消えた男
深夜の電車で眠り込んで終点に取り残された主人公。深夜の映画館で観た一本の映画。
それは、ただのフィクションではありませんでした──。
現実と悪夢が静かに重なっていく、サイコ・スリラー短編です。
よろしければ夜にお読みください。
今回の現場はハードだな・・・。
家までの片道が2時間かかる電車の中で、俺ー三上恒一ーはため息をついた。
終電には間に合ったものの、家に着くのは3時近くである。
明日は6時には起きて、出発しなければならない。
吊革に掴まり、電車に揺られながら明日の会社での立ち回り方を考えていた。
こんな毎日だから平日は2時間ちょっとしか寝られない。そしてまだ水曜日である。
あと2日、なんとか踏ん張らないといけない。
俺はITエンジニアの仕事をしていた。本社はあるものの企業派遣型のため、案件が終わるまでは企業側へ出向している。
そのため、家から近い職場になったり遠い職場になったり、仕事内容がゆるかったりハードだったりと、安定的な就労ではない。
「20代で若いから体力があるだろう?」と上司に今回の現場を当てがわれたが、俺はもう29歳になるのだ。こんな激務は流石に厳しい。
一人暮らしの部屋は当然荒れ放題になる。
今夜は夕飯も食べていない。
コンビニで買ったパンを間食したので、それを夕飯という事にするか・・・。
とにかく家で眠らなければ。
―次は、立川~立川~
駅でちょうど目の前に座っていたサラリーマンが降りていく。
久しぶりに座れた。ラッキーだ。
座って一息ついた瞬間、猛烈な睡魔に襲われる。
ダメだ、ここで寝たら乗り過ごす・・・。起きていなければ、起きていなければ。
自宅の最寄り駅まで、あと7駅だった。
―気が付くと、終点の駅だった。
やってしまった。
俺は取り残された駅の外のベンチで、この後どうしようか考えていた。
仕方ない、泊まれる所を探そう。
しかし、そもそも終電時間の深夜に探そうとしても情報が無い。
都心部ならともかく、終点の駅は過疎っているからあるわけがなかった。
駅を出て辺りを見回すと、真っ暗である。当然だ。もう夜中の1時半だ。
どこか駅ではない、屋根のある場所にいきたい。
そう思い、目を凝らしていると、ふと、50Mくらい先に電気のついている建物がある。映画館のようだ。
時間を潰せるかもしれない期待を胸に抱き、行ってみると、やはり映画館だ。
“サソリ座”と書いてある。しかもやっている。外観の雰囲気が川越のスカラ座を思い出す。
『消えた男』
上映時間は120分と書いてあった。
ちょうどいい。宿もないし、始発までここでやり過ごそう。
チケットを購入し、ホールに入場する。
中は外観と同じく古い作りで、とても懐かしい心地だ。
客は2~3人しかいない。深夜なのだから当然だ。
適当に真ん中の椅子に座り、上映を待つ。
照明が落ちた。映画が始まる。
上映ブザーが鳴り、胸が少し高鳴る。映画を観るのなんて久々だ。
―暗い道を女が歩いている。
映像は夜道を歩く女を後ろから追いかける形で進んでいく。
女は20代前半だろうか。街灯はまばらで、とても寂しい道を一人で歩いている。
はぁ・・・、はぁ・・・。
時々、なんとなく男のものと思われる息遣いが聞こえている。
映像はいわゆる「主観視点」の為、その女を追いかけている人間の視点のようだ。
主観なので女を追いかけているのがどんな人物かは分からない。
女がコカ・コーラの自動販売機で飲料水を買い、公園の中へ入る。
「佐山公園」と書いてあった。
30メートルくらいだろうか。距離をあけてついていく。
時折女が振り向くが、男はうまく視界から消えるように身を隠している。
女が小綺麗なアパートに入って行った。
外階段を上がっていくのが見える。
「エースガーデン」
それを見上げ、急いでアパートの裏の窓側の道路の方へ回る。
しばらくして、2階の角の部屋の電気がつくことを確認した。
男はまたアパートに戻る。
郵便ポストで部屋番号を確認した。
「205」
そして今度は裏側の庭へ回る。
俺は手に汗を握り、いつのまにか食い入るように、映像に引き込まれていた。
・・・こいつは、女を狙っているのか? 何をするつもりなんだ?
男は裏庭のような場所で何かを探している。
どうやら目的のものを見つけたようだ。
あれは・・・水道メーター?
男は暗がりにある複数の水道のメーターボックスの中から、「205」と書いてあるボックスを開ける。
中にある水道の元栓を・・・閉める。そして再びボックスの蓋を閉じ、アパートの外階段の裏に隠れた。
しばらくして、ガチャっとドアが開く音がする。
女が階段をトントンと音を立てて降りてくる。
そして先ほどの水道メーターのある裏庭の方へ向かった。
男は女が視界から消えたことを確認し、階段を静かに、そして早く駆け上がる。
「205」の部屋のノブを回す。カギはかかっていない。
素早く部屋の中に入る。
部屋の明かりはついている。1DKの間取りである。
あたりを物色し、タンスを開けたり、洗面台の下の収納部分を開けたりしている。
隠れるところを探している。
ジャバッ!
キッチンの水道が突然出た。どうやら元栓を開けなおしたようだ。
はぁ・・・、はぁ・・・。
息遣いが荒くなっている。
風呂場に行き、風呂釜の蓋を開けた。お湯は入っていない。
男は、そこに入り込んだ。
映像は真っ暗だ。
ガチャン女が部屋に戻ってきたようだ。ゴソゴソと何かやっている音が遠くから聞こえる。
すると、パチン!
風呂場の明かりがついた。
風呂釜の中にいても少し明かりが感じられる。
ガチャッ。
女が風呂場に入ってきたようだ。
キュッ、シャー!!バシャバシャ!
シャワーを浴び始めたようだ。
ドクン、ドクン、ドクン。
心拍音が流れる。
フー、、、フー、、、。
息遣いからも男が焦っているのが伝わってくる。
見つかってしまうのか?男は何をするつもりなのか?この後どうするつもりなのか?
目が離せない。
もうこれはストーカーと言わざるを得ない。
被害者視点の作品はいくつもあるが、加害者視点の作品を観るのはこれが初めてだった。
――やがて、女が風呂場から出ていき、電気が消える。
再び暗闇での静粛。
そして、男がゆっくりと風呂釜の蓋を開ける。音をたてないように、ゆっくりと。
風呂場のドアノブを静かに回す。
ドアを開け、部屋の方へ移動しながら、胸ポケットをまさぐり、ナイフを取り出す。
女は部屋の真ん中でパジャマを着てストレッチをしていた。
――トン。
ナイフを背中に突き付けた。そして
「ヒドイじゃないか・・・かすみさん」
男が重低音のような低い声で、呟く。
女の体が一瞬ビクッと反応する。
その一言だけで男の狂気と、それを感じる女の恐怖が十分に伝わってくる。
振り向いた女の顔を見て驚愕した。
俺の・・・妹の顔だった。
俺は混乱した。
どういうことだ?何故妹が映画に出演している?
アイツ、いつの間に女優になったんだ?
というか「かすみ」って本名だが、こういう時は役名が別につくのではないのか?
「ヒッ――!」
叫ぼうとした妹の喉を、男はもう片方の手で殴りつけ、突き倒す。
そのまま馬乗りになり、口を押えながらナイフを何度も体に突き立てる。
俺は頭が混乱し、しばらく映像を呆気に取られて眺めていた。
やがて、荒い呼吸音とともに男が立ち上がる。血まみれになった妹が見下ろされる。
そして洗面台にいき、手を洗っている映像が流れる。
男が顔を上げた。
目の前に鏡があり、その鏡には俺の同級生の「カシワギ」が映っていた。
「ああああ!」
俺は叫んで飛び起きた。
そこはまだ電車の中だった。周囲の乗客がこっちを見ているが、すぐに目をそらした。
――福生~福生~お忘れ物のないようにご注意ください
俺の家の最寄り駅だ。急いで下車する。
すぐに一人暮らしをしている妹に電話をした。4月から社会人になったばかりだった。
「今どこだ?」
「お兄ちゃん、どうしたの?こんな時間に?」
「いいから!今どこだ?!」
「今仕事帰りで、アパートの近くの公園を歩いているところ。」
「すぐ駅に戻れ!車で迎えに行く!」
リアルな夢だった。もしあれが予知夢だとしたら。
それから、妹に事情を話し、実家に戻らせた。
しばらく仕事も休ませた。
納得してもらうのに多少時間はかかったが、「カシワギ」からしつこく言い寄られていたことがあったようで、両親の説得もあり、しぶしぶ了承した。
ストーカーなんて現行犯でもない限りお説教して終わりだ。
手錠をかけても、数日もすれば同じ足音で戻ってくる。
裁判所の接近禁止命令なんぞあってないようなものだ。
逆に下手に犯人を刺激して出所後に殺されるなんてケースもある。
妹を実家に戻してから一週間が経過しようとしていた。
帰宅の電車の窓に映る自分の顔を見ながら、何度も策をひねり出そうとした。
けれど、思いつくのは”両親に任せる”という情けない一手だけだった。
弁護士やら友人への相談やらで土日は忙しくなった。
俺は一人暮らしの家に戻り、週末の予定を考える。
妹にも会いに行こうと帰省を考えながら、歯を磨くために蛇口をひねる。
・・・水道が止まった。午前2時。
・・・。
・・。
・。
―そうか。
向こうは邪魔者の俺の方を先に始末しようって腹か。
だが、そうはいかない。
俺がこの手でお前を始末してやる。
手口は分かっている。
水道を止めて、俺がそれを確認しに外へ出たところで部屋に侵入し、隠れてチャンスを待つ気だろう?
バレているぞ。
俺はあえて作戦に乗ってやる事にした。
準備していた防刃チョッキを着込み、バタフライナイフをポケットに隠す。
そして家のドアを開けた。
夜の空気が、やけに冷たく感じた。
殺してやる
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