの入らなくても何でも出来たもの。まぁ、あなたは私なんかよりも努力を少しでもしなきゃね」
「うんわかったぁ」
「あっそれ、先生の前でその口調は駄目よ。『うん』は『はい』、『分かった』は『分かりました』。ほら言ってみて」
「はいわかりました?」
「いい子ね。やっぱり私の子ね」
そう言っておかあさんが俺の頭を撫でる。
それが嬉しくてもっと褒められたかった。
それからおかあさんがドリルやワークを買ってくるようになった。
「このドリルを終わらせなさい。私に質問してもいいから」
最初は幼稚園レベルくらい。ひらがなとか数字とかそんなもん。
それを仕上げるとおかあさんは大いに喜び褒めてくれた。
「やっぱりあなたは優秀ね!」
そのたびに嬉しくてまた頑張ろうと思う。
それが何回か続いたとき俺はミスを犯した。
たった1つ問題を解き忘れていたのだ。
「どうして?どうして、これを解かなかったの?」
「わっ…わすれてたっ。ひっく……」
そのときのおかあさんの顔があまりにも怖くて泣いていた。
「ねぇ、私言ったよね?復習は大切だって」
もちろん言われた覚えがない。ましてや「復習」なんて言葉、5歳の子供が知るわけがなかった。
「ひっく…ふくしゅうって…ひっく…なに?」
それがおかあさんの逆鱗に触れた。
「復習って言葉も知らないの!!あなたって子は本当に学習能力が低いわね。あら?学習能力って言葉も知らないわよね。ごめんねぇ、出来損ないの子は分からないわよねぇ」
「おっかあさん?ひっく…」
「お母さん?私はあんたみたいな子、産んだ覚えがないわ」
冷たく言ったおかあさんの言葉が心に刻まれる。
おかあさんがぼくをうんでない?うそだ。
「おがあひっく…ざん、いい…ごっになるがら…ひっくうぞ…いわないでっ」
「あら、それなら頑張りなさい。私の子供だって認められるようにこのワークを1週間で終わらせなさい。そうしたら私の子供って認めてあげる」
差し出されたワークをじっと見る。
これを一週間できればおかあさんがぼくをほめてくれる。
「わがっだ…やる」
それから必死にそのワークを仕上げた。
何度も言うがこのときまだ5歳である。
分からなくておかあさんに聞いたが無視され、仕方ないのでおとうさんに聞いてすべて埋まった。
「やっぱりあなたは優秀ね!問題を1つ解いてないだけで怒ったお母さんを許して。そんなときもあるわよね」
久しぶりにおかあさんに撫でられてとても嬉しかった。
小学生になりテストが始まった。
最初のほうはよかった。ずっと100点を取って褒められた。
周りからも、お母さんからも。
だから余裕ぶっていた。点数が下がった。
「なんで勉強しなかったの?」
笑っているのになぜか怖かった。
「しなくても…できると思った…から」
だんだん俯く俺にお母さんが強制的に顔を上げさせた。
「こんな点数、許されると思ってるの!ほんっと出来損ないね!私なんてずっと100点だったわよ。今もね!!」
私に恥をかかせないで、と突き放された。それから次のテストで100点を取るまで話さえしてくれなかった。
俺は学んだ。お母さんにほめられる子になろう、と。
それから勉強も運動も頑張った。なんでもそつなくこなせるように努力した。
ただ1つ問題が出てきた。友達付き合いだ。
まだ低学年で嫉妬とかそういうのはなかったが遠巻きにされていた。
お母さんに相談すると
「あら、そんなことも出来ないの?仕方ないわね。相手が望むことをするの。だからって私より劣ったあなたが全部をすることはないわ。自分のできる範囲をしなさい。あと笑顔を作っておきなさい。誰にも気づかれない完璧な笑顔を」
それから積極的に友達付き合いをした。もちろん勉強にも運動にも手を抜かない。
ごっこに加わったり休日に遊ぶ約束をしたりしていれば自然と友達は増えていった。
笑顔の練習もかかせない。
もともと、仏頂面と言われるほどの無表情をなんとか口角を上げて変える。
最初は笑顔のえの字もないほどの顔が誰もが騙される笑顔が出来た。
しかし家族は騙されなかった。お母さんは笑って
「まぁでも、あなたにしてはよくやったんじゃない?」
と褒めてくれた。お父さんはなぜか心配そうな顔で
「狼、いつの間にそんなこと……いや、なんでもない」
と曖昧な答えだった。
ただお母さんの褒め言葉が嬉しくてそんなことはすぐ忘れた。
女子が恋愛の話で盛り上がる時期になった。
女子たちの話題の中心は…自慢ではないが俺だった。
勉強も運動も出来てルックスもそこそこイケてる。
笑顔の作り方も上手くなりモテるのに時間はかからなかった。
そうすると、男子の嫉妬を買う。瞬時にそう思った。
『私ってね、男にすっごくモテてるの。あっ今もだから。だけど、それで私なんかよりも出来ない女たちが嫉妬しちゃって。だから女とも上手くやろうって思ったの。案の定なんでもできる私は女とも上手くいってそこまで苦労しなかったわ』
そうだ、またここで友達が減れば母さんに「出来損ない」だと言われる。それだけはもういやだ。
だから嫉妬を向けられないように適度な態度で接した。
「狼、クラス一可愛い○○ちゃんに好かれてるってさ!!」と言われた。
「えっうそ!?僕、○○ちゃんに好かれてるとかラッキー」とわざと自慢げに言う。
まぁそこでちょっと嫉妬を向けられるが「この野郎!うらやましいじゃねぇか!」と相手も冗談めかして笑う。
そんなことを繰り返していけばひどい嫉妬なんてなかった。
そのことを母さんに話せば
「気を抜かないほうがいいわ。常に周りに気を張りなさい」
それを聞いて頷く。息抜きをしたらまた同じ過ちを犯す。
それから率先して委員長をしたり先生の手伝いをしたり、時には彼女を作ったこともあった。
そんなときうさちゃんと出会った。中学1年の冬である。
「小乃 兎さん、ですか」
「えぇ、小乃さん。最初のころは時々でも来てたんだけど今は不登校になっちゃって。だからプリントが溜まってるの。一匹君、プリントを届けるついでに小乃さんの様子を見てきてくれない?」
当時、同じクラスの子が不登校だったのは知っていた。
でも俺でもあんまり見かけなかったしその存在を忘れていたこともあって彼女の顔を思い出せなかった。背が小さかったなという印象だけ。
というかこの担任、自分がしたくないだけじゃないか。
だからといって断る理由もない。もともと部活は入ってなかったし。
「一匹君は委員長だし友達とも仲良いから小乃さんに学校に来てもらえるようにしてほしいんだけど」
「分かりました。それでは住所を教えていただけますか?」
面倒事は嫌いだが母さんに褒められる。俺は快く引き受けた。
「ここか」
そこはいたって普通のマンション。いくつも並んだところの真ん中あたり。
確か彼女の部屋の階は3階か。
3階まで上り「小乃…小乃…」と表札を見て探す。こっちのほうが早い。
「おっあった」
ちょうど3分の2ぐらいのところで「小乃」と書かれた表札を見つける。
ピンポーン。
鳴ると同時に扉の向こうからドタドタと足音がした。
と同時にドアが思い切り開かれる。
もちろんドアの前に立っていた俺の顔にドアが命中。
「さっき言いましたよねセールスはお断り…だ…って」
言葉が途切れる女の子の声。
どうやら、よく見ずに開けたようだ。
うずくまり痛みに耐える俺に「あっあの…」と声をかけてきた。
「あっあぁ大丈夫。ちょっと顔に当たっただけだから」
そう言って顔を上げると小さな女の子がこれでもかと顔を青くしていた。
年は10歳くらいだろうか。しかしどこかで見たような。
「ちっ血が…たっタオル持ってきます!!!」
そう言った少女は急いで家のドアを閉めドタドタと中に入っていった。
そうしてまたドタドタと戻ってきてかと思うとそっとドアを開けた。
「ごっごごごごごめんなしゃい。ささ、さっきセールスの人が来ていてっ…あああああまりにしつこかったから……また来たのかと思ったんでしゅ。けっ決してああああなたに怒ってるわけではにゃくてでしゅね」
めっちゃ噛んでるし。でもタオルで拭く手際はいい。
少し濡らしてきたのか冷たい。そしてしみる。
「ばんそうこうも持ってこなくちゃ!あぁぁぁ、本当にごめんなしゃい」
困った顔でまた噛む目の前の少女。
「気にしないで。それに僕、中学生だよ?自分で拭けるから」
するとピシッと固まった少女。あれ、おかしなこと言ったかな?
「わた…私もっちゅうがくせい……です」
今度は俺が固まった。もしかして!
「小乃 兎さんですか?」
「はっ…はい」
この子ってこんなに小さかったっけ?
それが第一印象だった。
「ケガをさせてしまって本当にすみませんでした」
「いえ、本当に気にしないでください。僕も不用意でしたし。でもこれからはちゃんと確認してから開けてください」
「はい」
しょんぼりとなる小乃さんに罪悪感が生まれる。
悪いのはこの子であって俺じゃない。そうだ、俺は悪くないぞ。
「あっ僕、一匹 狼っていいます。小乃さんと同じクラスの委員長してます。今日は先生に頼まれてプリントを届けに来たんです」
当初の目的を果たすため、プリント類の入った袋を渡す。
「えっあっ…わざわざすみません。うわぁ、届けに来てくれたのにケガさちゃうとか」
はぁ…とまた俯く小乃さん。罪悪感とか持ってないし!
「それでは、わざわざすみませんでした」
「えっちょっと待って」
なぜか家に入ろうとする小乃さんを止める。
振り返りキョトンとした顔。
あれ?心臓がキュンッて鳴ったぞ。
「その…不登校だと聞いて心配だったんです。お身体のほうは大丈夫ですか?」
別になんで不登校なのかは知らないが無難な質問をする。
すると小乃さんは少し強張った様子で持っていた袋を握りしめた。
「だっ大丈夫です。私っ…これでも身体は丈夫なほうなんですっ」
「へへっ」と笑う彼女の顔はそれは下手だった。
目が笑ってないし。そもそも口引き攣ってる。
しかしここで聞いたって俺には関係ない。それに相手が気分を害する可能性もある。
「それはよかったです。みんな、学校で待ってますからいつでも来てくださいね。それではさようなら」
最後に笑顔を作って立ち去る。
「あっ待って!」
腕を掴まれとっさに後ろを振り向く。今度は俺が止められる側になった。
「何ですか?」
もう1度笑顔を作る。大抵今ので別れるんだけどな。
「あの!えっと~…つらくないですか?」
一瞬、理解が出来なかった。
ほとんど今日会ったばかりの不登校の子に心配された。
つらい?なぜそう思うんだろう。
「そうだなぁ。勉強はちょっと嫌だけど」
学生にありがちな回答。
「そう…ですか。引き留めてしまってすみません。気をつけて帰ってください」
やっと手を離してくれた彼女に「それじゃあ」と言ってマンションを後にした。
それから家に帰ってあの言葉について考えていた。
『つらくないですか?』
そのときの彼女は本当に心配そうな顔をしていた。
顔がコロコロ変わる子だったな。
泣きそうな顔かと思えば下手くそな笑顔を作って。しょんぼりしたと思えばキョトンとして。
ただ…あの言葉を発した彼女は大人びた表情だった。
まるで心の奥を見透かされたような表情。
まさか…気付かれたわけじゃないよな。だって家族以外みんな、この笑顔に騙されてるし。
「あなた、何してるの?」
洗面所の鏡で笑顔を作っていたら母さんに不審がられた。
「いや…母さん、俺の笑顔って変?」
「私よりは下手だけど別に変じゃないわよ。もしかして気付かれたの?」
「そんなところかなぁ。あっあとテストでオール満点取った」
「当たり前でしょ。あなたは私の子なんだから」
母さんが頭を撫でながらそう言う。
褒められた。嬉しい反面やっぱり彼女のことを考えてしまう。
あの子も騙さないと。そうしないと―――
母さんにもう撫でてもらえなくなる。褒めてもらえなくなる。
「また、ですか?」
「えぇ。お願いできるかしら?」
担任に彼女の家に行くように言われた。もう1度彼女を騙すチャンスが出来た。
「分かりました」
「こんにちは、小乃さん。覚えてますか?」
「すみません。名前が思い出せません」
「狼です。一匹 狼」
「そうでしたね!えっとじゃあ…一匹君で」
「別に下の名前で結構ですよ」
「分かりました、狼君。では私も下の名前で結構です」
「じゃあ、兎さんで。1ヶ月経ちましたけどお変わりありませんか?」
「特には。あの…こんなところで立ち話もなんですから公園行きませんか?」
「構いませんよ」
笑顔で引き受ける。
「……少し待っていてください」
俺の顔をジーッと見たあと、家の中に入っていった。
「これが今月分のプリントです」
「ありがとうございます」
袋の中身を見て「多いなぁ」と呟いている。
見た目は本当に小学生にしか見えない。
対して俺は最近背がぐんぐん伸びて母さんを抜いたぐらいだ。
「ちょっと君」
すると俺の後ろから男の声が聞こえた。
「はい、何でしょうか」
振り向くと警官が立っていた。生まれて初めて職質を受けた。
「いやぁ、最近誘拐が多いんだよねぇ。そっちの女の子は小学生みたいだったし君は大人くらいに見えたから。ごめんね」
「あはは。まぁそういうときもありますよね」
「中学生なのに…中学生なのにっ!」
苦笑いの俺と落ち込む兎さん。
「ごめんね。早くうちに帰るんだよ」
警官が去ったあと2人とも気まずくなった。
「じゃあ…僕もそろそろ帰ろうかな。もう暗いし」
「そう…ですね。それではまた」
俺が立ち上がってそう言うと兎さんも立ち上がる。
「あっ」という声が聞こえ後ろを振り向いた。
「どうしたんですか?」
「いや…狼君、本当は1人称『僕』じゃないですよね?」
捨て台詞のような感じで兎さんはそう言った。
会って2回。1人称を見破られた。
それから月に1回、プリントを届けるという口実で彼女を騙そうと奮闘した。
しかし全部空回りで見破られていく。
2年生になっても同じクラスだったため彼女に会いに行った。
そのころには自然に打ち解けていた。
「はい、これ。兎ちゃんさぁ、いつになったら学校来るの?」
いつもの公園のベンチでプリントを渡して世間話のつもりだった。
少し強張った表情をして「そっそうですね…」と歯切れが悪い。
「気持ちの整理がついたら行こうと…思います」
相変わらず敬語のままの兎ちゃん。
聞かれたくないなら無理には聞かない。
「ふ~ん…まぁいいけど。早くつけるんだよ、その気持ち」
「はい」
俯いた兎ちゃんを見る。
もう夏なのに長ズボンに長袖、麦わら帽子を被っている。
顔には絆創膏がいくつもあり「ドジだなぁ」と思った。
「狼君はロボットみたいです」
突然その場に冷たい声が落ちた。いわずもがな兎ちゃんである。
「どういう意味?」
笑顔を作って先を促す。するとおもむろに両手で俺の顔を掴んだ兎ちゃん。
兎ちゃんの顔はとても綺麗な笑顔だった。いつもの下手な笑顔じゃない。
その顔に一瞬、動揺した。本物の笑顔だ。初めて見た。
「狼君の笑顔、というより目が全部教えてくれます。狼君は心から笑ったことがありますか」
そう言うとまた下手な笑顔になり「それではまた」と去っていった。
心臓が痛い。身体中が熱い。熱か?いや、突然だし。
そんなことを考えていたらいつの間にか家に着いていた。
「ただいま」
「狼、おかえり。少し話があるから着替えたらリビングに来なさい」
父さんの声が聞こえいつもより早いなと思った。
「分かった」
真剣な顔だったから何か重大なことなんだろう。
リビングに行くと母さんと父さんが隣り合って座っていた。
机の上には1枚の紙。2人の前に座ってそれが何か理解できた。
「離婚…届?」
「そうよ。私、好きな人が出来たの。相手はすっごく完璧な人で私に相応しい人だったから離婚することにしたの。元々この人のプロポーズだったから仕方なく結婚したし」
「俺はお前の性格自体好きじゃない。プロポーズをした覚えもない。周りが結婚しろとうるさかったからとりあえず乗っかってきたお前と結婚しただけだ」
「だからありえないって言ってるでしょ?私を好きにならない男なんていないわ!あんたはただ素直になれていないだけよ!」
「その話は後だ」
「ちょっと、こっちのほうが重要よ!」
両親がケンカしているのを初めて見た。
2人が話しているのも久しぶりだ。大体、母さんがおしゃべりで父さんは無口だったから。
今だ騒いでいる母さんを無視して父さんは俺に向き直る。
「手短に言う。どっちに付いて行きたい?」
「そんなの私に決まってるでしょう!ねぇ!!」
母さんが身を乗り出して聞いてくる。
「強要をするな。狼が決めることだ。こいつももう自分で決められる歳だ」
父さんが手で母さんを押し戻し座らせる。
「すぐには決められないと思う。そうだな。1ヶ月…1ヶ月、じっくり考えろ」
父さんは先ほどよりも真剣な声で言った。
こんな父さんも初めてだ。面と向かって話したこともない。
「分かった。考えてみる。俺、宿題してくるからご飯出来たら言って」
立ち去るとき母さんが「じっくり考えなくても答えは私に決まってるわ!」と父さんに言っていた。
そうか、父さんと母さんは愛し合っていなかったんだ。元から冷めきっていたのか。
今更過ぎるというか薄々気付いてたというか。
父さんと結婚したのは愛からではないとしたら母さんはなんで結婚したんだろう。
「そんなの決まっているじゃない。もし私の子供が出来たらその子供も完璧な子だと思ったからよ」
ご飯を食べているとき母さんが自慢げに答えた。
「じゃあなんでこんな名前にしたの?狼って」
前々から疑問だったことを口にした。
「語呂が良かったからかしら。だって一匹狼って読めるじゃない。本当私って頭良いわ」
ふふと笑う母親は誰から見ても自分に酔いしれていた。
父さんは溜息まで吐いて呆れ顔だ。
その日の夕飯は味がない気がした。
「父さんと母さんが離婚するんだ。母さんに好きな人が出来たから」
「私が聞いていいんでしょうか?」
いつものベンチで開口一番にそう言うと苦笑いの兎ちゃん。
もうすぐ期限の1ヶ月。学校の友達には話しづらいし先生は父さんをあまり知らないから偏りが出る。
そうなるとなぜか兎ちゃんに話したくなった。
「別にそこは重要じゃないんだよね。重要なのはどっちに付いて行くかなんだけど」
「私、狼君に家族の話されたことないんですが」
「そうだっけ?忘れてたよ」
笑顔を作ってごまかす。
「相変わらず、作り笑い上手いですよね」
「目が笑ってないって言いたいの?」
「うっ」と苦い顔をする兎ちゃん。
「俺、兎ちゃんに会って根に持つタイプって分かったんだ」
「それは良かったですね」
「うん。だからかな?あんまり自分を知らなかったことに気付いた。というか今まで俺じゃなかったと思うんだ。前に言ったよね?本当に笑ったことがあるかって。ほとんどない。ずっと作ってたからね」
それまで作っていた笑顔を無表情に変える。
「少し質問をしていいですか」
兎ちゃんが優しい声で言った。
「いいよ。何?」
「完璧な人はいると思いますか」
真剣な顔で俺を見る。相変わらず絆創膏が顔に貼られている。
「そうだなぁ。俺はいると思うよ。俺の母さんがそんな人だし」
「そうですか。私はいないと思います。何でもそつなくこなす人はいません。できないこともあるでしょうし嫌われることもあります。私は狼君のお母さんのことは知りませんがきっとその人は完璧じゃありません」
「なんでそう思うの?」
動揺を隠す。だって俺の母さんはなんでもできる完璧な人だから。
「だって離婚するってことは狼君のお父さんが反対しなかったんですよね。てことは愛されていないですよね。逆に嫌われてたりして」
兎ちゃんは一部始終でも見ていたんだろうか。
「そんなの答えになってないよ、兎ちゃん」
「じゃあ狼君は愛されていたと思いますか」
冷たい声が頭に響く。
愛されているに決まっている。褒められたこともある。頭を撫でてくれたこともある。
なのに…口にできないのはなぜ?
一旦、落ち着こう。1つ1つ整理していかないと。
母さんは完璧人間じゃない。それは1ヶ月前に気付いた。
父さんが愛してなかったのは見ただけで分かったし。
次に俺が愛されていたか。否、自信がない。
俺を産む理由が好奇心のようなもので第一……
母さんは自分しか愛していなかった。
「俺、どっちに付いて行けばいいんだろう」
言われたとき母さんかなと曖昧に考えていた。
でも1ヶ月考えて訳が分からなくなった。
「それは狼君が決めることです。他人の私が決めていいものではありません。ただ狼君が一緒にいて苦にならないほうに付いて行けばいいんですよ」
苦にならない…か。
「私はそれが家族だと思います」
寂しそうな声に隣を見ても麦わら帽子しか見えない。
どんな顔で言ったんだろう。
最近、もう1つ気付いたことがあった。
なぜか兎ちゃんのことばかり考えてしまう。
「俺、父さんに付いて行くよ」
その場に沈黙が流れた。と思ったら
「ありえない!!あなた、もしかしてこいつに脅されてるんじゃないでしょうね!!本当は私と一緒がいいでしょう!?ねぇ!」
俺の胸倉を掴むが俺の身体のほうが大きいため持ち上げられない。
「…うん、やっぱり完璧じゃない」
「はぁ!?あんた何言ってんのよ!ほら嘘つかないで言ってごらんなさい!」
止めようとする父さんに手で待ったをかける。
「だから俺は父さんに付いて行くって言ってるだろ」
生まれて初めて、母さんに反抗した。
これでもかと目を見開いた母さんは俺を強く押し戻すと頭を抱えて
「ありえないありえないありえないありえないありえないあんなに優しく育ててやったのにあんなに私の時間をあげたのにどうしてどうしてどうしてどうしてこの子は誰この子は誰この子は誰この子は誰この子は誰この子は誰私の子じゃない私の子じゃない私の子じゃない私の子じゃないいやぁぁぁぁ!!!!」
気が狂った母さんを見ても、冷静でいられた。
「そうだよ。完璧じゃない俺は母さんの子じゃない。出来損ないでごめんね。でも今の母さんだって我が儘で自分勝手な出来損ないみたいだよ。母さんも出来損ないの仲間入りだね」
実の母親によく言えると自分でも思った。そのあと父さんから聞いた話では今まで見たことないくらい楽しそうな笑顔を浮かべていたそうだ。
「狼、本当にあいつに付いて行かなくていいのか?」
母親が出て行ったあと父さんが不思議そうな顔で見てきた。
「何?あの人に付いて行って欲しかった?」
「いや…そういうわけじゃない。俺はあいつに任せてばかりでお前に構ってやれなかったから当然あいつのほうに行くと思って」
父さんは俺に決めろと言っておきながら答えが決まっていると思っていたらしい。
「そりゃあ最初はあの人かなと思ったけど同級生に苦にならないほうに付いて行けって言われてじっくり考えて父さんかなって思った。それだけ」
「いや、その理由を聞いてんだよ」
どうやら納得できないようだ。父さんってこんな人だったのか。
「父さんはいつも俺のこと名前で呼んでくれたから」
「えっ?」
「よくよく思い返すとあの人に名前で呼ばれたことないんだよね。俺はきっとあの人の飾りで、いなくても良かったんだよ。だから名前で呼ぶ必要もなかった。元々この名前には何の意味もないんだから。
でも、父さんはいつも俺を名前で呼んでくれた。小さいときあの人に無視されて問題の質問を聞きに行ったとき下手だったけど一生懸命教えてくれたしね。俺は父さんに愛されてるんだって思ったよ」
最後は恥ずかしくなって小声で言った。中2になってこんなこと言うとか恥ずかしい。
「そうか。そうなのか。うん、愛してるよ狼のこと」
「うっうっせ!!分かってっから!!」
父さんの背中を思い切り叩く。「痛っ…」と聞こえたが知らん。
「あ~あと、お前の名前にもちゃんと意味はあるぞ。オオカミは感情豊かで賢いらしい。そうやって育ってほしいと思ったんだ」
後付け感が半端ないがそれでも嬉しかった。
「父さんは早く落としなよ。誰かに捕られても知らないからな」
「ん?それはどういう意味だ!」
「だって父さん、あの人が去ったあとガッツポーズしてたから好きな女でもいるのかと。俺がその人を母さんって呼ぶ日も近いかなぁ」
冗談めかして言うと顔まで真っ赤な父さん。
怒られる前に逃げよっと。
走ったとき身体が軽かったのは母親がいなくなったおかげかな。
「で、この人が…その……」
「父さんの好きな人?」
「…っ!そうだよ!!」
「くそぉ…」となぜか机に突っ伏す父さんと優しい笑みを浮かべる女性。
あれから数週間後、父さんが再婚相手を連れてきた。
見た目はとても優しそうな雰囲気の女性。守ってあげたくなるような感じだ。
父さんが惚れるのも頷ける。
でも想定外のことが起きた。
「ねぇねぇこのひとだれ?」
「おっきいねぇ!」
「こらっ。今日からあなたたちのお兄さんになる人よ」
「いや、今日初めて言うんだ」
「あら!ごめんなさい、てっきりもう言ってるのかと」
子供連れでした。それも男の子2人。
下の子は6歳で上の子は8歳だったかな。
「俺、狼っていうんだ。よろしくね」
愛想のいい笑顔を浮かべると顔を見合わせた二人が女性の後ろに隠れた。あれ?
「狼、子供に作り笑いしても見抜かれるだけだぞ」
「マジかぁ。俺けっこう見抜かれない自信あったのに」
仕方ない。この子たちと打ち解けるのは後でしよう。
「父さん別に結婚してもいいよ。前にもそう言ったし」
「分かってるよ。ただ今日からここに住むっつーことを言いたいだけだ」
「分かった。こんな父さんですがよろしくお願いします……母さん」
少し俯いて言ってしまったが女性はとても嬉しそうに「あらあら」と言うと
「こちらこそよろしくね、狼」
名前で呼ばれた。
ただ、それだけのことなのに身体が熱くなってくる。
あぁ、休日をこんなにも恨むのは初めてだ。
今すぐ言いたい、兎ちゃんに。
「狼、好きな子でもいるんでしょ」
一緒に住み始めてから2か月が経ったある日、母さんにそう言われた。
「急にどうしたの?」
「ふふっ、分かるわよ。帰ってきたとき嬉しそうな顔してたもの」
「そうかなぁ。普段通り帰ってるつもりだったけど」
確か今日は兎ちゃんにプリント届ける日だったけど。
「気になる子…ならいるかな?」
「やっぱりね!狼は恋をしたことなさそうだから分かってないのよ!それはきっと恋よ!!」
「きっと恋って……」
母さんがけっこうお茶目なのは最近知ったことだ。
でもそっか、恋か。
今まで片手で足りるくらいには彼女を作ってきた。
でも今は作る気すらなく告白されてもなんとなく断っている。
なぜか兎ちゃんの顔が浮かぶから。
相談をした日以来、兎ちゃんの笑顔を見ていない。
もう1度、見たい。いや、何度でも見たい。ううん、いろんな顔を見てみたい。
果たしてこれが恋なのか。それは俺には分からない。
「その子の話、聞かせてくれる?」
「ふふっ」と笑う母さんに何が可笑しいのか聞くと「顔が真っ赤よ」と言われてしまった。
それから受験勉強で忙しくなり高校に入っても忙しかったため兎ちゃんに会うことができなかった。
会いたい。触れたい。――――――顔が見たい。
募る想いに嫌気が刺してきたとき廊下の端を歩く小さな背中を見つけた。
茶髪の髪を耳下で2つに分けてくくっている小さな女の子。
前より伸びた髪だけどずっと会いたかった人。
「あれ?もしかして、兎ちゃん?」
それまで作っていた笑顔が本物の笑顔に変わった気がした。
振り返った彼女はやっぱり兎ちゃんで。
でもきっと彼女は俺のことを忘れている。それでもいい。だって…
「やっぱり、兎ちゃんだ!ほら、中学で一緒だった狼だよ!」
俺とうさちゃんの高校生活は始まったばかりだから。
―――――――――――――――――
「―――ん、――君…!狼君!」
「ん?……うわぁ!!」
いつの間にか眠っていたらしい。あれは夢だったのか。いや、それ以上に……
「なんで…今日は休むんじゃなかったの?うさちゃん」
会いたくて逢いたくて止まなかったうさちゃんが目の前にいる。
元々今日はうさちゃんが休みだと知らされていた。
周りが落ち込む中、平静を装ってみんなを慰めていた俺も落ち込んでいた。
「なんでって…電話があったんですよ、虎君から」
腰に手を当てて頬を膨らませるうさちゃんは可愛い。
「『狼が落ち込んでいるから学校に来て』って。それだけなら良かったんですがみんなからも電話が来たので一大事だと思いまして。どうしたんですか?嫌なことでもありました?」
高校に入って虎と仲良くなった。虎は基本バカだから俺が作っていても気付かず周りだってそうだった。
みんな、俺に騙されているはずだった。
なんだ、もう騙す必要ねぇじゃん。
「うん、あったよ。うさちゃんが学校来てくれなくて寂しかった」
立っているうさちゃんを見上げると自然と顔が綻ぶ。
するとうさちゃんが目を見開いて驚いていた。
「狼君がオオカミになった」
「ちょっと待ってそれどういう意味?」
俺は心の底から笑ったのに、まだ嘘だって言うの?
「オオカミは人間より感情が豊かです。それが目によく表れるのですが笑ってましたね、狼君」
日も傾き教室は真っ暗で、外の光が差し込んでいるだけ。
だから余計に…兎ちゃんの綺麗な笑顔に見惚れた。
優しく愛しく儚く。
「なんで今日は休んだの?」
可愛いと連呼したくなるほどの口を無理やり質問に変える。
「えっと~…それは~……家庭の用事です」
歯切れ悪く言う彼女に「あっ聞かれたくないんだな」と瞬時に思った。
「そっか。いつかその家庭の事情を聞かせてほしいな」
「えぇ…いつか」
そのときのうさちゃんの顔がよく見えなかったのは暗かったせいだと思う。
「小乃 兎さんですね?」
「はい。身分証明書は要りますか?」
「いえ。大丈夫です。どうぞ、こちらへ」
優しそうな笑顔を浮かべる男性のあとに付いて行く。
「こちらです。どうぞ、お入りください。……私も入りましょうか?」
「いえ、結構です。ありがとうございます」
心配そうな顔を浮かべる警察官にやんわりと断りを入れて部屋に入る。
パイプ椅子に座り、ギュッと手を握る。
少しするとガラス越しから見える前のドアが開いた。
強く強く握った手から嫌な汗が出ている。
震える身体を押さえ、座ったことを確認し前を向く。
なかなか言葉を発さない相手に
「久しぶり、お父さん」
今にも私を殺しそうな顔の『父親』に薄く笑った。
19話に続く
そのあとの狼君のお母さんですが、相手に恋人がいるにも関わらず自分のものにしようとした結果、ストーカーで捕まりました。プライドのくそもなくなり、今はパートでせっせと働いています。ルックスは化粧で誤魔化していたので顔はただのおばさん。誰も綺麗なお母さんだったことに気が付きません。という裏話です。
次の話から学園祭、やっと始まります!楽しみにしていてください!!