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「あの……。人妻はそこに来てないようだけど……」
外に声が漏れないように坂本が小声で言うと、原田が顔を顰めた。
坂本の部屋に移動してきたのだが、早まったか?と考え直している。
今連絡した「人妻」は、そこにいる3人に含まれない。
トータルで4人だから、それ以外の3人が勢ぞろいしているということだ。
そしてその中の一人がどうやら君島の知り合い。
君島の証言に拠れば、人妻。
坂本には隠しているのだろう。
結局振り出しに戻ったと原田はため息をついた。
どうせ君島は気付いてUターンしていく。
まいったなぁ。
ヴォイジャーは諦めるか。
別に必要なものでもないんだし。
と、原田が自分の部屋に戻るべく窓に歩みかけた時に、外から大声が聞こえた。
「秋ちゃん?!」
原田が頭をかいた。
最悪。
秋ちゃん、とは間違いなく下の名前が秋彦である君島のことだ。
「何?これ。外で何があったんだろ?」
坂本が原田にすがる。
独身の振りをしてあんたと不倫している人妻が、他の不倫相手の一人である君島とばったり出会って驚いているんだよ。
と目で伝えたが当然伝わっていない。
伝わらなくても構わない。
というか、どうでもいい。
ただ、全てを破壊する方法を一つ思いついた。
原田は坂本に無理矢理持たせたカラースプレーの入った袋を掴んで勝手に洗面所に向かい、眼鏡を外して掛かっていたタオルで顔をガードしながら、取り出したスプレーで前髪を変色させた。
そろそろ切らなきゃなぁと思っていたぐらいに伸びていた前髪が好都合だった。
袋を開けて初めて気付いたが、カラーコンタクトまで入っている。
あのオーナーは俺に一体何をさせたいんだろうな、と一瞬思ったが、まぁ使わせてもらうか、とフィルムを破った。
「え?真由美さん?」
君島が真っ青になった。
「あら!偶然ね!どうしたのこんなところで!」
真由美さんは若く見えるが、これで30過ぎの3人の子持ちだ。
忙しい亭主は家にいつかず、育ち盛りの子供の世話に明け暮れて、自分の人生はいったい何なのかと日々モンモンとしていたのよね!と、君島との関係が始まったのだ。
「真由美さんこそ……」
君島にはこれ以上のことが言えない。
原田が全て終わらせるはずだった。
いやそれ以前に、この人がいないはずだったのに、もしや僕は、
だまされた?
そう思いつくと、腹の底からちりちりと怒りが燻り始めた。
その怒りを貯めた目で見上げると、真由美は急にうろたえはじめた。
「あ、うん。私は別にその、」
その様子を見て、君島の怒りが原田から真由美に移動した。
「……あなた、忙しいんじゃなかった?」
眉をひそめて一段低い声で、君島が詰問を始めた。
そして真由美は慌てて君島の腕を取りその場から離れようとしたので、それを振り払い言い放った。
「別にあなたが誰と付き合おうと構わないよ。僕だってあなただけじゃないからね。ただ、嘘は止めて欲しいね」
近くで見ている女二人が息を飲んだ。
……この子、男の子?!
その直後、坂本の部屋のドアが開いた。