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婚約破棄された監査官は、王国の終わりを記録する

作者: たまみつね
掲載日:2026/03/27

王都の大広間は、祝宴の装いに満ちていた。

煌びやかなシャンデリア、貴族たちの笑い声、そして中央に立つ王太子。

その隣に、私は立っていた。


「本日をもって、エレノア・グランディスとの婚約を破棄する!」


場が凍りついた。

だが、私は驚かなかった。

予想していたからだ。


「理由は明白だ。彼女は王家に相応しからぬ“金勘定の女”であり、王国の威厳を損なう存在だからだ!」


くすくすと笑いが漏れる。


そうだろう。私は華やかな令嬢ではない。

王国財務監査局――その筆頭監査官。

貴族の不正を洗い、税収の流れを管理し、国家の金の流れを守る役職。

王太子の婚約者としては、あまりに地味で、そして都合が悪い。


「……以上ですか、殿下」

私は静かに問うた。


「まだあるのか?」

「いえ。確認です。では、正式に婚約は破棄ということで」


「ああ。その通りだ」


彼は満足げに頷いた。

その隣には、新たな婚約者――公爵令嬢リリアナが寄り添っている。


華やかで、愛らしく、誰からも好かれる女性。

そして――私がこれまで何度も「不正の疑いあり」と報告していた家の娘。


「では、私は職務規定に従い、王都を離れます」

「好きにしろ。地方の帳簿でも眺めていればいい」


嘲笑が広がる。

私は一礼し、背を向けた。



――これでいい。



私は、ようやく“自由”になったのだから。





王都を出て三日後。

私は馬車の中で、分厚い書類の束をめくっていた。

内容は単純だ。


・貴族の横領

・軍需費の不自然な増加

・税収と支出の乖離

・そして、王太子直属の予算枠の急拡大


すべて、私がこれまで報告してきたものだ。

だが、そのほとんどが「保留」あるいは「却下」とされた。


理由は簡単。

「王太子の意向に反するから」


私は監査官として優秀だった。

だからこそ、王太子にとって“邪魔”だった。



婚約は、元々政略だ。

私の父は元財務大臣。

その実績を買われ、私は王家の金を守る“盾”として婚約者に選ばれた。

だが、父が病で倒れ、後ろ盾を失った時点で――私の価値は変わった。


「……いえ、違いますね」

私は小さく呟く。


価値がなくなったのではない。


 

“価値がありすぎた”のだ。





一ヶ月後。

地方都市アルヴェル。

私はここで、地方監査官として再任された。


名目上は降格。

だが実態は――中央からの排除。


「お嬢様、本当にこれでよろしかったのですか?」

付き従う侍女が心配そうに言う。


「ええ。むしろ好都合よ」

私は窓の外を見た。


穏やかな街並み。

だが、その裏では――すでに歪みが始まっている。


「中央の監査が止まれば、どうなると思う?」


「……不正が、増えます」


「いいえ。“表に出る”の」



不正は、もともと存在していた。

私はそれを抑え込んでいただけ。



それを止めれば――どうなるか。





半年後。


王都から報せが届いた。


 

――国庫金の不足。


最初は小さな問題だった。

だが、次第に規模は拡大していく。


・軍への支払い遅延

・地方への補助金停止

・市場での信用低下



私は淡々と記録した。



「やはり、こうなりましたか」




さらに三ヶ月後。


――反乱発生。


地方貴族が、中央の統治能力低下を理由に独立を宣言。

軍は動けない。

金がないからだ。


私は報告書を閉じた。

「遅すぎましたね」



その頃、王都では。

「なぜだ!なぜこんなことになっている!」

王太子が叫んでいた。

「殿下、財務管理が崩壊しております!帳簿が合わず、支出の追跡も不可能で――」

「そんなはずはない!前任の監査官は何をしていた!」


沈黙。


誰もが分かっていた。

その“前任”を追放したのは――あなた自身だと。



一年後。

王国は事実上、分裂した。


中央政府は機能停止。

各地で独立政権が誕生し、王都の権威は失われた。


私は地方の一室で、静かに紅茶を飲んでいた。


「お嬢様……これで、本当によかったのですか?」

侍女が問う。


私は少し考え、答えた。

「私は、ただ職務を果たしていただけよ」


守るべきものを守り、

警告すべきことを警告し、

そして――排除された。

それだけの話だ。


「ただ一つ言えることがあるとすれば」

私は窓の外を見た。


穏やかな街。

人々の生活。

ここにはまだ、秩序がある。


「国は、剣や王冠で支えられているのではない」

静かに、言葉を紡ぐ。


「“信頼”で支えられているの」


それを壊した瞬間、

どれほどの力を持っていようと――崩れる。



後に歴史家は、この一連の出来事をこう記した。

――「一人の監査官を失ったことで、王国は崩壊した」と。


だが、私はそうは思わない。

崩壊は、もっと前から始まっていた。


ただ、

それを止める最後の歯車が――外れただけだ。



(了)

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