ヒトノリの話
きさらぎ駅っていう都市伝説があるじゃん?
電車に乗っていたら、知らない駅に着くとか、戻れなくなるとか。
あの話を初めて聞いたとき、俺は正直に思った。
ああ、これ、絶対うちの地元の路線が元ネタだなって。
で、調べてみたら、本当にモチーフになった路線が隣の県にあってそれを知ったときは震えたね。
ま、うちの地元の路線の場合、別に異世界に行くわけじゃない。
現実はもっと地味だ。変な人が乗ってくるだけだ。
通勤で毎日ほぼ同じ時間、同じ車両に乗る。
顔までは覚えていなくても「いつもいる人」くらいは自然と頭に記憶するだろ?
そこまではどこでもあることだと思うんだが、うちの地元の路線ではたまーにこういう話があるんだ。
『やけに自分に似ている人がよく乗ってくる』
俺が最初に違和感を覚えたのは、服装だった。
電車に乗ってきた男が、俺とほとんど同じ格好をしていた。
黒い無地のTシャツに、色落ちしたジーンズ。
スニーカーの形も似ている。リュックまで、なんとなく同じ系統。
一瞬、笑いそうになった。ツーショット取ったら絶対ウケる。
よくあるだろ、そういう偶然。
そしたら、向こうも気づいたらしく、ちょっと困ったように笑って、目を逸らした。
でも、次の週も、その次の週も、なぜか同じ時間帯の電車でそいつに会う。
しかも、服装は毎回俺と似てるんだ。
ある日なんて、まったく同じTシャツだった。ブランドも、サイズ感も同じ。
さすがにお互い、苦笑いしかできなかった。
「……被りましたね」
向こうが言った。
「ですね」
流石に声は違った。顔も似ているが違った。
でも、雰囲気が妙に近かった。
しかし、それからだ。
カバンが同じメーカーになり、靴が同じモデルになり、髪型まで似てきた。
ぶっちゃけ、気味が悪かった。
冗談めかして、「この服装、流行ってるんですね」なんて話しかけたこともある。
相手は苦笑いしてたよ。
でも、だんだん笑えなくなった。
似ているのは、物だけじゃなくなった。
立ち方。スマホの持ち方。考え込むときの癖。
そして、ある日。
向こうが俺と同じ言い回しで、独り言を言ってた。
その瞬間、背中が冷たくなった。
これは、偶然じゃない。
そう思って、家に帰ってすぐに友人に電話した。
怖かったってのもあるが、誰かに話すことで気を紛らわせてようとしたんだ。
すると、いつもはちゃかしてばかりの友人が珍しく真剣な感じでいうんだよ。
「それ、よくない」
なんでそう思うのか、いろいろ理由を聞いても、
「いいから」みたいな感じで突き放すような感じ。
なんか腹が立ったから電話を切ってやったら、メッセージで寺を紹介してきやがった。ここに相談してみろってことなんだろう。
そこは地元ではそこそこ知られている寺で、交通安全祈願とか姓名判断みたいなことを確かやってる。
んで、住職は代々結構な地元の名士で、いろんな相談に乗ってくれるって有名だった。
正直、このまま放っておくのも怖かったので週末に飛び込みで相談に行ったんだ。
そしたら住職は、穏やかな人で、めっちゃ安心した。
俺の話を最後まで聞き、途中で遮ることも、眉をひそめることもなかった。
俺が話し終えると、住職は小さな声で話すんだ。正直、もうちょっと大きい声で話してほしかった。
「似ている、というのは具体的には?」
俺はそれに対してひとつひとつ説明していったよ。
服装。
持ち物。
仕草。
言葉遣い。
説明しているうちに、自分でも気づかなかった違和感が、次々と言葉になった。
住職は、また小さい声でぼそぼそ話し出す。
「この辺りでは、昔からヒトノリと呼ばれているものがあります」
初めて聞く名前だった。
住職は、奥から古い帳面を持ってきた。
黄ばんだ紙に、達筆とも崩し字とも言えない文字が並んでいる。
「ヒトノリは、最初は真似をします。
服装や持ち物から始まり、やがて、癖や考え方まで」
ここまで、俺の体験と完全に一致していた。
「よくある話です」
住職は、穏やかに言った。
「取り憑く、というよりは、環境に馴染む、そう考えてください」
相変わらず小さな声で住職は続けた。
「対処はしなくても問題ありませんが、気持ちのいいものではないのでいくつかしておきましょう」
そう言って、お経をあげてくれたりして、最後にお守りを渡してくれた。
「落ち着いて過ごせば、気づかぬうちに離れていくこともあるでしょう」
やっぱりお守りって最強だと思った。
これがあるだけで安心感が違った。
俺は足取りが軽くなって、その日は久々に安眠できたよ。
それからしばらく、例の存在は、目に見えて俺と似なくなっていった。
俺は話しかけることも目を合わせることもしないようにしていた。
でも、ちょっとは似てる感じがしたが、服装はズレ、雰囲気も遠のいた。
よかった。心から、そう思った。
だが、ある日、違和感が反転した。
俺が電車に乗ると、例の存在が先に乗っていたんだ。いつもは必ず向こうが後なんだが。
向こうが似るのではなく、なんか俺のほうが向こうに近づいているような感覚がした。
俺は違和感がぬぐえず、もう一度、寺を訪ねた。
相談に乗ってくれた住職の名前を出すと、受付の者は首を傾げた。
後余談かもしれないけど、この受付がめっちゃ不愛想でめっちゃむかついた。目も合わせないんだよ。
それで抑揚のない声でこういうんだ。
「そのようなものは、存じ上げません。お引き取りください」
お守りを見せたらわかるだろって思ったんだが、いつも入れてるはずの財布の中に見当たらなかったし、やっぱり受付の不愛想さに腹が立ったからあきらめて帰ることにした。
その帰り、駅のホームで驚いたよ。
ギリギリ電車に間に合わなくて、走り去る電車を見たら、自分そっくりの男が乗っていたんだから。




