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思わず出た本音

 一回怒られたぐらいでウザがらみをやめようなんて思わない。一度好きになった相手には徹底的にウザがらみし続ける。それがあたしだ。だって、あたしかわいいし。


 午前中の授業が終わって給食の時間になった。今日はノムセンではなく神田先生が一緒に食べるという粋な計らいがあった。「神田先生が早く生徒たちと仲良く出来るように」って、ノムセンが配慮した結果らしい。初めてあの坊主頭の先生を尊敬した。


 それはそうとして、あたしがこのチャンスを逃すはずがない。


 神田先生はいつもノムセンがいる教室左前あたりで、教師用のデスクに座って給食を食べている。神田先生の真ん前にいる女の子と席を代わってもらった。一生のお願いで押し切ったけど、もしかしたら結構怨まれているかもしれない。だって、その席は女子にとっては神席だから。


 やっぱりというか、しれっと移動しているあたしに神田先生は気付く。


「あれ? 美浜さんってその席だったっけ?」

「そんなこといいじゃないですか。せっかくだから、楽しくお昼の時間を過ごしましょ」


 あたしはまったく臆することなくグイグイ前に出る。


「神田先生って趣味は何ですか?」


 他の男子が「ふっ」っと笑いを堪えたような声を出す。「お見合いかよ」って思ってる? まあ、あたしはそう思ってるけど?


「趣味、ねえ……。強いて言うなら、読書かな」

「あ、そうなんですね~。あたし、ちゃんと本を読んでみたいと思ってるんですぅ~」


 近くにいる細井が「よく言うよ」という視線を向けてくるけど、気付かないことにした。いや、あなただってあたしの心理ぐらい分かるでしょ? 黙っていてよ。


 そんなことを思っていると、神田先生が口を開く。


「そうなんだ。本はいいよね。美浜さんはどんな本が好きなの?」


 ぐび


 まったく予期していなかったカウンターを喰らったように、あたしは次の言葉が出てこなくなる。


いや、だって、そんな本を読みたいなんて、あなたとの会話を長く持たせるための方便に決まっているじゃないですか~。……なんて言えるはずもないので、テキトーにごまかすことにする。


「えっと、えっと……そう、アレですよ。あの作品です」

「うん」


 周囲からニヤニヤした視線。みんなあたしが本なんて読まないことぐらい知っている。


「アレな。たしかに面白いよな」


 細井がニヤニヤしながらボソッと言う。後で殴ってやる。って、そんなことを言っている場合じゃない。何か考えなくちゃ。何でもいいから、それらしいやつを考えなくちゃ……。


「あの……あ、アリス」

「不思議の国のアリス?」

「そう、そうです。それそれ。あれなんか、小さい頃から本当に好きで」

「たしかにあの作品は大人になってから読むとかなり尖っているよね。なかなか渋いところを挙げてくるね」


 神田先生が感心した声を出す。やった、なんか知らないけど、あたしの好感度が勝手に上がった?


 細井のニヤニヤが止まらない。「俺は分かってるからな」っていう顔だったので「黙れ」とアイコンタクトを送っておいた。


 反対に先生の好きな本を訊いてみたけど、有名な推理小説ということであたしにはまったく分からなかった。その話題で仲が深まるとも思えなかったので、早々に話題を変える。


「あの、先生は教生ってやつなんだよね?」

「うん、そうだよ。だから厳密には教師じゃなくて大学生なんだ」

「大学って楽しいんですか?」

「……どうだろうね。生き方次第なんじゃないかな。ただ卒業だけを目標にしたら味気ない毎日を過ごすだけだろうし」

「そうなんだ。それじゃああたしはどうすればいいのかな?」

「まあ、大学に行っていないと出来ない仕事もたくさんあるわけで、そのためにも行っておいた方がいいと思うよ。親御さんたちもそう言うだろうし」

「う~ん、そんなものなのかな?」


 あたしは少し考え込んで、すぐにハッとする。これじゃあただの進路相談じゃん。


「そう言えば、神田先生はなんで教師になろうって思ったの?」


 あたしが言うと、神田先生が一瞬フリーズする。あ、なんか地雷踏んだ?


「俺にはね、憧れた先生がいたんだよ。本当にすごい先生で、心の底から尊敬していた」

「そんなにすごい先生だったの?」

「うん、そうなんだ。色々助けてくれた先生がいてね。あんな人みたいになれたらいいなって思って、今でもその背中を追いかけている最中だよ」


 神田先生が思わず「俺」って言っちゃうほどだから、きっとその話は本当なのだろう。心の底から尊敬できる先生か。ノムセンとかしか知らないあたしにとっては縁の無い話に聞こえるけど。


 いや、もしかしたら、あたしのとって神田先生がその尊敬できる先生になるのかな? それから将来の奥さんになったり……なんて勝手に妄想を膨らませる。


「でも、あたしバカだからなあ……」


 思わず漏れるひとりごと。学校の勉強はなんとかついて行けてるのと置いていかれているかの境目みたいな実力で、ママに塾へ行くように言われているけど長続きする気がしないから断っている。


 だって、勉強なんかできて何になるの。社会で成功している人を見ると、中卒だったりテキトーにインフルエンサーをやって大金持ちになっている人もチラホラ見かける。そういうのを見ていると、マジメに頑張るなんてバカみたいじゃん。……なんて、口に出して言えるわけないけど。


「大丈夫だよ」


 一人で落ち込みそうになっていた意識を、神田先生の一言が引き戻す。


「勉強なんて、やり方さえ分かっていればどこからだってやり直せるんだから」

「ホントに? もしかして頑張ればあたしも東大なんかに行けちゃったりする?」

「お前は何でもすぐに本気にするよな」


 あたし達の会話を聞いていた細井が横やりを入れてきたので「うっさいボケ」と言い返した。「しまった」と思って神田先生を見ると、大して驚きもせずに優しい笑みを浮かべていた。


「行けるよ、東大にも。頑張ればね」


 その言葉に、一瞬ボーっとなる。別に東大がどうこうとかじゃなくて、自然に「できるよ」って言われた感じがしたせいか、一瞬意識が遠くに行ってしまったのかも。


「はい、それじゃあ東大を目指します。目指すから、あたしと付き合って下さい」


 ロボットみたいに吐き出した言葉で、教室がどっと笑いに包まれる。自分で言っておきながら、あたしは何を言っているんだろうと思った。なんか脳にバグが発生してしまったみたい。


 でも、あたしのキャラのせいか、本気にしている生徒はおらず、なんか面白いことを言っただけみたいな空気になっていた。


 神田先生も面白いギャグでも聞いたみたいに笑っていた。


 でもね、先生。ナチュラルに口をついて出た言葉だからさ、きっとさっきのはあたしの本音だと思うよ。


 まあ、本当のところはあたし自身にもよく分かっていないんだけどさ。

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