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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

消えた男

作者: 中川クルス
掲載日:2026/01/03

深夜の電車で眠り込んで終点に取り残された主人公。深夜の映画館で観た一本の映画。

それは、ただのフィクションではありませんでした──。

現実と悪夢が静かに重なっていく、サイコ・スリラー短編です。

よろしければ夜にお読みください。


今回の現場はハードだな・・・。


家までの片道が2時間かかる電車の中で、俺ー三上恒一みかみ こういちーはため息をついた。

終電には間に合ったものの、家に着くのは3時近くである。

明日は6時には起きて、出発しなければならない。


吊革に掴まり、電車に揺られながら明日の会社での立ち回り方を考えていた。

こんな毎日だから平日は2時間ちょっとしか寝られない。そしてまだ水曜日である。

あと2日、なんとか踏ん張らないといけない。


俺はITエンジニアの仕事をしていた。本社はあるものの企業派遣型のため、案件が終わるまでは企業側へ出向している。

そのため、家から近い職場になったり遠い職場になったり、仕事内容がゆるかったりハードだったりと、安定的な就労ではない。

「20代で若いから体力があるだろう?」と上司に今回の現場を当てがわれたが、俺はもう29歳になるのだ。こんな激務は流石に厳しい。

一人暮らしの部屋は当然荒れ放題になる。


今夜は夕飯も食べていない。

コンビニで買ったパンを間食したので、それを夕飯という事にするか・・・。

とにかく家で眠らなければ。


―次は、立川~立川~


駅でちょうど目の前に座っていたサラリーマンが降りていく。

久しぶりに座れた。ラッキーだ。

座って一息ついた瞬間、猛烈な睡魔に襲われる。

ダメだ、ここで寝たら乗り過ごす・・・。起きていなければ、起きていなければ。

自宅の最寄り駅まで、あと7駅だった。



―気が付くと、終点の駅だった。


やってしまった。


俺は取り残された駅の外のベンチで、この後どうしようか考えていた。

仕方ない、泊まれる所を探そう。

しかし、そもそも終電時間の深夜に探そうとしても情報が無い。

都心部ならともかく、終点の駅は過疎っているからあるわけがなかった。


駅を出て辺りを見回すと、真っ暗である。当然だ。もう夜中の1時半だ。

どこか駅ではない、屋根のある場所にいきたい。

そう思い、目を凝らしていると、ふと、50Mくらい先に電気のついている建物がある。映画館のようだ。


時間を潰せるかもしれない期待を胸に抱き、行ってみると、やはり映画館だ。

“サソリ座”と書いてある。しかもやっている。外観の雰囲気が川越のスカラ座を思い出す。


『消えた男』


上映時間は120分と書いてあった。

ちょうどいい。宿もないし、始発までここでやり過ごそう。


チケットを購入し、ホールに入場する。

中は外観と同じく古い作りで、とても懐かしい心地だ。

客は2~3人しかいない。深夜なのだから当然だ。


適当に真ん中の椅子に座り、上映を待つ。

照明が落ちた。映画が始まる。

上映ブザーが鳴り、胸が少し高鳴る。映画を観るのなんて久々だ。



―暗い道を女が歩いている。

映像は夜道を歩く女を後ろから追いかける形で進んでいく。

女は20代前半だろうか。街灯はまばらで、とても寂しい道を一人で歩いている。


はぁ・・・、はぁ・・・。


時々、なんとなく男のものと思われる息遣いが聞こえている。

映像はいわゆる「主観視点」の為、その女を追いかけている人間の視点のようだ。

主観なので女を追いかけているのがどんな人物かは分からない。


女がコカ・コーラの自動販売機で飲料水を買い、公園の中へ入る。

「佐山公園」と書いてあった。

30メートルくらいだろうか。距離をあけてついていく。

時折女が振り向くが、男はうまく視界から消えるように身を隠している。


女が小綺麗なアパートに入って行った。

外階段を上がっていくのが見える。


「エースガーデン」


それを見上げ、急いでアパートの裏の窓側の道路の方へ回る。

しばらくして、2階の角の部屋の電気がつくことを確認した。

男はまたアパートに戻る。

郵便ポストで部屋番号を確認した。


「205」


そして今度は裏側の庭へ回る。

俺は手に汗を握り、いつのまにか食い入るように、映像に引き込まれていた。


・・・こいつは、女を狙っているのか? 何をするつもりなんだ?


男は裏庭のような場所で何かを探している。

どうやら目的のものを見つけたようだ。


あれは・・・水道メーター?


男は暗がりにある複数の水道のメーターボックスの中から、「205」と書いてあるボックスを開ける。

中にある水道の元栓を・・・閉める。そして再びボックスの蓋を閉じ、アパートの外階段の裏に隠れた。

しばらくして、ガチャっとドアが開く音がする。

女が階段をトントンと音を立てて降りてくる。

そして先ほどの水道メーターのある裏庭の方へ向かった。


男は女が視界から消えたことを確認し、階段を静かに、そして早く駆け上がる。

「205」の部屋のノブを回す。カギはかかっていない。

素早く部屋の中に入る。

部屋の明かりはついている。1DKの間取りである。

あたりを物色し、タンスを開けたり、洗面台の下の収納部分を開けたりしている。

隠れるところを探している。


ジャバッ!


キッチンの水道が突然出た。どうやら元栓を開けなおしたようだ。


はぁ・・・、はぁ・・・。


息遣いが荒くなっている。

風呂場に行き、風呂釜の蓋を開けた。お湯は入っていない。


男は、そこに入り込んだ。


映像は真っ暗だ。

ガチャン女が部屋に戻ってきたようだ。ゴソゴソと何かやっている音が遠くから聞こえる。

すると、パチン!

風呂場の明かりがついた。

風呂釜の中にいても少し明かりが感じられる。


ガチャッ。


女が風呂場に入ってきたようだ。


キュッ、シャー!!バシャバシャ!


シャワーを浴び始めたようだ。


ドクン、ドクン、ドクン。


心拍音が流れる。


フー、、、フー、、、。


息遣いからも男が焦っているのが伝わってくる。

見つかってしまうのか?男は何をするつもりなのか?この後どうするつもりなのか?

目が離せない。


もうこれはストーカーと言わざるを得ない。

被害者視点の作品はいくつもあるが、加害者視点の作品を観るのはこれが初めてだった。



――やがて、女が風呂場から出ていき、電気が消える。

再び暗闇での静粛。

そして、男がゆっくりと風呂釜の蓋を開ける。音をたてないように、ゆっくりと。

風呂場のドアノブを静かに回す。

ドアを開け、部屋の方へ移動しながら、胸ポケットをまさぐり、ナイフを取り出す。

女は部屋の真ん中でパジャマを着てストレッチをしていた。


――トン。

ナイフを背中に突き付けた。そして


「ヒドイじゃないか・・・かすみさん」


男が重低音のような低い声で、呟く。

女の体が一瞬ビクッと反応する。

その一言だけで男の狂気と、それを感じる女の恐怖が十分に伝わってくる。


振り向いた女の顔を見て驚愕した。



俺の・・・妹の顔だった。



俺は混乱した。

どういうことだ?何故妹が映画に出演している?

アイツ、いつの間に女優になったんだ?

というか「かすみ」って本名だが、こういう時は役名が別につくのではないのか?


「ヒッ――!」

叫ぼうとした妹の喉を、男はもう片方の手で殴りつけ、突き倒す。

そのまま馬乗りになり、口を押えながらナイフを何度も体に突き立てる。


俺は頭が混乱し、しばらく映像を呆気に取られて眺めていた。

やがて、荒い呼吸音とともに男が立ち上がる。血まみれになった妹が見下ろされる。

そして洗面台にいき、手を洗っている映像が流れる。


男が顔を上げた。


目の前に鏡があり、その鏡には俺の同級生の「カシワギ」が映っていた。



「ああああ!」



俺は叫んで飛び起きた。

そこはまだ電車の中だった。周囲の乗客がこっちを見ているが、すぐに目をそらした。


――福生~福生~お忘れ物のないようにご注意ください

俺の家の最寄り駅だ。急いで下車する。

すぐに一人暮らしをしている妹に電話をした。4月から社会人になったばかりだった。


「今どこだ?」


「お兄ちゃん、どうしたの?こんな時間に?」


「いいから!今どこだ?!」


「今仕事帰りで、アパートの近くの公園を歩いているところ。」


「すぐ駅に戻れ!車で迎えに行く!」


リアルな夢だった。もしあれが予知夢だとしたら。



それから、妹に事情を話し、実家に戻らせた。

しばらく仕事も休ませた。

納得してもらうのに多少時間はかかったが、「カシワギ」からしつこく言い寄られていたことがあったようで、両親の説得もあり、しぶしぶ了承した。

ストーカーなんて現行犯でもない限りお説教して終わりだ。

手錠をかけても、数日もすれば同じ足音で戻ってくる。

裁判所の接近禁止命令なんぞあってないようなものだ。

逆に下手に犯人を刺激して出所後に殺されるなんてケースもある。




妹を実家に戻してから一週間が経過しようとしていた。

帰宅の電車の窓に映る自分の顔を見ながら、何度も策をひねり出そうとした。

けれど、思いつくのは”両親に任せる”という情けない一手だけだった。

弁護士やら友人への相談やらで土日は忙しくなった。


俺は一人暮らしの家に戻り、週末の予定を考える。

妹にも会いに行こうと帰省を考えながら、歯を磨くために蛇口をひねる。


・・・水道が止まった。午前2時。


・・・。


・・。


・。


―そうか。

向こうは邪魔者の俺の方を先に始末しようって腹か。

だが、そうはいかない。

俺がこの手でお前を始末してやる。


手口は分かっている。

水道を止めて、俺がそれを確認しに外へ出たところで部屋に侵入し、隠れてチャンスを待つ気だろう?

バレているぞ。


俺はあえて作戦に乗ってやる事にした。

準備していた防刃チョッキを着込み、バタフライナイフをポケットに隠す。

そして家のドアを開けた。


夜の空気が、やけに冷たく感じた。




殺してやる


お読みいただきありがとうございます。

この物語が、読後もしばらく頭の片隅に残っていたら嬉しいです。

本作は朗読化・コラボ等も歓迎しています(事前連絡をお願いいたします)。

作品のご感想や考察など、お気軽にお寄せください。とても励みになります。

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