Case.2 ──人身売買──
〝ロス・クルティード〟の構成員から人身売買の情報を手に入れたエマは折り合いの悪いナイトウッドとアンジーにコンビを組ませ、調査を行わせる。
あるところに白い服を着た少女がいた。彼女はルース・サマーズ。オークランドに住み、アニマルシティ立のシニア・ハイスクールに通っている十七歳の少女だ。
家は母親が病気で治療費を稼ぐために父親は高給なトレーラーの長距離運転手をしているため中々家に帰ってこず、ほぼ全ての金が治療費に充てられてしまうために貧乏でマクドナルド・ハンバーガーも買えないような家庭であり、ほつれて着れば体にチクチクとした感覚に襲われるよれた安物の服を着ており、髪はボサボサでメイクをするような余裕もなければ容姿はカントリー・パンプキンであると揶揄されたが、その反面肌は白く顔立ちも整っていたのだった。
あまり良い生活をできているとは言えない状態で、それでも彼女はアルバイトを掛け持ちしてなんとか弟と妹と食わせているような状態だった。
それ以外はごくごく平凡で大学に行けるだけの学力はあると先生に言われていたが、奨学金のアテもなければ家の貯金も無いような状態であったため、早く就職しようと必死になっていた。
彼女はそんな状態で今日も授業が終わると〝キューティ・アリスちゃんのハッピーアイスクリーム〟というアイス屋でアルバイトを行い、帰宅している最中だった。
その時間帯はもう既に日が落ちていて周りは暗く、ぽつぽつと雨が降っているような天気で治安の悪いアニマルシティでは一番警戒する必要のある状況である。
ルースは暗い夜道をとぼとぼと歩いていたが、突然黒づくめのセダンが背中を照らしてきた。
それを避けようと道の端に寄るとセダンは徐行しながら近づき、ドアを思い切り開くと、中から黒い目出し帽を被った複数人の男が現れ、ルースの体を強い力で抑え込むと車内へと引きずり込んだ。
ルースは一瞬訳がわからず、車内に押し込まれた後に初めて自分が誘拐されているという事実を認識すると、外に向かって助けを求めるべく大声で叫ぼうとしたが口を思い切り抑えられ、頭にはスターム・ルガー製のP94ステンレス・ピストルを突きつけて身動きが取れない状況にされていた。
ルースはわけもわからず過呼吸になり、涙が止まらなくなる中でその男たちが韓国語で話しているのを認識した後、クロロホルムが含まれた布で鼻を抑えつけられるとそのまま脱力した感覚を味わい、がくりと崩れ落ちたのだった。
CLAWチームは以前手に入れた麻薬カルテル〝ロス・クルティード〟の幹部が持っていたスマートフォンに記されていたビットコインの取引情報から、繋がりのある人身売買組織の情報を掴んでいた。
所在地は北京タウン。アニマルシティの一区画に存在するアジア系、特に中国と香港、そして韓国からの移民が数多く住んでいる地域であり、西洋文化とは反対の東洋文化があしらわれた紅色の街には有名な飲茶<ヤムチャ>の専門店があり、多くの観光客が来ることでも知られていた。
一昔前は荒れ放題で常に抗争が起こり、警察が近づくことができない犯罪が横行していた大変危険な地域であったが、狐仙<フーシェン>と呼ばれる中国マフィア出身と思しき人物が荒療治とも呼べる過激な暴力による弾圧統治を行い、治安を取り戻したという経緯があり、一時期はダウンタウンよりも平和と言われていた時期もあった。その一方で近年ではアニマルシティ全体の治安悪化も伴って同じやり口を使って街を支配しようとするパク兄弟が率いる韓国マフィア<ダブル・タイガー>も徐々に勢力を伸ばしており、争いは激化する一方であった。
その街の人身売買組織を探るべく、エマ・カストロ・マルチネス巡査部長は自身の旧知の知り合いにパソコンのビデオ通話で連絡を取っていた。
「ハイ、エマっち。久しぶり!三年ぶりの連絡だけど元気してたー?」
「みんな、この人は私のハイスクール時代からの知り合いクリスティーナ・ジェンナー元陸軍少佐だ。」
女は前髪を真ん中分けにした髪型で金髪のブロンド。肌は小麦色に焼けており、アロハシャツを羽織ってレイバンのサングラスをかけていた。容姿は典型的なアメリカ人でハイスクール時代は確実にチア・ガールをやっていてミス・ハイスクールであったと推測できる快闊な容姿だった。
「元少佐?この人が?どっからどう見てもそうには見えねーよ。普通にいいとこ育ちでいい暮らししてる金持ちの女にしか見えねーけど。」
「彼女はアメリカ陸軍第一特殊部隊作戦分遣隊・デルタに所属していた元陸軍将校だ。五年前に退役して今は民間のNPO組織<セイヴ・ザ・アブダクション・ヴィクティムズ>の職員だ。」
「元デルタフォース?嘘だろ…」
「…一言断っておくけど、デルタフォースなんて存在しないよ。私の所属している組織は元軍人・警官によって構成されている人命救助専門のNPOで、国連の承認と業務委託を受けて各国のアメリカ人拉致被害者がいる闇組織の拠点を撃滅して連れ帰るのが仕事。早い話が拉致被害者救出が専門の非営利の民間軍事会社と探偵の間の子といったところかな。少年少女らをアメリカに連れ帰って身寄りがなければ面倒を見るのが私たちの仕事。まあ、アメリカ国内での活動は治安維持組織の利権争いなのか認可されてなくて、情報提供オンリーなんだけどね。」
「タダで命張ってんのか?理解できねー。」
「だって暇だし…最近は貯金でちまちまやってた株も大当たりしちゃって金にも困ってないんだよねー。それなら人生の一分一秒を経験を生かして正しいことに捧げたいじゃん?」
「…話を戻すぞ。我々は先日麻薬カルテルのアジトを襲撃した。そして射殺した犯人の懐のスマホから北京タウンで人質売買をやっているという情報を掴んだ。心当たりはないか?」
「北京タウンならダブル・タイガーのパク兄弟だね。韓国出身のパク・ミョンホとパク・ジョンホの二人組が立ち上げた組織で〝ロス・クルティード〟と組んで人身売買に手を出してる。そりゃあもうやり口は酷いよ。臓器を売り捌くのはもちろんのこと意図的に手足を切り落として〝愛玩用の欠損児〟を作って金持ちの変態に売り渡してるんだ。私たちも止めようとしたんだけど何度申請しても認可が下りなくて歯痒い思いをしてた…でも街を牛耳ってるなんとかしぇんって人がそれを止めようとしていたことは知ってるよ。」
「狐仙?」
「そう、それそれ!調査員がその人の私兵とパク兄弟の連中が戦ってたのを見た。韓国出身の連中はみーんな徴兵制度を受けてるから、チンピラじゃ相手にならないんだよ。相当ヤバい撃ち合いだった。だから警察も手を出さないんだろうね。」
「私なら〝前任者〟と仕事をしてた時に狐仙と会ってるし居場所もわかる。」
「よし、ならアンジーにこの任務は任せよう。ありがとうクリスティーナ──」
その通話の最中突然向こう側から耳をつんさくような爆発音が聴こえる。
「おい、クリスティーナ?」
「にゃはは、ごめんねエマっち。今メキシコにいて〝ロス・クルティード〟って組織が拉致ったアメリカ人の子供を助けにいってる最中なんだ!じゃ、連中皆殺しにしてくるから~!」
そういいながらクリスティーナは画面越しに親指と小指を立ててハワイのシャカ・サインをすると通話は途切れた。
「よし、じゃあアンジーと…ナイトウッド。お前だ。二人でコンビを組んでアジア街を探ってこい。六人だと目立つから私たち四人は待機して情報を待つ。踏み込めるだけの情報を手に入れたら無線で知らせてくれ。」
その言葉を聞いた瞬間、二人は何かあり得ないものを見るかのような目で互いを指さした。
「じゅ、巡査部長!それはないですよ!なんでこんなクソみたいに不真面目でやたらめったに人を殺しまくるジャンキーと一緒に仕事なんてしないといけないんですか!」
「ボ、ボス!それはないだろ!こんなクソ真面目なヤツと私がつるんで規律を守って仕事なんて無理だ。見てわかるだろ!水と油だ!」
「よし、相性バッチリみたいだな。今回は目立つとマズイから普通のパトカーは使えない。覆面はあるか?私とナイトウッドの覆面はCLAWに異動するときにアニマル市警に返却してきたからな。今はあのシビックしかない。」
「…それならガレージにダッジ・チャレンジャーがある。…前任者が用意したやつ…内装に覆面の一式組んである。」
そういうとブルーは外に出て落ち葉の中を歩いていき、ガレージのシャッターを開けると中から全体が黒く艶のある塗装がされた第三世代のダッジ・チャレンジャーが姿を現した。
「あーそれ僕の──」
「今回の任務は奴らに運転させてやれ。」
「はい…」
エマの指示を聞いたシバはしゅんとした顔をしながらナイトウッドにチャレンジャーのキーを投げ渡され、私服に着替えトランクに装備一式装備を投げ込み、それぞれ運転席と助手席に座るとナイトウッドはキーを入れて回すが何故かチャレンジャーはびくともしなかった。
「アレ?おかしいなこの車壊れてるんじゃないの。」
「クラッチ踏んでないだろ。」
「クラッチ?クラッチって何?」
「左側二番目にあるペダルだよバカ。」
「え、これフットブレーキじゃないの?あれ、ペダルが四つもある!?」
「いいから、そこを踏んでキー回せ!そしたら始動するから!」
するとブォンという勢いの良い音と共に五・七リッターの ヘミ・V8エンジンが脈動し始める。
「クラッチ踏んでローギアに入れろ。」
「ローギア?ローギアって何?」
「シフトレバーの下に一って書いてるだろうが!」
ナイトウッドは慌てふためきながらシフトをなんとか一に入れ、アクセルを踏むと瞬間にガタガタという音を出しながら車のエンジンはストップし、中は静寂に包まれた。
「お前マニュアル車乗ったことないのか、半クラも知らねえの?タイプRのシビックに乗ってる癖にそんなんでよく運転手が務まるな!」
「仕方ないだろ!パトカー仕様は全部オートマだし、私はマニュアル車の乗り方なんて教わったこともなければ、調べたこともないんだよ!」
「もうしょうがない、変われ、私が運転する。」
そうしてアンジーが運転席に乗ると手慣れた手つきで始動し、勢いよくチャレンジャーは動き出すが、震えた右手でハンドル操作を誤り、ガレージの入り口にボディをギリギリと擦りながらシバの悲鳴が聞こえる中でCLAW本部を後にしたのだった…
アンジーは北京タウンの中でチャレンジャーを路駐し、屋台で昼ご飯を買っていた。
「おい、ここは路駐禁止のエリアだぞ。」
「私たちは警官だろ?だったら、文句なんて言われねーよ。」
そういうとアンジーは屋台で買った腸粉<チョンファン>と呼ばれる香港の軽食をナイトウッドに差し入れ、運転席に座り込むとゆっくりと車を動かし始めた。
「職務中だってのに食事か?」
「肩の力抜けって相棒<パートナー>。昼なんだから腹ごしらえしないと体がもたねえっての。」
「誰が相棒だ。」
アンジーは透明の使い捨て容器からゴムを外すと中から湯気が立って香ばしい匂いのするあたたかな腸粉が姿を現し、つまようじを刺すと口へと運ぶ。
「うーん美味いな。エビがぷりっぷりでさぁ…外はもちもちで中から味わい深い出汁の味がなんともいえないんだ。北京タウンの飯はどれもこれも美味いんだよ。一時調査ってことにして仕事さぼりながら食べ歩きしてたしな!」
「お前、真面目にやれって──」
タイラーの口に腸粉を放り込むと無言で咀嚼し始め、飲み込むとアンジーが持っていた使い捨て容器を奪い取り、中に入っている腸粉を勢いよく食べ始めた。
「あー私一個しか食ってねーのに…さては腹減ってたなお前…」
「はらごひらえひろっていったのはおはへだろ!」
タイラーはごくりと腸粉を飲み込み、満足そうにしていた。
「ふー…そういえば、アンジーは狐仙について知ってるって言ってたな。どんな奴なんだ?」
「狐仙はこのあたり一帯を仕切ってる半分マフィアで半分自警団みたいな連中の大ボスだ。一回話しただけだからわかんねーけど体躯はアジア人らしくそんなに大きくなかったと思う。カーテンに隠れてて顔は見たことがない。性格は大胆でイカれてるが信念のあるヤツではあった。英語はネイティブレベルだがたまーにイントネーションが怪しくなるな。まあ私のロシア訛りとどっこいどっこいってとこか。この近くにある飲茶<ヤムチャ>の店の地下に潜んでる。表向きは美術商らしいが探しても似てる奴は見つからなかったね。アメリカの戸籍が無いのかも。最もそのことを知るのはごく限られた連中だけだけどな。」
「ヤムチャって?ドラゴンボールの登場人物か何か?」
「中国や香港版の三時のおやつってとこだ。ほら、ついたぞ。」
アンジーが指を指すとそこには年季が入っていて古風な佇まいをしているが、豪華な金箔があしらわれたそこそこの大きさの建物が現れた。中はここがアメリカではなく中国か香港なのではと錯覚するほどに中国語が聞こえており、老若男女問わずあらゆる世代の人間が大きな声でしゃべりながら賑わいを見せていた。
二人は入り口付近にダッジ・チャレンジャーを停めると中国式の模様があしらわれた赤い木製のドアを開き、中へと入る。
湯呑茶碗から注がれた中国茶の豊かな香りや包子、小籠包、煎堆の香ばしい香り、それにマーラーカオやシャチーマーといった菓子の甘い香りが漂い、皆が大声で笑いながら箸で食事にありついていた。
「お客様、二名様でいらっしゃいますか?席へご案内します。」
「いえ、私たち食事は…」
「ああ、二名でいい。〝神通の間〟で頼む。」
「…承知しました。」
ウェイターは頭を下げると二人を店の奥へと連れていき、金があしらわれた重々しい扉を開くとそこには密閉された空間中に赤い大きなテーブルが置かれていた。
「…ここは?」
「いわゆる、ヴィップルームってやつだよ。とはいっても料理が目的のやつが連れてこられるとこじゃない。」
そう言ってアンジーはテーブルの上に置かれた紅い茶碗を捻ると、席が丸ごと地下へと沈んでいき、中には豪華な壺や釈迦の像、龍があしらわれた陶器等が所せましと並べられていた。
「あの釈迦の像は…ハイスクールの海外旅行でイギリスに行ったとき、大英博物館で見たものだ。しかし、なんでこんな物がアニマルシティなんかに?」
「大英博物館にある物は贋作だからのう…」
「誰だッ!?」
ナイトウッドは思わず声の聞こえた方向にグロック一九を構えるが、そこには小柄で旗袍<チーパオ>を着ており、椅子に座りながら古風で長々しいキセルパイプを吸っている女性の影だけが照らされており、気が付けば周りにはたばこの香りがたちこめていた。
「銃を降ろせよ相棒。あれが狐仙。ここら辺一帯を取り仕切る自警集団のボスだ。それにグロックなんて何発撃っても意味はない。そこは一見何も無いように見えるが透明度が著しく高いレベル十の防弾ガラスが何重にも重なってる。グロックどころか五〇口径で撃ってもビクともしない。それに…」
アンジーが指を向けた方向にナイトウッドは目をやると、気づかない内に十数名のサングラスをかけ、スーツを着た中国人の護衛に囲まれていることに気づいた。
彼らは全員防弾ベストを着ていてカスタムされたイスラエル製のガリル・エースの七・六二ミリ弾仕様を所持しており、腰のブラック・ホーク製のホルスターにはグロック一九を下げ、言葉を交わさずともこの場で発砲していればハチの巣では済まないであろうことが本能的に理解できた。
「もとはといえば大英博物館にある芸術品の類のほとんどは盗まれたもの…この像は元々は我ら漢民族の物だ。英人の曇った目では贋作を見抜くことなど到底不可能。我々は正規の手段で手に入れた美術品を売買する一方で〝盗まれた物を取り戻して〟もいるのだ。むろんこのアメリカでもな。そしてこの街を守っている。」
「何が〝取り戻した〟だ…こんなものFBIの美術犯罪捜査課に通報してしまえば済む話じゃないか。美術犯罪だって重大な犯罪だ。それにこんなに大勢の部下に囲ませて自分は防弾ガラスの後ろで悠々とふんぞり返っているだけか?卑怯者じゃないか。それに惨いやり方で街を守って何になる!」
「卑怯…?卑怯と何をもって定義する?法の下で権力を振りかざせるおぬしらが言えたことか?貴様のその権力が自分たちで学び、鍛錬し、血と汗を滲ませて手に入れた力であるならば、部下やこの防弾ガラスもまた、私が血と汗を滲ませて手に入れた力であろう?…それにわらわが来る前のこの町は随分と酷いものだった。貧困故に同胞同士で殺し合い、この街の実権を握ろうと色んな派閥が流入して犯罪を行っていた。貴様ら警察は犯罪者が潰しあっていることをいいことに、虐げられた貧しい我らが同胞たちに救いの手を差し伸べようとしなかった。故に血を選ぶしかなかった…秩序を守る者が秩序を守ることに目を背けたのだ。これを卑怯と言わないなら何と言う。」
「ッ…」
ナイトウッドは少し考えると黙り込んでしまった。
「もーいい、難しい話はそこまでだ。今回の件にそれは関係ないだろ?相棒。」
「…相棒っていうな。」
「今回追っているのはダブル・タイガーっつう、韓国のマフィア組織だ。連中がこの街でルース・サマーズっていう女の子を売買しようとしているって情報をクルティードの構成員から仕入れたんだ。何か知らないか。」
「ダブル・タイガー…忌々しい奴らだ。あいつらは韓国警察によって追い詰められてアメリカに逃げてきた。そしてアメリカに自分たちの帰る家<コリア・タウン>があるにも関わらず、我らの街にまで手を出してきた。幾度となく戦った末に多くの部下を失ったよ。我々は麻薬や人身売買を横行させる奴らとクルティードを許したことはない。連中は南西側の土地を買収したり、廃墟を根城にしておる。あそこの地域だけは以前の治安に逆戻りだ。」
「心当たりのある場所は?」
「Nブロードウェイにある陳さんの天宝来来<ティアンバオ・ライライ>という中華料理店が最も怪しい。元々は普通の北京ダックが美味い店だったが、ある日から韓国人がうろつくようになり、陳さんは姿を消してしまった。あそこは敷地も広くて店内も大きい。それに部下から子供を見たと報告があったし、食肉加工用の設備が整っている。奴らが変態を喜ばせるには格好の場所だ。」
ナイトウッドは住所と店の名前をメモ帳に書き記すと振り返り、ダッジ・チャレンジャーの元へ戻ろうとしたその時だった。
「ああ、それから青臭いそこの警官よ。」
「…なんだ…」
「時には灰色になる覚悟を持った方がいい。そうでなければ〝この街では潰れてしまう〟。」
ルース・サマーズは目を覚ますとどこともわからぬ店の厨房の一室に押し込められていた。電源は付いておらず、あたりからは肉が腐敗した悪臭がたちこめてハエが飛んでおり、あちこちが錆びていることで鉄の匂いが蔓延していて、床は茶色く変色した乾いたものがこびりついていた。思わず鼻を押さえながら立ち上がり、ドアを開けようとするが外側から鎖でがっちりと固められていて、とてもではないがティーン・エイジャーの女の子が自力でなんとかできるものではなかった。そうして部屋の内側に視点を向けると自分の隣にまだ十歳にも満たないような少女が顔を真っ赤にしながら泣いていた。
少女もまた自分と同じよれた服を着ていてすこしほっそりとしており、栄養状態が芳しくないことが見て取れた。
ルースはその女の子に近寄って慰めようとしたが、何やら酷くおびえているようで近づくだけで部屋の後ろへ後ずさりしていく。この怯えた少女を見て寝起きのハッとしない頭の中で自分が何者かに拉致されたことを改めて知覚した。
「開けてください!ここはどこなんですか!家に帰してください!」
施錠されたドアを何度も叩くが全くと言っていいほど返事は帰ってこず、何とか外を覗くと何やら二人組の男が韓国語で話している声が聞こえてくる。
「이번 거래처는 '결손'을 좋아한다고 한다.(今度のお得意先は〝欠損〟がお好みだそうだ。)」
「코담배에 질리지 않고 몸에 만족하는 소녀의 팔다리를 떨어뜨릴 수 있습니다. 연극이 되는 것은 좋은 취미입니다.(スナッフポルノじゃ飽き足らずに五体満足の女の子の手足を落とせってか。愛玩目的だなんて良い趣味してる。)」
ルースは話している言葉の意味は理解できなかったが、少なくとも顔立ちと目つきから彼らが普通ではないことを直感的に理解していた。
「이 중국식 부엌칼은 잘 자릅니다. 지금까지는 톱처럼 날카로웠습니다. 이것은 검입니다.(この中国の包丁はよく切れる。今までは鋸みたいな切れ味の悪さだったもんな。これで一太刀さ。)」
「그럼 먼저 '새끼 토끼' 요리부터 시작해 줘.(それじゃあ先に〝子ウサギ〟の調理から始めてくれ。)」
頭頂部が禿げていて青髭の目立ち、首元にタトゥーを入れている包丁を持った韓国人は椅子から立ち上がると、ゴミ箱に痰を吐き捨てて気怠そうな表情でポケットから赤錆のついた鍵を取り出すと鎖についた錠前に刺し入れて鎖を降ろしてドアを開けた。
ルースはその様子を見てあたりに落ちていた青くて黒ずんだバケツを拾うと、男が入ってこようと扉を開けたタイミングで思い切り顔面に向けてそのバケツを叩きつけた。
「씨발! 이 여자!(チクショウ、この女!)」
ルースは半泣きになりながらとにかく我を忘れてとにかく包丁を持った男をゴンゴンと叩いて、叩いて、叩き続けた。
禿げた韓国人は顔面を何度も叩かれていつしかそれが眼球に直撃すると、大きく怯んで態勢を崩し、その隙にルースは手に持っていた中華包丁を奪い取るとその男の右手の指に振り落として切断した。
その音を聞いたもう一人の韓国人は急いで金属バットを持ってルースの前に現れると、彼女の頭を殴ってから部屋に蹴り入れて施錠し、切断された指先を押さえながらぶるぶると震える禿げた韓国人の止血をしていた。
ルースは火事場の馬鹿力を出したのが原因がどっと疲れ、その場にへたり込んでしまった。
「…お姉ちゃん、助けてくれたの…?」
少女の目に少し光が宿るとルースの元に近づいてきて隣に座り込んだ。
「わたしね、あいつらにお母さんと攫われちゃったの。いきなり押し入ってきてお母さんは裸にされて…私はそのまま無理矢理引っ張られてきて今ここにいる。少し前にはいたけど、すごい悲鳴が何度も何度も聞こえてきたんだ…」
ルースは怯える少女の震えを優しく抱きしめると小さな声で「大丈夫…大丈夫…絶対守ってあげるから…」と言い頭を撫でた。
ナイトウッドとアンジーは狐仙に指定された天宝来来の近くの裏路地でダッジ・チャレンジャーを停めていた。
あたりにほとんど白人はおらず、中国系や韓国系のアジア人がとぼとぼと歩いていた。
天宝来来の建物自体は比較的新しいものだったが、店の前には黒い二○一一年型のヒョンデ・アセラが停まっていた。ドア全体が埃に塗れたカーテンで隠されており、中身が見えないようになっていた。そして中からは得体の知れない悪臭が漂っており、それが死体の腐敗した香りであることは警察官としての経験から容易に察することができた。
「クソ…ここら一帯は中国人と韓国人しかいないから私たちみたいな白人だけだと目立ってしょうがないな…」
「こんなところにグルカを呼んで包囲するまでをちんたらやってたら、たちまちバレて集中砲火もありうる。なんせ誰が敵で誰が味方かなんて判別つかねえ。先に踏み込んだ方がいいかもしれないな。」
「ケーブルカメラは持ってきた…だがもし銃を撃てば銃声が響くぞ。街中で五・五六ミリ弾の銃声を響かせたりしたらそれこそ終わりじゃないか。」
「秘策がある。ボンネットを開けてくれ。」
「…ボンネット?なんのために。」
「いいから。」
ナイトウッドはアンジーの言う通りにダッジ・チャレンジャーのボンネットを開けると、アンジーはエンジンルーム内を覗いてなにやらパーツをくるくると取り外した。
「オイルフィルター?」
「コイツはサプレッサーの代用になる。犯罪者の間じゃ常套のテクよ。」
アンジーはモパー製の黒いオイルフィルターを自身の持っているフルオート・スイッチの付いたグロック一九のねじを切ったバレルに捻じ込んだ。
「オイルフィルターを外したら車が走れなくなるだろ。サプレッサーとして使っても内部のエレメントがすぐにぐちゃぐちゃになる。それと政府に税金も納めないといけないぞ。」
「ホームセンターを探して新しいのを買えばいいだろ。そのぐらいの距離なら無くても走るさ。それに税金なんて払ったことないね。督促状は全部ゴミ箱に投げ入れてるさ。それにこの状況、こうして駄弁ってる時間も惜しいんじゃないか?相棒。」
「相棒って言うな…わかったよ。私たちだけでやろう。それとアンジー、警告しておくけど死と税金<デス・アンド・タックス>からは逃れられないぞ。」
二人は冗談を言い合いながらパカ・ボディーアーマーを着た後に上着で隠すと、グロックが見えないように腰のポケットに挟み込んで上着の内ポケットにはケーブルカメラを忍ばせ、足早に天宝来来の店の裏口へと向かうと、ドアの下からカメラを挿入して中の様子を伺った。
「汚いな…普通の調理場みたいだがゴミ箱に蛆が集って大量のハエがいる。地面にヘドロみたいなのがくっついてるな…ここを歩くのは勘弁願いたいよ…」
「鍵はかかってるか?」
「掛かってない。スグにでも突入できる。」
「よし、サプレッサーのある私が先導する。無い方で撃つのはマジでヤバい時だけにしてくれよ。」
「了解。」
ナイトウッドが音が出ないように静かに扉を開くと、アンジーは静かに調理場へと侵入し、グロックを構えていたがあまりの悪臭に思わず右手で鼻を覆いながら左手で周りの索敵を行っていた。
ゆっくりと進んでいくと、何やら男二人が韓国語で話しているのが聞こえてくる。イントネーションから何やら緊迫した状況であることが理解できた。そしてその先へ進むとまだ幼い少女がステンレス製のテーブルに括り付けられ、ルース・サマーズと思しき少女がもう一人の韓国人に銃を突きつけられており、何やら片腕に包帯を巻いた禿げた韓国人は中華包丁の刃先を研いでいた。
少女は恐怖のあまりがちがちと奥歯を揺らしながら、テーブルの上を濡らしていたのだった。
そしてその韓国人が中華包丁を研ぎ終わり、左手を振るい落とそうとした瞬間──
アンジーは左手でグロックの引き金を絞り、フルオート射撃の反動を受け止めると、正確に包丁を持った韓国人の腕を撃ち抜いて両腕を不能状態に陥らせた。
「助けて!」
するともう一人の韓国人がこちらに気づき、スターム・ルガー製のP九四ステンレス・ピストルで威嚇射撃をしながら、ルース・サマーズと思しき少女を連れて店を飛び出し、ヒョンデ・アセラのトランクに投げ入れて早々と逃げ去っていった。
アンジーは拘束されていた少女の縄を解いてナイトウッドの元に向かわせると両腕が不能になった韓国人の頭にグロック一九の銃口を向けた。
「お前たちの拠点はどこだ?ダブル・タイガーの拠点は?殺しをやってるのはここだけじゃないんだろ。」
すると両腕が不能になった男は痛みのショックから脳を守るためなのか気持ち悪い笑みを浮かべて叫んだ。
「한국어만 할 수 있어요! 이 바보야!(俺は韓国語しか話せねーよ。このクソ馬鹿が!)」
「미안하지만 나는 러시아에 살 때 알던 사람 중에 고려인이 있었어. 한국어는 할 줄 알아.(悪いが、私はロシアに住んでた頃の知り合いに高麗人<コリョマル>がいてな。韓国語はわかるんだ。)」
アンジーはその韓国人の顔面を殴って気絶させ、服を引っ張って引きずった。
「ナイトウッド、コイツもチャレンジャーのトランクに放り込んでやれ!」
だがナイトウッドは茫然とした表情で少女と共に肉の貯蔵庫に立ち尽くし、愕然としながら膝をついて頭が真っ白になっていた。
「おい、何があった──」
アンジーがその場所へ目を向けると、そこには想像を絶する光景が広がっており、幼い少女は絶望した目でこういった。
「お母さん。」
「ナイトウッドとアンジーの報告によればアジア街の天宝来来という店で人身売買とスナッフ・ポルノの撮影が行われていた。被害者の女性は酷く残忍な方法で複数の少女と一緒に惨殺されていた。証人の少女もいる。犯人はルース・サマーズを連れてヒョンデ製のセダンに乗って逃亡したそうだ。」
「…惨い。やり口が前任者の時と似てる。」
「そうだな。似たようなケースはたくさん見てきたがこれは断じて許せない事態だ。ロス・クルティードの関連は疑う余地もないだろう。だが、アンジーの〝尋問〟の結果、ダブル・タイガーがハリネズミウッドのど真ん中にある豪勢な建物を拠点にしていることが分かった。それにアニマルシティじゃ日本車ばかりが走っているから韓国製の車を見つけるなんて容易い。裏は取れてる。早急に踏み込むぞ。全員とっととグルカに乗れ。シバサン、安全運転…と言いたいところだが今回ばかりは飛ばして構わん。人だけは轢くなよ。」
一方そのころ、ナイトウッドとアンジーはロッカーのあるプレハブで座りながら二人静かに話していた。
「大丈夫か相棒。あんなもんを見たら意気消沈しちまうのは無理ねえよ。前任者もこんな殺され方をしてたからな。許せない。」
「私はあの子を救うことはできたけど、あの子の母親を助けることはできなかった…」
「…向いていないと思ったならCLAWをやめた方がいい。現にそれでやめた連中は大勢見てきた。私は引き止めたりしない。その方が幸せに生きていける。」
「…お前があの時ロス・クルティードの連中を撃ち殺した気持ちが分かった気がしたよ。自分に対する絶望を感じた。あと一日、あと一時間、あと十秒、あと一秒、早ければ…」
「後悔先に立たずってやつさ。この仕事はそういうもんだ。私は常に後悔しないように動いてる。」
するとナイトウッドはどんよりとした体を奮い立たせて立ち上がった。
「いや、まだだ。まだ終わってない。私が甘かった。全員を救えるだなんて甘い考えはこの際捨てる。ただ、目の前の救える命だけは絶対に救う。絶対に生きて返す。そのために力を貸してくれ…相棒<バディ>。」
アンジーはその言葉を聞いて少し微笑むとナイトウッドの手を取って立ち上がったのだった。
午後五時に作戦は始まった。
ダブル・タイガーのハリネズミウッドにある拠点は非常に豪華な作りでプールがあり、辺り一面にガラスが張り巡らされていて、屋上にはヘリコプターの離着陸場があるような場所であった。地下の存在する二階建てで表札は完全に別名義であり、本来の戸籍とは違う戸籍で購入したであろうことがわかった。
周りにはイオテック製のホログラフィック・サイトを装着したドイツ製サブマシンガン持った警備員を装った韓国マフィアたちが辺りを見張っていた。
アンジーは数百ヤード離れた家屋の屋上からオイルフィルター・サプレッサー付きのダニエル・ディフェンス製のデルタ五ボルトアクション・ライフルに載せたリュー・ポルド製のライフル・スコープでダブル・タイガーの屋敷を観察し、無線でナイトウッドたちに敵の配置を逐一報告していた。
「で、今回の交戦規程はあるのか?」
「そんなことを考えてるヒマはない。ここはCLAWの強みを存分に発揮するべきだ。今から配電をカットして監視カメラを潰す。そしたら任務開始だ。」
「了解。正門側。そちらから見て10時方向にいる奴を狙撃する。撃ったら音がしないように受け止めて隠せ。」
そういうとアンジーは通信を切り、ゆっくりと息を吸ってから吐いて呼吸を止めると、建物の照明が消えた瞬間に静かに引き金を絞り、警備員の一人の頭を撃ち抜くとすぐさまボルトを動かして次弾を薬室に装填した。
頭に風穴の空いた警備員が倒れるのをすかさずナイトウッドが受け止め、見えない角度に隠すとゆっくりと進行していき、ガイズリー・スーパーデューティライフルを構えながら前進していく。
「そっちの一時方向に三人集まってる。お前らのいる方向を向いてる奴をやる。撃った瞬間に残った二人を制圧してくれ。いくぞ、一、二、三…」
アンジーの射撃と同時にエマがフック、ブルーがブリーチングハンマーで警備員の後頭部を殴り、三人を制圧すると階段につながる小さな入り口の前へと到着した。
「巡査部長はルフィナと一階を回ってください。シバサンとブルーは私と地下を探るぞ。ルース・サマーズを助けるんだ。アンジーは巡査部長とルフィナの周りにいるハエを蹴散らしてくれ。」
「りょーかい。」
ナイトウッドは地下室への階段へと先行すると死角に注意しながらライフルを向け、シバサンとブルーに後方をカバーしてもらいながら徐々に前進していった。
地下室は石造りになっていて各所にライトが埋め込まれており、何やら怪しげな雰囲気のある作りで各所の部屋はボロボロの独房を模したような作りになっていた。
だが、家の築年数からただ朽ちたのではなくこういう作りになっているだけであることが明らかであった。
進んでいくと血のあしらわれた金属製のドアが現れ、ガラス部分を確認すると三人ほど確認できた。
「うわ~如何にも変態の巣窟ってカンジ。僕、嫌になっちゃうな~。」
「シッ。静かに…何か聞こえる。アンジー、マイクを向ける。聴きとれるか?」
「이 여성은 김씨의 팔을 잘라낸 것 같다.(この女、ヨンチョルの腕を切っちまったらしいぞ。)」
「어, 재앙이었다. 하지만 이제부터는 이 녀석의 팔다리를 떨어뜨릴 것이기 때문에 상관없다. 그 후에는 많이 사랑할게요.(へえ、災難だったな。でも今からコイツの手足を落とすんだから関係ねえよ。そのあとたっぷり可愛がってやるんだ。)」
「マズいな、あいつらルースの手足を切り落とそうとしてる。とっとと突入しろ。」
「わかった。シバサン、閃光弾の用意を。ブルーはハンマーでこのドアを開けるんだ。全員ポジションについてくれ!」
その言葉で全員は壁に張り付くとシバサンは閃光弾のピンを抜き、ブルーは思い切りドアを破砕し、百万カンデラの光が中にいる韓国マフィアたちの視界と聴覚を激しく攻撃し、瞬間突入したナイトウッドが中にいた銃を持った二人を射殺して無力化すると、鉈を持ち陰茎を隆起させたパンツ一丁のマフィアの腕を撃ち抜いてドロップキックを食らわせ、壁の端に吹っ飛ばすと手錠をかけて拘束した。
「ぐぇっ」
鈍い音で叩きつけられた男は後頭部を強打し、意識が朦朧とした状態で壁横たわった。
「君がルース・サマーズか?私はタイラー・ナイトウッド巡査部長。君を助けにきた。」
ナイトウッドは屈むとルースの頭をポンと撫で、うれしい気持ちでいっぱいになった。その撫でられた感触でルースは静かに涙を流すと胸に飛び込んで大きく泣きじゃくった。なんだか心が洗われるような気持になっていったのだった。そしてそれと同時にこう思った。〝この仕事は笑えるほどクソだが、やる価値はある〟と。そんな最中、通信が入る。
「ナイトウッド、こっちはルフィナとアンジーで制圧した。もう大丈夫。コード4だ。」
「…シバサン、ルースちゃんをグルカの中に連れて行ってくれ。ここから先は子供には見せられないところだ。」
「わかった。ほら、いくよ…」
ルースが行ったところでナイトウッドはブルーにハンマーを求めた。
「…?ブリーチングハンマーなんて何に使うの?」
「ココで竿をおっ勃たてて寝ているクソったれはパク・ジョンホ。パク兄弟の弟の方だ。」
「…それで?」
ナイトウッドはパク・ジョンホの顔を叩いて意識をハッキリとさせ、どっしりとしたハンマーを大きく構えた。
「私はあくまで逮捕のスタンスをとりたいし、コイツを殺す気まではない。きちんと法の裁きを受けさせるのが我々の務めさ。ただ、それ〝相応の代償〟だけは払ってもらわなきゃ気が済まない。つまり──」
「──ナッツ割りだ。」




