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抜き足差し足で左足を伸ばしたまま坂本は固まっていた。
再びチャイムが鳴る。
「んもう~」
低く声が聞こえ、ガサガサと音が聞こえて携帯を開く音が鳴った。
「え~……」
ため息交じりのその声を坂本はまだ固まったまま聞いた。
マリの声だ。最悪の事態発生。
「も~……!どこにいるんだろ……」
恐怖で息が荒くなってきた坂本は、マリのその声を聞いてとっさに自分の携帯の電源を切った。
反射的な行動で自分でもはっきり意図があったつもりもないのだが、マリの次の言葉でその正しさと奥深さが証明された。
「電源切ってるし~!」
俺は天才だ。確信した。
とは言え、まずい状況に変わりは無く、これを切り抜ける方法を思案している最中にまたマリの声が聞こえた。
「ど~っしよっかな~……」
帰ってくれ。
心の中で叫んだ。
「結構……合鍵を玄関近くに置いてあるもんよね」
やめて~~~~~っ!!!!!
ボリュームを上げて心の中で叫んだ。
置いてあるのだ。ポストの下に合鍵が。
「あ、あった!」
その声は坂本には聞こえなかった。
すでに寝室の窓を開けてベランダにぶらさがっていた。
色々な恐怖に震える坂本が決死の思いで隣のベランダに飛び移り、カーテンもきっちり閉まっている窓をドンドンと叩いた。
明かりはついている。
人はいるはずだ。
助けてくれ。
しばらくしてカーテンがほんの少し引かれて明かりが漏れた。
隣の国立大生が顔の半分を現して、犯罪者を、しかも性犯罪者を見る目付きで坂本を見ていた。
あけてくれ。
となりのさかもとだ。
声を出さずに大きく口を開いて、手振りまで加えて訴えた。
メガネ越しに片眼で見ている隣の国立大生は、窓も開けずに聞こえないくらいの声で何かを短く訊いてきた。
短くどころじゃない。
一言だ。
何です?誰です?泥棒?あほか?の、どれかだ。
決戦のクリスマスイブイブなのに。
悲しくなって、バカバカしくなって、しばらく窓越しに見える半分の男を眺めた。
すると何故か疑惑が晴れたのか、カーテンを開けて窓の鍵を開け、国立大生は無言で坂本を部屋に招きいれてくれた。
「と、隣の坂本だよ。ちょっといろいろあって、ちょっとの間おじゃまさせてもらえま……?かな?」
以前から知ってはいたのだが、この国立大生はかなりの長身で、隣に立つと意外にガタイも良くて威圧感があり、つい態度が下手になるというか卑屈になるというのか、敬語になりそうな言葉をなんとか踏みとどめた。
「追い出されたんですか?」
長身の隣人が上から見下ろし低い声で訊いてきた。
「うん、あの、追い出されっていうか、その、」
続く言葉が出ずに長い間を開けてしまったが、隣人は無言で見下ろしている。
「その、出てきたというか、」
隣人は瞬きもせずにまだ無言を通している。もしかしたら呼吸もしていない。
「すいません……」
困ってしまい、謝ってしまった。
「まぁ……。足は汚いでしょうね」
あ!そうか!靴も履かずにベランダ伝いでここに来たんだ!と慌てて靴下を脱ごうとすると
「いや、脱がないでください。もっと汚い可能性の方が高い」