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「下らない……」
隣人の小さく低い囁き声がなぜかよく通った。
「なんだよ下らないって!真剣に悩んでるんじゃん!あと少しで二股彼女が鉢合わせなんだよ!コンビニで!」
「いや、彼女たちは面識はないからきっとすれ違うだけのことで、」
まったくピント外れのポイントを坂本が慌てて訂正するが、
「それにしたってこの後どうするの?店って何?」
と美男はすっかり坂本の窮状を把握している。
「う~ん……。店で鉢合わせになるのか……」
やっと今後勃発する抗争に考えが及んだ。
「両方プレゼント持って現れるんだから、絶対ごまかしきれないよなぁ……」
しかしそうこぼしながらも頭を抱えるだけで、打開策が浮かぶわけではない。
「よくそんなんでこれまでやってこれたね。よほど真面目な女の子ばっかりと付き合ってきたってことかな。きまぐれでもなく我がままでもない女の子」
「うん……。こんなふうに勝手に予定変えてくる女は初めてだよ」
ため息をつきながら、女に振り回されている今の状況に一瞬得意になってしまい、苦笑した。
だから次の美男の一言に凍りついた。
「誰一人本気じゃなかったってことだよ。君もそうなんだから都合がよかっただろうけど、さっきの女の子が唯一君のことを本気で好きなんだろうね。彼女を大事にするか、全員を切り捨てるか、どっちかだよ」
なんのことだ、どういうことだ、そう口にすることも固まっている坂本にはできない。
誰一人本気じゃなかった?
君もそうなんだから?
なぜそんなことが言えるんだ。
なぜわかったんだ。
勝手に動き出した女子も鋭すぎる美男も恐ろしくて坂本はまだ呼吸を忘れている。
「どうでもいいけど、いい加減二人ともここから出て行ってくれ。邪魔だ」
長身の隣人が一人だけいい香りのするコーヒーを飲みながら、首を傾げて二人を見下ろした。
その時また坂本の携帯が鳴って、驚いて床に落としてしまった。
結構な音がしたので床に傷がついたんじゃないかと恐れたが大丈夫だったので表情を緩めて隣人を見上げると、予想通り眉間をシワシワにして坂本を見下ろしていた。
年下なのに、22の自分に対して絶対10代のこの男がどうしてこんなに尊大なんだ!と惨めな気持ちが沸いたが、よく考えると彼は坂本に対してなにもしていない。
ほぼ発言すらしていない。
ただただその雰囲気に、「圧」がある。
長身で、ガタイがいいことも一因で、それに乗る小さい顔が冷たく整っていることも一因で、低い声がその喉から発せられるのを惜しむように掠れるのも一因で、と数えるのもばかばかしいほど存在自体に威圧されている。
隣人から目を背けて鳴り続ける携帯のディスプレイを確認すると、バーのオーナーからの着信と記してあった。
バイト休ませてもらおうかな。
そうだな。今日バーにさえ行かなければ全て解決じゃないか。
マリが店にプレゼント持って行こうと俺がいなければ言付けでもして帰るだろう。
俺はマユとホテルにでもしけこめばいいんだ。
そうだ!そうオーナーに頼もう!意気込んで坂本は通話ボタンを押した。
『悪い!坂本、今すぐ来てくれ!バイトもヘルプもそろってドタキャンだよ!今日は予約も入ってるしさ、頼む!』
あああああ~~~~~~……!
「すっ……ゲホ……!あの、ゲホゲホ……」
『坂本~~!ふざけんなよ~!!』
「いや、あのちょっと今日のバイトは……げほ」
『頼むよ~!時給上げるからさ~!』
「時給……う……でも本当に」
『てか、他にも誰かいない?経験なくてもいいからさ!ブサイクでもいいから、人間であればいいから、本当にピンチなんだ!頼むよ坂本!』
「誰でも……」
基本的に人が良い坂本は、ちらりと長身の隣人を見上げた。
隣人もちらりと冷たく坂本を見下ろした。
人間であればいい……以上だよな。この男が身代わりならオーナーは喜んで休みをくれるはずだ。
「時給は、いくら出します?」
オーナーに質問した。坂本の時給は、深夜手当ても含んで千円。