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『クリスマス手当ても含めて1300円!』
「1300円?!」
一晩で諭吉か!俺が働きたい!うわぁ……!
坂本はため息をついて頭を平手でペシっと叩いた。
『誰か心当たりがあるか?頼む、7時までに入ってくれ!じゃあな!』
そしてオーナーは坂本の返事も聞かずに電話を切った。
7時までに。
今は6時。
マリはもうバーに向かっている。
マユはコンビニで俺を待っている。
オーナーは7時までにバイトを待っている。
頭を上げると隣人の姿が消えていて、顔を顰めた美男が呆れたように坂本を見下ろした。
「どうするの?本気で解決する気あるの?女子何人も掛け持ちの上バイトまで入れてる?段取り悪すぎるよね」
この美男でもバーテンは出来るんじゃないか?と一瞬考えたが、見るからに未成年なので諦める。
「バイトは行かないよ。コンビニに彼女迎えに行って、そのまま出かければさっきの彼女はバーに行くから会うことはないし、バイトは俺じゃなくてもいいんだ。特に今日は忙しいから、頭数が欲しいだけで俺が行かなくてもいい」
キッチンから水の音がする。隣人が洗い物でもしているのだろう。
彼に、身代わりを頼みたい。
「彼は何て名前?」
「え?浩一に代わりを頼むの?バイトって何?バー?ウェイター?」
「バーテン」
「え―――っ?!!!本当?!面白ーいっ!!!浩一!浩一!バーテンのバイトだって!ね、1300円って時給?!浩一!今日これから予定ないんでしょ?!バーテンやってよ!」
大騒ぎする美男をいぶかしんで、隣人がキッチンから顔を出した。
「何騒いでんだよ。うるさいなぁ」
「時給1300円だって!!」
「……」
隣人は沈黙し、どうやら考慮している。
金に、弱いか?
「む、難しい仕事じゃないんだ。バーテンは他にもいるから仕事は指示してもらえばいいし、レシピもわかりやすい所に貼ってあるからそれ見ればいいし、」
「運送会社より楽そうじゃん!面白そうだし!」
「今日ですか?」
脈あり!
「今晩!これから!クリスマスだから客は多いけど、店自体大きくないから捌けないほどは元々入らないから大丈夫!」
本当はバイトと客のバランスで時々てんてこ舞いになる。
今日は特にオーナーの電話から考えるとハードになる。
しかしそれを言うと断られるので黙っておこう。
言い訳なんか後でいくらでもできる。
今はこの場を上手く切り抜けることが先決だ。
しかし隣人が良い返事をしない。
それどころか顔を顰めたまま無言で首を傾げた。
「バイトしないの?浩一働くの好きじゃん」
「好きでバイトしてるんじゃないし、今は特に金に困ってない」
「金はあって困るもんじゃないよ!体力的にも楽な仕事だし!」
坂本が懸命に斡旋するのだが隣人の反応が今一芳しくない。
こんなふうにグダグダしている間にも7時が近づく。
斡旋ではここが限界か。
もう時間がない。
止むを得ない。
「頼む!代わりにバイトに入って下さい!今度君が大変な時にバイト代わってあげるし、なんだったら時給に上乗せしてもいいから!」
土下座ではないが両手を合わせて拝む形で隣人に頭を下げた。
しばらくその形のまま沈黙して返事を待ったが隣人も無言だったため静寂な時間が流れた。
こうしている間にも7時が近づく。
頭を下げたまま坂本はどんどん焦ってきた。
もう限界だろう。
オーナーに電話しよう。
臨時のバイトもいないし予定の自分もキャンセル。
怒られるなぁ。
まずいなぁ。
坂本がため息をついた時に、隣人の低い声が聞こえた。
「時給の上乗せはいりませんけど……」
了承?!と、坂本が慌てて顔を上げると、長身の隣人がさっきと同じ表情で見下ろしている。
「以前、挨拶に伺った時にちらっと見えたんですが」
なんだかわからないが、なんとかなる!と微笑みかけた坂本に隣人が交換条件を突きつけた。
「シューズボックスの上にDS9がありましたよね?あれ貰えたらバイト代わってもいいですよ」