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失礼なことを言われているが、失礼なことをしているのは自分であり、見下ろされてシモベ気分で従った。
「それで?」
上目遣いで、そうおっしゃるご主人を見上げる。
「いつまでここで何をするんです?」
ほとんど口を動かさずに低い声でご主人が続け、坂本はそれを聞いてから目を右上に動かして考えた。
マリが既にそこにきている。
では、トラブル回避としてマユに直ちに連絡をつけることが第一。
とにかくそれが第一!
「ごめん!携帯かけさせて!」
電源を切った携帯をきちんと握ってる自分は偉かった。
ただちに電源を入れて早業でマユに繋ぐ。
「マユ?今どこ?」
『え~?もうすぐ着くよ~』
やっべ~~~っ!!!!ど~っしよっ!ど~~~~っしよっ!!!!
坂本が真っ青になり目を見開いて硬直している時に、来客を知らせるチャイムが鳴った。
『あれ?誰か来たの?』
硬直する坂本が更に冷や汗をかいていると、当然隣人が玄関を開けていた。
「あれ?誰?」
「お隣さん」
隣人と来客の声が聞こえないように通話口は押えていた。
やばいやばいやばい、とにかくここから逃げよう逃げよう逃げよう
「む、む、迎えに行くよ、そこで待ってて」
『え~?いいよ別に。だって、そこってどこよ?』
「あの、バ、バイトがほら、もうバーに行こうと思ってさ、そこ通り道だし、」
『もう行くの?じゃコンビニにいるから』
「おお、すぐ行く!」
ああ!問題一つクリア!いけるぞ俺!
『お客さんはいいの?』
「は?」
『声聞こえるけど?』
坂本の耳には入っていなかったが、隣人と来客がずっと会話を続けていた。
「テ、テ、テレビ。とにかくすぐ行くから」
『そう?』
「じゃ」
速攻で切って顔を上げ、改めて隣人と、新たに来客の姿を目にして、そして驚いた。
隣人が長身のイケメンだから当然かも知れないが、現れた来客が出会ったことがないくらいの美女だった。
着ている服がボーイッシュなそっけないものでノーメイクなので、返ってその美しさが際立つ。
素でこのレベルかよ?と思わせる。
「どうしたの?」
その美女が小首を傾げて坂本に訊ねた。
「は?」
初対面の美女に急に何かを訊ねられ、質問の意図もわからず自分の状況も忘れて、そんな反応しかできなかった。
「だから、なんで浩一の部屋にいるの?」
コウイチ?
美女の口から零れ出た名前が自分の名前じゃなかったことにわずかに嫉妬を覚えただけで、坂本はやはり呆然としている。
その坂本の反応に美女はまた小首を傾げて眉を顰め、長身の隣人を見上げて訊いた。
「日本語わかんないのかな?でもさっきまで携帯で日本語しゃべってたよね?」
その言葉の終わりには美女は眉を顰めたまま再び坂本に目を向けた。
そのあたりで坂本もやっと社会性を取り戻した。
「あ、あの、おじゃましてます、実はちょっと込み入った事情でその、」
社会性を取り戻しても正直に伝えられる事情ではなく、
日本語しゃべれない振りでもした方が良かったかと坂本が考え始めたあたりで、携帯がメールを受信した音が一瞬響いた。
今語れない事情を頭で反芻するよりは、と坂本が手にしている携帯を確認し、送信者の名前を見てまた固まった。
マリだった。今現在坂本の部屋に上がりこんでいるであろう、マリからだった。
震える指でそのメッセージを開いた。