何処かへ遊びに行こう
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冬の寒さも次第に和らぎ、季節が少しずつ春らしさを醸し出した頃合いに西宮結花が突然の提案をしてきた。
「ねえ、次のゴールデンウィークさ。どこかに遊びに行かない?」
あまりに突拍子の無い発言にその意味を理解するまでに少しの間が生まれた。
「ああ、いいね。どこに行く?」
「そうだな。九州とかどう?前から言ってみたかったんだ」
彼女はそう言いながら九州地方の名物やテーマパークなど様々な情報を教えてくれた。その様子が今年の春から自分が受け持つことになった二年生の子どもたちの姿と重なって思わず笑ってしまった。
「いいじゃん、行こうよ。確か豚骨ラーメンとか明太子とか有名だよね」
「食べ物ばっかじゃん。お腹空いてるの?何か作ろうか?」
二人して笑いながらこんな会話を四月の三週目ぐらいにした気がする。その次の週ぐらいからか、ゴールデンウィークは誰とどこに行くのかといった内容のネット記事がいくつか投稿され始め、世間も少しずつゴールデンウィークという名の一年のチェックポイントに意識が向き始めていった。
「亮介先生、ゴールデンウィークはどこ行くの?」
そんなことを思い出しながら昼休みを過ごしていると一人の児童が話しかけてきた。
「先生はね、九州の方に旅行に行くよ。山本さんはどっか行くの?」
「うん!おばあちゃんのとこに行く。でねそこでお寿司食べに行ったり、お祭りに行ったりするの!」
「そうなんだ、楽しんできてね!ゴールデンウィーク終わったら思い出いっぱい教えてね!」
「うん、それでね!先生・・・」
この後の会話も特に意味のあるものではなかったが、代わる代わるに子どもたちが側に来て次は自分の話を聞いてと言わんばかりに昼休みの間ずっと誰かのゴールデンウィークの予定を聞いていた。
「それじゃあ、今日はこれでおしまい。チャイムが鳴ったから終わるよ」
昼休みが終わり算数の授業をしていると終わりを告げるチャイムが甲高い声で教室中に響き渡ったので、子どもたちは教科書とノートを机の中にしまい、授業の終わりの挨拶をして帰る用意をし始めた。
「気を付けて帰りましょう、さようなら」
「さようなら」
子どもたちを教室からそれぞれの家へと帰した後束の間の休息を椅子の上で堪能した。だが、宿題の丸付けやテストの採点、壊れかけている机の修理、友達とトラブルを起こし手を出してしまった保護者への連絡、明日の授業の準備とまだまだやることはある。それでも一度休憩を入れないとこの後持たないのはなんとなく分かっていた。この職に就いてまだ三週間ほどだが定時で帰れることはほとんどなかった。早くても三十分後、遅いと三時間ほど帰るのが遅くなることもある。この時着任してから言われた言葉の意味が分かった。それでもまだこの学校はましであるらしい。場所によっては七時帰宅が早い、七時半が普通といったところもあるらしく、無駄会議が多かったり、そもそも会議を開いた人物が何も提案を持ってこず一から作り始めるといったところもあるらしく、それを思うとかなり良い環境ではあると思える。
ふと手にした携帯の画面には長崎にあるテーマパークの広告が流れてきた。広告を見ていると園内を自転車で回っている男女のペアの動画や氷の世界をテーマにした店、ヨーグルトのアイスやホラーエリアもあるといった内容を目にすることができ、思わずホームページをお気に入り登録してしまった。今日家に帰ったら彼女に今見た内容を見せてみようと思った。
「お疲れ様です。お先失礼します」
そう言ってまた今日も学校から離れた。近くのスーパーやコンビニで買い物をしたい気分だが校区の中では誰が見ているか分からないため、毎回近くで買うのを我慢して電車に乗って最寄りの駅付近で彼女から頼まれていたものや、自分のジュースなどは買うようにしている。
「ただいま、これ買って来たよ。たけのこ」
「おかえりなさい、お疲れさま。どうだったの今日は」
「うん、特に何も無かったよ。ちょっと喧嘩はあったけど仕方ないよね」
手に持っている袋を渡した。
「ありがと、確かに子どもは喧嘩するよね。私も昔友達と喧嘩してたもん」
そう言う彼女の顔はどこか遠い昔を懐かしむように思い出しているようだった。
「負けたことなさそう」
ボソッとつぶやいた一言を聞いて彼女が頭を両手で掴んで髪の毛をワシャワシャしてきた。
「何を、年下のくせに生意気なって確かに負けたことはないかも。私昔から精神的にも肉体的にもなんか強かったんだよね」
「なら、間違って無いじゃん。離してくれよ」
手を振り払うように頭を振ると彼女はごめんと言いながら素直に離してくれたが。髪はワックスでセットして言っていたため、どこぞの漫画のキャラクターのような髪型になってしまった。
「ごめんごめん。それじゃあ、お風呂用意しているから入って来てね。服とかタオルとかはいつものところに置いてあるから」
働き始めた頃は食事を先にしてもらったこともあるが、疲れていることもあり食べた後に風呂に入ることがかなり億劫になってしまっていた。それでも彼女に入るように言われ浴槽に使っているとそのまま眠ってしまったことがあり、風呂の中で眠る俺を起こしに来たときの彼女の鬼気迫った様子は今でも忘れられず、その日以来、約束事として仕事から家に帰ってきたらまずお風呂に入ることが家のルールとして新たに決まった。
風呂からあがるといつも見たいに西宮結花は穏やかな顔で料理の準備をして待っていてくれた。
「あっ、そう言えば今日さ、学校でちょっとネット見ててさ、そんな時にこんなところ見つけたんだけどどう?」
そう言って目の前に携帯を差し出すと彼女はそれをもって画面を覗きながら少しずつ下に指で画面をスクロースしていき、次第に目にはここに行きたいという気持ちが表れていくのが分かった。
「楽しそうだね、ここ。ゴールデンウィーク行こっか」
「うん、なんかネットで色々調べてみたけど調べれば調べるほど言ってみたくなったんだよ」
「よし、それじゃあそれまでに新幹線とかホテルとか色々準備しなくちゃね」
ここ数週間一緒に暮らしてみて分かったことがいくつかある。まず彼女の見た目の話だが透き通る夜のような肩甲骨辺りまで伸びたストレートな髪の下に、自然に持ち上がる口角や優れた目鼻立ちを際立たせる薄化粧がお淑やかさの中に溌剌さを思わせ、美人と可愛いが六対四で同居している風貌を作り出しておりきっとこれまでも色々な人から好意を寄せられたことが安易に想像することができた。また、見た目だけでなく中身の話もすると一緒にいてとても落ち着くというのが一番の感想だ。こちらの気持ちを読み取って先に行動してくれる、この性格ならば男女ともども彼女のことを嫌うことは難しいだろう。それに料理はとてもおいしく、家庭的な味から今まで味わったことのないような上品な物まで幅広く作ることができる。ただ、服装に関しては特段興味があるわけではないらしく、シンプルな物を好んで来ている様子だったが、それでも彼女のスタイルはその着ている物の価値をいい意味で分からなくするものだった。
それほどの人がなぜ自分と一緒に暮らしているのか今でも分からないが、正直一人暮らしで誰もいない家に帰ってくることを想像するといつまでもこの状況が続いてほしいと願わずにはいられなかった。
「それじゃあ、私はホテルを予約するから亮介君は新幹線の席を予約しておいてほしいな。多分この時期だと自由席で行くのはちょっとしんどいかもしれないし」
その話を聞いて自分が学生ではないことを思い出した。学生の頃は友人たちと旅行に行くときはどうやって費用を抑えるかが一番の課題だったが今は働き始めて自由に使えるお金も増えたので、お金よりも快適さを取れるのかと考え、同時に大人になったなと少し誇らしいような恥ずかしいような気持ちになった。彼女の方は俺よりも少し長く働いていたということもあり、そういうところでは何も感じないという風だった。
「見てみてこれ!ホテルとチケットが一緒に取れるらしいよ、それで一人当たり三万五千円ぐらいらしいけどどう?」
少し高いような気もするが、パークまでの距離などを考えるとかなりいいように思える。それにさっきホテルは彼女が予約すると決め任せたので彼女の提案にのることにした。
「いいじゃん、そこにしよ。えっと俺の方は二人分の指定席をっと」
携帯に目を落とし新幹線の席予約をしようとして予約サイトまで行き空いている座席を確認したが、ほとんど埋まっており少し焦ったが何とか二人分の席を確保することができた。だがゴールデンウィーク期間中は値段を通常よりもあげているらしく往復で想定以上の出費になることが分かった。
「俺の方も取れたけど、ちょっとというかかなりかかりそう」
そう言って彼女に金額を示すと少し驚いたような顔をしていた。
「わーこれは高いね。でも仕方ないよね、この時期どこも値段上がるし。むしろ席が取れたことを喜ぶべきなのかも」
「そうかも」
正直値段を伝えるときに彼女の金銭的な面から今回の旅が無くなることが心配だったが杞憂だったらしい。
「とりあえず、他にもしないといけないことはたくさんあるからこれから少しずつ進めていこう」
「ああ」
その日は旅行についての話で寝るまで二人で盛り上がっていた。旅行というのは行ったあとも楽しいが、それよりもこうして誰かと相談しながら色々決めることが醍醐味なのかもしれない。テレビの前のソファに座り夢うつつな状態になっていると突然肩が揺さぶられた。
「そろそろ寝ないと明日に響くよ」
横からそう聞こえ目を細めてみるとそこには彼女の姿があるのは分かったけど顔が見えなかった。なんというか白い靄のようなもので覆われているというか、でも聞こえてくる声はこれまで聞いてきた西宮結花のものに間違いなかった。
「顔・・・」
「なに、どうしたの、私の顔に何かついてる?」
手を顔に這わせて何かを取ろうとするが、その時にはすっかり先ほどまで見ていた端整な顔立ちがそこにはあった。
「いや、なんもついてない」
「もう、ほら部屋までついていってあげるから」
手を取られ立ち上がるとまた顔が見えなくなっていき、次第に顔だけでなく白い靄が彼女の胸辺りまで隠していき気が付けば、誰かに手を握られているのは分かるけどそれが誰の手なのか分からなくなっていった。
「ほら、ついたよ」
扉が開く音と共に先ほどまで足裏で感じていた暖かい空気は突如として消え、冷たい床が体温を奪っていくのを感じながら横になっていた。
「おやすみ、また明日ね」
扉がゆっくりと音もなく閉めら視界の中には暗闇が広がっていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。二人の物語はまだまだ始まったばかりなのでこれから少しずつ進展していってほしいなと思います。これからもよろしくお願いします!




