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『今アパートの前なんだけど、プレゼントお店に持っていくね!』
そんなメッセージに坂本は再び固まっていた。
「もしかして、さっき隣でドア蹴ってた子かな?」
坂本の真横で、10センチの距離で、さっきの美女が坂本の携帯を覗き込んで言っていた。
小さな顔。長い睫毛。茶がかった大きな瞳。赤い唇。キメの細かい白い肌。
その美しさに、可愛らしさに、可憐さに、坂本はわずかの時間見惚れてしまった。
「違うの?」
至近距離の斜め下から見上げられ、坂本は呼吸を忘れた。
そしてその表情を見た美女がその意味を汲み取り、途端に眉間にシワを刻んで顔を背け体も返して、長身の隣人の元に戻っていった。
少し驚いた坂本がその姿を目で追うと、顎を上げて肩越しに振り向いた大きな瞳が刺すように冷たく光った。
「ああ。二股ですか」
長身の隣人が呟いて二三度頷きながら首を傾げ、美女に背を向けて台所に消えた。
何も説明していない事実をあっさりと一言で暴かれた坂本は、隣人の姿を見送りながら引き続き呼吸を忘れていた。
「僕もコーヒー。あなたは、……飲んでるヒマないね、そういえば」
美女がキッチンに向かって声を上げ、再度坂本を見て言った。
再びの驚愕に坂本は引き続き呼吸をしていない。
『僕』?
美女は少し顎をあげてはすに構えて坂本のその表情を眺めながら続けた。
「だらしないね、二股くらいで。クリスマスを時間差でこなそうと思ったの?問題外だよね、それ。僕には理解できないな。少なくとも相手が二人以上いるのなら、イベント当日は誰にも会わないくらいの思い切ったプランが必要だよ。僕はそうしてる。
ただまぁ、僕の相手は全員ほかに本命がいるからしょうがないんだけどね。クリスマスは浩一と男二人で楽しく過ごそうと思ってる次第だよ」
「俺聞いてないよ」
キッチンから低い声が響いた。
「二人で楽しく過ごそうね」
「断る」
美女の高い声と隣人の低い声のわずかなやりとりの間に、やっと状況が読めてきてやっと坂本は呼吸をとりもどした。
つまり、美女ではない。
美男、ということか。
この顔で。
この可愛らしい顔で。
女子ではないのだ。
この愛らしい顔で。
「で、どうするの?」
愛らしい美男が再び坂本を見上げた。
この愛らしい顔で、男子なのだ。
男子だとわかったので坂本は落ち着いてこの美しい男子に手短に事情を説明した。
「う~ん。合計4人なんだね。人妻一人だから実質彼女は3人だ。悪いけどあなたはそれを管理する能力はないよね。この機会に誰か一人に絞ったら?本命は誰なの?」
美男の質問にできれば即答したかった。
誰の名前でも口にすれば良かったのだが、坂本は口ごもってしまった。
「ん?本命いないの?全員遊び?」
せめてここで頷くぐらいのことをすべきだった。
「あ、人妻。それはそれは……」
今まで誰にも教えたことのない坂本の本心をあっさり見抜いて、美男が苦笑した。
その笑顔がちくりと坂本の胸を痛めた。
笑うなよ、俺の心を。どうせお前みたいなきれいな男にはわかるはずがない。
火にマッチを一本ずつ加えるように坂本は胸の中で怒りを増やしていった。
「そうだと思った。そういうこと多いよ。予め誰かのものだから本気になるわけにいかないんだよね。その気持ちをごまかすために他に本気じゃない相手を何人も作るんだ」
自分でも気付かなかった自分の本心の深淵を読み解かれて、杭でも打ち込まれたように坂本は呆然と美男を見下ろした。
坂本を見上げた美男と目が合った後に、何を知った風なことを、と見惚れないようにわざとそう意識した。