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Case.1 ── 掃き溜め ──

CLAWに異動となったエマ・カストロ・マルチネス巡査部長とタイラー・ナイトウッド巡査部長は仲間を知り、最初の任務で人身売買の情報を掴む。

合衆国に存在する世界有数の経済都市、アニマルシティ。

気候が良く、常に晴れ晴れとしており都市部は大きなビルが乱立する一方で貧困層と富裕層の格差が異常に激しく、知名度とは対照的に全米で最も犯罪率の高い都市である。

その治安維持を担う警察組織であるアニマルポリスデパートメント<通称:アニマル市警>に存在する特殊部隊スワットの40チーム隊長であるエマ・カストロ・マルチネス巡査部長はとある作戦で部下の失態を庇ったことが原因で十年にもわたるキャリアが危機に瀕していた。

そんな彼女は処遇を決めるべく、スワットを総括していた警視のデスクに呼び出されていた。

「…警視、お話とはいったい?私が40チームを解雇されることが決定したならハッキリと仰ってください。」

白髪でキューバ産の高級葉巻をふかしながらデスクでふんぞり返っている警視はその葉巻を灰皿の上に置くとゆっくりと話始めた。

「こっちとしてもお前みたいなベテランで優秀なヤツが今回のような初歩的なミスをやらかすとは思っていない。庇っているんだろ?お前も警察官なら心理学ぐらい学んでるはずだ。」

警視は小太りで少し頭頂部の髪が薄く、一見すれば年功序列でここまで登りつめただけに見えるが、その青い瞳だけは鋭く真っ直ぐに光っており、ベテランの年季を感じさせている。

「ですから、これは私のミスです。減給でも降格でも懲戒免職でもなんでも覚悟してします。」

「いや、逆だ。お前の給料は上がる。代わりに〝この部署〟に異動だがな。」

警視は引き出しから数枚のスワット隊員の経歴が書かれた書類が入ったファイルを取り出すと、粗雑にデスクの上に放り投げた。

「お前、CLAWの噂は知ってるよな?」

CLAW、それはアニマル市警のスワットにおいて唯一独立した部署と噂されている存在。ここは世に出せないような汚職を行った物や鼻つまみ者を纏めて放り込むための〝掃き溜め〟であり、テロリストによる乱射事件や武装した銀行強盗の相手といった死傷率の高い任務にのみ駆り出される。

メンツは最悪で統率が取れるかどうかも怪しく、バックアップも予算も割かれず、メンバーは少人数で通常のスワットや制服警官とは連携をとることもできない隔絶された棺桶のような部署で彼らの仕事もすべてスワットがやったというカバーストーリーが流されるため、一般人に認知されることもない。…という噂のみが広がっており、実在しているかどうかも疑わしかった。それこそ単に個性の強い別働のスワットがカッコつけるために変な噂を流しているだけとも思っていた。

「…それで、私はそのCLAWに異動というわけですか?」

「察しがいいな。あの掃き溜めで1年耐え抜くことができれば元の40チームに戻してやる。上手くやれば警部補に昇進して私のようにデスクワークにありつける。その代わりミスればろくな死に方はしないぞ。それが嫌ならここで大人しくバッジを返せ。」

「…わざわざ40チームのリーダーである私が入るということは前任者は既に?」

「そのファイルの中に写真が入ってる。麻薬カルテルに〝皮なめし〟にされちまった。文字通りな。その前の担当は薬品で溶かされて液体になった。ハリケーンで断水した時にマンションの貯水タンクに〝混じってた〟ことで死が判明したさ。」

ファイルを開き、警視が差し出した写真には医学書に載せられているような想像も絶するような惨状が写しだされていた。

〝染み〟と化した謎の液体と見るも無残に残酷な方法で処刑されてそれこそ豚や馬のように皮だけ〝つるされた〟写真だ。殺された連中は悉く原型を留めておらず、経歴書に生前の顔写真も添付されていたが、その中にはエマが確かに訓練したことがある人物の写真も映っていた。

だが、幾千もの修羅場を潜り抜けたエマには揺るぎない自信があった。むしろこれだけ惨い殺され方をしていながら誰にも弔われず消えていった警官たちの無念の気持ちに怒りさえ感じていた。

「やります。」

「…いいんだな?後戻りはできないぞ。」

「むしろ、やらせてください。」

そういうとエマはファイルを仕舞い込む。

「わかった。お前は今日からCLAWに異動だ。…ああそうだ、一人じゃ心細いだろ?40チームから一人副リーダーとして補佐につけるが…誰にする?」

「一人信頼できる奴がいます。真面目で正義感があって模範的で青臭い。なにより私が訓練生時代から鍛えてきた。五年間ずっと家族ぐるみで付き合いがあります。」

「オーケーわかった。事後承諾で掃き溜めにぶち込まれる…か。たまったもんじゃないな。」




ニタニタと笑う警視を背にエマは部屋を後にロッカーへと向かい、40チームのロッカーで自身の荷物を纏めていた。他のチームメンバーたちは皆惜しそうにしながら尊敬できるチームリーダーが辞めていく様を見守るしかなかった。

「おかしいですよ。巡査部長が辞めさせられるなんて。」

タイラー・ナイトウッド巡査は義憤に駆られていた。真面目で正義感が強く、曲がったことが嫌いな彼女はスワットの訓練生時代から現在に至るまでの五年間ずっと傍に居続けていた尊敬できる人がいなくなることが嫌だった。

「ナイトウッド巡査。話があるからちょっと来てくれ。」

エマは纏めた荷物の入ったリュックを持ち上げるとロッカー室の外で静かに話し始めた。

「良いニュースと悪いニュースがあるんだ。良いニュースはお前は昇進だ。今日から巡査部長になる。」

「じゅ、巡査部長。いくらなんでもほかにベテランの警察官がいる中で私を40チームのリーダーに昇進させるのは身内人事がすぎるんじゃないですか…?」

「悪いニュースはお前は今日で40チームを異動になる。移動先は私と同じCLAWだ。ロッカーの荷物を纏めろ。」

「えっ」

ナイトウッドにはエマの言っていることが理解できなかった。昇進できたことは嬉しいがCLAWというわけのわからない部署への異動は納得がいかなかった。

噂こそ耳にしたことがあるが都市伝説か何かかと思ってたし、ずっと真面目にやってきた自分とは一生関わることのない連中だとずっと思っていたからだ。

「く、CLAWなんてそんな無茶言わないでくださいよ。いきなり数年付き合いがある同僚と離されるなんて。というか実在していたんですね…ちゃんとスワットとしてやってきたのにいきなり実態のわからないはみ出し者の愚連隊にぶち込まれるなんて嫌です。」

「…いいか、私には勝算があるんだ。私は勝ち目のない戦いだけは絶対に避ける。そうしなければお前は今この世にはいない。私が指揮した作戦で部下が負傷したことはあるか?」

「…ありません。」

否定しようがなかった。エマ・カストロ・マルチネス巡査部長は一度として自身のチームから死傷者を出したことがないのは事実だったからだ。

彼女の隊を抜けた者は皆が家庭を持って命が惜しくなったか、年齢で引退した者しかいない。

「私はな、CLAWの人員のファイルを見た。確かに曲者しかいない。どうやって警官になったのかわからないようなヤツさえいる。だが確かな実績がある。私は五十二枚の裏向きのトランプで一発でスペードのエースをつかみ取れるビジョンが見えた。タイラー、信じてくれ。」

エマの眼差しは限りなく真っ直ぐで自身に溢れていた。ナイトウッドがスワットになっていてからずっと信頼を置けていた理由がそこにはあった。

「あんたはずるいんだよ…事後承諾なんて…」

ナイトウッドは小さくぼやくが、彼女の眼差しに背を向けることなどできなかった。

自分が一度信じたものをもう一度信じることに迷う必要なんてない、そう思ったのだ。

「…わかりました。給料も階級も上がりますし。ついていきますよ。」

そういうと彼女もまたロッカールームに入り片付けを始めるのだった。




翌日の早朝。ナイトウッドはいつものモーニングルーティンとしてダンキン・ドーナツでエスプレッソ、チョコグレーズドーナツ、タフガイチキンバーガーを買うとエマの待つ最新型のパトカーに乗り込んだ。

ここ最近導入されたばかりの新品ピカピカでホンダ・シビック タイプRのFL5型ホットハッチがベースで、トランスミッションは誰でも運転できるようにオートマチックとなっている。

皆新しい物好きであるためか乗りたがる警官が多い中、任務の危険度を考え朝一番にナイトウッドが借りてきた物だ。

運転席に座りエマにバーガーを手渡し、エンジンをかけドーナツ片手に車を転がしながらカーナビを見る。

「随分遠いですね。署の間反対の山近くの麓にある僻地だなんて。」

「完全に隔離されているというか村八分というか…ま、連中とあってみなければわからんだろ。」

「私は巡査部長のことは信じますけど、その連中は信用しませんからね。」

「なあ、その巡査部長って呼び方堅苦しいし、今日からお前も巡査部長だろうが。ウチにバーベキューに来る時以外もエマって呼んで構わないのに…」

「公私混同はしない主義ってずっと言ってるじゃないですか…」

そんなことを話している間に街から離れていき、徐々に山の麓に近づいていた。

マクドナルド以外はなにもないようなところで、いるのはトラクターに乗った老人や狩りを趣味にしているアウトドア好きぐらいであった。

すると徐々に麓に枯れ木に囲まれた複数のプレハブ小屋やトレーラーハウスが並んだ土地が見えてくる。

ガレージがあるにも関わらず突入には必要不可欠な装甲車両であるはずのテラダイン グルカは外装がちらほらへこんでいて野晒しになっており、他にも私物と思しきホンダのCBR五〇〇Rやかなり年季の入った赤い一九六六年式のシボレー・コルベットが並んでいる。

「あ、あれじゃないですか。ひっどいなあ。本当にあれが警察官のいるべきばしょなんですかね?」

「わ、私も困惑してる。あれじゃどう見たってギャングか何かの巣窟だ。なのにど真ん中に野晒しで装甲車があるんだ。否定しようもない。」

「とりあえず見て見ますか…」

シフトをパーキングに入れ、電動パーキングブレーキを押すと二人はパトカーを降り、明かりが灯って音楽が鳴り響くプレハブ小屋のドアを叩いた。

「すいませーん。」

「聞こえてないんじゃないか?もう素直に開けてしまおう。」

「…!?」

ナイトウッドが扉を開けるとそこには身長が六フィートはあろうかと思われる体躯の不健康そうな女が支給品の四十五口径拳銃の銃口を加えながら汗をだらだらと流している。

「ねぇねぇ、引くの?引かないの?どっちなの?」

「ひゅーっ…ひゅーっ…わたひをこのへかいからはいほうひてふれ…ひゅるひてふれひょんほん…ひょーひ…はっと…ふろう…」

「口から撃ったら中途半端に後遺症残るかもしれないよ?額に向けないと。…それにハンマーが起きてないしグリップセーフティも握りこめてないし。本当に死にたいと思ってる?」

その女の顔を近くで凝視しながら、アジア系の明るい茶色の髪色の女がキンバー ・タクティカルローエンフォースメント・ピストルのハンマーを起こして自殺教唆をしていた。

「あー…あの…」

血走った目でこちらを凝視され、一瞬血の気が引いて同様してしまった。

「ナイトウッド、多分私は来る場所を間違えた。帰ろう。」

「ええ、巡査部長!明らかにギャングかなにかの巣窟ですもんね!なんか、クスリの匂いもしますし!」

二人は後ずさりしようとするが、部屋の奥を見ると明らかにCLAWの文字があったのだった。

「おっと、二人が噂の新しい隊長かー?」

奥からアルコールと酒とタバコの匂いを漂わせた東欧系の女が出てくる。

腕に大きな何かの跡があり目つきと言い肌色といい、どっからどう見てもジャンキーのそれだ。

「えへへ…二人が新しい人だな…真面目そーじゃないの…まー肩の力抜きな。私お手製のムーンシャインで一杯やらない?もてなすよ…」

「いや、職務中は酒はやらないから大丈夫だ…」

明らかに呂律が回っていないことは明白で、目の焦点もあやふやで手は震えていた。

「じゃあ…ハイにならない?」

そういうと白い粉の塊を取り出す。

するとナイトウッドはすぐさま東欧系の女の腕をアームロックし、足を引っかけて転倒させ、腰の手錠に手を付けた。

「いっでーな!なにすんだよー!麻薬取締局からかっぱらってきたコカインでハイになっちゃいけねーのか!」

「ふざけるな!そんな体たらくなやつに警察官を名乗る資格はない!」

「やめろ。」

エマは怒るナイトウッドを静止した。

「なんで止めるんですか!」

「押収品で遊んでるだけかもしれないだろ。不道徳だが、それだけで逮捕するってわけにもいかない。上に密告したってコイツらがクビになることはないだろ。だって〝こんなところ〟にぶち込まれてるんだぞ。」

「そうだそうだ!麻薬取締局の麻薬をアニマル市警の警官がくすねて使ってるなんて大っぴらになるわけない!なったら大騒動で組織ぐるみで隠ぺいされちまうよ!」

「ちっ…」

「まーまーそんな怒んないでさー。寿命縮むよ。」

東欧系の女は起き上がると体をはたき、自己紹介を始めた。

「はー…自己紹介が遅れたな。私はアンジリーナ・アレクサンドロヴナ・アンナ三等巡査。気軽にアンジーって呼んでくれて構わない。あそこで銃口を加えてるデカい奴がエリス・アンフォーチュン一等巡査。あだ名はブルー。気分が常にブルーだからブルーって呼んでる。自殺教唆してるほうはシバサン。本名はイブキ・シバミネっていうらしいけど、日本人にはサンを付けないとトヨタの車売ってくれないってアジア街の中国人に言われてサ。あともう一人いるんだが…」

すると外から戸を叩く音が聞こえ、ドアを開けると体躯の小さい白髪の女性がクッキーを手に入ってくる。かなり良い身なりをしておりこの場所には似つかわしくない雰囲気をしていた。

「アンジー!例のハイになれるクッキーをレシピ通りに作ってみましたわ!…ってあれ?どなたですの?」

「ああ、手間が省けた。こいつがルフィナ・P・スノフスカヤ。私と同じく東欧系だ。メンバーの中で一番体躯が小さいけど甘く見ない方がいい。何度ボコボコにされたかわからないからな。」

「あら、あなたが噂のふぁっきんにゅーがいってやつですわね!このクッキーで一緒にお茶しませんこと?イギリス産のそれはもういい茶葉があるんですの!」

「クッキーはいいんで、お茶だけにします…」

皮が破れたボロボロのソファに二人は座り込むとナイトウッドは耳打ちでエマに語り掛けた。

「あんな大口叩いてましたけど、こんな愚連隊みたいな連中をほんとに統率できるんですか?私めちゃくちゃ不安になってきましたよ!」

「正直ちょっと不安になってきた…」

「巡査部長!」

「お紅茶いれてきましたわ!」

するとルフィナは傷だらけのテーブルの上に似つかわしくない青い模様の入った陶器製のマグカップを置いて二人をもてなした。

「おーいお前ら。自殺ごっこはもういいからこの二人の話ちゃんと聞いとけよー。」

アンジーがそういうととぼとぼとテーブルの前に集まった。

「はぁ…まあ自己紹介させてもらう。私はエマ・カストロ・マルチネス巡査部長。こっちの真面目そうな方はタイラー・ナイトウッド巡査部長。〝皮なめし〟にされた前任者の代わりに赴任した新しいリーダーだ。」

すると周囲の空気が一変した。明らかに〝皮なめし〟の言葉に反応している。

「あれは酷い事件だった…いくら酒を飲んでもなめされたあいつの皮膚が脳裏を過って一か月は悪夢を見っぱなしだった…」

「…アイツは昔の私の友達によく似てた…」

このチームの中では古参にあたるアンジーとブルーだけがお通夜のような雰囲気で顔を曇らせていた。

前任者はそれほど二人の中で大きな存在だったのだろう。

「いいか、私は皮なめしにもドロドロの液体にも絶対になる気はない。そしてお前らが絶対そうならないように努めるつもりだ。私はお前らの真価が見たい。だから今からお前らのトレーニングを拝見させてもらう。」

「巡査部長。でもここにキルハウスはなさそうですよ?設備も整ってませんし。」

「そこは大丈夫ですの!私が雇ったえすえーえすの教官の意見を参考に山の中にぽけっとまねーででぃーあいわいしましたの!半年はかかりましたわ!」

そういってルフィナが設計図と思しきものを出すとそこには複数人の連携がなければ絶妙に死角のある見事な設計のキルハウスや果ては航空機の内部を再現したものまで作られていた。

「よし、この紅茶を飲み終わったらまず一人一人のルームエントリーの腕前と射撃の精度チェック。終わったら俺たちが人質役で連携した動きを見させてもらう。実弾使うから誤射のないように。」

エマは紅茶を飲み干し、丁寧にティーカップを置いた。

「おーい。」

アンジーはシバの顔を叩くがびくともしない。

シバは頑なに硬直を守り、その場で動こうとはしなかった。

「…これは?」

「これはな、シバサンがよくやるフドーシバってやつだ。めんどくさいときとかにこうやって動かなくなっちまうんだよ。」

「巡査部長がこれからやろうってときに…」

「手がかかるやつなんだな。」

エマはシバを無理矢理持ち上げて抱えるとシバが動き始める。

「ちょ、ちょっとなにするんだ!前代未聞だよ、僕を持ち上げるなんて!」

「いいか、訓練がめんどくさいってのはたしかにわかることだ。でもな、特殊部隊になった以上これが仕事でこれがやらなきゃいけないことなんだ。任務が最優先なんだよ。」

「説教みたいなことはやめて──」

「私はな、お前の実力が見たいんだ。お前が実は優秀だってのはあらかじめ書類を読んでわかってるんだ。私にお前の本気みせてもらえないか?お前の力が欲しいし、必要なんだ。」

シバはその言葉に何かを感じると、耳を丸め大人しくエマにキルハウスへ担がれたのだった。












トレーニングを終え、エマとナイトウッドは日陰にメンバーを集めて整列させた。

「ふう、ナイトウッド。コイツらのことをどう思う?」

「どうって、ダメダメですよ。ちっとも連携がなっちゃいません。あんなガタガタじゃどうしようも…」

「なるほど。確かに〝連携〟はダメダメだよな。」

するとエマは大量にメモが取られたクリップボードを取り出し、個人個人の評価を始めた。

「まずブルーだ。お前は突っ走りすぎだな。ポイントマンとして命知らずなのはいいが、お前が連携が上手くいかない起点になってるんだ。」

ブルーは礼儀正しく直立すると大声で叫んだ。完全にジャーヘッド<海兵隊>の佇まいであることは素人目に見たって明らかだ。

「サーイエッサー!」

「経歴によればずっと無職だったらしいが…嘘だな。速度、間の取り方。明らかに軍隊の動き方だ。それに途中でやった格闘術。あれはクラヴ・マガだな?私は他国の警察と何度も訓練したことがあるが、モサドや中央情報局しか習えない殺人術を会得した警官なんて見たことがない。どこで覚えた?」

「…サーイエッサー!」

「…まあいい、深堀はしない。お前の動きが一番大事だ。宝の持ち腐れにならないように私がみっちり連携を鍛えてやる。」

「サーイエッサー!」

「次にシバサン。完璧だ。動き・精度・連携、何一つ言うことはないぐらい完璧だ。お前なら今すぐ私とナイトウッドと三人でエントリーしても満足に戦えるだろう。」

その評価を聞いたシバサンは満足げな表情を浮かべながら自信満々にへらへらとした顔で笑顔を浮かべていた。

「だが逆に言えば尖ったものがない。特化したものがないんだ。最終到達点が器用貧乏にならないように何か一つ得意なことを見つけろ。」

その一言を聞いた瞬間に自信の思っていたことを一瞬で見透かされたシバサンは一気に表情が硬くなると真面目に畏まった。

「わ、わかった!僕、頑張るよ!」

「次にアンジー。お前クスリやってる割に精度が完璧だ。ターゲットは全部人質に当ててるけどな…」

「まー適当にやってっからねー。」

「嘘だな。なら何故私に当てなかった?その時点で答えは出てる。」

するとエマはアンジーの右手を掴むと縫合後を指差した。

「お前がクスリやってるのは腕の震えを止めるためだろう。お前が粗悪なデソモルヒネをやって腕の手術をしたことは知ってる。ロシアのポリツィアから国際電話を使って直接調べた。」

エマは威圧的な口調の中で心の中で心底警部に感謝していた。アメリカ出身ならまだしも縁遠い東欧出身の人物の出生まで網羅されている病的なファイリングは彼らを成長させるポイントを抑えるうえで完璧だったからだ。弱点は時折人を更に強くするためのポイントとして活かすことができる。

「な、なんだよ。知ったような口効いて…」

「いいか、その解決法を私は知ってる。左手だ。狂っていない左手で練習するんだ。そうすればお前は隊で一番の狙撃手になれる。右の感覚を左に移す努力をしろ。」

「ち…わかったよ。左手でれんしゅーしてみる。」

アンジーは意外そうに感心した表情で己の右手の傷跡を撫でていた。

「次にルフィナ。お前もシバサンと同じく全体的に優秀だ。だが一つ異常に優れているものは俊敏性だ。この俊敏性がエントリーの時に役に立ってる。」

「まあ、うれしいですわ!」

「だがその俊敏性がブルーと同じく連携を乱す仇にもなっている。お前も後で私のところに来るんだ。お前は上手く潤滑油になってもらわないといけないからな。」

「わかりましたわ!的確なアドバイスに感謝しますわ!せーいっぱい練習させていただきますの!」

ルフィナは目を輝かせ、うれしそうにしていた。

「全員の講評は以上だ。全員に光るものがあるが今はただの〝原石〟に過ぎない。宝の持ち腐れにならないように己を磨け。」

ナイトウッドは確かなエマの腕前を確認すると過去に自身が五年前に40チームに入隊して間もなかったころ、「模範的だが頭が硬すぎて柔軟性に乏しい」と言われた評価を思い出していた。

「…やっぱり巡査部長は観察眼が完璧だな…」

そう小さく言うとエマはナイトウッドの肩をやさしくたたく。

「…いずれお前も私の跡を継ぐことになるんだ。お前はリーダーの素質はちゃんとある。ここのクセが強い連中を通して観察眼を磨け。」

穏やかな表情でそう告げるが、息をつく暇もなく全員のスマートフォンがバイブレーションを起こし、警部から任務の通達が入る。

麻薬カルテルの幹部の潜伏先を発見した潜入捜査官を助け出し、その幹部を逮捕しろとの指令だった。あたりを制服警官で取り囲んでいるが構成員が十人以上常駐してマシンガンを乱射しており、既に複数の死傷者が発生し通常のスワットでは解決が困難と判断されたようだ。

「呼び出しだ。訓練後で疲れている上に初任務でここまで大がかりな作戦だが気張れ!」

そうエマが号令すると全員銃器と弾薬と車両の確認を行い始める。

緊急事態であるにも関わらず、彼らはどこがゆったりとした雰囲気があった。この程度は彼らにとってはいつものことらしい。

「ちょうどいい、グルカの運転手は誰なんだ?いないならナイトウッドにさせるが…」

「この中で前から運転手をやってたのは私かブルーかシバサンだな。でも私は飲酒してるから今は乗れないし、ブルーは建物に突っ込んだりするから命がいくらあってもたりねーよ。」

シバサンは手を挙げ、「僕が運転する!」と嬉しそうにしながらエマと共に運転席に乗りこみ、他のメンバーも後部ハッチから車両に乗り込むと扉を閉めて運転席の後ろ側をゴンゴンと叩いて準備完了の合図を送った。

するとシバサンはサイレンをけたたましく鳴り響かせ、アクセルベタ踏みでグルカを急発進させる。

「おいっなんだこのスピードは!」

V8ターボディーゼル・エンジンが途轍もなくけたたましい轟音を響かせ、マフラーからはアンチラグシステムでパンパンとマシンガンのような音を出しながら、高速で行動を爆走していく。

そのスピードと轟音は明らかにグルカの純正のものではなく、あっと言う間に時速は九十三マイルに達していた。

「イデッ!」

あまりの勢いに後部に座ったナイトウッドは車内に頭を激突させ、手ひどい運転だと愚痴をこぼすが他のメンバーは皆いつものことかのような表情で座り込んでいた。

やがてグルカは都市部のはずれに入ると他の車両を危険な運転で割り込みながらナビの示す位置まで走っていく。

「ぶつかるぞ!おい、なんてスピード出してるんだ!?ブレーキ、ブレーキ!」

いつもは冷静沈着なエマもアシストグリップをがっちりと掴んでこの危険運転に悲鳴を漏らしそうになっていた。

「急がないともっと人が死ぬでしょ…」

だが狼狽えるエマを横目にシバサンは涼しそうな顔で邪魔な車の間をすり抜けていくと、あっという間に現地に到着していた。

「ハァ…ハァ…」

「どう?見事な腕前でしょ!」

自信満々な顔でグルカを停めるが息づく暇もなくグルカの窓ガラスに銃弾が着弾する。

「ああっ、この前防弾ガラス新品に変えたばっかりなのに!」

するとエマは無線機のプッシュ・トゥ・トーク・スイッチを押して全員に通信を始めた。

「全員よく聞け、こちらアンパサンド・ワン!左側から五・五六ミリのアサルトライフルで掃射を受けてる。シバサンはこのまま徐行させて建物に近づけ!私たちはグルカを盾にしながら死角から複数で応戦してベランダから銃を乱射してる連中を少しずつ片付けるんだ!ナイトウッドは上部ハッチを開いてライフルで応戦しろ!」

そういうとエマはグルカから降りて素早く左側のハッチを開いて隊員を下ろさせると、ガイズリー・スーパーデューティライフルを構え僅かな隙間からセミオート銃撃を開始した。

いくらフルオートとはいえ相手は所詮軍の所属ではない素人であり、少しずつ動きながらCLAWのメンバーは屋上にいるカルテルの構成メンバーの頭を撃ち抜いていくと、徐々に銃声が小さくなっていき、やがてひと時の静寂に包まれた。

「シバサン、ナイトウッド!もう降車して大丈夫だ!とっとと突入して片付けるぞ」

「10-4<了解>。」

静か且つ速やかに列を組み建物のドアを取り囲むとCLAWのメンバーは壁に沿って準備を始める。

エマが指示を出すとナイトウッドはフラッシュバンのピンを抜いて待機し、ブルーが扉をハンマーでブリーチングすると、先行して突入したルフィナとアンジーの後ろに列を組みながら突入を開始した。

フラッシュの閃光で目と耳をやられたカルテルのメンバーを拘束して銃器を取り上げ、銃床で殴りつけて気絶させると手足を手錠とケーブルタイで縛り上げ、静かに階段に階段を移動していく。

「¿Eras policía!(お前サツの犬だったのか!)」

「Mátalo de una vez(とっとと殺せ!)」

部屋の中からはスペイン語が聞こえ、何やら大焦りで緊迫感のある状況のようだった。

「僕英語以外は日本語しかわかんないけど、アンジーは?」

「キリル文字しかわかんねーよ。」

「…潜入捜査官が危ないな。速やかに突入する必要がある。」

すると中からピストルの銃声が聞こえ始め、カルテルの構成員と思しき人物がドアと共に吹っ飛んできた。

この隙にCLAWのメンバーは開いた入口から銃撃を撃ち込んでいき、札束やコカインが飛散していく。

間を置かず速やかに突入すると潜入捜査官がカルテルの幹部に人質に取られていた。

旧式のポケットサイズのベレッタを頬に押し付けられ、一発触発といった状態だ。

「へっ、サツの野郎!コイツを殺されたくなかったらそのライフルを床に置いて手を挙げてケツ向けて出てけ!それと逃走用の乗り物を用意しろ!今すぐにな!」

「俺のことはいいからコイツを逮捕するんだ!必ずだ!」

体全身にタトゥーを入れ、悪趣味な金の指輪をしたカルテルの幹部は大汗をかきながら潜入捜査官の顔面を殴りつけるとベレッタのハンマーを起こす。

「よし、わかった…銃を下ろす…皆、銃に下ろせ…」

全員渋々ライフルからマガジンを外してチャンバーから弾を抜き、安全装置をかけて床に置くと少しずつゆっくりと後ろに下がっていく。

その瞬間、男はエマに銃口を向けたが、アンジーがホルスターからグロックを抜くとフルオート射撃で潜入捜査官の肩を巻き添えにしながら顔面を撃ち抜き、そのまま男は仰向けに倒れて動かなくなった。

「あああーーーーッ!ファック!ファック!やりやがったな!このヤブスワットども…クソーーーーーッ!」

潜入捜査官はどくどくと血が流れる肩を抑えながら歯を食いしばって烈火のごとく怒りを露にしていた。

「アンジー!なにやってんだ。それになんで支給品のグロックにフルオートスイッチなんて付けてるんだよ!」

「ふざけんな…俺はこいつを生け捕りにするために三年間カルテルに潜入してたんだぞ!コイツを生け捕りにして尋問すれば麻薬カルテルのボスにまでたどり着けたかもしれないのに!クスリやって信用得るために罪のない人間も殺して!やっとここまでこぎつけたってのに!それに俺の肩まで撃ちやがって!馬鹿野郎のクソ野郎どもが!このことあらいざらい上に言って、てめぇらの人生台無しにしてやるからなーッ!」

「こちらアンパサンド・ワン。コード・フォーだ。それと大至急救急車を頼む。警官が一名負傷。肩に九ミリパラベラム弾が食い込んでる。今は大声で話せてるが失血ショックが起きる可能性がある。とにかく早く来てくれ。」

ナイトウッドは床に置いたライフルを拾い上げると、アンジーを壁に抑えつけ物凄い剣幕で睨みつけた。アンジーは怒りの表情でナイトウッドを睨み返す。

「…連中のタトゥーを見てすぐわかった。あいつらは〝ロス・クルティード〟。前のリーダーの仇だ。こんな連中生かすより殺した方が世界のためだ。」

「だがその一瞬の激情で組織を丸ごと叩き潰すチャンスを不意にしたんだぞ!?それも警官にあるまじき違法改造したグロックを使って!」

するとエマは射殺した幹部の遺体のポケットからスマートフォンを抜き取ると、遺体の指紋からロックを解除して中身を確認した。

「たしかにこの作戦は失敗も失敗だ…後でみっちり叱る必要があるな。だが、一概に無駄ではなかったみたいだぞ?」

そういうとエマはスマートフォンの内部に残っていた匿名のショートメッセージサービスの履歴を開いて見せると、中には拉致されたと思しき子供の写真がずらりと並んでおり、中には売春や臓器売買をビットコインで行っている履歴とその取引が行われている場所の所在地が記されていた──

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